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射城学園の殺し屋  作者: 黒楼海璃
伍 『異常』な連休(ゴールデン・ウイーク)
40/44

参拾玖殺

 ゴールデイウィーク初日。俺と、クラスメイトのシュンと二宮にのみやは、東京駅まで送ってくれる送迎バスに乗っていた。

 尚、このバスの中には俺達四人しかいない。他は寮で過ごすか既に行ってしまった後だからだ。


「あぁっ! 早くユキに会いてぇ! 今頃アイツ何してるかなぁ。絶対寂しがってるよな。そうだよな!」

「勿論そうだろシュン。大好きな兄がいないというのに寂しがらない妹なんていないし、久々に帰ってくる兄を出迎えてくれない妹なんていないいない」

「だよなっ! やっぱりそうだよなっ!」


 俺とシュンはいつものように妹トークで盛り上がっていた。同じシスコンであるシュンと、妹に関する話題がことのほか気が合うこと気が合うこと。


「……服部さん、よくここまで神楽かぐらざか君と気の合った話が出来ますよね。休み時間とかもこんな感じですし、やはり妹がいる兄同士、通じる所がるのでしょうか」

「それで二宮先輩! お兄ちゃんはとってもとっても優しんです! 私と一緒にいる時はいつも頭ナデナデしてくれるんです! 本当に本当に大好きなお兄ちゃんなんです!」

「兄の事に関してここまで語る伊佐南美ちゃんもある意味凄いですが……」


 シュンの隣に座っている二宮はというと、俺の膝の上に乗っかっている伊佐南美の俺自慢について延々聞かされていた。正直言ってウザいのかもしれないが、文句の一つも言わないで聞いてくれている二宮の優しさには感謝をしなくてはいけない。

 ちなみにこの場にいるのが俺と伊佐南美の二人だけの場合、伊佐南美は俺に甘えまくり、俺は伊佐南美を可愛がりまくる。


「悪いな二宮。伊佐南美の話に付き合わせちまって。コイツちょっと精神的にアレだからさ。迷惑だったら遠慮なく言ってくれ」

「いえいえ。気にしないで下さい服部さん。私としては中々楽しいですよ」


 二ノ宮はニッコリと笑いかけて伊佐南美の頭をナデナデする。当の本人は猫状態になってご機嫌良好だ。ストレスはかなり発散されているだろう。


「ゴロゴロニャ~」


 完璧に猫みたくなった伊佐南美は顔をゴシゴシ俺に擦り付けるし、二宮の猫じゃらし(俺が持ってきたやつ)で愉快に遊んでいる。こういう妹の姿を見ていると和むなぁー


「二宮、もうコイツ猫と思って接して良いぞ。というかそうしてくれ」

「は、はい。分かりました……」

「ニャーニャーニャー!」


 あまりにも伊佐南美が猫っぽかったのか、それともある意味『異常』な光景だったのか、流石に二宮も若干引いている。

 『普通』人から見れば引くくらい猫になっている俺の妹。それこそがコイツの可愛い所の一つだ。実に愛らしい。これを否定する野郎がいたら、全身の骨を折り砕いて頭蓋骨を踏み潰してやる。

 話が変わり、ゴールデンウィークの過ごし方について。

 俺と伊佐南美はデートだが、前に寮で話した時に聞いたのは、シュンは溺愛しているという妹と仲良く過ごし、二宮はそんな二人の邪魔をするのは申し訳ないから家で勉強するとか。

 妹を可愛がるのは兄の義務(?)だからシュンの行いは当然と言えよう。だが二宮は帰省しても勉強するという。その証拠に、二宮の持ってきている荷物の三割ほどが勉強道具だとか。もはやガリ勉の域を凌駕している。


「お前らさ、どっか行ったりとかはするか?」

「おおっ! 俺はユキと出掛けるつもりだ! 具体的に何処行くかはまだ決めてねえけどな」

「私は勉強以外に予定はありませんし、本屋で参考書を買うぐらですかね」


 遊ぶ気満々のシュンと遊ばない気満々の二宮。この二人、性格が正反対なのに仲良いのは何故なんだ。


「俺は別にかなも一緒で良いって言ってんのによぉ、家でも学校でも勉強だぜ? 少しは息抜きしねぇと駄目だって!」

「お気持ちは大変ありがたいのですが、やっぱり神楽坂君とゆきちゃんの間に割って入るのは聊か失礼です。それに私、他に遊ぶような友達いませんし……」


 なにやら二宮が目を逸らして悲しいことを言い出した。考えてみれば、勉強できる奴って大概友達が少ない。自分が周りよりも出来過ぎているせいで人が寄ってこないとか理由は色々あるが、二宮もその部類か。

 二宮、あんまり気にする事は無い。俺だって友達は少ないからな。何でかは知らんが。


「大丈夫ですよ二宮先輩。お兄ちゃんなんてもーっと友達が少なむぐっ!」


 とりあえず、余計な事を言おうとる伊佐南美の口は塞いでおくことにしよう。後で十発ぐらい殴っとくか。


「……二宮、どうせだったら俺ら全員でどっか行くか? それだったら家で勉強する必要無いだろうし」


 俺の唐突に出した案に二宮はえっ、と目を丸くする。


「あの、服部さん。気を遣ってくれるのは嬉しいんですが」

「伊佐南美は別に良いよな?」

(コクコク)

「え、あの」

「シュンもOKだったな」

「おおっ! 金実だったらまったく問題なしだ!」

「じゃあ決まりだな」

「え、ええっ!?」


 二宮の意見を完璧にスルーして勝手にそんな感じに決まった。二宮よ、悪いと思っている。だがお前の性格だとこうでもしないとお前のゴールデンウィークがぼっちで終わってしまうからな。少々強引にやらせてもらった。


「あ、あの……」

「二宮、俺だって連休ぐらいは友達と過ごしたい時だってあるんだよ」

「金実、そういうこった。観念しな」


 オドオドしている二宮を、俺とシュンが上手い具合に言い包める。

 まず、俺はシュンを友達と思ってはいる。ルームメイトだし、俺以外で唯一の男子だし、同じシスコンだしで何かと気が合う。仲が悪くなる理由は今の所何も無い。

 二宮のことも友達とは思っている。二宮が渡してくれたノートが無かったら、この前の俺の小テスト(英語)が悲惨な事になっていた。ちなみに50点満点中15点と最高得点だった。

 二宮も俺達の気持ちを分かってくれたのだろう、ニコッと笑って丁寧にお辞儀する。


「では、お言葉に甘えさせてもらいます」


 なんとか二宮の説得にも成功し、何処に行くのかについての話になったが、


「ところでよぉ、れんざきの奴は何でいねえんだ?」


 シュンがそんなことを言い出し、話が脱線してしまった。

 煉崎テラ。R組の生徒。無口無表情無感情。時々発する言葉は毒混じり。

 休み時間は外をボーっと見ていたり、何故か俺をジーッと見続ける。その癖して話しかけても何も喋らず、唯一二宮と軽くお喋りしているを見たぐらいだ。あとは授業に出てこない日もある。

 授業態度は真面目と言えば真面目。特に数学の複雑な計算式を即答する。数学の小テストでも常に満点だ。但し国語はかなり苦手らしく、長文読解や古文でやたら誤答する。ガチガチの理数系女子といった所だ。

 加えて、二宮のルームメイトでもある。


「昨日荷造りしている時に聞いたんですが、煉崎さんは朝早くに迎えが来るらしくて、もう行ってしまったみたいです」


 と、二宮が証言してくれた。


「……なんか煉崎らしいと言えばらしいな」

「らしい、のか?」

「ああ。俺だって人の陰口言いたくねえけどよぉ、なんか機械みてえな喋り方っつうかさ。ありゃ中にロボットでも入ってんじゃねえ?」


 シュンが冗談半分で憶測を言うが、いくら何でもそれは無い、とは言い切れない。『異常』な人間が集まる学校だし、実はクラスメイトがロボットだったっていう事実は充分ありえる。


「それは無いと思いますよ。だって煉崎さん、ごはんとか『普通』に食べてますし」


 確かにそうだ。昼飯の弁当とか『普通』に黙々と食べてる。その時点でロボット説は無くなったが、それでもアイツは謎だ。


「迎えが来るってことは、煉崎は何処かの金持ちのお嬢様か何かじゃねえの? お前ら何か聞いてるか?」

「いや、俺は特に。金実はルームメイトだし、何か知ってんだろ?」

「あ、はい。知ってます。部屋で何度かお話した時に少しだけですが。何でも連崎さん、重工業会社社長の娘さんらしいです。どんな会社かまでは教えてくれなかったんですが」


 重工業会社、ねえ。煉崎という変わった苗字と組み合わせて出てくるのは……


(……煉崎重工か)


 煉崎重工。表向きは『普通』の重工業会社だが、実際は日本はもとい、世界中にありとあらゆる最新鋭の武器を提供している兵器開発会社。警察や防衛省、更には自兵も使うような武器や兵器を製造する。

 最初に煉崎の名前を聞いた時に疑問には思ったが、どうやら間違いないみたいだ。自分の会社で兵器作ってるなんて口が裂けても言えない話しだし。


「へえ、成程。おっと、そういえば話が脱線したな。えーっと、何処まで話したんだっけ?」

「ああっと。そーいやそうだったな。んーっと、とりあえず新宿で遊ぶって話だったな」

「新宿だけではあれですし、渋谷にも行ってみませんか?」


 どうにも暗くなった空気を元に戻した俺は、友達との談笑に耽っていった。

 それと、


「んーんーんー!(お兄ちゃんいい加減放してよー!)」


 伊佐南美はこの後十分くらいはずっと俺に口を塞がれたままであった。



 学園からバスに乗る事約三時間。一行は東京駅に到着した。


「んじゃあなお前ら。俺ら巣鴨だから」

「おう。じゃな」

「お互い、良い連休を過ごしましょう」


 シュンと二宮は実家のある新宿、俺と伊佐南美は親戚の家がある巣鴨に行く為ここで一旦別れることに。


「お兄ちゃん、どうする?」


 伊佐南美が俺の腕に抱き付きながら訊ねる。この場合のどうするとは、巣鴨まで電車で行くのか、走って行くのかのどっちにするかを訊ねている。


「うーん、走った方が速いんだろうけど、たまには電車でゆっくり行くのも悪くないしな。よし伊佐南美、電車で行くぞ」

「うん!」


 結局俺達は電車を選んだ。普段はビルからビルへと跳んで移動しているから慣れている方も良かったが、慣れ過ぎは禁物という親の言葉に従うことにした。

 山手線に乗る事十数分。巣鴨に着いた俺達兄妹は、親戚の家を目指して歩く。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、叔父さん元気にしてるかなぁ!」

「多分元気だと思うぞ。それで、俺達が来るのを首を長くして待ってたりな。ただ……」

「ただ?」

「……アイツ・・・もいるんだなぁって」


 俺が零した名前に、伊佐南美がビクゥンッと反応する。


「……そ、そうだよねぇ。叔父さん家だし、いるよねぇ」

「いるよなぁ。もし顔が見えたら、容赦なく顔面飛び蹴り喰らわしてやろうぜ」

「う、うん」


 俺も伊佐南美も、何処か乗り気じゃない足取りで歩いていく。

 伊佐南美が自分の手を俺の手に絡ませてくるので、俺はその手を優しく握り締める。それだけで伊佐南美の顔がニッコリと変わる。うん、可愛い。

 可愛い妹と仲良く並んで歩く道中、あるものが目に入った。


「……伊佐南美」

「うん。分かってる」


 目にしたのは、二人組の女子。年は俺達と同じぐらいの学生。別にそれが『普通』の学生だったらまだ良いんだが、その女子が着ている制服がその『普通』を否定している。

 黒のラインが入った白いセーラー服に紺色のミニスカート。太股に付けているレッグホルダーの中には拳銃。そして見えないが、制服の中にもナイフを隠し持っている。

 あれは紛れもない、東京自兵高校という、自兵を育成する学校の制服。防弾・防刃繊維で作られたそれを着ているということは、正真正銘自兵高校の生徒。

 金の為ならどんな荒事もやってのけ、警察への支援や人命救助、殺人すらやってのける何でも屋。俺達殺し屋にとって厄介の種でしかない。

 見かけた女子二人が俺達と擦れ違った。このとき、俺と伊佐南美は自分達の殺気を出来る限り周囲に溶け込ませていた。変に殺気を出せば怪しまれるし、逆に隠せば殺気がないこと自体が不自然に思われてしまう。あくまでも自然体でいる。

 殺気を溶け込ませたのが良かったのか、向こうがさほどのプロで無かったのか、幸いにも気付かれずに済んだ。

 心の中でホッとし、俺達は歩き続ける。


 巣鴨駅から徒歩二十分ぐらいの所に親戚の家はあった。ちょっと小さめの武家屋敷で、嘗て服部家が隠れ家の一つにもしていたぐらいだ。

 玄関の前まで来ると、和服姿の中年男性が立っているのに気付いた。


「銃兵衛君、伊佐南美ちゃん。久しぶりだね」

「お久しぶりです叔父さん」

「お久しぶりです」


 とりせんぞう。元殺し屋。今は隠居中。

 羽鳥家は服部家の分家の一つで、他の分家の中で一番服部家の血が濃い一族。千蔵叔父さんは父さん達同様に殺し屋を生業としていたが、仕事中に負った怪我のせいで現役を引退。今は巣鴨で静かに暮らしている。


「よく来てくれたね。まあゆっくりしていきなさい」

「すみません叔父さん。俺達の我が儘聞いてくれて。世話になります」

「気にしないでくれたまえ。君達の両親が死んでから、私は何もしてやれなかったからね。あの時は本当に済まないと思ってるよ」

「そんな、俺達は別に気にしてませんよ」

「そうか。ならば私も気にしていない。さあ入りなさい」


 叔父さんの歓迎を受けた俺達は、叔父さんが出してくれた煎餅をボリボリと食べながら、これまでの出来事を話した。


「……そうか。『ZEUSゼウス』のやつらが動き出したか」

「叔父さんやっぱり、『ZEUS』のこと知ってたんですか?」

「いや、私は暗殺業を引退して随分長くなるが、裏の世界の事情には詳しい。それでも奴ら用心深く、断片的な物しか入ってこない。すまないね、何の力にもなれないよ」


 叔父さんは大変申し訳無さそうに謝罪する。どうやら父さん達が死んでから何も出来なかったことをかなり悔やんでる。


「叔父さん、今はそんなこと言うのは無しですよ。今の俺達は親戚の家に遊びに来た『普通』仲良し兄妹なんですから」

「そうですそうです。私達全然気にしてませんって。お兄ちゃんの言う通り、何処にでいる『普通』の兄妹ですって」


 まあ『普通』の殺し屋兄妹なんだけどな。

 正直な話、俺達は叔父さんを怨んでもいないし憎んでもいない。寧ろ東京なんつう遠くの地で寝泊り出来る場所を提供してくれただけでも感謝しているし。


「……そうか」


 それを聞いた叔父さんはフッと笑い、茶を啜る。

 閑話休題(それは兎も角として)

 この屋敷に入ってから、俺は叔父さんにずっと聞きたかったことがあったのだ。


「あの叔父さん、一つ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

「ん? 何だい?」

「……その、えーっと、へびぞうって今何処に?」

「蛇蔵か? あの子なら今日は君達が来ると伝えてはいるが……」


 叔父さんが最後まで言い終わる前に、ガラガラと扉の開く音が聞こえた。


「たっだいまーお父さんっ! あーっ! この靴があるってことはー!」


 この元気一杯な女の子の声が聞こえたということは、

 ダダダッ、と走ってくる音が聞こえ、バンッと襖が開く。


「ジュウくーん! イサちゃーん! ひっさしぶりー!」


 突如、目の前に艶やかな長い黒髪を靡かせた美少女が現れた。

 身長は伊佐南美とあまり変わらない。髪だって伊佐南美と大差ないくらいに綺麗だし、無邪気に開いた黒い瞳は明るく輝いている。芸能事務所に所属していても可笑しくない可愛さを持っている。

 着ている服は、黒のラインが入った白いセーラー服に紺色のミニスカート、つまり自兵高校の制服。ミニスカートから露出した太股には、さっき見かけた自兵女子の様にレッグホルスターが取り付けられ、そこに銃が収まっていた。

 俺と伊佐南美はその少女を見るや否や……


「「失せろ蛇蔵っ!!」」


 ……顔面飛び蹴りを喰らわした。


「ぐえっ!」


 現役暗殺者二人に足蹴りされた少女は庭を囲う以外と頑丈に作られている塀まで吹っ飛んだ。


「アイタタタ……」


 少女は頭を手でさすり、痛みに顔を顰めている。


「もー、ジュウくんにイサちゃんてばー。いきなり蹴ることないのにー」

「黙れ蛇蔵。俺達の視界に入ってくるな。あと半径一km圏内に近づくな。どうしてもというなら息を止めろ」

「お兄ちゃんの言う通りだよヘビちゃん。出来れば今すぐにでも殺したいよ。グチャグチャにするよりも先に殺したいよ。でも近所迷惑になるから止めておくね。あとヘビちゃんパンツ見えてる」


 伊佐南美に指摘された少女が自分の下半身に目をやる。伊佐南美の言うように、蛇蔵は両脚を大きく開いた状態でへたり込んでいて、当然の如くミニスカートの中から覗く白いパンツが丸見えになっていた。

 少女は顔を赤くし、慌ててスカートを手で押さえる。


「うー、ジュウくんエッチー。パンツが見たかったらちゃんと言ってよねー」

「よーし伊佐南美、兄ちゃんと面白いゲームするか。ルールは簡単、先にあの野郎を殺した方が勝ちだ」

「うん。やろう」


 俺は腹から『神流かんなづき』を、伊佐南美は袖から小太刀を取り出す。


「二人とも、とりあえず落ち着きなさい。殺気を出し過ぎている」

「叔父さん、俺達兄妹があなたに一つだけ願いを言えるのだとしたら、今すぐコイツを追い出して下さい。でないと屋敷がコイツの血で汚れてしまいます」

「お兄ちゃん言う通りです叔父さん。今ならまだ間に合います。私だって親戚の家を汚したくないです」

「止めなさい。ご近所さん達にご迷惑だ」

「……分かりました」

「……はーい」


 俺と伊佐南美は渋々得物を収める。

 吹っ飛ばされた少女は制服をパンパンと砂埃を払う。


「いやいやー、相変わらずだね二人共」

「黙れ。喋るな」

「殺すよ? ていうか今すぐ死んで」


 これがもう少しまともだったら、俺達だってここまで言ったりはしない。でもコイツは明らかに『異常』だからな。

 羽鳥蛇蔵。千蔵叔父さんの一人娘で、俺達の従兄妹に当たる殺し屋兼自兵高校一年生だ。

 蛇蔵は表の世界で自兵、裏の世界で殺し屋の両方をやり、時には自兵や政府側、時には殺し屋側についたりする忙しい毎日を送っている。

 対極する二つの世界を同時に行き来するのは『普通』の人間にとって肉体的にも精神的にもキツいことだが、俺らみたいな『異常』な人種にとっては『普通』に出来る。俺の場合は社交性に欠ける所があるが。

 学校での蛇蔵は、天真爛漫な性格で多くの友達を作り、信頼の於ける仲間達と任務に徹したり、『普通』の自兵を送っている。

 殺し屋としての蛇蔵は、俺や伊佐南美程の実績もあり、裏の世界に蔓延る不穏分子を排除している。

 『普通』に考えれば毛嫌いする理由は何処にも無い。なのに何故俺達が蛇蔵を嫌うのか。

 裏の世界には、こんな噂話がある。曰く、

 ――『暗殺厄ミスフォーチュン』に関わると、自分の運が全てなくなってしまう、と。

 『暗殺厄』とは、蛇蔵の二つ名。蛇蔵と関わってロクな目に遭ったことは、今の今まで一度も無い。

 最初に蛇蔵の被害を受けたのは六歳の頃だ。伊佐南美を含めた三人で遊んでいた時、偶然その遊び場に、偶然機関銃を持った指名手配犯が偶然休んでいて、偶然やって来た俺達は、偶然にも指名手配犯と機関銃を見つけ、それに気付いた指名手配犯は偶然機関銃を乱射し、偶然にもその銃弾の何発かが俺の急所に多く被弾し、偶然にも持ってきていた爆薬に引火して大爆発を起こした。まあ爆発訓練や急所を攻められる訓練は一応受けていたし、爆発の直後に父さん達が駆けつけてその指名手配犯を始末してくれたし、結果的には助かったから良かったけど、その時はまだ蛇蔵の脅威に気付けていなかった。

 十歳の頃、海で遊んでいたら、偶然遊んでいた岩場で、偶然そこにいたシャコガイに偶然三人別々に足を挟まれ、偶然にも俺は隣り合っていたもう一枚のシャコガイにもう片方の足も挟まれて完全に身動きが取れなくなって溺れ死ぬ思いをした。水中で息を止める訓練もしていたし、父さんがシャコガイの貝殻を破壊してくれたおかげで助かった。

 十二歳の頃、偶然遊びに来ていたテーマパークに偶然武装集団が占拠し、蛇蔵がフザけてその仲間の一人を怒らせて偶然にもその矛先が俺に向けられて蜂の巣にされた。防弾繊維の服を着ていたから助かったけどね。

 これ以外にも、蛇蔵と一緒にいることで俺と伊佐南美が酷い目に遭った案件は数十件以上。他人が酷い目に遭ったのは三桁を超える。

 こんなことがあったせいなのか、蛇蔵は『異常』なまでに疫病神な女であると俺は理解した。その為裏の世界では、一度関わった人間は殺せなくても必ず死地に追いやるほどの不幸な目に遭わせるという意味合いで『暗殺厄』と呼ばれている、多分裏の世界で一番嫌われている暗殺者だ。

 こんな女、すぐにでも死ぬんだろうが、殺しに掛かろうとする殺し屋達は偶然にも暗殺に失敗し、偶然にも不幸な目に多々遭うらしい。これだと俺も迂闊に殺せない。

 学校でもこんな風に嫌ってる奴も多いが、人間性は良いので慕う奴もいるという話だ。


「えへえへー、二人にまた会えて嬉しいなー。嬉しいなったら嬉しいなー」

「俺は嬉しくないがな」

「私も嬉しくない」

「アハハハ、相変わらずだなー二人共。ところでさ、一つ聞きたいんだけど」

「何だ」

「……何でさ、あたしはこんなにも雁字搦めに縛られてるの?」


 蛇蔵が俺の隣に座ってくると同時、俺が蛇蔵の両腕の関節を外して押さえ込み、その間に伊佐南美が蛇蔵の両手両足に手錠を嵌めて荒縄で全身をかなりキツめに縛り上げた。


「ジュウくん、いくらジュウくんが女の子を縛るのが趣味だからっていきなりやることないよー」

「蛇蔵、次喋ったらガムテープで口も塞ぐ」

「うーっ! お父さんも何か言ってー!」


 涙目になって叔父さんに助けを求める蛇蔵。だが叔父さんは申し訳無さそうに目を逸らす。


「……スマンな蛇蔵。お父さん、何も言い返してあげられない」

「そんなぁーっ!」

「伊佐南美」

「うん」

「むぐっ!」


 蛇蔵が喋ったので、伊佐南美がガムテープで口を塞ぐ。十枚ぐらい貼っとけば大丈夫だろう。


「んーんーんーんーんー!(ジュウくん! イサちゃん! 解いてよーっ!)」

「……叔父さん、俺ら部屋で休みます。コイツがやって来たら遠慮なく殺しますんで」

「あ、ああ。部屋は奥のを自由に使ってくれ」

「はい。行くぞ伊佐南美」

「うん」


 俺と伊佐南美は、一刻も早く蛇蔵と同じ空間にはいたくなかったので、早急に部屋に向かった。


「んーんーんーんー!(待ってよ二人共ー!)」

「「来るな芋虫女!!」」


 芋虫みたいに這って近寄ってくる蛇蔵に、俺達兄妹は顔面飛び蹴りを喰らわした。



「あーあ、まさかまた蛇蔵の顔を見ちまうとはな」

「そうだよねー。最悪だよねー」


 部屋に入った俺と伊佐南美は、制服から部屋着に着替えていた。


「あんだけ疫病神だと、服部家の親戚だって言われたら逆に信憑性増すかもな」

「多分そうだねー。ヘビちゃん疫病神だけど性格悪くないしー」

「疫病神に加えて性格悪かったら、俺はもうアイツを従兄妹だって認めないな」

「同感同感。お兄ちゃん、もうこっち向いて良いよー」


 伊佐南美に言われて振り向くと、伊佐南美は黒い浴衣に身を包んでいた。


「えへへ、どーう? お兄ちゃん」


 伊佐南美がニコニコと笑いながら自分の浴衣を見せびらかしてくる。


「ああ。凄い可愛いぞ伊佐南美」


 俺はその可愛くなった――二十四時間三百六十五日休まず可愛いが――妹を優しくナデナデする。


「ふにゅ~、お兄ちゃん~♪」


 蕩けた顔になった伊佐南美は、俺に顔をスリスリと擦りつけてくる。


「えへへ、ジュウくーん」

((ズドォンッ!!))


 いつの間にか伊佐南美の反対側に忍び寄って俺の腕に抱きついていた蛇蔵に、俺と伊佐南美が顔面殴りを放つ。


「おい蛇蔵、一応腕の関節は全部外したままだったんだが、どうやってあの拘束から抜けた?」

「えー? 『ひょうはくとう』で手錠と縄を凍らして砕いてー、後は無理矢理関節戻しただけだよー?」


 しまったぁぁぁぁぁっ! 縛るだけじゃなくて忍術封じる結界張っとくの忘れてたぁぁぁぁぁっ! ついでに印を組めないよう手にもガムテープ貼っておくんだったぁぁぁぁぁっ!


「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ! 脳震盪起こして忍術使わせないようにするの忘れてたぁぁぁぁぁっ! ごめんなさぁぁぁぁぁいっ! 後でお尻ペンペンしてぇぇぇぇぇっ!」

「気にするな伊佐南美ィィィィィッ! 気付かなかった俺も馬鹿だぁぁぁぁぁっ! いくらでも嬲ってくれぇぇぇぇぇっ!」


 互いの失態を自分で罵り合い、俺達兄妹は絶叫する。それを見ていた蛇蔵が、


「……どーして二人共そんなに叫んでるのー?」

「「お前のせいだっ!! 出てけ!!」」


 二人仲良く蛇蔵の尻を足蹴りして部屋から追い出す。


「あーあ、疲れたー」

「俺もだ」


 今日は朝から長時間の移動と疫病神との再開が重なって色々と疲れてしまった。これから出掛けるのは止めておこう。戦うようなことが起こったら嫌だし。


「お兄ちゃんー、一緒にお昼寝しよー」

「それもそうだな」


 疲労と落ち着きを取り戻すべく、俺達は一休みをすることにした。

 布団を部屋に敷き、ダイブした伊佐南美の隣に寝転がる。

 伊佐南美の寝顔は心優しい天使のような愛らしさを持ち、昼寝を邪魔する奴が現れたら容赦なくぶっ殺してやりたいと心の底から思う。


「……そろ~」

((ガスッッッ!!))


 蛇蔵がこっそりと入ろうとしてきたので、容赦なく蛇蔵に顔面蹴り。蛇蔵は吹っ飛ばされて塀に激突。

 邪魔者を排除し終わり、兄妹仲良く静かに眠ることにした。



 次の日、身支度をした俺と伊佐南美は早速デートに行くことになった。


「えへへへ、お兄ちゃんとデート♪」


 まず俺達は渋谷に来ていた。自兵が多くいる都心部では警戒が必要だが、それでも妹とのデートがこの上なく楽しい。


「あー! お兄ちゃん、パンケーキ屋さんあるよ! 入ろ入ろっ!」

「はいはい。分かった分かった」


 基本的には伊佐南美の我が儘に付き合わされているのだが、それで伊佐南美のストレスが無くなるのなら別に構わない。ちなみに蛇蔵だったら東京湾に叩き落とす。

 伊佐南美に連れられて入ったパンケーキ屋は……


(うわぁ、無茶苦茶入りづら)


 店内にいる客は、女子、女子、女子。男は辛うじているが、それもカップルで、相手とイチャイチャしまくっている。バカップルめ。

 内装は女子力に特化した雰囲気と甘い香りを醸し出し、少なくとも男一人では入れない店だ。

 フリル付きの改造メイド服みたいな衣装を着たウェイトレスに案内された席に腰を下ろしてメニューを覗いてみる。

 女子力満点の店内だろうが、男性比率が極端に少なかろうが、鋼の精神力を持つ俺は『普通』のままでいられる。ていうか伊佐南美と一緒だしな。


「伊佐南美はどうする?」

「んーとねー、このゴールデンウィーク限定パンケーキにしーようっと。オレンジジュースとセットで。お兄ちゃんは?」

「そうだな、じゃあこのチョコフルーツパンケーキってので良いや。コーヒーとセットで」


 そうウェイトレスに注文し、伊佐南美と談笑。そうして待っているとお待ちかねのパンケーキが運ばれてきた。

 俺の頼んだパンケーキは、ふんわりと焼かれたパンケーキにイチゴやらバナナやらのフルーツが盛られ、それをチョコクリームとチョコレートソースでおしゃれにデコレーションしている。

 伊佐南美のは分厚い巨大パンケーキ二枚で沢山のフルーツと生クリームを挟み、上にはアイスクリームとイチゴが丸々一個載せられている。

 伊佐南美がパンケーキを切り分けて口の中に運ぶ。そしたらふにゅ~、と顔が蕩けた。かなり美味いみたいだ。俺も一口食べてみると確かに美味い。


「お兄ちゃん、あーん」


 伊佐南美が自分の分を俺に差し出してきた。俺はそれを喜んで食べる。今度は伊佐南美が親鳥から餌を貰う雛の様に口をあーんと開けた。俺もやれと。


「ほれ」


 俺も同様に自分の分を伊佐南美の口に突っ込む。伊佐南美はパクンと食いついてニコニコとしながら食べる。


「美味しいねお兄ちゃん」

「そうだな」


 一見してみればバカップル同然だが、血の繋がった実の兄妹なのでこれぐらいは『普通』だ。

 周りの女性客やらウェイトレスやらから優しい視線を送られつつも伊佐南美と仲良くパンケーキを食べていると、俺のスマホにメールの着信が来た。

 出てみると、相手は蛇蔵。アイツにはメアドを教えていなかった筈なのに、一体どうやって見つけたのか疑問に思ったし、見ずに消そうかと思ったが、件名の『よーちゅーい!!』というのが気になってしまい、不覚ながら読む事に。


『元座石武野次平叙舌!』


 漢字だけで書かれた暗号。読んでみると、『現在渋谷、自兵女子多』。つまりここ渋谷に自兵が多いっていう警告メールか。

 行き先を教えてなかったのに、何で俺達の居場所を知っているのか疑問に思ったが、アイツの事だから都内の監視カメラをハッキングして片っ端から捜したんだろうが。暇な奴だよ本当に。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 伊佐南美がひょこっと顔を覗いてきたりで、蛇蔵からのメールを見せる。それを読んだ伊佐南美は、あー、と納得した顔になる。


「伊佐南美、食ったら渋谷出るか」

「うん。お兄ちゃん、あーん」


 伊佐南美がまたパンケーキを差し出すので、俺はそれを食べる。

 パンケーキを食べ終わるまでの間、暫く俺達兄妹はイチャイチャすることにした。



 昼前。自兵の多い中、殺気を周囲に溶け込ませながら渋谷から新宿に移動した俺達は、ここでシュン達と落ち合うことにした。

 昨日話したとおり、都内をブラブラしながら遊ぶことになっている。シュンともとい、二宮も了承してくれただけでなく、なんとシュンの妹も一緒らしい。

 東京で出来た初めての友達と遊んで過ごす。それは中々充実したことなのだが、一つだけ難があるとすれば、


(……あーあ、こりゃ大変だな伊佐南美)

(そうだねぇ)


 新宿もやっぱり自兵が多い。一般人のフリをしながら歩くのは慣れているが、相手が手練だとより警戒をしなくてはいけない。

 殺気は出さず消さず、『普通』の人と大して変わらず、カメレオンが保護色で隠れるように、殺気を周りに溶け込ませる。


「えーっと、新宿駅前にいるって言ってたな」

「うん。早くいこ、お兄ちゃん」


 伊佐南美に手を引かれて待ち合わせ場所に向かう。

 その時だった。些細の無いほんの刹那の事。

 一人の自兵女子が、向かい側から歩いてきた。

 自兵高校の制服を身に纏い、身長は160cm前後、伊佐南美の様な凛々しい黒髪を後ろで束ねたポニーテール、顔は美少年と間違えてしまうような美しさ、胸部は年相応よりも大きな膨らみを持っている、何処にでもいるのかどうかは分からんが、『普通』の自兵女子だ。

 それなのに、ただソイツと擦れ違った。たったそれだけな筈なのに、


(――っっっ!!!??)


 突如、俺の全身が身震いした。まるで背後から数千本の毒針で刺されたかのような、『異常』なまでに『異常』な殺気が俺を襲った。


「…………っっ!?」


 俺は顔に出ないよう平然を装うのに必死になる。幸い向こうは俺の正体には気付いていないみたいで、『普通』に去っていく。


「……? どうしたの?」


 いきなり俺が止まった事が疑問になり、伊佐南美が首を傾げて訊ねてくる。伊佐南美は何も感じなかったみたいだ。多分、俺の隣を歩いていたからだと思うけど。


「あ、いや、なんでもない」


 俺は伊佐南美にもバレないよう自然体のままでいる。

 今のはガチでヤバかった。あんな殺気を感じたのは初めてだ。似た濃さの殺気だったら伊佐南美から普段感じているけど、それとはまた違った種類の殺気。こうげんや理事長並みでは無いにしろ、どうにも俺の殺気によく似ている気がする。だが一つ可笑しいのは、さっきの自兵女子の殺気は、暗殺経験がはるかに少なかった頃の俺と同じ、つまり殺しの経験が明らかに少ない。なのにあそこまでの箔が付く理由は他にある。そして、俺が今思った事と同じ様な事を、昔父さんに言われた覚えがある。


 父さん曰く――それが俺の固有特性、『潜在』だというらしい。



 彼女はいきなり駆け足になった。一刻も早くこの場から去りたいという衝動に駆られだし、人気の無い場所へと向かった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 なんとかビルの路地に辿り着いた彼女は、息が荒くなっていることに気付いた。歩いている間は呼吸をしていなかったのだろうか。或いは呼吸をすれば命取りになるとでも思ったのだろうか。どの道彼女は身体から嫌な汗が流れていたり、自分の足が震えていた。

 頭の中が混乱して、何と言って良いのか分からないが、一瞬とんでもないものを感じた。


「何なんだ、今のは……」


 彼女は気を落ち着かせるのに精一杯だった。

 大したことはなかった筈だ。只、『普通』に駅を歩いていただけだった。この後何処に行こうか考えていた。それだけなのに、背後から心臓を一突きにされたかのような鋭さが彼女を襲った。

 心当たりがあるとすれば、あの少年だろうか。

 白いシャツと黒のジャンパー、黒の長ズボン姿で、恐らく自分と同い年ぐらいの無愛想な顔をした、休日に新宿をブラつく、何処にでもいる『普通』の男子だ。女の子と一緒に歩いていたからデートか何かなのだろうと思っていた。

 『普通』な筈なのに、彼女は少年と擦れ違っただけなのに、擦れ違った直後、彼女は今だ嘗て感じたことも無いとんでもないほどの『異常』な殺気を感じ取った。あまりの『異常』さに声を上げる所だったが、なんとか堪えて平然を装った。

 向こうには、恐らく気付かれていないと思う。大した反応も見えなかったし、『普通』に歩いていた。大丈夫な筈だ。

 あの殺気。自分では比べ物にならないほどの箔が付いている。とんでもないほどの人を殺さないとあそこまでの域には達しない。見た目は『普通』なのに、中身は『異常』の塊。今の自分では到底敵わないほどの強さを隠し持っていると嫌でも分かる。


「……さてと、やっぱり今日は帰るか」


 落ち着きを取り戻した彼女は、何処かに行く予定を変えて帰宅することにした。いきなりの殺気を感じたせいで疲れてしまったからだ。

 家路を目指す彼女は、心の奥底で思った。今の殺気と、また何処かで会うことがあると。



 新宿駅を彷徨うこと五分。人がごった返す中、俺達はシュン達を見つけた。


「おう銃兵衛、伊佐南美ちゃん」

「二人共、こんにちは」


 相変わらずのボサボサな髪にチェック柄のTシャツと赤いパーカーとジーパン姿のシュンがにこやかに手を振る。

 おさげに白のTシャツ、青のカーディガン、黄色いのフレアスカートにレギンス姿の眼鏡女子、二宮がペコリと丁寧にお辞儀。いつ見てもこの二人、挨拶からして色々と対照的だな。

 二人しかいないように思えるが、シュンの後ろからひょこっと女の子が現れた。

 身長は伊佐南美と同じか少し低いくらいだろうか。黒の長い髪を靡かせ、黒いセーラー服を着た中学生ぐらい、それなのに胸の辺りが二宮や伊佐南美よりも遥かに膨らみがある。


「ほらユキ。自己紹介しろって」

「……う、うん」


 シュンに肩を押されて前に出てきた女の子は指をモジモジとさせながら寄ってきた。ユキと呼んでるということは、この子が噂に聞くシュンの妹なのだろう。


「は、はじめまして。神楽坂穂乃雪です。よろしくお願いしにゃす!」


 …………。

 暫しの沈黙。


(今噛んだな伊佐南美)

(今噛んだねお兄ちゃん)


 緊張しているからなのか、自己紹介で噛むとは。

 噛んでしまったことが恥ずかしいのか、たった今自己紹介してくれた穂乃雪ちゃんは顔が赤くなっている。後ろで二宮が静かに笑う中、シュンが近寄って穂乃雪ちゃんの頭に手をポンと置く。


「ユキ、噛んじまったな。仕方ねえよな。緊張しちっまてんだろうなぁ。分かるぞ。凄え分かるぞ。けど気にすんな。そこがお前の可愛い所の一つだからな」

「っ!? お、お兄ちゃん~っ!?」


 顔が真っ赤になった穂乃雪ちゃんがシュンをポカポカと叩く。それを、悪い悪いとシュンが優しく宥める。仲良いなこの二人。俺と伊佐南美ぐらいに。


「えーっと、穂乃雪、ちゃん? 俺が君のお兄ちゃんのルームメイトの服部銃兵衛。宜しくな」

「その妹の服部伊佐南美でーす。よろしくねユキちゃん」

「え、あ、はい。よろしくお願いします!」


 穂乃雪ちゃんが深々とお辞儀する。そして穂乃雪ちゃんがお辞儀した際、体が大きく動いたことで彼女の胸の辺りが大きく上下した。

 暗殺稼業と日々の鍛錬で身につけた動体視力でそれを目の当たりにした俺は、可哀想な目で伊佐南美を見る。同じ様にそれを見て、更に俺の思考を読み取ったのか、伊佐南美がニコーッとした笑顔で返してきた。これは相手を嬲り殺しにしたい時に出す笑顔だ。後でちゃんと宥めないと殺される。


「ねえーねえーユキちゃん」


 伊佐南美が興味津々な『普通』の笑顔に変えて穂乃雪ちゃんに近寄る。


「な、何? 伊佐南美ちゃん……」

「どーしてユキのおっぱいはそんなにおっきいーのー?」

「えぇっ!?」


 突然の伊佐南美の大胆な質問に穂乃雪の顔がまた赤くなる。


(ゴンッ!)

「イダッ!」


 俺はすかさず伊佐南美の頭をチョップして羽交い絞めにする。


「伊佐南美、初対面の相手に何失礼な事を聞いてんだコラ。悪いな穂乃雪ちゃん。後でちゃんとシメとくから」

「お兄ちゃん、放してよー!」


 ジタバタともがく伊佐南美に拳骨を喰らわして大人しくさせる。


「えっと、あの、その……」

「ユキ、落ち着けって」


 かたや慌てふためく穂乃雪ちゃんをシュンが宥める。


「悪いなシュン。伊佐南美が変な事聞いて」

「気にすんなって。そりゃ確かにユキの胸は大きいな。それが俺の妹の自慢の一つだからな」


 それは良いな。自分の妹の胸が大きいのが自慢って。

 けどなシュン、世の中には貧乳を喜ぶ野郎共もいるんだぞ。

 コホン、と二宮が咳払いをする。


「神楽坂君、公共の場でそういう発言はあれです」

「おっと。悪い悪い」


 二宮の注意にシュンは大人しく従う。普段はあまり見ることのない珍しい場面だ。


「よーし。ここで話してばっかもなんだしな。とりあえずどっか行くか。銃兵衛達はなんか希望あっか?」

「あー、俺らさっき渋谷でパンケーキ食ってきたばっかだからなー。それ以外だったら何処でも」

「私もでーす」

「そうかー。じゃあ銃兵衛、俺ン家に来いよ。親が今旅行中だから誰もいねえし」


 何がじゃあなのかは知らんが、シュンが自分の家に来ることを提案。

 本音を言えばそれはそれで良いと思う。友達の家なら周りを気にせず色々と話も出来るだろうし。


「俺はそれでも構わんが、伊佐南美は?」

「私はお兄ちゃんと一緒なら何処へでも良いよー」


 伊佐南美はOKらしい。


「金実も良いよな?」

「はい。折角ですし、私達だけでお話しましょう」


 二宮も良いらしい。


 折角友達が家に招いてくれるんだ。断る理由は無い。

 という訳でシュンの案内で神楽坂家に行く事になった。

 だがその道中、またもや蛇蔵からメールが来た。


『新字湯蜘蛛地屁板!幼虫伊!』


 新宿も自兵多いから要注意、か。何で俺達が新宿にいるの知ってんだあの野郎。まさか俺達に発信機でも付けてんのか? いや、服を着る時にいつも確認しているからそんな事は無い筈だが。それでも蛇蔵の事だ。絶対何処かに忍ばせているかもしれない。

 とりあえず蛇蔵には、『 (了解の意で空白)』と返信して着信拒否に設定しておく。


「どうしたのお兄ちゃん?」

「いや、ちょっとメールの返信してた」


 スマホを仕舞い、伊佐南美の頭を撫でながらシュン達に案内されていった。

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