表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
射城学園の殺し屋  作者: 黒楼海璃
伍 『異常』な連休(ゴールデン・ウイーク)
38/44

参拾漆殺

 飯島いいじまつよしは退屈していた。今日はやる事が無い。いつもの取引は無い日だし、暇潰しに地下室で飼い慣らした女で遊ぼうかと思っていた。

 飯島の経営する建設会社は悪徳金融会社と手を組み、弱い立場にいる人々から金を巻き上げ、金を払えないならその人の身内にいる若い女を連れ去り、自分達のペットとして薬漬けにしたり性的暴行を加えたりして調教していた。身内に女がいなければその人の自宅に強盗を嗾けて財産を奪い、証拠隠滅の為に炎の中へと葬った。連日放火事件が多発していたが、その主犯は飯島が金で操っている使い捨てのゴロツキ達だった。

 勿論警察に訴える人もいた。だがその大半は訴える前に拉致監禁し、その人を拷問してその光景を映像に収めて楽しんでいた。仮に訴えられたとしても、警察庁幹部や多くの政治家達との間にパイプがある飯島は逮捕されても不起訴になるだけだった。

 飯島にとってこの世は金が全てだった。自分の会社も金のありそうな老人宅を沢山襲って手に入れたものだ。自分がヤバくなれば金で解決出来る。お偉い人達も大金を積めば何でもやってくれる。正に自分は王様気分だった。

 本当に退屈になってきた飯島は、表向きの仕事である建設の事務作業を終えて会社と兼用している自宅に帰った。今日もちゃんと躾をしたペット達を可愛がるつもりであった。

 飯島がリビングの灯りを付けた時、飯島はギョッとした。

 目の前に、一人の少年が立っていたのだ。年は恐らく15か16。だが少年は奇妙な黒いロングコートを着ていて、両手も黒い手袋、足は黒いブーツ、口元は覆面で覆われ、右目が左目よりもやたら黒い。足首辺りまで長いそのコートにはベルトや金具が無数についており、他のものと同じぐらいになんとも『普通』ではない雰囲気を漂わせていた。

 少年の奇妙な所はもう一つあった。それは少年の脇に突き刺してある一本の日本刀だ。あれはどう考えても『普通』じゃない。『異常』だ。まずその日本刀は反りの無い所謂直刀で、一点の曇りも無いぐらいに禍々しさを出していた。


「……な、何だお前は」


 飯島は恐る恐る尋ねる。すると少年は覆面越しに喋り出す。


「……飯島毅。お前は悪徳金融会社、たき金融と手を組み、多くの人達の財産を貪ってきたクズだ。しかも奪っただけでは飽き足らず、金の払えない家の若い女を拉致して調教、強盗を襲わせて金品を奪って放火、訴えようとした人への拉致監禁拷問、ここまでやって楽しいか?」


 飯島は背筋に寒気が奔った。一体どうしてこの少年は、自分がやって来た事をここまで細かに知っているのだ。飯島がやって来た事を知るのは飯島意外には滝野金融の社長と幹部、そして口の堅い自分の部下達だけだ。何処にも情報は漏れない筈。

 ここで動揺を見せるのは得策では無いと判断した飯島は平然を装う。


「な、何を言い出すかと思えば。滝野金融? 知らないなぁ。一体何を訳の分からない事を……」


 突然、少年が音も無く書類の束をリビングに放り投げた。飯島がその一枚を拾って読むと目を丸くした。その書類にはこれまで自分がやって来た事がビッシリと書かれていた。関係者、被害者、協力者、パイプのある人間から奪った金のルート、拉致した女達の事まで事細かに。


「ど、どうしてこれを……」

「飯島、もうお前は終わりだ。大人しく裁きを受けろ」


 少年は刀を引き抜くとバトンの様に振り回してその切っ先を飯島に向ける。


「さ、裁き? お前まさか警察の人間か? 無駄だ。ここに書いてあるだろ。俺のバックには警察庁幹部がいる。逮捕しても不起訴に終わるだけだ。裁きは受けない」

「そうだ。お前に表の法は通用しない。表のルールではお前を裁く事は出来ない。だが」


 少年はゆっくりと飯島に近づいてくる。飯島は何故か後退する事が出来ない。

 殺気が、少年の体から溢れ出る強い殺気が、飯島の体をその場から動けないようにしていた。


「お前は俺達の世界に土足で入り込み、散々好き放題やらかした裏の世界の悪人だ。そんな奴は俺達にとって傍迷惑なんだよ。そしてそんなクズを野放しにする程俺達は慈悲深くない。大人しく裏の裁きを受けろ。安心しろ、俺はドSじゃないから、楽に死なせてやる」


 飯島はたった今理解した。この少年は自分を殺す為にここに来たのだ。飯島は思ってもいなかった事態に頭の中が困惑してしまう。


「ま、待て! か、金か? 金が欲しいのか? 何でもやるから、命だけは助けてくれ! 頼む!」


 飯島は必死に懇願する。けど、それは飯島の最期の言葉になった。


「悪いな。俺はお前の命しか取らない」

「っ!?」


 少年が刀を薙いだ。飯島の首がいとも簡単に切り裂かれ、頭が床に落っこち、胴体もバタリと倒れた。

 少年は刀に付いた血糊を払うとポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。


『はーい! もしーもし影くーん! 霞ちゃんでーす!』

「……霞、俺だ。そっちはどうだ?」

『うんとねー、こっちもたきまさよしの始末終わったよー。後は裏帳簿とか捕まってた人達とか逃がすだけー。部下と幹部達も全部ったよー。影くんは?』

「俺もたった今飯島毅と部下共の始末が終わった。後はこっちも似たり寄ったりだ。サッサと片付けて依頼人クライアントの所に戻るぞ」

『はーい! それじゃあ一時間後にねー!』

「ああ」


 少年は電話を切り、後の処理を行うべく姿を消した。



 翌朝。飯島建設社長、飯島毅以下多数の部下達と滝野金融社長の滝野政義以下部下達の死体が発見されたニュースがやっていた。飯島は鋭い刃物で切り裂かれ、滝野は心臓を刃物で刺された。二人は結託して滝野金融で金を借りた人達から財産を奪い続けていた事が、各マスメディアと警視庁に匿名で送られた書類によって判明した。その中には当然パイプのあった警察庁幹部と多くの政治家達の名前もあり、朝から東京は騒々しかった。


「いやー、さすがはじゅう兵衛べえ君と君だね。朝からこのニュースで何処も持ち切りみたいだよ。はむ」


 コンビニで(俺の金で)買ってきたメロンパンと紅茶で朝食にしている依頼人――あらしざき紫苑しおん理事長が満足そうに新聞を読んでいた。

 ついでに俺――服部銃兵衛と愛しの妹・伊佐南美もメロンパンとコーヒーという簡単な朝飯を食っていた。昨日は夜通し働いたからまだ眠気が残っている。ブラックコーヒーを飲んでパッチリと目覚めないと。

 隣の伊佐南美はまだ眠いみたいで、目をうっつらさせながらメロンパンをもそもそと食べてはコーヒー(牛乳と砂糖たっぷり)を飲んでいた。


「怪我が治った早々仕事に行くのがどれだけ大変なのか理事長は分かってて俺等に依頼したんですか? おかげでこっちは眠いし疲れましたよ」

「あはは、ゴメンゴメン。でも仕方ないよ。そろそろ飯島と滝野を消しておかないとこっちも面倒な事になるってに言われたからね。ボクの我が儘聞いてくれてアリガトね。二人共」


 理事長がニッコリと笑いながらウインクする。この動作に一瞬ドキッとしたが、瞬時に放たれた伊佐南美の殺気によってそれは無い扱いとなった。


「それじゃあ二人共、これが今回の報酬。また今度宜しくね」


 理事長はそう言って札束の入った封筒を俺達に渡そうとした。が、


「あの理事長、ちょっとその報酬について相談があるんですが」


 俺は受け取る前に話を切り出す事にした。


「ん? 何?」

「今回の報酬、金以外にしてくれませんか?」

「お金以外って、ボクに何かおねだりしたい事でもあるの?」

「はい。そうなんです」


 俺ははっきりと答えた。眠気の残っていた伊佐南美も俺に顔を向ける。俺が頷くと伊佐南美もコクリと頷いて理事長に顔を向ける。


「……まあ、君達には色々お世話になったし、少しぐらいなら良いよ。それで、一体何?」

「それがですね……訓練場が欲しいです」



 放課後。俺と伊佐南美は理事長に連れられて校内を歩いていた。


「あーあ、そりゃあ二人共日々の鍛錬を怠らない訳だし、訓練場が欲しくなるかもなぁとは思ってたけど、案外早かったね」

「一昨日の夜にヤバい奴とり合いましたからね」


 俺と伊佐南美は昨日仕事から帰る間に訓練場にいて話していた。

 『ZEUSゼウス』の黒刀使い、真田さなだゆきに歩く銃器庫、リドカ・カナリーとの戦いで俺達兄妹はもっと鍛錬をする必要があると学習した。少なくとも今のままでは再戦になったらまた勝てるという保証が無いし、それに俺の新技であるおうさんを使いこなす為にも、伊佐南美のじょうかすみをちゃんと使えるようにする為にもちゃんとした訓練場が必要であるという事になった。

 伊賀にいた頃は山奥に篭って一日中ぶっ通しで鍛錬に明け暮れてはいたが、東京の郊外と言えどさすがにそれは目立つ。夜にやりたいがシュンや二宮にのみやにバレる恐れもあるのでそれは避けたい。

 結果、理事長にねだるのが一番手っ取り早いというのが結論であり、その旨を言うと、理事長は放課後まで待って欲しいと言い、現在に到るという訳だ。のだが、


「……あの理事長」

「なーに? 銃兵衛君」

「さっきから妙な目で見られ続けてるんですけど」


 俺達三人が歩いている途中、様々な女子生徒達と擦れ違った。様々というのは言葉通りの意味であり、腰に刀を差していたり、目の前で魔方陣から魔術を放ってたり、頭に獣耳があったり、背中から羽が生えていたりとかそんな意味での様々である。だがその全てが俺達を見るなり一目散にその場から姿を消した。まるで俺達から逃げる様に。今もこうして校内にまだ残っている女子達から変な目で見られていた。


『ねえ、理事長の後ろにいる二人って、最近入ってきた編入生達でしょ。何で理事長と一緒にいるの』

『知らないわよ。多分何かやらかしたのよ。でないと理事長が男なんかと一緒に歩く訳ないでしょ』

『けど何でだろ。あの二人、理事長と一緒にいるのに平気そうな顔してるわよ。どれだけ精神メンタルが強いのかしら』


 そしてヒソヒソと聞こえる話し声。しかもなんか理事長と一緒にいるという事は、大抵罰を受ける時ぐらいらしい。あと俺もなんか言われてるし。

 歩いている理事長はうんざりしたのか、はぁー、と深い溜息を吐く。そして、


(ニコッ)


 周りに優しく微笑んだ。それだけだった。それだけだったのに、


「「「っ!?」」」


 こっちを見ていた女子達の顔が一気に青ざめ、一目散にその場から散り散りになった。

 何をしたのかは分かる。理事長はほんの少しだけ殺気を出して、俺達を見ている女子達を驚かせたのだ。その殺気の余波が俺と伊佐南美にも伝わってくるから分かるが、あれは『異常』だ。正直俺たちもビビッた。しかもあれでほんの少しというのが更に怖い所だ。だから彼女達はこの人と一緒に歩いている俺達を疑問に思っていた訳か。どうしてこの人の殺気が平気なのか、と。

 理由は到って簡単。『普通』にいる分だけなら問題ない。これぐらいの殺気はこうげんといた時に何度も味わってきたからもう慣れてしまっていた。


 そんなこんなで歩く事十分。俺達は目的地に到着した。のだが、


「ゼェー、ハァー、ゼェー、ハァー……」


 理事長が息切れしていた。体力無さ過ぎだろ。1km弱ぐらいだぞ。


「……あーもー、普段は理事長室から出る事事態少ないし、こんな事ならもっと体力つけておくべきだった」

「出来ればそうして下さい。というか絶対そうして下さい。ていうかよくそんな体力で剣なんか振れましたね」


 俺がジト目で理事長を見る。俺達が来たのは学園の私有地にある大きな木造で出来た道場。入り口には『W組棟』と毛筆で書かれた木の札が掛けてあった。つまりここって、


「ハァ、ハァ、ハァ、つまり、このW組棟はぶっちゃけて言えば武術を磨く場なんだよ。なんたって武人(Warrior)だからここでなら充分な鍛錬が出来るんじゃないかなって。ただ」

「ただ?」

「……あの人がそれを快くOKしてくれたら良いんだけどなぁって」


 理事長がそう呟きながら扉を開けて中に入る。俺と伊佐南美もそれに続く。

 外見と違い、中は半分は道場っぽく、半分はやたら現代っぽい造りだった。

 何処かの剣道場の様な内装に、壁にはデジタル・ディスプレイとホワイトボード、やたら多いシャワー室と更衣室、武器庫、備品庫、空調も完全完備で得物は日本刀、ナイフ、槍、薙刀、遠距離用の弓矢まである、正しく武術の空間だ。中に入ると五十人程の女子達が皆白い清潔な道着に黒袴姿で自分達の腕を磨いているのだが、俺達が入ってきた途端に女子達の視線は一気に俺達に注目された。そして悪い意味でギロリと睨んでくる女子も数人ばかしいたが、理事長の姿が確認されただけで睨むのを止めた。

 理事長が一歩前に出て、ニッコリと笑って話し始める。


「やあ。こんにちは。皆精が出ますね。つるぎ先生はいますか?」

「ここにいます」


 奥から声がした。女子達が道を空けてこちらに歩いてくる一人の女。年はまだ若い。白い道着に黒袴、そして何故か黒いサングラスを掛けて腰には木刀……いや、木刀に見せかけた仕込み刀だ。木刀に仕込んでいる理由は稽古と実戦を同時に出来る為だとは思うが、それよりも一番ヤバいのは、この女自身だ。『普通』じゃない。『異常』だ。全身から常時発せられる殺気。それだけでも十分分かる。っている人間だ。しかもその腕も俺達兄妹と同等以上だ。

 女が殺気を発しながら歩いてきて、立ち止まった。


「どうも剣刃先生。相変わらず生徒達へのご指導ご苦労様です」

「どうも理事長。こんな汗臭い所に態々御越し頂くとは一応光栄ですと言っておきます」


 放たれた第一声。なんか理事長に喧嘩売っている様に聞こえるな。この人。


「銃兵衛君、伊佐南美君、紹介するよ。この人が1年W組担任兼W組棟主任兼管理人のつるぎとう先生。剣刃先生、直接会うのは初めてですよね。編入してきた服部銃兵衛君と妹の伊佐南美君です」

「……どうも」

「はじめましてー」

「ああ、はいはい。よろしくよろしく」


 剣刃先生は面倒臭そうに手を振って挨拶。というかあまり俺らと話したくない様に見えるな。


「ところで剣刃先生。お腹の具合は如何ですか? 聞く所によると昨日は古くなった鯖を食べてお腹を壊したと聞きましたけど? そういえばこの前も古い卵を食べてお腹を壊したと聞きましたが?」

「ああ、そんな事もありましたかねぇ、一時間ぐらい寝てたら勝手に直りましたよ。私は理事長みたいにひ弱ではないですから」

「そうですかそうですか。まだ具合が宜しくなかったら寝込んでいる隣で剣刃先生の大好きな太巻きでも丸齧りしながら笑ってやろうかと思いましたけど」

「御心配無用です。仮に寝込んでても太巻きぐらいなら意地でも頬張りますから」

「そうですかそうですか。それじゃあ山葵たっぷりの山葵太巻きでもご馳走してあげますよ」

「どうぞご自由に。こっちはブート・ジョロキアで作った特性太巻きをご馳走しますよ」

「あはははは……」

「あっはっはっはっはっは……」


 何故だろう。この二人の間に黒い火花が散っている気がする。話の内容からして仲はそんなに良くないみたいだ。あと嫌がらせのレベルがアレだ。


「それで理事長、本日は一体何の御用でしょうか? また私に剣で遊んで欲しいんですか? 別にそれでも良いですよ。チャンバラぐらいいくらでも負かしてあげますから」

「いえいえ、違いますよ。今日は剣刃先生にお願いがあって態々剣刃先生の所まで来たんです。決してW組棟に来たくなかった訳じゃないので誤解しないで下さい」

「別に誤解してませんよ。どうせ理事長は私の顔を見るぐらいなら一日中北条さんに睨まれ続けてた方が百倍マシだという様な人だってのは重々承知しているので全然気にしてませんよ。奇遇にも私も同意見ですから」


 ヤバいヤバい。二人から殺気がドンドン出てきて場を埋め尽くそうとしている。というかほぼ埋めてる。この二人やっぱ仲悪いみたいだ。


「り、理事長、剣刃先生」


 そんな険悪な雰囲気な中に一人の女子が入ってきた。皆と同じ道着に袴姿で手には日本刀が握られている黒髪ポニーテールの女子だ。


「何だよひな

「あの、皆が怯えてるので、そのくらいに……」

「ん? ああ、悪い悪い」

「あー、これは失礼」


 理事長と剣刃先生は周りを見渡して女子達が怯えきった目でいるのにやっと気付いた。気付くの遅えよ。てかさっきのポニテがいかなかったら俺が行ってたぞ。

 理事長はコホンと咳払いをし、改めて剣刃先生の方を向く。


「それで剣刃先生、ボクから先生にお願いしたい事がありまして」

「はいはい。何ですか?」

「それがですね……」


 理事長が言おうとした所で剣刃先生が手を出して制する。


「当ててあげましょうか? そこの服部兄妹にここの訓練場所を貸してほしいっていうお願いなんでしょ? 返答はノーです」


 正しくその通り。理事長のお願いの内容を当てた剣刃先生。まあ理事長が生徒を連れてここに来る理由なんてそれしか思い浮かばないだろうけど、そのお願いは却下されてしまった。そして理事長のこめかみがピクピクと引き攣る。これは多分というか絶対ムカついているな。


「……剣刃先生、理由をお尋ねしても良いですか?」

「尋ねるまでも無いでしょ。男子生徒にウチの道場を使わせる義理はありません。ここは一応女子限定なんですから。百歩譲って服部妹がOKだとしても服部兄は駄目です。それだったら服部兄の方が不公平になるので兄妹共々駄目にします」


 確かに剣刃先生の言っている事は正しい。伊佐南美は良いとしても男の俺はどう頑張っても駄目だ。さっきから俺を見る女子達の視線も敵対心丸出しだし。断られて当然か。

 仕方ない。鍛錬場所は何処かの山奥でするか。そう思って俺と伊佐南美は引き上げようと理事長に声を掛けようとしたが、


「……剣刃先生、どうしても駄目なんですか?」


 理事長はどうやら諦め切れないらしく、粘る姿勢で行くみたいだ。目が負けたくないと言わんばかりに燃えているし。


「どうしても駄目ですねぇ。流石に女の園に男を入れるのも彼女達には耐え切れませんし」

「理事長であるボクがお願いしても、ですか?」

「理事長がお願いしても、です」

「理事長であるボクが土下座して頼んでも、ですか?」

「土下座ですか。そうですねぇ、『私は超生意気な幼児体型の女です』って三回言いながらだったら考えますけどね」

(ブチッ!)


 あ、今ので理事長多分キレた。その証拠に理事長お得意の『異常』な殺気が異常発生しているし、理事長を黒いオーラが包み込んでる。


「……ハハハ、そうですかそうですか。剣刃先生は遠回しにボクの胸が小さいとそんなに言いたいですか。教師の分際で随分と達者な口を聞きますねぇ」


 何故だ。今のこの人の笑いが笑いに見えないし聞こえない。周りにいた女子達も怯えきった表情でガタガタ震えているし。ついでに理事長には胸の小さい系統の発言は禁句だという事を学習したが、その学習が無駄にならなければ良いな。この後死んでいなければ。


「ゴォメンネェ、銃兵衛君、伊佐南美君。どォうやらァ剣刃先生をクビにしないとォここは使わせてもらえないみたいだよォ」


 声のトーンどころかもはや喋り方まで怖くなってきた理事長は鞘に収まっている金色の西洋両刃剣を抜く。いや待って下さい理事長さん。あなたはその剣を何処から出したんですか。


「おやおや理事長。やっぱり私と遊びたいんじゃないですかぁ」


 剣刃先生も腰の木刀を文字通り抜刀。仕込み刀を抜く。


「ご安心下さい剣刃先生。間違えて殺しても絶対零度術式アブソリュート・ゼロで氷漬けにして冷凍庫に永久保存しておきますね。皆が先生を忘れた頃には砕いといてあげますから」

「理事長、そんな気遣いは無用ですよ。私が理事長を細切れにした後は日暮ひぐれ先生に頼んで一個一個丁寧にホルマリン漬けにしてあげますから。日暮先生なら大層可愛がってくれますよぉ」


 互いに互いが怖い事を平気で口にしている。これはどう考えても殺し合いが始まる予感だ。俺としては個人的に興味はあるのだが、何故この二人はここまで怒っている?


「つ、剣刃先生……」

「雛子、皆を下がらせろ。巻き込まれる」

「あの理事長……」

「銃兵衛君、伊佐南美君、下がって。でないと怪我するよ」


 うん。駄目だ。この二人本気モードになってる。何を言っても止まる余地は無さそうだ。どちらかが死ぬまでやり続けるかもな。


「剣刃先生、今日こそその首刈らせてもらう!」

「それはこっちの台詞だぁっ!」


 両者共に素早い動きでぶつかった。

 ――ギィンッ!


「っ!?」

「っ!?」


 但し互いにやいばは当たっていない。


「理事長、校内での死闘は禁止じゃなかったんですか? また感情に任せて動いたでしょ。それが理事長の悪い癖です。直した方が良いですよ」

「剣刃先生もです。先生がそんな感じだと皆動揺してしまいます。というか既に動揺してます」


 俺がぜつがんとう神流かんなづき』(濯ぎ済み)で理事長の剣を、雛子という女子が剣刃先生の仕込み刀を持っていた日本刀で受け止めていた。伊佐南美も入れようかと思ったが、間違えて死人を出すのは嫌なので我慢してもらった。


(あーあ、怒られるだろうな……)


 俺は溜息を吐いた。だがその心配は無用だった。


「…………あー、ゴメンゴメン銃兵衛君。ボクったらついつい」

「…………おー、悪いな雛子。手間掛けた」


 何故か双方は殺気を収め、互いに互いの顔を見合わす。


「剣刃先生、やっぱりアレにしますか? その方が彼女達の為にもなるでしょうし」

「ですね。そうしましょうか」


 剣刃先生は溜息を吐くと仕込み刀を鞘に収め、理事長も剣を鞘に戻す。

 何だ。一体何がどうなっているんだ。


「銃兵衛君」


 理事長が俺の方を向く。


「悪いけど、今から簡単な決闘やって」

「は?」


 俺は突然言われた事にポカンとする。理事長が続けて言う。


「えーっとね、ここを使う条件として、今から決闘をしてそれに勝てたらここを自由に使っても良いって話になったの」

「いやあの、なったのっていつ?」

「今」

「今!?」

「うん今。剣刃先生と流れで決めた」


 いやどんな流れだよ!? 何がどうなってそんな流れになるんだよ!?


「でも、校内での死闘は禁止ですよね?」

「死闘じゃなくて決闘。あくまでも形式試合だから殺すのは無し。死ななかったらいくらでも喧嘩して良いから。この学校は」


 良いのかよ。殺し合いが駄目で喧嘩が良いという違いが分からない。けど何はともあれ理事長がまた暴走するのは止まったし、最初の目的である訓練場を貰えるチャンスが出たならまだ良いか。


「そういう事なら喜んで引き受けますけど、ちなみに俺の対戦相手は誰なんですか?」

「え、目の前にいるじゃん」


 理事長が指を指した先にいたのは、さっき剣刃先生の仕込み刀を受け止めたポニテ女子。


「……アイツですか?」

「うん。彼女は高等部1年W組の廿楽つづら雛子君。主席だからそれなりに強いよ」


 なんと。剣刃先生の一太刀を受け止めていたからかなりのやり手とは思っていたけど、よもや主席だとは。それそれで中々、


「……良いですねぇ。俄然やる気が出てきましたよ」


 俺の闘争本能に火をつける様なものであった。


「まあ、ここを使いたいっていうぐらいだから期待はしてるが、雛子もそれで良いよな?」

「はい。やります」


 当の廿楽本人もやる気の様だ。ただ一つ気掛かりな事があった。未だに俺を睨んでいる女子達が十数人程いるというのに、何故かこの廿楽は俺を軽蔑する様な目を向けない。元々は女学校というぐらいだから男に対してやたら敵対心が高いかと思ったが、廿楽はそんな事はないみたいだな。


「それじゃあ早速、始めますか」



 十分後、俺と廿楽は五m程の距離を取って向かい合っていた。審判は中立を保つ為、北条さんが行う事になった。周りにはクラスメイトらしい女子達のギャラリー、伊佐南美、理事長、剣刃先生、そして何故かしきざき先生。理事長に聞いてみた所、決闘時には双方の担任がいる事が原則らしい。理事長から電話をもらった式部崎先生はマッハの速さでやって来てあーだこーだ詰め寄ってきたが、理事長の一喝で大人しくなった。


「それじゃあ簡単にルール説明するね。どちらかを戦闘続行不能にした方の勝ち。以上」


 …………いや、簡単過ぎて逆に分からないんだが。それだったら殴っても蹴っても何でもアリって事になるよな。そういう事だったら遠慮なくそうさせてもらうけど。


「それじゃあ優子さん。お願いね」

「はい」


 北条さんが手を軽く上げる。それに合わせて俺と廿楽は構えを取る。


「試合、開始!」


 さてと、どうしたようか。当初の作戦は試合開始直後に突っ込んで腹に一発桜散でもブチ込んでやろうかと思ったのだが、どうもそれが出来ない。

 廿楽には隙が無さ過ぎる。『普通』に刀を構えているというのに、忍び寄って付け入る隙を全く見せない。

 どちらかを戦闘続行不能にした方の勝ちという単純過ぎるこのルール。一見すれば素手も武器も関係無しに戦えると思っていた。けど廿楽の隙の無さを確認して分かった。まず廿楽は強い。剣術の稽古をかなりやり込んでいるのだろう、見ただけですぐに分かった。それに廿楽は俺の神流月を『異常』な業物だと瞬時に見抜いた。剣術を磨いている廿楽にならそれぐらいは簡単に見抜ける。だからこそ、廿楽は神流月以外の全部を警戒している。俺が神流月以外で攻撃してくる事を全部警戒しているから、俺は迂闊に手が出せない。最初は本当にそう思った。だが、


 ――ギィンッ!


「……っ!」

「……っ!?」


 そうと分かれば話は早い。神流月だけで攻めれば良い。後は日頃の鍛錬量がものを言う。

 俺の予想通り廿楽は俺の一撃を受け止めた。それぐらいは出来ないと主席なんかやってられない。けど俺の筋力は廿楽よりも遥かに高い。力押しなら絶対勝てる。


「……くっ、この」


 やはり廿楽は力で負けている。どんなに剣術を磨いても俺と廿楽とでは体の鍛え方が違うみたいだ。


「チッ」


 突然廿楽が刀の刃を滑らす様に横に通り過ぎていった。力押しで行っていた俺は神流月をそのまま床に叩きつける。


「はあっ!」


 そこから廿楽の横薙ぎ。今度は俺が受け止める形になった。


「……服部君、君の動き、速くない?」


 鍔迫り合いになって廿楽がそんな事を言ってきた。


「それがどうした?」


 俺が聞き返す。


「……別に」


 ――ギィンッ!

 この後も斬り合いによる攻防が続いた。廿楽は鋭い斬撃を次々と叩き込み、俺はそれを悉く受けたり弾いたりする。光元からは弾いたり受けたりせず、流すかかわすかする剣術を教わっていた。そっちの方が刀に掛かる負担が減るからだ。けど俺があえて受けている理由は二つ。一つは俺の得物が絶対に壊れない神流月だから。二つ目は昨日の夜、夢の中でまた神流月が出てきて、自分を使う時はバシバシ刀身を当てて下さいと頼んできたのだ。しかも土下座で。お前はドMかと突っ込もうかと思ったが、刀である神流月にとってやいばが当たる事は嬉しい事らしいし、暫く使っていなかった事もあるのでバンバン当てている。

 だが廿楽も中々の使い手だった。俺とは逆に攻撃を受けず弾かず、流すかかわしている。しかも俺が速く斬ればそれを先読みして流し、横から斬ってくる。当然俺はそれを受け止める。そしてその直後に廿楽はそれを流してまた斬ってくる。それの繰り返し。

 俺は只単純に斬っているだけなのに対して廿楽は回りを効かせている。後手に出て一旦防御し、瞬時に先手を取る。後の先剣術か。だがそんな攻撃長くは続かない。体力が切れたら俺の勝ち。けど廿楽はバテる気配が見られない。コイツの体力も俺並みぐらいあっても可笑しくないという事か。


「……面倒だな」


 俺は廿楽の斬撃を受けずに後ろ向きにジャンプして避ける。廿楽は俺が避けるとは思っていなかったのだろう。目を丸くして慌てて体勢を立て直す。

 ここで俺は桜散を放ちたかったが、あれは未完成だしヘタしたら殺しかねない。なのでここら辺で廿楽が警戒していた事をあえてやる事にする。

 俺は高さ約5mの天井へと高くジャンプする。これにも廿楽は驚いていたが、忍者である俺とって高さ五mの天井までジャンプして足を付かせるだなんて『普通』の芸当だ。


「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボッ!」


 俺は喉を大きく鳴らす。ギャラリーを含めて、俺が何をするのかを察したのは伊佐南美只一人だけだ。

 廿楽よ、死なない事を祈るぜ。


(――てっしんさんッ!)


 俺は口から吐いた。無数のクナイを。


「っ!?」


 鉄針霰は俺が体内に仕込んでいたクナイを一気に吐き出して霰の様に降らす技。昔父さんが使っていたのをそのまま使ってみた。ちなみに父さんは何処のか本に書いてあったものを参考にしてこの技を思いついたらしい。けどこれを使うと仕込んでいるクナイが全部出されて二度目が使えない上に高くジャンプしないと標的を狙えず、普段はあまり使わない数撃てば当たるという技だ。

 そんな訳で廿楽目掛けてクナイが一斉に降り注ぐ。その数は五十本。これを全て避けきるのは物理的に無理がある。不可能ではないが。


「――せんざん!」


 だがそこはW組と言った所か。刀を横に構えて三回程回転する。

 一回目で強い風を吹き起こした。

 二回目で風を上に伸し上げた。

 三回目で強い風と同等の衝撃波を生み出した。

 俺の放ったクナイは風と衝撃波によって全て吹き飛ばされ、俺の方にも風と衝撃波が飛ぶ。俺は神流月を薙ぎ払って逆に吹き飛ばす。やっぱり廿楽はこういう事は想定外だけど、こういう時の状況を覆す術は知っていたか。

 殺し屋にとって真っ向正面から戦う技術はいらないとされている。何せそんな事するぐらいなら背後から確実に仕留めた方が余程効率的だからだ。そんな技術を持っている殺し屋はほぼいない。けど俺はそれを持っている。理由は簡単。相手を殺す為なら、別に闇討ちでも正面戦闘でもどうだって良い。殺せるならどんな技術でも身につけてやろうと思っていたから、普段伊佐南美と喧嘩する時でも正面戦闘技術は役立っている。だから、


「……あつにくすじ


 ――バキバキバキッ!

 俺は圧肉筋を足にのみ発動。脚力だけを強化し、全身に使うよりも負担を減らす。

 そして俺は廿楽目掛けて、突っ込んだ。


「っ!?」


 強化された脚力によって突っ込む俺はその途中で神流月を投げた。

 自分の武器を投げた事で廿楽は拍子抜けしていたが、別に武器無しで相手を倒すぐらい造作も無い。回転しながら廿楽目掛けて高速で飛ぶ神流月。廿楽は予想通りそれを見切って弾いた。高速で飛ぶ上に意外と重たい神流月を弾く時は大振りになり、弾いた後は反動に後ろに退いてしまう。俺の狙いはその次だった。


「――ラアッ!」


 ――ガスッ!

 突っ込む勢いを乗せてガラ空きになった廿楽の胴を強く蹴る。


「ぐっ……!?」


 廿楽は蹴りを諸に受けてよろめく。俺はすかさず廿楽の握る刀に足蹴りをして刀を叩き落とす。これでお互い素手になった。


「廿楽、素手は大丈夫だよな?」

「勿論。剣術の方が好きだけど、こっちの方も一通り齧ってるから」


 そんじゃ遠慮なく。俺は一瞬で間合いを詰めて廿楽に掌底を放つ。廿楽はこれを避けてからの回し蹴り。これを俺はジャンプして避ける。

 この後もさっきと似たり寄ったり。互いの攻撃を避けたり捌いたりして少しも当たらないようにしている。


「なんだよ廿楽。少し齧ってる割には意外とやるじゃねえかよ!」


 俺の蹴りを廿楽が体を縮めて避け、そこからの回し蹴りで俺を転ばそうとするが、俺はジャンプで回避。


「それはどうもありがとう。服部君も中々だね!」


 廿楽が間合いを詰めて懐に入る。さっき腹蹴り喰らった割にはかなり動いている方だ。けど、


(……まあ、卑怯だとは思うけど、その卑怯が忍者の売り出しな)


 俺は制服の裾に忍ばせていた一個の白い球を取り出してポイッと放り投げる。

 ――ボンッ!


「っ!?」


 床に転がって白い煙が立ち込める。俺が放ったのは煙玉。要は煙幕。忍者が昔からよく使う武器の一つで、煙の調合次第では毒を混ぜる事で殺傷力を持つ事だってある。

 廿楽は煙玉まで予想はしていなかった為、対応の仕方がまるで分からない。今回使ったのは殺傷力ゼロの目晦まし程度の威力なので、目に後遺症が来る事もないし、数秒経てば空気中に分解されて無くなる。

 俺はその数秒でカタをつける。煙玉の中でも敵の位置が分かるよう目のトレーニングは欠かしてないし、気配で辿る事だって出来る。

 俺はその目で捉えた廿楽にもう一発足蹴りを喰らわす。バタッと廿楽が倒れる音が聞こえ、俺はその上から馬乗りになる。廿楽の体を押さえつけて身動きを取れなくしてトドメに残っていたクナイを口に咥えて終わりだ。

 俺は廿楽の右腕を抑え、もう片方も押さえようと手を伸ばした。

 ――ムニッ

 突如、左手に柔らかい感触が伝わる。


(……何だこれ)


 ムニムニムニ

 俺は二度三度手を動かす。なんか手にしてはやたら柔らかい。


「……んっ、あうっ!」


 廿楽の悲鳴が聞こえる。そして何故だろう。俺の危機的管理能力が伊佐南美注意! という認識が出ている。


(まさか……)


 予感は的中した。

 煙が消え、廿楽の姿が露になる。


「…………」

「…………」

「「「…………」」」


 …………

 状況を簡単に説明しよう。

 一、俺は廿楽の上に馬乗りになっている。

 二、俺は右手で廿楽の右腕を、左手で左胸を掴んでいる。

 三、ギャラリー達はポカンとして俺と廿楽を見ている。

 四、伊佐南美逆ギレ一歩手前の時の殺気放出中。

 そう。胸だ。俺は廿楽の腕を掴んだつもりが、誤って胸を掴んでいるのだ。しかも廿楽はどうやらサラシか何かを巻きつけて押さえているのだろう、そのサラシが中で切れたらしく、胸がプクーッと膨らみ、意外と大きい事が判明した。


「……あ、あ、あ、あ……」


 ヤバイ。ヤバいヤバいヤバいヤバい。マジでヤバい。悪い意味でヤバ過ぎる。廿楽の顔が赤くなっていく。そして、


「……いやぁああああああああああっ!」


 廿楽の甲高い悲鳴が道場内に響き渡った。一番の被害者は俺。まあ仕方ないけど。

 ――ゴスッ!

 ついでに廿楽は俺の股間に膝蹴りを喰らわしてきた。


「ぐああああああああっ!」


 俺は突然の激痛に絶叫して悶え苦しむ。この女なんという事を。胸を触られたお返しに男の急所を狙ってきやがった。恐ろしい奴だ。


「お、お、男の子に、む、胸を触られるだなんて……!」


 廿楽は顔を真っ赤にしたまま両腕で胸を隠している。余程嫌だったみたいだ。まあそれは当然か。


『雛子ちゃん可哀想……』

『サイテー』

『でもあの男の子も可哀想』

『痛そー』

『二人共大丈夫かな?』


 周囲から同情の眼差しを向けてくる女子達。理事長は苦笑、剣刃先生は深い溜息、式部崎先生はオロオロと慌て出す。けど俺が一番恐れている事があった。


(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!)


 伊佐南美の精神的ストレスが絶好調で上がっておられる事だ。今日俺生きてるかな。


「優子さん、止めて」

「はい。両者そこまで」


 理事長のお願いで北条さんが試合終了の合図をする。お互いに戦闘続行不能と判断したのだろう。けど理事長さん、それは出来れば止めてほしかった。


「……お~に~ぃ~ちゃぁ~ん~」


 伊佐南美がまるで鬼の様な殺気を放って俺を呼ぶ。俺の妹が鬼の様というか鬼そのものに見えてくる。


「な、何だよ伊佐南美」

「……第二ラウンド、オッケー?」

「んな訳ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 俺は必死に道場内を逃げ回る。伊佐南美は笑顔一つ見せずに俺に振動型忍術やら体術やら暗器やらなんやらをブッ放してくる。俺はそれを逃げて逃げて逃げまくる。女子達は悲鳴を上げながら道場から逃げ出し、理事長は苦笑、剣刃先生は溜息、式部崎先生はオロオロ慌て、北条さんは眼鏡を掛け直す。ていうか誰か助けろやぁっ!

 俺の妹がこんなに怖いはずがない。生まれてこの方十六年、この台詞を心の中で思った事、今日で1478回目だった。



 結局、道場内を彼方此方破壊しながら暴れ回った伊佐南美は俺のうつ四回、ごう三回、てっつい五回、しょう二回でようやく気絶し、目覚めた後は俺の土下座と必死の宥めで一旦は落ち着き、ゴールデンウィーク中は余計ベッタリでいるというのを条件に伊佐南美の怒りは収まった。


「いやー、銃兵衛君もやっぱり男の子なんだねー。例え態とじゃなくても」


 静まり返った後の道場。理事長がニコニコと笑いながら言うが、俺はそれでまた死に掛けたんですよ理事長さん。これで大体二千回目ぐらいだ。伊佐南美に殺されかけたのは。


「ですが理事長、これで分かったでしょ。服部兄が私のクラスの可愛い雛子にあんな事したんです。これで雛子が嫌がればこの話は無かった事で良いですね」


 剣刃先生が頭をボリボリ掻きながら面倒臭そうに言い、何処からか持ってきた煎餅をボリボリと食べている。ちなみに廿楽は俺に胸を触られたのがショックで別室にいる。

 しかし、これで俺達の訓練場所に希望が無くなったのは事実。仕方ない。今度からは山にでも篭って鍛錬するか。

 すると、廿楽がこっちに戻ってきた。他にも女子が五人ほど付いて来ている。


「おう雛子、落ち着いたか?」

「はい。おかげ様で。それで剣刃先生、さっきの勝負なんですけど……」

「あー、ありゃ引き分けだな。まっ、仕方ないだろ。しっかし服部兄もだけどよぉ、雛子も意外と惨い事するんだな。あれは流石に私でも服部兄に同情したぞ?」

「うっ……」


 廿楽は顔を赤くして目を逸らす。やっぱ女子にとってそこら辺はデリケートな問題なんだろうな。けどああいう事は戦闘中によくある事だ。俺は気をつけてはいたがまさか本当にやられるとは。胸を触った事に恐怖を感じて油断してしまった。


「……服部君」


 廿楽が俺の方を向いて話しかけてきた。


「何だよ廿楽。てか悪かったな。胸触っちまって。良い訳臭いけど、態とじゃねえんだよさっきのは」

「う、ううん。気にしないで。男の子って、女の子の胸が大好きだって本で読んだし、ああいうのが起こる事を想定していなかった私の方にも非はあるし」


 おい待て廿楽。まるで俺が女子の胸を触る事が当然という風な事言ってるじゃねえか。そんな事に興味を持ったら一日に一万回は殺されるだろうが。


「けどさ服部君、一つ聞いても良いかな?」

「……何だよ?」

「……さっきの勝負さ、どうして服部君、本気で来なかったの?」

「っ!?」


 俺は度肝を抜かれた。いや、戦闘関連主体のW組でしかも主席なら見抜いても当然か。

 さっきまでの廿楽との勝負、実を言えば俺は本気の一割弱しか出していない。何でそうしていたかの理由は、本気を出すと面倒な事になるからである。


「そういう廿楽の方こそ、随分と手加減してたみてえだったけど?」

「うぐっ!?」


 廿楽も言葉が詰まった。

 いくら俺でも見抜いていた。廿楽も手加減していた。あの剣捌きは正直『異常』だ。本気で俺に斬りかかれば容赦なく勝てた筈だ。俺は忍者の末裔であって侍の末裔では無い。だから単純な斬り合い勝負でなら廿楽に負けている。刃刃幸と戦った時とほぼ同じ事だ。それなのに廿楽は何故か手加減していた。それが俺には嫌でも分かる。


「だ、だって、私が本気出したら間違えて服部君殺しちゃうかもしれないし、怨んでも無い服部君を殺す理由なんか無いし。あ、でも胸を触られた事はちょっと怨むかな。皆に見られて恥ずかしかったし」

「まあ、それは怨まれて殺されて当然だな。ちなみに俺も似た理由だ。俺が本気を出したら廿楽を殺すかもしれなかったしな」


 互いに本気を出さなかった理由、それは殺すのを避けてたから。暗殺者の俺がそれを避けたら大問題なのだが、あくまでも簡単な決闘であって死闘じゃない。卑怯卑劣が売りの忍者が決められたルールに従う必要も無いのだが、ルールのを決めたのは理事長だし、意味も無い殺しをするのは殺さないよりも問題になるから殺すのは止めた。廿楽も同様に俺を殺したくは無かったらしい。そこら辺が甘いから一瞬の油断で負けかけた指摘したくなるけど俺も人の事は言えないので黙っておく。


「そんじゃ俺達はこれで。行くぞ伊佐南美」

「はーい」


 俺と伊佐南美が帰ろうとしたその時、


「あ、待って服部君」


 廿楽が慌てて俺達を止める。


「何だよ」

「……服部君さ、私の胸を触った責任、取ってくれない?」

「うぐっ!」


 そう来たか。目の前には廿楽と教師達、後ろには妹と書いて残虐者と読む伊佐南美。逃げ場は無いし逃げる理由も無い。自業自得だ。甘んじて受けよう。


「わ、分かった。一体何をすれば良いんだ?」


 俺が覚悟を決めて廿楽に尋ねると、何故か廿楽は顔をほんのり赤く染めてモジモジとしだす。何だ、一体俺は何をさせられるんだ。


「……えーっと、前置きとか面倒だから単刀直入に言うよ。……明日から毎日ここに来て、私と手合わせをやって。そしたら許すから」

「…………は?」


 俺は耳を疑った。伊佐南美も目を丸くし、理事長と剣刃先生はクスクスと、式部崎先生はニッコリと笑う。他の女子五人もヒソヒソと笑っている。


「だ、だから、服部君がここに来るって事はそれなりに強いって事なんだよね? だったらそういう強い人と手合わせした方が私の為にもなるし、本気を出したら殺しちゃうかもしれないくらいなら尚更だよ。クラスの皆もそれぐらい強いけど、私クラスの子達としか手合わせした事無いし、それに服部君との勝負、純粋に楽しかったし」

「え? あ、そ、そうか……」


 もしかして、廿楽がモジモジしているのってそれを言いたかったからなのか? ていうか本気出したら殺すぐらいなのが良いのかよ。ここはどれだけレベル高いんだ。

 それに、勝負が楽しかった、か。

 楽しい。俺にとってそんな一時は人を殺す時か伊佐南美と過ごす時ぐらいしかなかった。というかそれ以外で楽しむ事を自分から避けていた。他の事で楽しむと人を殺す楽しみが薄れるかもしれないと恐れていたからだ。だからここ最近そんな楽しいと思える事も無かった。けど何故だろう。俺も少しはそういう楽しいというのを感じていたかもしれない気がする。俺は生きていく中で楽しむ要素が欠けていたのかもしれないな。

 これから先、楽しい事が増えるのは良い事だし、楽しい事をしている時は大抵伊佐南美のストレスも発散される。例えば俺を嬲りに掛かったりとか虐めに来たりとか殺しに来たりとか。だから廿楽の提案は悪くはないし、俺の方も強くなれる。念の為伊佐南美にアイコンタクトで確認を取ると、伊佐南美はニッコリと明るく笑った。伊佐南美はOKか。


「……分かった。それでお前の気が済むのならな。俺も最近腕が鈍ってたし、丁度良いか」


 俺が了承すると廿楽の顔がパァァッと明るくなり出す。


「じゃ、じゃあ、これから宜しくね。服部君、服部さん」


 廿楽が両手を差し出す。俺の事は君付けで伊佐南美はさん付け。つまり俺ら兄妹は歓迎されても良いって事か。


「おう。宜しくな」

「よろしくおねがいしっまーす!」


 俺も伊佐南美もそれぞれ廿楽の手を握る。だが、


「けど良いのか廿楽、伊佐南美は兎も角、俺は男子だぞ。他の女子達とか嫌がらないか?」


 俺はそれが気になっていた。廿楽は良いみたいだか、元々女学校だったから男に対する耐性は少ない筈だ。その辺はどうなのだろうか。


「あ、大丈夫。W組は男女関係無しに強かったら大歓迎って所だから」


 要は実力主義かよ。確かにそれだったら俺でも馴染めそうと言えば馴染めそうだが。


「けど最初にここに来た時、剣刃先生に男だから駄目だって言われてたんだが……」

「あれは方便だよ。ここだけの話、剣刃先生と理事長ってどういう訳か仲がそんなに良くないらしいよ。だから理事長に嫌がらせする為にあんな事言ったんだ。本心では服部君の実力を知りたかったみたいだけど」


 そういえば理事長と剣刃先生確かに仲悪そうだったな。一体二人に何があったんだ。


「でも、最初に俺らが来た時にやたら睨まれたんだが……」

「あ、それは服部君が男の子だから睨まれたって訳じゃなくて、あれは単に『異常』な観察眼を持っている子達が服部君の強さを見抜こうとしただけだよ。その子達に聞いてみたら『異常』なぐらい強いって言ってたから多分大丈夫だよ。ね、皆」


 廿楽が後ろにいる女子五人に言う。


『う、うん。見てて正直凄かったなーって』

『服部君ぐらいの強さだったらいつでも大歓迎だよ。あ、でも更衣室覗いたら殺すけど』

『雛子ちゃんだけじゃなくて私達とも手合わせしてほしいかなーって。あ、でも私達がシャワー浴びてる時にシャワー室入ったら殺すけど』

『少し卑怯だなーって思ってたけど、それでも凄い動きだったよね。私にも教えてほしいな』

『宜しくね。服部君!』


 へえー、ほぉー、そうですかー

 つまりあれは忌み嫌う為に睨んだのではないと。それにどうやら俺も歓迎されるみたいだな。伊佐南美の方も小動物扱いされて可愛がられてるし。それはそれでホッとしたが同時に身震いもしてきたな。


「それじゃあ銃兵衛君、伊佐南美君、優子さん、帰りましょうか」

「あ、はい」

「はーい!」

「はい」

「剣刃先生、式部崎先生、後で理事長室に来て下さい」

「は、はい」

「へーい」


 理事長がニコニコ笑いながら俺達に言い、俺達はそれに黙って付いていき、W組棟での一時はあっという間に過ぎたのであった。



 服部君達と別れた後、私と刀子ちゃんは理事長室に来ていた。


「それじゃあ剣刃先生、使用許可証にサインと捺印お願いします」

「へーいへい」


 刀子ちゃんは面倒臭そうに服部君のW組棟使用許可証の管理者欄にサインをして雑に判子を押す。


「ほい式部崎先生」

「あ、はい」


 刀子ちゃんが渡してきたのを私が受け取り、使用生徒の担任欄にサインと捺印をして理事長に渡す。


「よし。それじゃあ服部君兄妹が使う所に関してですけど、確かW組棟の地下五階が丸々使っていなかったですよね?」

「あー、そういやそうですねー。地下五階まで行くのも面倒だし、殆ど使ってないからほぼ綺麗ですよ。最後に使ったのは確か去年までですかね。そこだったら好きに使って頂いて結構ですよ。変に更衣室でバッタリ出くわしたりとかシャワー室に闖入するとかっていうお約束が無いようであればですけど」

「そこら辺は今日見てもらった限り大丈夫だと思いますよ。彼にもそんな下心がある訳でも無いですし」


 理事長は使用許可証を机の引き出しに仕舞い込み、別の書類を取り出す。


「さて、話を変えます。式部崎先生、率直に伺います。三人の不登校生徒の内、二人は定期的に連絡が来るとして、後の一人はどうですか?」


 理事長がムスッとした顔で私に尋ねる。これは機嫌が悪い方にはまだ行っていない時の顔。ここで言葉を間違えないようにしないと私の命が危うくなってしまう。


「え、えーとですね理事長、その、実はさっき呼ばれる前にその子から連絡があって、今仙台にいるそうです」

「……そうですか。仙台ですか」


 はぁー、と理事長が深い溜息を吐く。あー、これは悪い方向に行っちゃったかな?


「……一体何をしているのかは聞きましたか?」

「は、はい。勿論です。そしたら『先生や理事長だったら聞かなくても分かりますよね?』とだけ言われて切られました。その後何度も掛けたんですが電源を切ってしまっているみたいで」

「……成程。そうですか。じゃあ彼女はに会う気ですかね? 態々仙台に行くとしたらそれぐらいしか理由無いですし」

「お、恐らくは……」


 あぁ、もうっ! 何でよりにもよって仙台なのよ! 理事長ご機嫌斜めになって来てるじゃないっ!


「……式部崎先生、やっぱりアイツは諦め切れないみたいですね。どうするんです?」


 横から刀子ちゃんも話に入ってくる。


「え、えーと、それは、その……」


 私が返答に困ってオロオロとしていると、理事長が私の前に一枚の紙を出してきた。

 ――『最終警告』。紙にはそう書かれていた。


「式部崎先生、次に彼女が戻る事を拒否した場合、理事長の独断により彼女を消します。後で泣いて謝ってもボクは絶対にそうします。良いですね?」


 とうとう理事長に引導を渡された。これ以上は流石の私も守りきれない。下手をすれば私まで消されてしまう。


「はい。分かりました」


 私は心の中で決心して返事をする。

 こうなったらなんとしてもあの子を説得しなきゃ。というかまずは連絡つけなきゃ。いくら私でも自分の受け持ちクラスの子達が消されるのは嫌だし。


「それじゃあ二人共、もう下がって頂いて結構です」

「へーい。失礼しました」

「し、失礼しました」


 私と刀子ちゃんは一緒に理事長室から出て職員室へと向かうその道中、


「……めい

「何? 刀子ちゃん」

「お前も色々と苦労してんだな。たかが七人しかいないクラスを受け持つのも」

「そりゃあ勿論刀子ちゃんに比べたら大変よ。良かったらクラス担任変わる?」


 私がニッコリとして訪ねると、刀子ちゃんは手をフラフラと振る。


「ヤだね。あたしはあんな奴らでも愛着は湧いてんだ。誰が変わるかよ。冥だってそうだろ?」

「うーん、そうね。なんだかんだで私、あの子達の事大好きだから」

「けどよ冥、不登校生徒がいるのはお前んトコのR組だけだぞ? もっとしっかりと指導しないと給料減らされるぜ?」

「うぐっ! 刀子ちゃんの意地悪~」

「事実だろ。つぐみにも同じ事言われたらしいじゃねえかよ」


 反論したいけど刀子ちゃんの指摘はご尤もだった。私も気をつけてはいるけど、どうして学校どころか寮にすら戻らないのよあの子は!? 帰ってきたらというか生きてたら絶対にお仕置きしないと!


「……ところでさ刀子ちゃん」

「何だよ?」

「さっきはよくサインと捺印出来たわよね。もう慣れたの?」

「はぁ? あー、まあな。いい加減代筆やらせる訳にもいかねえだろ。いくら盲目だからってよ」


 刀子ちゃんは掛けていた黒いサングラスを取って自分の目を私に見せる。刀子ちゃんの目は閉じていた。そして左右の目にはそれぞれ×印の傷が付いていた。

 剣刃刀子ちゃんは目が見えない。昔、かえでさんによって斬られたからだ。普段はそれを隠す為に似合わないサングラスを掛けているし、目が見える様な素振りもやってのけている。嘗て盲目の殺人鬼として恐れられた刀子ちゃんは、色々あってじょう学園に入学し、何度も校則違反をして罰せられ、なんとか卒業した後は真っ当にここの教師をやっている。W組の大問題児と呼ばれていた刀子ちゃんは、今やW組の生徒達に大人気の先生になっていた。刀子ちゃん本人は面倒臭がっている様子しか見せないけど、内心では楽しくて仕方が無いという事を同級生の私は理解している。


「さーてと、明日やる小テストの問題でも考えるか。なあ冥、問題何が良いと思う?」

「そうねぇ、やっぱり刀子ちゃんのクラスだし、やっぱり剣術論とか馬術論とかじゃない?」

「違えよ。普通科目でだよ。でないと冥に相談するかよ」

「あらあらそうだったの。それじゃあ英語にでもしたら? とびっきり難しい問題知ってるわよ」


 対する私も、昔は巨額の富を得た詐欺師で、今はこうやって真面目に教師をやっている自分が好き好きでたまらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ