参拾陸殺
全身ボロボロになって帰ってきた俺と伊佐南美は、紫苑さん達からの治療を受け、泥の様に眠りに着いた。
次の日、紫苑さんに朝食に誘われたので伊佐南美と共に同席した。
「凄いよ銃兵衛君、伊佐南美君。あの『ZEUS』のエージェントに勝つだなんてさ」
紫苑さんは感心した様に言い、千切ったパンを口の中に放り込む。
「そうでもないですよ。あれは正直勝っただなんて思ってません。多分アイツは生きてますし、俺だって一回油断して死に掛けたんですから」
紫苑さんに褒められたが、俺は素直に嬉しくなれない。あの時は偶然『神流月』の力があったからなんとか勝てた。けど次はこうはいかない。
「私もですよ紫苑さん。私だって本当に死に掛けたんですからー。あのお姉さん強過ぎですって」
俺の隣で牛乳をんくんくと飲んでいた伊佐南美も嬉しそうではない。伊佐南美も伊佐南美で苦労したんだな。
「ていうかさお兄ちゃん」
「何だよ」
「……昨日戻ってきた時さ、左腕どうしたの? もしかしてまた圧肉筋使った?」
伊佐南美が聞いてくるが、俺はそれに答える事が出来ない。
昨日理事長の元に帰ってきた時の俺は、全身ボロボロだったが、一番重傷だったのは左腕だった。それもその筈。俺は刃刃幸との戦いで音速の一撃である新技、桜散を二度も放ったからだ。一回目は『神流月』でやったが、二回目では左拳で放った為、反動が『異常』なまでに大きかった。未完成な技を連続使用したおかげで全治一週間(黒牙の自己修復術式を持ってすれば三日)の大怪我を負った。寧ろ腕が飛んでいない方が奇跡だろう。
なんて事を愛する妹といえど簡単に喋れる訳がなく、俺も逆に聞き返す。
「……そういうお前こそ、また無嬲霞使っただろ。昨日帰ってきた後やたら大人しかったし」
昨日帰ってきた伊佐南美はボロボロではあったものの、一番気になったのは、普段の雰囲気じゃなかった事だ。
普段の伊佐南美は三度の飯よりも相手を嬲るのが大好きな超ドSっ娘だ。頭の中では少なくとも一分に一回は嬲りたい、虐めたいと思っているぐらいに。しかも一度嬲り始めると相手が死ぬまで嬲り続ける。死にそうになると態とそこで止めて数日経ってからまた嬲る。そんな嬲りと言う名の遊びが大好きな筈の伊佐南美から、昨日はそんな雰囲気が出なかった。誰かを嬲りたいという気持ちが全く感じられない。という事はその原因は一つしかない。
秘忍技・無嬲霞。
暗殺者の中もとい忍者の末裔の中でも伊佐南美程のドSな奴しか持っていない、詳しい事は俺にもよく分からないが、要は嬲り殺しが好きな奴が一切相手を嬲らずに殺して殺す為の状態になる技。最近までは知らなかったが、伊佐南美は光元から受けた鍛錬の過程で偶然身に付けたらしい。
あの技を使った伊佐南美と昔一回だけ殺り合った事があった。結果は、ギリ生き残れた。
あの技は危険過ぎる。少なくとも精神状態が不安定な伊佐南美には尚更。だから余程の事が無い限り使わないよう伊佐南美に言い聞かせてあった。
「…………」
「…………」
「…………(ニコォッ)」
ニッコリと無邪気な笑顔を見せたって事は、案の定使いやがったな。って事はあのリドカ・カナリーはそこまでやらないと勝てなかった相手だったのかよ。
「けどさ二人共、本当に傷だらけだったね。治療するボクの身にもなってほしいよ」
ちなみに俺と伊佐南美は紫苑さんからの受けた治療で傷が全部完治している。ボロボロだった左腕も元通りに。
「あー、すいません。けど、紫苑さんの治療も少し変わってましたよね?」
「え? ああ。まあ、そうだね。見た感じあまりにも酷そうだったからこの子を使ったんだけど。出ておいで、〈リバイール〉」
紫苑さんの右手の甲が黄金色に光り出した。そして紫苑さんの隣に黄金色に輝く幾何学模様の円――所謂魔方陣が現れた。その魔方陣から黄金色に輝く大きな物体がヌゥーッと盛り上がり、全長1m程の黄金色に輝くブヨブヨした物体、どのゲームにでも定番として出てくるスライムの様なものが姿を現した。スライムは紫苑さんとじゃれたいのか、紫苑さんの全身に纏わりつく。
「まったく大変だったよー。リバイールは式力の消耗が大きいから、君達二人の傷を完治されたら疲れちゃったー。あとリバイール、重たいから離れて」
「本当に、感謝しております」
「ありがとうございまーす」
俺と伊佐南美は揃って紫苑さんに頭を下げる。スライムは紫苑さんが嫌がっているのをすぐに理解し、大人しく離れて隣でブヨブヨと動いている。
このスライムは再聖精霊〈リバイール〉。なんと紫苑さんが契約している精霊なのである。
前に軽い喧嘩(?)をしたE組の天童百合華も雷の精霊〈ヴォルト〉と契約していたが、紫苑さんもまた精霊と契約していた。
リバイールの特徴は、どんな傷でも直してしまう治癒力の高さにあった。どんなに小さな傷だろうと、酷く大きな傷だろうと、ブヨブヨした体で包み込む事で完治させてしまう。その代わり一度の治療に消耗する式力の量はかなり多いらしく、紫苑さんの場合は頑張っても最大連続十回が限界らしい。
リバイールはかなりの高位精霊らしく、高いカリスマ性と素質が無いと契約出来ないらしい。紫苑さんはそんな精霊と平気で契約しているのだ。
「けど紫苑さん。そんな再生能力を持った精霊がいたんですから、『盗剣魔』との戦いで受けた傷ぐらい完治出来たでしょ」
「いやー、あの時は式力ほぼ全部使っちゃったし、それに昨日も言ったとおり、僕って怒り狂ってると冷静に術式の構成とか出来ないからリバイールの力も使えなかったんだー、アハハハ」
紫苑さんは可笑しそうに笑っているが、この人がアホだとつくづく思ってしまう。多分伊佐南美も同じ事を考えている。
「……そういえば紫苑さん、二つ聞きたい事が」
そろそろ俺は、ずっと尋ねたかった事を紫苑さんに尋ねる。
「何? 銃兵衛君」
「……如月百合姫様が、『Kars』の生き残りの孫娘だったのは本当なんですか?」
――カチャリ
紫苑さんのフォークを動かす手が止まった。さっきまで笑っていた紫苑さんの顔に動揺が奔っていた。伊佐南美は今初めて知ったのか、目を丸くして俺を見ている。
「本当なんですね?」
「…………」
紫苑さんは何も答えない。答えなくてもこの反応を見る限りでは本当らしい。
「……二人共、ゴメン。黙ったままにするつもりは無かったんだけど」
「……別に謝れだなんて言ってませんよ。ただ、一体何で『Kars』の生き残りの孫娘である百合姫様が射城学園の統括なんてやっているんですか?」
俺の質問に紫苑さんは何も答えない。黙ったままだ。
「紫苑さん!」
「……銃兵衛君、ゴメン。それについては何も話せない。これ以上はさすがの銃兵衛君でも危険過ぎるから」
「危険過ぎるってどういう意味でですか?」
「『異常』な意味でだよ。百合姫様の素性を知っている奴らは世界中に少なくないし、知られてもそれは仕方ないだろうけど、これ以上は最重要国家機密なんだ。下手すれば君達二人を始末してしまう事になる」
へえ、最重要国家機密ねえ。しかもそれを知ったら消されるのか。
「紫苑さん。俺と伊佐南美は裏の世界で生きる無法者です。そして『Kars』は裏の無法者達にとっては親敵以上の存在です。俺達が黙って引くとでも?」
「そんな事言われなくても分かってるよ。けどね、光元さんから君達を預かった以上、酷い目に遭わせたくないし、国の都合で君達に嘗てのテロ組織を守れだなんて酷過ぎる事も分かってる。でも無理なんだ。これ以上の事はどんなに拷問されても絶対に答えられない。本当に、絶対なんだ」
紫苑さんは頑なだ。険しい表情をしている時点で、どれだけ秘密にしておきたいのかも伝わるし、俺達に優しくしたいという節もあるみたいだ。別に優しくしてくれだなんて頼んだ覚えは無い。多分光元が俺達に優しくするよう頼んだんだろう。まったく傍迷惑な奴だな、光元は。
これ以上紫苑さんを問い詰めても意味が無いだろうし、不必要に国に目をつけられるのも嫌だから、伊佐南美と目を合わせてコクリと頷き合い、紫苑さんの方を向く。
「……分かりました。この件に関して今は詮索するのは止めます。ですけど紫苑さん、いざとなったら俺達はあなたを裏切りますよ。たとえあなたがどれだけ優しくしてくれたとしても」
『異常』な国策校に転入して不安な俺達に優しくしてくれるのは正直ありがたい。けど、もし俺達を嵌める事があれば、俺も伊佐南美も遠慮なく紫苑さんを裏切る。それが裏の世界に住む無法者だ。それぐらい無情でないと殺し屋はやっていけない。
「……うん。分かった。それで交渉成立にしよう。それで銃兵衛君、二つ目は?」
「その事なんですけど、単刀直入に聞きます。嵐崎楓さんが俺達の祖父母の先輩だって本当なんですか?」
「え……えぇっ!?」
俺の発言に伊佐南美が真っ先に驚いた。やっぱり伊佐南美はリドカとの戦いで情報は得られなかったか。
対する紫苑さんはあー、というなんとも答えにくそうな顔をしつつも答える。
「えーっとね銃兵衛君、その事なんだけど、実はボクもその事知ったのはつい最近なんだ。光元さんが君達を射城学園に編入させてほしいって電話しにきた時にサラッと教えてくれたんだ。お祖母ちゃん、そんな話ボクには一切しなかったからさ、それを聞いた時はビックリしたよ」
ふむ。楓さんと俺達の祖父母の事は紫苑さんも今までは知らなかったか。
「聞く所によると、楓さんは三重県伊賀市出身だって聞きましたけど」
「あー、らしいね。ボクの体には三重県の血が一応流れてるのかも。アハハハ……」
苦笑する紫苑さん、まだ驚いたままの伊佐南美、溜息を吐く俺、それぞれ違う反応を見せる。
「それと紫苑さん、俺達が殺り合っている間ってどうでした? 誰か襲撃に来たりとか」
「ああ、その辺は大丈夫。結局誰も来なかったよ。本当に二人しか暇がなかったみたい。ただ……」
「ただ?」
「逆に何も無かったのが不思議なんだよねぇ。本当に真田刃刃幸とリドカ・カナリーしか動ける人員がいなかったのか、本当はもっといるけどあえて二人だけ行かせたのか、ボクなりに色々考えてみたんだけど、やっぱり今回の百合姫様殺害はブラフなんじゃないかなって思って」
「ブラフって、何でそんな事を」
「……ボク達射城学園側に、どれたけ『異常』な人間がいるのかどうか、そしてどれたけ自分達と戦えるのか、そういう調査をしたかったんじゃないかな。要するに、回りくどい偵察だよ」
何故だろう。理事長の言っている事が、理に適ってなくもない気がするのは。そしてそれは、俺だけでなく、伊佐南美も同じであった。
「まあ、これから先絶対に奴らがまた来る事はあるだろうし、その時になったらその時に考えるよ。それよりもさ銃兵衛君」
紅茶を飲み終えた紫苑さんがニッコリと可愛い笑顔で俺を見ながら、
「今日のお昼ご飯ご馳走してね♪」
俺に昼飯をたかってきた。生徒に飯をたかるとはなんという人だ。
「……別に良いですけど、何で俺が」
「え~? だって銃兵衛君、ボクのパンツを思いっきり見ちゃったんだし~、それぐらいはやってもらわないと~」
「ちょっ、紫苑さん!?」
――カチャリ
隣から伊佐南美がフォークを皿の上に置いた音が聞こえる。そして俺は伊佐南美の顔を見る事が出来ない。
「……おにぃちゃぁ~ん」
愛する妹は、声のトーンを変えて俺を呼ぶ。
「な、何だよ」
「……遺言書書く時間上げるから、生涯嬲りと嬲針山地獄、どっちが良いか選ばせ上げる~」
「どっちも嫌に決まってんだろぉぉぉぉぉっ!」
俺はこの場からダッシュで逃げ出し、伊佐南美は無邪気な笑顔でその後を追いかけた。
◇
真田刃刃幸は、下水道の中を歩いていた。
「はあ、はあ、はあ、チックショォ……」
着ていた浴衣はボロボロに破れ、全身無数の傷、出血も多かった。刃刃幸は黒刀『幸村』を杖代わりにしながらヨロヨロと下水道内を歩く。
「へ、へへ。なんて化け物だよ、あの忍者は。あんな奴初めて見たぜ」
「あらあら、刃刃幸じゃない」
すると、目の前から一人の少女がやって来た。全身が黒い煤で汚れ、ライトグリーンの下着姿だった。服で覆われていないおかげで少女の大きな膨らみを持った胸が目立って見えた。
「よぉ、リドカ。手痛くやられたみてえだな」
「あんたがそれを言うのかしら、刃刃幸」
少女――リドカ・カナリーはヨロヨロと壁にもたれながら歩いていた。もはや戦う力は今の彼女には残されていない。
「リドカ、俺ぁ今にでもブッ倒れそうなんだ。肩貸せ」
「あら、奇遇ね。あたしも歩くのが精一杯ってぐらい疲れてんのよ。あんたの方こそ肩貸してよね」
リドカはフラフラしながら刃刃幸に近づき、そしてそのまま刃刃幸の前で倒れそうになる。
「お、おいっ!?」
刃刃幸は慌ててリドカを受け止め、自分も尻餅をついてしまう。
「リドカ、しっかりしろって。どうせ死ぬなら戻ってから死のうぜ」
「そ、そうね。あんたの言う通りよ。けど言ったでしょ。あたしもう疲れてるって」
「俺だって同じだって言ってんだろ」
二人の疲労は限界に達していた。立っていただけでもやっとなぐらいに。けどここまで来て二人の体力は限界に来ていた。その時、
「おやおや、随分やられたみたいだナ。お前ラ」
「……大丈夫ですか? 刃刃幸さん、リドカさん」
不意に、目の前から声がした。二人が目を向けると、そこにいたのは二人の少女。
一人は白い生地に鮮やかな緋色の紅葉が描かれた浴衣を着ていて、腰辺りまで長い黒髪、無表情な顔ではあるものの、幼い容姿から年は大体十歳程、そして右手に持っている骨をガリガリと齧っていた。
もう一人は黒いゴスロリの服を身に纏い、下水道の水に達して濡れてしまう程に長くて艶やかな黒髪、ニッコリと笑いかけるその顔は愛らしく、肉体もまだ幼い。ハタから見ればコチラも十歳程だ。そしてどういう訳か知らないが、少女の体の一部が陽炎の様に揺らめいていた。ある時は消え、かと思いきやまた現れ、その繰り返しだった。まるで、少女の存在そのものが揺らいでいる様に見える。
刃刃幸は二人の少女を見るなり、ヘヘ、と力なく笑い出す。
「よぉ、骸に朧じゃねえか。どうした? 俺達を始末しに来たのかよ?」
「んな訳あるカ。『ZEUS』も人手不足なんだゾ。これぐらいの事でお前らを消してたらリーダーが怒るだロ」
「……骸さんの言うとおりです。わたくし達はあなた方をお迎えに参りました。リーダー曰く、派手にやられている筈だから、と」
浴衣の少女――骸は刃刃幸に、ゴスロリの少女――朧はリドカに肩を貸す。
「チッ。やっぱりリーダーは俺達の事は何でもお見通しかよ。ま、リーダーならそれぐらい『普通』か。つうか骸、その骨どうしたんだ?」
「ンー? これかァ? ここに来る途中で偶然アタシらのターゲットを見つけてナ。すぐに殺して骨を剥ぎ取ったんだヨ」
「……とんだ雑魚でしたよ。ちなみに、トドメを刺す前にその人の存在感も頂きました。裏で悪事を犯しているとはいえ、中々美味でしたよ」
「ほぉう。相変わらずえげつない事するなぁ、骸は」
刃刃幸はヘラヘラと笑いながら、骨を噛み砕く骸とペロリと唇を舐める朧を恐ろしげに見る。
「しっかし、お前とリドカがここまでやられるだなんて、思っていたよりも『異常』なんだナ。その服部家の忍ハ」
「……服部銃兵衛、そしてその妹、伊佐南美。服部半蔵の血を引く現代の忍。まさかあれほどの暗殺者が射城学園側に着くとは。しかも昔私達が殺した嵐崎楓が伊賀の人間だったとは。これではあの兄妹と嵐崎紫苑が一緒にいるのも納得が行く気がしますね」
体格差のせいで歩き難いものの、刃刃幸とリドカは骸と朧のおかげでゆっくりと歩ける。
刃刃幸は悔しかった。400年経った現代での徳川と豊臣の決着。それに自分は負けたのだ。
刃刃幸は手に持っている愛刀に目をやる。
「……これじゃあ、一体俺が何の為にここまで来たのか分かんねぇじゃねえかよ」
ボソリと呟くと骸がすぐに反応する。
「ンー? 何だ刃刃幸? ひょっとして昔別れた女の事でも気にしているのカ?」
「……だったら何だよ。言っとくが俺は今でも虚の事が大好きだし、死ぬ前に一回だけでも会いたいって未だに思ってるぜ」
「ほォー。そうかそうカ。けどそれは現実的に考えれば不可能に近い事だゾ。なんせ虚は虚だからナ」
虚。かつて刃刃幸が短い時間を共に過ごした謎の女。刃刃幸に黒刀『幸村』を渡し、何処かへと姿を消した。刃刃幸はそんな虚にもう一度会いたいと願っている。けど未だに虚に会えた試しが無い。
「……まぁナ。男が好きな女に会いたがるのはいつの時代でも同じ事。会いたいなら会いたいで刃刃幸の好きにすれば良いサ。どうせアタシらの与り知る所でもないんだしナ。なあ朧」
「……ええ。そうです。骸さんの言うとおりです。その辺りは刃刃幸さんの私情ですので、わたくし達も口を挟んだりは致しません。ですが刃刃幸さん、これだけは頭に入れておいて下さい。……あなた方人間とわたくし達妖は元々共存出来ない。ですのでたとえ刃刃幸さんが虚さんと再会出来たとしても、それはほんの僅かな時間のみ。それがこの世の理です」
「……分かってるってぇの。いい加減耳に胼胝が出来たって」
妖。人ならざる妖怪や怪異の一種。
虚、骸、朧は全てが妖なのだ。そして刃刃幸が虚といた間、彼はその事に一切気が付かなかった。
そして虚は嘗て、刃刃幸の先祖、真田幸村に憑いていた過去があった。だが幸村亡き後は日本全国を放浪し、とある特定の人間達の所を点々としていた。それが偶々幸村の末裔の刃刃幸に出会い、再び姿を消した。虚の正体を聞かされた刃刃幸は最初は驚きはした。だがそれでも尚、大好きな虚に再会する日を待ち望んでもいた。
「まぁ、まずは戻って怪我の手当てだナ。おい朧、悪いが霧抜筒出してくレ」
「……分かりました。しかし、普段のお二人はほぼ無傷で帰ってくるというのに、今回は式力の消費が激しそうですね。困ったものですよ」
四人はそのまま、何処かへと姿を晦ました。
◇
なんだかんだで時間が過ぎ、学校の放課後に寮に帰宅した。
「おにぃちゃぁ~ん♪」
そして部屋で伊佐南美に思いっきり抱きつかれていた。
「お兄ちゃん、だいしゅき~♪」
「あー、はいはい」
俺は伊佐南美の頭をナデナデしてやる。朝の一件は、ゴールデンウィークに伊佐南美とデートするという話で許してもらえた。
まったく理事長は。人の命をなんだと思ってるんだよ。俺が言えた事でもないけど。しかも伊佐南美はデートだけでは飽き足らず、こうして俺に甘えてまくっていた。
「お兄ちゃん、しゅきしゅき~。大大だーいしゅき!」
「はいはい。伊佐南美は可愛いな」
まあこれもいつもの事だし、本を正せば俺が悪い。それに甘えてくる伊佐南美も本当に可愛い。可愛過ぎて他に言葉が出て来ない。
「お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
「もう一回可愛いって言って」
「可愛い」
伊佐南美に頼まれたのでそのまま言う。すると伊佐南美はパァァ、と蕾が開く様に可愛い笑顔になりだす。
「もっと言って」
「可愛い」
「もっともっとー」
「可愛い。本当に可愛いぞ。伊佐南美。いやー、こんな可愛い妹がいて兄ちゃん幸せだなー」
前にも同じ様な事になってはいるが、これで伊佐南美の機嫌も良好になりだし、
「おにいちゃぁん!」
景気良くしがみついてきた。
まったく。コイツは何処まで可愛いんだか。
「ねえねえお兄ちゃん、何処にデートしにいくの?」
「あー、別に何処でも良いだろ。伊佐南美、行きたい所とか無いのか?」
「んーとねぇ、お兄ちゃんと一緒なら何処でも良いよぉー♪」
駄目だ。ちゃんとした場所を決めないとデートにならん。ここは兄としてしっかり予定を立てねば。
「あー、でも、叔父さんの所には行きたいなー。久々に東京に来たし、まだ挨拶してなかったし」
「あー、そういやそうだな。んじゃ叔父さんトコ行くついでに泊めてもらうか。都心の方に行ってこっちに戻るの面倒だし」
「うん」
そういえば『ZEUS』の事とかで叔父さんに電話する暇が無かったんだよな。後で俺から入れておくとして、そろそろアイツらも戻ってくるな。
――ガチャ。
部屋の扉が開き、当の本人達が入ってきた。
「おっ、銃兵衛。おひさー」
「お久しぶりです。服部さん、伊佐南美ちゃん」
クラスメイトにしてルームメイトのシュンこと神楽坂俊介、同じくクラスメイトでシュンの幼馴染、二宮金実である。
シュンは手をヒラヒラ振りながらだらしなく挨拶し、それに対して二宮はペコリと丁寧にお辞儀。この二人は幼馴染にして性格が対称的だな。
「よおシュン、二宮。久しぶりだな」
「お久しぶりです! 神楽坂先輩! 二宮先輩!」
俺は久しく見るクラスメイトに手を振り、伊佐南美は元気いっぱいに挨拶。
「銃兵衛、やっと授業出れるのか?」
「ああ。まあな。そっちは俺がいない間どうだったんだ?」
「特に変わりばえしねえなぁ。銃兵衛が来る前と殆ど同じだったしな。あ、けど、式部崎先生がかなり寂しがってたぜ」
式部崎先生。寂しがるのなら理事長に俺への処罰を一任させないで下さい。正直死に掛けましたよ。
「あの、服部さん。これ、服部さんがいなかった間の授業プリントと授業ノートです。どうぞ」
そう言って二宮は鞄から数枚のプリントと一冊のノートを俺に渡した。パラパラとノートを捲ってみると、俺が一番苦手な英語が『異常』なまでに分かりやすくまとめられていた。これは物凄い助かる得物だ。
「二宮、恩に着る」
これをみっちり暗記すれば今度の英語の小テストは二桁取れる筈!
「あーあ、銃兵衛がいなくて凄え暇だったぜ。部屋戻ってもいねえし、一体何処行ってんだよ」
「……あー、ちょっと理事長のお供に、な」
間違ってない。強ち間違っていない。お供に行っただけで死に掛けたとは言えないけど。
一応濁して言ってみたけど、それだけでシュンの全身が震え上がりだす。どうしたんだ?
「……お、お前、本当に何やらかしたんだ!? やっぱり覗きでもやったのか!?」
「だから違うって。そんな事したら伊佐南美に怒られるって」
「うん。お兄ちゃんが女の子にエッチな事してたら怒るよー」
本当は怒るんじゃなくて嬲り殺しなんだけどな。けどそれを言うと俺達の素性をバラしてしまうので嘘をついて誤魔化す。
「まあ、なんつうか、その、色々あったんだよ。色々」
「そ、そうか……」
シュンは理事長の話が出るとこんな反応を取るが、一体コイツは何をやらかしたんだ。余程の事が無いとここまで怯えることは無い筈なのに。
「あっ! そういやさ銃兵衛! お前、今度のゴールデンウイークはどうするんだ?」
一刻も早く理事長絡みの話を止めたかったのか、シュンがゴールデンウイークの話をし出した。
「俺はゴールデンウイーク中は伊佐南美とデートだな」
「はい! 大好きなお兄ちゃんとデートです!」
伊佐南美が俺にしがみついて子猫の様に顔をスリスリと擦りつける。俺とのデートがそんなに嬉しいらしい。内心では俺も嬉しいけど。
それを聞いたシュンはオオオ!、と声を上げる。
「そうかそうか! 銃兵衛は伊佐南美ちゃんとデートか! やっぱり妹のデートが一番嬉しいよな!」
「うんうん。俺みたいにカノジョのいない男にとっては尚更な。そういうシュンはどうするんだ? やっぱりゴールデンウイークだから二宮とデートにでも行くのか?」
「は?」
「え?」
俺の質問に二人そろってキョトンとしている。何だ、俺何か変な事でも言ったのか?
「え、お前ら付き合ってるんじゃないのか?」
「い、いや。俺ら付き合ってねえぞ。なあ金実」
「は、はい。私と神楽坂君、付き合ってませんよ?」
「え、そうなのかよ!?」
意外な事実を発覚した。この二人付き合っていなかったのか。
「なんだよ。幼馴染だし、仲良さそうだからてっきりそうだと思ってた」
「あのな銃兵衛、確かに俺と金実は仲良しかもしれねえぜ? けどな、シスコンの俺が他の女子と付き合うと思うか?」
「いや無いな」
まあ、シスコンの時点で付き合ってない理由は分かったが、けど俺としては勿体無い気がするな。
「けど、二宮ってどう考えてもシュンの真逆で真面目だし、礼儀正しいし、勉強も得意だし、付き合う理由とかもあるように思えるんだが」
「あー、まあ、確かにそうだな。けどな、ちょっと昔色々あってだな。それに金実は恋愛とか興味ねえし」
なんと。二宮は恋愛に興味なし? どんな女子でも恋バナの一つや二つぐらいはすると思ってたけど、二宮にはそれが無い?
「そうなんですかー? 二宮先輩」
「あ、はい。昔ちょっと、色々あって……」
あー、なんか聞いたらいけない事を聞いてしまったか? 悪い事しちまったな。
「そ、そうか。んじゃあ二人は結局ゴールデンウイークどうするんだ?」
「俺は久々に妹に会う! 俺に会えなくて、アイツはさぞかし寂しい思いをしているだろうな……」
「私も実家に帰るつもりです。宜しかったら、途中まで御一緒しません?」
「お、良いなそれ。遠慮なくそうさせてもらうよ」
本当は即行で行きたかったが、折角出来た友達と仲良く行くのも悪くない。
「伊佐南美も良いよな?」
「うん!」
普段なら駄々を捏ねる伊佐南美だが、友達の少ない俺を心配しての事か、笑顔で了承してくれた。
「それではそろそろ寮の門限も近いですし、戻りましょうか伊佐南美ちゃん」
「はーい! お兄ちゃん、また明日ね」
「ああ。はいはい」
俺は伊佐南美の頭をナデナデし、伊佐南美と二宮は女子寮へと帰宅。
「ああー! 早くユキに会いてぇ! そうだ! 電話してこよっと!」
シュンはスマホを片手に颯爽と部屋を出て行った。シュンの妹、兄に似てだらしないのか、或いはしっかり者なのか、少し興味があるな。
そういえば俺も叔父さんに電話をしなくては。俺はスマホを取り出し、都内某所に住んでいる叔父さんに電話を掛けた。




