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射城学園の殺し屋  作者: 黒楼海璃
参 『異常』な黒刀使い(フォートレス・ソードマン)
32/44

参拾壱殺

 俺は馬鹿だ。たった一瞬の動揺で、ゆきに大逆転されてしまったんだから。


『マスターの体修復完了まで残り27時間43分39秒。

コク修復完了まで残り24時間17分58秒』


 途絶え途絶えの意識の中、コクガンの表示が見えたが、これは完全に詰んだな。ていうか修復遅いだろ。どんだけ掛かってんだよ。


じゅう兵衛べえよぉ、これが俺の奥の手よ。つってもまだ未完成な状態なんだけどなぁ。ぜろみだれは、『ゆきむら』の瘴気をより強大に放出して、体を吹っ飛ばす、コクテンの究極版だ。まあ、瘴気の消費量は多いし、俺の方も、正直全身が悲鳴を上げてんだけどな」


 刃刃幸は勝ち誇った様に笑い、『幸村』を大きく掲げている。けど、俺はそれがぼやけて見える。出血が『異常』だな。零乱の衝撃は、内臓や骨にも喰らっている。これでもまだ意識があるのが逆に奇跡だな。


「銃兵衛よぉ、あばよ。俺も少し休んだら、大人しく帰るぜ」


 この時点で、『神流かんなづき』は俺の手から落ち、俺の意識が、完全に途絶えた。



 俺は目を開けた。俺がいたのは、何も無い、真っ白い空間。俺は羽毛の様な柔らかい布団に寝そべっていた。体は、なんとも無い。無くなっていた右脇腹も、綺麗に戻っている。


「……俺がここにいるって事は」


 俺は布団から起き上がり、周りをキョロキョロと見渡す。俺がここにいるのなら、絶対にアイツもここにいる。


「ご主人様」


 すると、向こうの方から俺を呼んできた。振り返ってみると、そこにいたのは、一人の少女。歳は十六か十七。紫色の着物を着ていて、黒い長髪に黒い瞳、美しい顔立ちのその少女は、一見すると可愛い美少女だが、俺には分かる。コイツは『普通』じゃない。いや、正面まともですらない。


「……またお前か。神流月」

「お久しぶりです。ご主人様」


 少女はニッコリと微笑む。だが、俺は相も変わらず無愛想だ。

 コイツは人じゃない。コイツはぜつがんとう『神流月』。その精だ。刀には魂が宿るとよく言うが、コイツはその魂が人の形をしている。らしい。


「んで神流月。俺に何の用だ? もう俺は死んだんだろ?」

「いえ。ご主人様はまだ死んでおりません。幸いにもまだ生きています。ですので、私はこうしてご主人様とお話出来るという訳です」

「俺は別に、お前とは話す事なんて何も無いんだけどな」

「あらあら、ご主人様ったら」


 神流月は可笑しいのか、クスクスと笑う。俺は大してムカついたりはしない。これもいつもの事だ。

 俺と神流月が初めて会ったのは、俺が絶頑刀『神流月』を手に入れた日の夜、コイツは夢の中に出てきた。その後は俺が神流月を使う度に、コイツが夢の中に出て来る。だから使いたくなかったんだよなぁ。しかも負けたし。


「それで神流月。本当に何の用なんだよ」

「はい。ご主人様に本気を出して頂きたくて、こうして参上した次第です」

「アホかお前は」


 まったく、久々に会ったかと思ったら、早速訳の分からない事を言いやがって。


「お前な、俺はもう負けたんだぞ。それなのに、どうやって本気を出すんだ。ヘシ折るぞ」

「折りたければどうぞ折ってみて下さい。私は折れず曲がらずの刀ですから」

「そういう事を言ってんじゃねえよ。刃刃幸から一撃貰って、大量出血で修復時間も長い、意識だってもう途絶え途絶えだ。それでどうやって本気を出すんだよ」

「ご主人様は、まだご自分の真価について、よくお分かりになっていないようですね。それでは『暗殺影シャドー』の名が泣いてしまいます」

「あぁ?」

「ご主人様は、まだ終わっていませんよ。そもそも、どうして終わったと言えるのです?」

「どうしてって、右脇腹が無くなってんだぞ」

「はい。だから何でしょう?」

「大量出血で、修復し終わる前に死ぬんだぞ」

「はい。だから何でしょう?」

「意識だって途絶え途絶えだって言ってんだろ」

「はい。だから何でしょう?」


 コイツは……だから何でしょうと聞いてくる度にムカついてくるなぁ。さすがは、祖父さんの『短気』が受け継がれている訳だよ。

 俺は面倒臭くなってきたので、そろそろキレるか。


「お前なぁ、だから何でしょうじゃねえよ! 言いたい事があるんだったら、ハッキリと言えよ!」

「いい加減にして下さい!」


 神流月が、ピシャリと怒鳴り、俺はビクッとする。コイツが俺に対して、怒鳴ってくる事なんて、今まで無かったぞ。


「それでも、ご主人様は殺し屋なのですか? 暗殺者なのですか? 服部半蔵様の血を引く、忍者なのですか? 『暗殺影』なのですか? 正直、ご主人様は馬鹿げています! たかが脇腹がなくなったぐらいで、諦めないで下さい!」

「あ、あのな神流月。じゃあ聞くが、どうやって戦えって言うんだよ。知ってんだったら教えろよ」

「はい! 教えます! 私はご主人様の刀です! 下僕です! 奴隷です! 所有物です! ご主人様の望む事でしたら、私は何でも致します! ですがご主人様、一つだけ、私と約束して下さい!」

「な、何だよ一体……」


 俺が尋ねながら神流月の顔を見てみると、神流月が、泣いている。多分、怒鳴り始めた所から泣いているんだろう、下に涙の雫がポロポロと落ちている。

 神流月は、涙を着物の裾で拭うと、キリッと向き直る。


「……もう二度と、そのような事を申すのは、お止めになって下さい」


 何故だろう。いつもは適当な雑談しかしてこない神流月が、今日はなんだか、『異常』なまでに、本気に見えた。少なくとも、俺はそう思う。

 俺は、さっきまで自分がキレてたのを、酷く非難する。コイツは、何かを知っている。そんな気がする。だから、今回だけは、コイツに賭けてみるか。


「……分かった約束する。けど、俺からも一つ聞いて良いか?」

「何でしょう?」

「お前、どうして刀の精なんかやってるんだ?」


 俺がコイツに会う度に疑問に思う事、それは神流月自身の事だ。何で態々刀の中にいて、こうして俺に忠誠を誓っているんだ。そもそも精はどうやって生まれるんだよ。

 俺の質問に、神流月はグッと唾を呑み込み、


「……そうですね。良い機会ですし、ご主人様にお教え致します。私の、過去を」


 すると、神流月の目の前に、何かが現れた。鍔が無い抜き身、造りはきっさきもろづくり、やいばちょくとうもんすぐの日本刀。絶頑刀『神流月』だ。


「ご主人様。正確には、私は元々、刀の精ではありませんでした」


 神流月は、自分の分身である、その直刀を抜き、


「私は元々、『普通』の、人間でした」



 時は遡る事、約400年前。私は、捨て子でした。親も知らず、地蔵様の前に捨てられていた私を拾って下さったのは、先生でした。


「おーい。つき

「はい先生! お呼びでしょうか?」

「すまんが、茶を入れてくれ」

「はい。ただいま!」


 私がお世話になっている家は、しのびの一族、服部家直属の代々続く刀鍛冶で、私はそこで侍女として、住み込みで働いている、月という名前の、女の子でした。

 先生――名を、かぐぞりでした――は、奥様を早くに亡くし、一人でいた頃に、偶然見つけた私を拾って頂き、大切に育てて頂きました。


「先生。今回はどの様な刀を打っておられるのですか?」

「今回はな、服部家からの依頼で、どんな事をしようと、絶対折れる事の無い刀を打ってくれと言われたんだ。だから、俺の腕によりをかけて、最高の刀を打つ」


 先生の刀の鍛錬は少し変わっていて、直接見た訳ではないのですが、なんでも術式を用いる技術らしく、服部家から大層気に入られているらしいのです。


「先生、是非とも頑張って下さい!」

「ああ。分かっている」


 先生は、とてもお優しい方でした。身寄りも無い私を、実の娘の様に可愛がって下さりました。いつの日か私は、先生に恋心を抱く様になりました。ですが、私は我慢する事にしました。この方と私とでは、全く釣り合わない。私と先生が結ばれれば、私は必ず先生を不幸にしてしまう。ですからせめて、先生のお側に、これからもずっといられる事を願いました。あの日までは。


 あの日も、いつも通りの日でした。とうとう先生が、服部家から依頼されていた刀を完成させたのです。それはもう、とても素晴らしい業物で、刀の事はあまりよく知らない私にでも分かるぐらい、その刀は凄かったのです。


「先生。刀の銘は何に致したのですか?」


 私は、鋒諸刃造りの抜き身の直刀を繁々と見つめながら、先生に尋ねました。すると先生は、


「絶頑刀『神流月』。お前の名前を入れてみた」

「え。どうして……」


 この様に素晴らしい刀の銘に、何故私の名を入れたのでしょう。

 私の疑問を察したのでしょうか、先生は教えて下さいました。


「月。お前は本当によくやってくれている。お前は本当に良い子だ。だから、もし最高傑作が出来たら、お前の名前を刀の銘に入れようと思ってたんだ。これからも、ずっと一緒にいられる様にな」

「え、先生……」

「月。俺は、お前と会えて、本当に幸せ者だ」


 先生は、私の頭に手を置いて、優しい言葉を掛けてくれました。その時私は、人生で一番嬉しかったです。

 もしあの時、先生が拾って下さらなければ、私は、誰にも知られずに、ひっそりと、あのまま死んでいました。

 だから私は、一生を掛けて、この方に恩返しをするんだと、物心付いた時から、そう誓っていました。


「さてと。月。早速この刀を半蔵様の所へお届けしてくる。お前も来るか?」

「え? よ、宜しいのですか?」


 普段、先生は出来上がった刀をお届けに行く際、私を連れて行く事はありませんでした。勿論、侍女である私如きが、先生のお供をするなどという事も出来る訳もなく、それを分かっていた私も、先生がお届けに行っている間は、大人しくお留守番をしていました。


「ああ。今までは色々と、半蔵様と堅い話をしていたんだがな、今日はお前も来れば、そんな事も無いだろう。月、どうだ?」


 それなのに、先生は、今、私をお誘い致しました。先生と少しでも一緒にいられる。それが私にとっては、幸福以外の何ものでもありませんでした。ですので、


「はい! 私は、何処へでも先生とご一緒について行きます!」


 私はお言葉に甘えて頂き、先生のお供をする事になりました。けど、私は後で後悔しました。どうして、この時私は、お供をする事をお断りしなかったのか、と。


 悲劇は、何の前触れも無く訪れました。私と先生が、楽しげに道を歩いていた時の事。突然、服部半蔵様以下、伊賀の忍達を狙っていた甲賀の忍達と偶然鉢合わせになってしまいました。先生は出来上がった刀を持っていた私を守りながら、忍達と戦う事になりました。


「月。絶対に俺から離れるな。お前は、俺が必ず守り切る」

「は、はい先生!」


 私は何も出来ず、只、先生の陰に身を縮めて、祈るだけでした。

 先生は、10人はいる忍達を、一切劣る事無く戦っていました。けど、その途中で、私はふと顔を見上げ、木の上から、弓矢で先生を狙っている忍を見たのです。


「先生っ!」


 私は先生を突き飛ばし、忍が撃った矢は、私の背中に当たりました。その直後、先生を一気に仕留める為に、一斉に掛かってきた忍達が、私目掛けて、いくつものやいばを突き刺しました。鈍い音が響き、周りに、赤い飛沫が飛びました。


「――月ィィィィィィィィィ――ッッッ!」


 この後の事は、うっすらしか覚えていません。異変に気付いた伊賀の忍達が助太刀に入り、甲賀の忍達は退散。私は、先生の打った刀を握り締めたまま、先生に抱かれていました。


「――おい、月! しっかりしろ月!」


 先生は、涙を流しながら、何度も私の名前を呼んでいました。


「……せ、先生…………ご無事で、良かった、です…………」

「馬鹿野郎! 何勝手な事したんだお前は!? 普段から良い子なお前が、どうして!」

「普段から、先生には、良くして頂いて、おりますから。何も、ご恩を、お返しも出来ずに、この世を去るのは、私にとっては、耐えられない事です。ですから、私は、先生を、お守りすると、決めたんです。こんな、ひ弱で、頼りない、捨て子だった私を、実の、娘の様に、大切に育てて下さった先生に、ご恩をお返ししたかったから。ですから、私は、こうなる道を、選びました」

「月……」


 私は、弱弱しい力で、握っていた刀を取り出す。

 そして、私は、最後の力を使って、その刀で、自分の胸を、突き刺しました。これには、先生だけでなく、駆けつけた伊賀の忍達も驚愕していた筈です。


「つ、月!? お前、何を!?」


 先生は慌てて刀を抜こうとしますが、どうしてでしょう。私は、手を放さずに、只、刀を強く握っていました。


「おい月!」

「せ、先生。先生が、打ちました、最高傑作の、業物で、私の様な女を、自ら死なす事を、お許し、下さい」


 私は、最後にニッコリと微笑み、ゆっくりと目を閉じて、この世を去りました。いえ、去った筈でした。


(――あれ?)


 何故でしょう。私の魂は、天へと召された筈なのに、召されていません。それどころか、私の魂が、自ら突き刺した刀へと、伝わっていく感覚がします。そして、

――汝、この世に未練の残りし、か弱き乙女よ。

 不意に、何処からともなく、誰かの声が聞こえました。

――汝、我に選ばれし、かいの素質を持つ者よ。今こそ我と一つになり、現世、来世先へも続く業物として、主の為、生涯を尽くすと誓うか?


(――ああ。そうですか)


 この時、私は悟りました。この刀は、私を気に入った。だから、私の魂を、自らの魂と、同化させる為に、態々私を引き止めた。


(――あなたの質問は大体分かりました。ですが、お断り致します。私の主は、この世でたった一人、殻茄刃反様、ただ一人です)


――汝、もし拒むのであれば、汝の魂は天に召され、生涯戻る事叶わん。それでも良いのか?


(――はい。構いません。私は、あの世で先生を待ち続けます。一体、どれだけの年月が経とうと、私は、生涯あのお方を、愛し続けます)


 私の決意は変わりません。例え死んでしまっても、私の先生に対する気持ちだけは、絶対に変わらない。そう、思っていました。


――汝、それで良いのか? 我を用いて、自らの命を絶った、己が恥だとは思わぬのか?


(――どういう事ですか?)


――汝は、生涯愛した男が生み出した我を、己の満足の為に用いた。それでその男が喜ぶのか?


(――お喜びには、なりませんね。寧ろ、余計に悲しく思うでしょう。ですが、私はもう既に助かりませんでした。どうせ死んだ命です。ならば、あのお方が打った刀で死ねるのなら、それは本望です。ですから、もしあのお方が、いつか天に召され、私と再びお会いできる事になりましたら、ちゃんとしたお詫びを、必ず致します)


――男が天へと召されてからでは、遅い。その前に、男は絶望の淵へといざなわれる。汝という女を失い、深い絶望に遭うだろう。もしそうなれば、この世の理はズレてしまう。


(――理? それは一体どういう事ですか? 仰いたい事があるのでしたら、ハッキリと仰って下さい)


――汝は、初めからここで死ぬ運命にあった、我はそう言いたい。


(――え?)


 私は、この方の仰っている意味が、理解できませんでした。


――汝は、この時代に於いて、生きる事を許されない存在。汝は、その事を知らずに、今まで生きてきた。汝は初めから、我と同化するという選択肢しか、残されていない。


(――そ、それはどういう)


――汝よ、改めて問おう。今こそ、我と一つになり、現世、来世先へも続く業物として、主の為、生涯を尽くすと誓うか?

 このお方は私の質問を無視して、もう一度問いかける。これはまるで、『お前には初めから選ぶ権利は無い。黙って従え』と言っている様にしか聞こえない。


(――もし、私があなたと一つになった場合、私にはどのような利点があるのですか?)


――汝が我と一つになりし時、汝の魂は、我が肉体――刀が砕けるまで、刀の中に残り続ける。


(――刀が砕けるまでという事は、私は一生、この刀の中に囚われるという事じゃないですか!)


――如何にもそうだ。だが、それだけではない。もう一つある。それは――

 このお方が仰った、もう一つの利点を聞いた途端、私の心は揺らぎました。


(――それは、本当、なのですか?)


――無論だ。これから魂を同化させる者に、偽りは申さない。

 ……このお方の仰った事は、全てが真実。私はそう悟りました。


(――分かりました。私は、あなたと一つになりましょう)


 先生。真に、大変申し訳御座いません。この月、先生との生涯のお別れを、お許し下さい。


――汝、異怪の素質を持ちし、世に蔓延ることなりの存在よ、今こそ我と魂を融合させ、完全なる異怪な業物になるが良いッ!

 この瞬間、感じました。私と、このお方の魂が、完全に同化された、と。今後私は、絶頑刀『神流月』として、生きていくんだ、と。

 刀の精となった私は、その後の事は見えていました。先生は三日三晩号泣し、私の魂が、『神流月』の中にいる筈だと、初めてお見かけになった、服部半蔵様が先生に教え、なんとか慰めてくれました。それを聞いた先生は、その後も服部家の為に、刀を打ち続けていたそうです。

 私はと申しますと、初代服部半蔵様が初めて私をお使いになり、そこから約400年の年月が過ぎていきました。これまでに私を――絶頑刀『神流月』をお使いなられた、服部半蔵の血筋の忍達は延べ108人。

 そして、2013年の現在、今の私のご主人様は、正しく、理想のお方でした。



「……という訳です」


 神流月の話を黙って聞いていた俺は、言葉が出なかった。神流月は、元は捨て子で、服部家直属の刀鍛冶の侍女で、嘗て愛した主の為に命を落とし、その魂を、刀の魂と同化させ、400年間ずっと、服部半蔵の血筋達によって使われ続けてきた。


「私は、服部家の忍達に代々受け継がれ、あらゆるいくさで振るわれてきました。それは、今の時代でも同じ事です。特に、けんぞう様、らんぞう様、じゅうぞう様は、私をよくお使いになって頂きました」

「曾爺さんと祖父さん、父さんもか?」


 神流月はコクリ、と頷く。

 確かに、曾爺さんは知らんが、父さんはよく『神流月』を手入れしていた。勿論、納刀場所は自分の腹の中。鞘の無い、抜き身の直刀であるが為、腹ぐらいにしか仕舞う場所が無い。まあ、絶対に壊れない刀だから、消化とかされないしな。祖父さんも使ってたって話だけは聞いた事はあるけど、具体的にどんなのだったかは知らない。


「『暗殺釼ブレイド』と呼ばれていた剣蔵様は、私だけに限らず、様々な刀を用いて、嵐を起こすように振るってくれました。『暗殺狂バーサーク』と呼ばれていた乱蔵様は、忍法『きょうちくとう』で、正しく戦闘狂の如く暴れておられました。『暗殺獣ビースト』と呼ばれていた獣蔵様は、忍法『ひゃくじゅうへん』をお使いになる方が多かったですが、あつにくすじを用いて私を振ると、全て一刀両断する程の切れ味と破壊力を生みました。これ程までに私をお使い頂けたお方は、今までにおりません。あ、ですが、もう一人おりました。私をよくお使い頂いてくれた方が」

「誰だよ。一体」

「初代服部半蔵様です」


 って、ご先祖様かいっ! まあ、大体予想は付いてたけど。俺のご先祖様って、そんなに凄い人だったのか?


「半蔵様は、刀の扱いだけでなく、忍術、体術、暗器術などの技術に於いても、他のどの方とは比べようもない程に素晴らしいお方でした。勿論、性格の面でも素晴らしいお方でした。常に主君――徳川家の事を第一に考え、それでも服部一族の事も常に考えておられる、例え失敗した者が現れても、慰めの言葉を掛けて下さる、大変器の大きいお方でした。ですのに、どうしてその子孫である剣蔵様も、乱蔵様も、獣蔵様も、女性に対する扱いがぞんざいなのでしょう」


 え? そこ? お前が一番気にしてる所ってそこ? 予想外な答えに、俺は返答に迷ったが、


「……まあ、それはそれで仕方ないだろ。時代の何処かで、そういう風に目覚めてしまったかもな」


 まあ、曾爺さんは知らんが、祖父さん父さんは相当なスケベだったらしい。祖父さんは若い頃に女の子の風呂や着替えを散々覗いてたらしいし、セクハラ紛いの事も日常茶飯事。その被害者の中には、当然祖母さんもいる。父さんなんかもっと酷くて、小学生の頃は女子中高生へのスカート捲りは毎日の日課、中学高校は更衣室、着替えの覗き、セクハラ紛いのボディータッチを日々の部活動、当時同級生だった母さんに対しては更に酷くて、学生時代からずっと毎日の様に会っては、体の彼方此方を触りまくっていたらしい。当然、母さんのあの馬鹿デカイ胸も、毎日の様に揉んでいたんだろうな。チクショウ、羨ましいぜ。俺なんてまだ全然触り足らないのに。ていうか、父さんは俺とが生まれた後でも、母さんへのセクハラを続けていたしな。毎晩毎晩母さんの変な声――父さんがセクハラしまくってたんだろう――が聞こえてたし。さすがは『暗殺獣』。裏の世界に住み着く野獣は、女にも獣の様に襲い掛かるってか。


「ちなみに神流月、俺のご先祖様はそういう事は無かったのか?」


 という俺の素朴な疑問をぶつけてみると、


「いえ。ご自分の奥様とは、その、そういう事はしていたらしいのですが、寧ろそういう事をしている輩を見つけたら、問答無用で葬っておりました」


 そうですか。って事は、もしご先祖様がまだ生きてたら、祖父さんと父さん、すぐに死んでたな。絶対に。


「ていうか、話が凄い逸れちまったけど。神流月。お前、俺達に散々こき使われて嫌じゃないのか?」

「いえ。今の私は刀の精。刀として使われるのは至上の喜び。それ以上に望む事などありません。それに、ご主人様は私をあまりお使いになっておりません」

「うっ……」


 そうなんだよな。コイツの雑談が鬱陶しいから、使う機会が日に日に減っていったんだよな。

 まあ、俺は元々剣術はあまりやった事が無いし、ヘタに使ったりでもしたら、逆に命を取られる危険性だって高くなる。いくら死ぬ覚悟が出来るからと言っても、無駄なリスクは極力避けたい。


「えっとだな、神流月。その、悪かった」

「別に怒ってなどおりません。私はあなたの刀。あなたの望むままに動くのみ。それに、ご主人様は剣術が下手ですから、逆に私をお使いになると、亡骸となる確率が高まってしまいますし」


 コイツ今、サラッと失礼な事言いやがったな。事実だから言い返しようも無いけど。


「ご主人様。話を本題に戻させてもらいますが、ご主人様はまだ終わりではありません」

「だから何でそういう事が言えるんだ? 俺はもう戦えない状態なんだぞ」

「ええ。確かに。『普通』に考えればそうですね。ですが、『異常』に考えれば、ご主人様は軽傷を負った程度に過ぎませんよ?」


 いや、どう『異常』に考えたら、脇腹損失が軽傷になるんだよ。と、突っ込んでみたかったけど、今のコイツの発言は、どうも嘘には聞こえない。


「ご主人様。今こそ、真の『暗殺影』としてのお力を、お目覚めになって下さい」


 神流月はそう言いながら、自分の本体である『神流月』の柄を、俺に向けて差し出す。


「真の『暗殺影』って、どういう事だよそれは」

「ご主人様は、『暗殺影』の本当の意味をご存じなく、『暗殺影』と名乗っておられたようですが、今までのご主人様は、まったく『暗殺影』では御座いませんでした」

「はぁ?」

「昔、獣蔵様に言われた事を覚えていますか? あなたの固有特性の一つ目は、『潜在』だと」

「あ、ああ。言われた」

「実を申しますと、私は知っているのです。何故、ご主人様の固有特性の一つ目が『潜在』なのか。それと、ご主人様の二つ目の固有特性が何なのかかも。加えて申しますと、『暗殺影』の本当の意味も」

「……え?」


 俺は、耳を疑った。コイツが、俺の固有特性を知っている? 『暗殺影』の意味も知っている? この状況で神流月が嘘を付くとは思えないし、言っている事が本当だとしたら、


「じゃ、じゃあ、何で今まで、教えてくれなかったんだよ」

「それは、簡単に教えてしまってはご主人様の為にも良くありません。そもそもそれ以前に、ご主人様は私を厄介者扱いして、私とお会いになる事を拒んでいたではありませんかっ!」


 確かに。それは俺の自業自得だ。面倒臭がってロクに神流月と会わず、会っても話をする事すら拒んでいた俺が完全に悪い。


「あー、ほ、本当に悪い神流月。すまん」


 俺は頭を下げて神流月に謝る。


「ご主人様。先程も申し上げましたが、私は怒ってなどおりません。そのような事によりも、ご主人様は知りたくないのですか? ご自分のお力の秘密を」


 どうやら、神流月は許してくれたみたいらしく、俺に助言をしてくれるみたいだな。もしこの後生きてたなら、コイツを綺麗に手入れしてやらないと。


「あ、ああ。知りたいな。いい加減教えてくれ。俺の固有特性の事も、色々と」

「はい。まず固有特性の方ですが――」


 神流月の話を黙って聞く事、約五分――五分と言っても、この空間内での時間間隔は現実よりも相当速いらしい――。


「……確認の為に聞くが、それは、本当なんだな? 神流月」

「はい。私はご主人様の刀。主への嘘は刀としての恥です」

「……そうか」


 成程な。だから父さんは、俺の一つ目の固有特性は『潜在』だって言ったのか。


「重ねて申し上げますご主人様。ご主人様の二つ名、『暗殺影』の本当の意味。それは――」


 ……なんだよ。そういう事だったのかよ。俺の二つ名の意味。


「さあ、ご主人様。そろそろ起きて下さい。皆さんがお待ちですよ」

「ああ。そうだな」


 俺は、差し出された絶頑刀『神流月』の柄を握る。すると、全身が温かい光に包み込まれる。


「……なあ、神流月。最後に一つ聞いても良いか?」

「何でしょう?」

「お前さ、俺に会えて、嬉しかったか?」


 俺の質問に、神流月はニッコリと笑い、


「はい! 私は、ご主人様に限らず、服部家の皆様や、殻茄刃反先生の事が、大好きですから!」


 とても嬉しそうに、答えた。



 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。地面に座り込んでいた刃刃幸は、ゆっくりと立ち上がった。


「……さてと、体も大体休み終わったし、そろそろ行くか」


 刃刃幸は『幸村』を肩に担いでその場を去ろうとした、その時、


「……待てよ」


 俺は、刃刃幸を呼び止めた。後ろ向きでも、刃刃幸がピクッと反応し、俺の方を振り向いた事には気付いた。


「――っ!? テ、テメェ、どうして……」


 そして、驚きのあまり、目を大きく見開いている。さっき、刃刃幸のトドメの一撃を喰らった筈の俺が、立ち上がっている事に。そうだよな。俺だって驚くさ。


「さあな。俺にもよく分からん」


 そして分かる。俺の全身を、『幸村』の黒い瘴気よりも一層黒い、謎の瘴気が包み込んでいる事も。


きょうがたしゅうふくじゅつしき自動発動オート・スタート


 黒眼に、新たな術式の発動がされた表示が出る。強化型って事は、さっきまでのとは性能が上なんだな。


『マスターの体修復完了まで残り1時間2分10秒――51分34秒――38分0秒――24分19秒――11分44秒――3分59秒――修復完了

コク修復完了まで残り1時間2分57秒――47分12秒――32分57秒――21分13秒――10分26秒――1分5秒――修復完了』


 かと思ってたら、なんという修復速度の速さだよ。あっという間に、俺の右脇腹と、黒牙が直った。実際に見てみると、本当に脇腹が修復されているし、黒牙も元通りだ。

 今の恐ろしい修復速度を見た刃刃幸は、ニヤリ、と笑い、『幸村』を構える。


「……成程なぁ。腐っても鯛ってか」

「まあ、そんな感じだろうな」


 俺は、落ちていた絶頑刀『神流月』の柄を足で踏むと、『神流月』は回転しながら上に飛んでいき、俺の目の前に落ちてきた所でキャッチする。すると、俺を包み込む瘴気が、より一層強くなる。

 不意に、黒眼からこんな表示が出た。


暗殺影シャドー 第一形態(Lv.1)


 早速やってくれたか。神流月。『暗殺影』、その最初のモードに。


『おかえりなさい。マスター』


 ただいま。黒眼。そして、黒牙、黒竜、黒炎、黒蜘蛛。もう少しだけ、俺の我が儘に付き合ってくれ。


『我々はマスターの鎧。マスターの望むままに動きます』


 神流月と同じ様な事を言うコイツらも、俺への忠誠心は相変わらずだな。


「それじゃあ刃刃幸。徳川と豊臣の決着、第二幕と行くか!」

「そうだな。お前はやっぱ、今まで俺が戦った奴らの中でも、本当にヤバい奴みてえだし、ここでお前に終止符を打ってやるよ。ブッ殺すぞ『幸村』っ!」

るぞ『神流月』っ!」


 俺達は互いに、やいばを振るわせた。

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