参拾殺
絶頑刀『神流月』。それは俺がずっと体内に納刀していた刀。
色々突っ込みたい所があるかもしれないので、順に説明しておこう。まず俺は死んだ父さんと祖父さんの特性が遺伝している。
我が服部家に限らず、大抵の忍者にはそれぞれ固有特性という概念がある。例えば俺の母さん、服部伊佐南祈は無茶苦茶色っぽい体をしていた。そして持ち前の蠱惑術との組み合わせで散々人を殺していった。これは母さんが生まれつき『蠱惑』と『妖艶』という特性を持っているからだ。
そして、服部家の場合、子供に特性を1つ受け継がせる事が出来る。但し、条件も限られる。子供が受け継がれる特性は、男の子供は父親と祖父の特性を、女の子供は母親と祖母の特性しか受け継げない。故に、俺は父さんと祖父さんの特性を、伊佐南美は母さんと祖母さんの特性を1つずつ受け継いでいる。
俺達の父さん、服部獣蔵の固有特性は、『肉体変革』と『野性』。父さんがよく使ってた技は忍法『百獣変化』と『圧肉筋』。忍法『百獣変化』は自身の体を獣と化し、身体能力を飛躍的に強化させる変化の術の一種。当然外見も獣になるので、獣牙や爪が生えたり、五感も強化される。そして圧肉筋は自身の筋肉を飛躍的に倍増させ筋肉隆々にする肉体改造術。父さんはこの2つの技を使い、裏に住み着く野獣となって今までに30000人以上の人達を殺した、『暗殺獣』の二つ名を持つ暗殺者だ。
次に俺の祖父さん、服部乱蔵の固有特性は、『狂暴』と『短気』。祖父さんがよく使ってた技は忍法『狂畜刀』と『発凶』。忍法『狂畜刀』は狂暴なまま刀を振れる様に、腕の筋肉を引き絞り、刀に掛かる重さや切れ味などを倍増させる忍術。『発凶』は自身を『異常』なまでに凶暴化させ、目に映るものを全て惨殺する感情変革技。祖父さんもまた、この2つの技を使い、裏の乱暴者となって1900年代に100000人以上の人を惨殺した、戦闘狂ならぬ『暗殺狂』の二つ名を持つ暗殺者だ。
こんな2人を父親と祖父に持つもんだから、俺には父さんの『肉体変革』、祖父さんの『短気』の特性が遺伝した。だから俺は体の筋肉や骨格を少しばかり変える事が出来るので『神流月』を体内に納刀出来るし、『圧骨』みたいな整復術も出来る。ただ問題は祖父さんの特性だった。普段は面倒臭がってあまり感情を表に出さないが、俺はこれでも結構短気だ。特に煉崎にダメ出しされた時は内心でどれだけムカついた事か。
そして『神流月』。コイツは服部家で代々使われているらしい日本刀だ。出所は不明らしいが、何でも服部家専属の刀鍛冶が打ったらしい刀で、勿論『普通』じゃない。『異常』な刀だ。刃は直刀なので体内に納刀しやすいし、刃紋も直刃、しかも物打ちの半分から上辺りが鋒諸刃造り。直刀は刀身が真っ直ぐな為、『斬撃』というよりも『刺突』というのに向いている。なので『普通』の直刀では満足な斬撃は放てない。だが鋒諸刃造りはその悩みを解消してくれる、『斬撃』と『刺突』の両方に特化した造りである。なので『神流月』は相手を斬り殺す事も出来れば、刺し殺す事も出来る。
ちなみに俺の固有特性はまだ定まっていない。固有特性は最大でも2つまであるらしいのたが、父さん曰く、俺の固有特性の一つ目は『潜在』らしい。どうしてなのか聞いてみた所、父さんの勘らしい。父さんの勘はあんまりアテにならないので信用出来ないのだが、固有特性は長い時間と日々の鍛錬によって生み出されるらしい。だから仮に俺の固有特性の1つが『潜在』だとしたら、もう1つは今後の自分次第という事になるのだが、俺に今後ってあるのかな。
「おいおい銃兵衛、お前なんて体してんだよ。いくら俺でも引いたぞ今のは」
「そうか? こういう奥の手の一つや二つぐらい、俺達忍者にとっては『普通』だと思うんだがな」
俺は久々に使う『神流月』をバトンの様に軽く回す。最近使ってなかったから勘が鈍ってなきゃ良いけど。
「んじゃあ刃刃幸、さっきの続きをやろうぜ。黒刀と直刀、どっちが上か」
「まあ、お前の体には正直ビックリだが、そうだな」
双方は対峙する。兼房乱の『幸村』と、直刃の『神流月』の刀身が輝く。
「――ッ!」
「――ッ!」
――ギィン!
刹那、刃と刃がぶつかった。
「……へえ、中々良い業物じゃねえかよ。その直刀」
「さっきはあんまり受け止めたりしなかったから分かんなかったけど、そっちも良い得物だな」
両者は鍔迫り合いになり、刀の重量差で刃刃幸の方が俺を押し返そうになったが、冬厳で手に体重を掛けていた為、押し返されずに済んだ。俺と刃刃幸暫しの斬り合いになる。
刃刃幸が大きく振り上げた『幸村』を『神流月』で受け止めて跳ね返し、今度は俺が『神流月』で斬りかかるが、『幸村』によって弾かれる。
「何だよ銃兵衛! 忍者だから暗器しか使えねえと思ってたけど、結構刀振れんだな!」
「おいおい刃刃幸、なんか誤解してるみたいだけど、俺は剣術の方が好きなんだよ!」
――ギィン!
互いに互いの刃がぶつかり続ける。それでも俺には自覚がある。このままなら俺は負ける。純粋に剣術の腕では刃刃幸の方が上だ。刃刃幸は恐らく今まで自分が身に付けた戦闘能力の大半を剣術に叩き込んだのだろう、さっきから斬り合ってる時に黒牙の彼方此方が軽くだが斬られている。一方俺は暗器術、体術、忍術、耐性訓練、身体訓練、精神訓練などの様々な修行をしてきているのだが、剣術は一番好きなのに実は1,2年ぐらいしかやった事がない。しかも俺が『神流月』を最後に使ったのは14歳の時。久々に使うからまだ勘が戻っていない。以上の事から、このままだと俺は死んでしまうという事だ。そんな事になったら死体のまま伊佐南美に嬲り殺しにされて、あの世でも父さん母さんや祖父さん祖母さん達にリンチにされる。そんなのはコイツに殺されるより余計に嫌だ。
「――ラァッ!」
――ギィン!
とは言っても、俺の剣術が荒削りなのは事実。刀に不慣れな以上、暗器を持ちながら戦うのも逆に不利だし、俺は剣の技はまったく持っていない。なんとかならねえかな。
「どうしたよ銃兵衛。途中から防戦一方になり出したじゃねえか。やっぱ忍者は刀よりも暗殺術がお得意か?」
「あのな刃刃幸、暗殺術には刀を用いた技も一応あるんだぜ? 俺は学んだ事無いけど」
――ガスッ!
俺は刃刃幸の胴に足蹴りを放ち、斬りかかるが、簡単に弾き返されてしまう。そして刃刃幸は『幸村』の刀身を黒い瘴気で包み込み、大きく振り翳す。
「黒斬!」
刃刃幸が漆黒の斬撃の放つ。さっきまでは避けてた俺は『神流月』を盾代わりにする。
(――冬厳ッ!)
斬撃が当たる寸前に冬厳で両手と刀身に全体重を掛ける。
――ギィィィンッ!
俺の『神流月』と刃刃幸の『幸村』がさっきよりも煩い金属音を響かせながらぶつかる。黒い章を纏わせた斬撃は、その衝撃波の強さと重さ故に地面が陥没し、俺自身にも重たい衝撃波が掛かる。けど、俺はしっかりと『神流月』でガードが出来ている。少しばかり押されているけど、これぐらいだったら大丈夫だ。
「なっ!?」
刃刃幸は目を見開いている。そりゃ驚くさ。多分刃刃幸は俺がこの斬撃を避けた後で追撃を掛けようと思っていたんだろう。受け止めようにもこの威力なら武器は絶対破壊される。『普通』の武器なら。
「刃刃幸、俺さっき言ったぜ? 『神流月』は『異常』な業物だってな」
「んな事言ってたっけか?」
俺は刃刃幸を押し返し、胴を狙った一振り。これは『幸村』に止められて弾かれる。そのまま『幸村』の刀身が黒い瘴気に包まれ、剣先に集まっていく。
「黒点!」
刃刃幸の放った漆黒の突きは、高速で俺を狙ったが、俺は『神流月』を漆黒の突きにぶつける。斬ったり跳ね返したりする事は無理だが、攻撃の軌道を逸らして受け流す事は可能だ。両手には冬厳で全体重を掛けてあるので、吹き飛ばされる事は多分無い。
――ギィィィィィィィィィィンッ!
劈く金属音が響き渡り、俺は顔を顰める。けど、さっきは鋼鉄製のクナイを当たっただけで砕いた漆黒の突きは、『神流月』の刃を滑り、そのまま逸れていく。しかも『神流月』は砕けるどころか曲がりもしない。
「う、うおおおおおおおおおおっ!」
俺は漆黒の突きを『神流月』の刃で滑らせながら刃刃幸に突っ込む。嫌な金属音が鳴り響き続けるが、『神流月』は破壊されない。それを見た刃刃幸は焦り出す。
「ちょっ、どうなってんだよ……」
刃刃幸はこのまま続けてても『神流月』は破壊されないと判断し、漆黒の突きを止め、『幸村』の刀身を黒い瘴気で包み込み、『幸村』を肩に担ぐ様に持ち上げる。
「黒鼬!」
案の定刃刃幸は無数の黒刃を放ってくる。突っ込む途中だった俺は避ける訳にもいかなかったので、『神流月』で飛んでくる黒刃を弾く。
――ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンッ!
さっきから思ってたが、刃刃幸の技って刀の刃に当たると凄い金属音が響くんだな。弾く度に結構煩い金属音が響いてるよ。
残りの黒刃は弾くのも面倒臭かったので、黒刃が当たらない様に滑り込みで刃刃幸に突っ込む。というか最初からこうすれば良かったかな。
俺は『神流月』の剣先を地面に滑らせ、刃刃幸の喉元に斬りかかる!
「――っ!」
――ギィン!
そこはやはり真田刃刃幸。右斜め下からの斬りを『幸村』で受け止める。冬厳で右手から伝って『神流月』の刃に全体重を掛けたんだが、刃刃幸は堪える。
「チッ!」
刃刃幸は屈んだままの俺に蹴りを放つが、俺はそれを避けてバク転で後ろに下がり、刃刃幸との距離を作る。
「……何なんだよ銃兵衛、その刀よぉ。俺の黒斬や黒点を受けても折れるどころか曲がりもしねえ。黒鼬も飛んでくるブーメランを刀で弾くみてえに『普通』にやりやがった。そんな業物を持ってたっつう情報なんて無えぞ」
「『神流月』の情報が手に入れられなかったのは仕方ないだろ。ずっと俺の体の中で眠ってんだからよ。それと刃刃幸、お前なんか勘違いしてるみてえだけど、さっきの攻撃を受けたり流したりするのはさすがに大変なんだぜ? それぐらいお前にも分かるだろ」
「そんな事はお前に言われなくても分かってるっての。そうじゃなくて、お前の刀、どんだけ丈夫なのか興味が湧いてきたんだよ」
刃刃幸は『幸村』の刀身に黒い瘴気を纏わせ、半分炎が混ざっている。いや違う。コイツ、刀身に黒い炎を纏わせやがったんだ。
「黒焔!」
刃刃幸が『幸村』を薙ぎ払うと、漆黒の炎が螺旋を描いて飛んでくる。大きさは半径約1m。避けられなくもないけど、避けたら熱風で吹き飛ばされて追撃を掛けられる気がするな。けど俺は炎なんて喰らった事はあるけど斬った事はないしな。
「まあでも、大丈夫か」
俺は『神流月』を大きく振り翳し、タイミングを計る。炎は斬った事はないけど、斬り方なら父さんから教わってある。父さんの説明は物凄く難しすぎて理解出来なかったし、実際にやってみたかったけど教わったのは父さんと母さんが突然死する前の日だったから実際に見せてもらってない。なので父さんのクソ難しい説明を母さんに解読してもらった結果、方法は只単純に、『普通』に斬る。但し、タイミングと斬る位置が酷く限られている。螺旋を描く様に飛んでくる炎の場合、形は円形。斬るべき場所は、ほぼ真ん中。少しでもズレれば失敗する。けど、黒眼の視界補正と動作助言で、斬れる!
(――炎割!)
炎割。文字通り炎を割るその剣技は、正確には死んだ曾祖父さん、服部剣蔵の使ってた技。
俺が『神流月』を下に薙ぎ払う。そして、黒焔と『神流月』の刃がぶつかり、黒焔は物凄い熱風を撒き散らし、俺に襲い掛かる。けどその黒焔は、俺の『神流月』の刃で真ん中に切れ目が入り、斧で薪を割るみたいに、切り裂かれていく。『神流月』の刀身は赤くなっていき、どんどん熱くなっていく。柄までもが熱くなり出すが、黒竜のおかげでそこまで熱くは感じないし、全身も黒牙で覆っているから焼かれる事もない。
――ドオォォォォォォォォォォンッ!
切り裂かれた黒焔は俺の左右に分かれて飛んでいき、後ろに積んであった燃料の入ったドラム缶に当たって爆発。このままだと大火事になりそうなので忍法『氷白凍』で燃え上がる炎を凍らせて消す。忍法『氷白凍』は周りに水分があれば炎だって凍らす事も出来るから火事はならなかったけど、『神流月』が熱いな。いくら黒竜嵌めてるとは言え、握ってるだけで熱さが伝わってくる。
炎を斬られたのに、刃刃幸はニヤリと笑い、『幸村』の刀身を黒い瘴気で包み込み、それを剣先に集める。また黒点を放つかと思ったら違った。さっきの黒点に比べて黒い瘴気からパキパキと音が鳴っている。しかも何故だろう、『幸村』の刀身の周りを白い冷気が漂っている。
「黒氷!」
刃刃幸が突きを放った。でも、飛んで来たのは案の定さっきの様な漆黒の突きではなく、漆黒の氷。黒氷は槍の様に先端が尖っていて、俺を狙っている。炎のお次は氷か。さっきも雷刃や強風も出てたし、そう驚く事でもないか。避けたかったけど、避けたらまた面倒臭い事になりそうだし、斬るか。それにまだ『神流月』の刀身はまだ熱い。折角だから冷やすか。
俺は『神流月』で黒氷をさっき黒焔を斬ったのと同じ様に斬る。こっちもタイミングと斬る位置が限られるんだが、炎ではないのでそう難しいものではない。
――シィィィィィィィィィィンッ!
黒氷が『神流月』の刃に当たり、金属音よりかは劈かない音が響く。しかしさすがは『神流月』。黒焔で温度が上がっているとは言え、飛んで来た氷の槍をいとも簡単に切り裂いている。けどさっきは熱風だったのが、今度は物凄く冷たい冷風になっている。さっきまで熱くなってた『神流月』の刀身は、みるみる温度が下がり、刀身が凍ってしまった。
(……コイツ、何がやりたかったんだ?)
黒焔や黒氷を連発するんだったらまだ分かる。『神流月』の温度をドンドン熱くして持てなくするか、温度を下げて凍らせるならまだ分かる。けど熱した後に凍らすって……成程、そういう事か。
刃刃幸は『幸村』の刀身を黒い瘴気で包み込み、炎も纏わせる。
「黒焔!」
そして薙ぎ払い、螺旋状に飛んでくる漆黒の炎。その後刃刃幸はすぐに『幸村』の刀身を黒い瘴気で包み込む。多分俺がこれを避けたら黒斬で追撃するという打算なのだろう。けど、俺は避けない。遠慮なく炎を、斬る!
「ハアアアッ!」
『神流月』の一振り。さっきと同じタイミングで、黒焔を切り裂く。刃刃幸は俺が黒焔を斬るという事も斬らないという事も予想していたらしく突っ込んできた。さっきと同様、恐ろしい熱風が俺の全身を包み込む。けど、黒焔を切り裂く事は出来た。勿論、俺の左右に分かれて飛んでいった炎の消火も忘れずに。
けどおかげで、『神流月』には最悪の条件が整ってしまった。しかも刃刃幸は突っ込んでくる。避けても無駄だろう。受けるしかない。『普通』に考えれば、俺は詰んだ。
「黒斬!」
刃刃幸の漆黒の斬撃。刃刃幸は勝ち誇った顔で『幸村』を振り下ろす。
刃刃幸、一体何を勝ち誇っているかは知らんが、俺はまだ詰んでねえぞ。
――ギィン!
「――っ!」
勝ち誇った顔をしていた刃刃幸が、すぐに驚愕の顔へと変貌する。
「どうしたよ刃刃幸? やけに驚いんじゃねえか」
俺はニヤリと笑う。周りに衝撃波が掛かるが、俺はしっかりと『神流月』で受け止めている。
「テ、テメエ、どうして……」
「刃刃幸、発想は良かったぜ。けど、一歩足りなかったな」
刃刃幸がやろうとしたのはこうだ。
まず刃刃幸が放っていた攻撃は全て避けたら逆に危険というものばかり。だから俺は全部斬るか流すか弾くかしないといけない。それを踏まえた上で、まずは黒焔をぶつけて『神流月』の刀身を高く熱する。その次に黒氷をぶつけて『神流月』を逆に冷やす。そしてもう一度黒焔で『神流月』を熱し、黒斬で『神流月』を破壊する、という感じだったのだろう。
俺の『神流月』や『幸村』は、『異常』な刀と言えど、材料は金属。金属は、熱し、冷やし、また熱するを何度も繰り返すと、脆くなる。刃刃幸は黒斬や黒点でも破壊出来なかった『神流月』をこの方法で破壊しようとしたんだ。俺は最初、刃刃幸のやっている事が分からなかったが、そりゃあんだけ熱い炎と冷たい氷で冷やせば刃は脆くなって破壊されるだろう。『普通』の刀ならな。
「足りなかったって、どういう事だ」
刃刃幸は悔しそうに俺に問いかける。
「刃刃幸、お前、『神流月』の刀身を見て何か気付かないのか?」
「は?」
刃刃幸は俺に言われるまま『神流月』の刀身を見る。
「一体何だって言うんだよ……」
ここで、刃刃幸はギョッとした。やっと気付いたか。俺の『神流月』の刀身は、今も尚奇麗に輝いている。お前の『幸村』と同じぐらいな。しかも、『神流月』には傷1つ無い。
「おい銃兵衛、どういう事だ」
「お前がさっき失敗した原因は、お前が『神流月』の事をよく知らなかったからだよ」
ここで1つ、刃刃幸に疑問が出来る。何故『神流月』が壊れなかった?
さっきの熱し、冷やし、熱しの連続で『神流月』は脆くなっている筈。なのにその直後に放たれた黒斬を見事受けた。それどころか、俺は刃刃幸の攻撃を悉く『神流月』受け止めたり弾いたりしているのに、壊れる以前に曲がりもしない、皹どころか傷1つ付いていない。あまりにも丈夫過ぎる。
「教えてやるぜ刃刃幸。俺の『神流月』はな、『異常』なまでに頑丈で、折れる曲がらず、皹どころか傷1つ付かない日本刀なんだよ」
「は、はあっ!?」
そう、『神流月』は壊れない。
コイツはどういう鍛錬を経て作られたのかは知らんが、どんな事をしようが絶対折れないし絶対曲がらない、傷も皹も、刃毀れ1つしない。多分この世にある刀剣類の中で一番頑丈で、剣なのに最強の盾とも言える存在である。絶対に壊れない頑丈な刀、だから絶頑刀『神流月』。
その事実を知らされた刃刃幸は、ギリギリと歯軋りする。
「何なんだよそりゃあ。反則だろうが」
「お前の黒刀も中々のモンだと思うがな」
しかし、あんだけ熱い炎と冷たい氷を纏わせてた『幸村』も皹が入った様子が無い。さすがは凄い丈夫だと聞かされた程はあるな。
「つうか刃刃幸、1つ言って良いか?」
「何だよ」
「あまりに驚くのは仕方ないとは思うけど、お前、隙あり過ぎだぞ」
「は?」
――ガスッ!
時既に遅し。俺の左足が刃刃幸の胴に減り込んでいる。冬厳で足に全体重を掛けていたからな。
「しまっ――」
「地珠淡短・鬱炉!」
――ズドンッ!
「ラアアアアアアアアアアッ!」
俺はそのまま刃刃幸を上に蹴り上げる。
地珠淡短・鬱炉とは、冬厳で全体重を掛けた足で相手の胴を蹴り、そのまま上へと高く蹴り上げて相手を無防備な空中に飛ばす体術の1つ。当然、いきなり胴を蹴られた相手は衝撃がハンパではなく、『普通』なら体をすぐに動かす事は出来ない。けど刃刃幸はさすが『異常』な人間。胴を蹴られたのに体勢を崩さずに俺が攻撃してくるのを迎え撃つ姿勢でいる。けど無駄だ。
(――源影!)
黒眼の表示でやっと源影の使用が可能になった。直線上に進む源影は空中に向かって進む時でも使える。
「――っ!」
――ギィン
刃刃幸は俺が突っ込んでくると一部思ってたらしく、『神流月』で斬りかかってきたのを『幸村』で弾く。けど刃刃幸が出来たのはそこまでだった。俺は弾かれつつも、拳を刃刃幸の鳩尾に――空中だからやりにくかったが――なんとかぶつける。
「紫電混結・雷牙!」
――バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!
スタンガンや電気警棒の比ではない雷付きで。
「ぐああああああああああああああああああああっ!」
天童にやった時は出力を抑えたが、刃刃幸、お前は敵だ。遠慮なく本気でやらせてもらう。
「ガ、ハッ……」
けど何処まで丈夫なのか、結構強くやった筈なのにまだ生きてるよ。仕方ない。空中にいる訳だし、冬厳で足に全体重を掛けて、
「落花鋼鳴・鉄墜!」
そのまま刃刃幸の頭目掛けて踵落とし。
――ズドォォォォォンッ!
刃刃幸は抵抗すら出来ずに地面に落下。着地した俺は、地面が半壊した所に仰向けになっている刃刃幸に近寄る。
「はあ、はあ、はあ、くっそ……」
刃刃幸はまだ生きてる。息を切らしながら吐血し、『幸村』もまだ握ったままだが、黒眼の表示よれば黒い瘴気の濃度は残り70%前後だ。
ていうか凄いなコイツ。本当に何処まで丈夫なんだか。
俺は刃刃幸にトドメを刺すべく、『神流月』を刃刃幸の首に向ける。
「……へ、へへ。本当にお前は、ヤバいな。銃兵衛」
「鬱炉に雷牙、鉄墜を連続で喰らってまだ生きてるお前の方がよっぽどヤベえよ」
「へっ、さっきの足蹴り、鬱炉って技名なのか。虚と同じ名前で紛らわしいな。ゲホッ!」
さすがに死にはしなかったけど、これ以上は体が持たないみたいだな。刃刃幸、お前は俺が戦った中で三番目に『異常』だったよ。一番は光元、二番は伊佐南美だけど。
「刃刃幸、殺す前に1つ聞きたい。どうしてお前ら『ZEUS』は、百合姫様を狙ってんだ?」
もう持たないんだったら、せめてコイツから情報を聞き出さないといけない。刃刃幸は俺の質問にハハ、と可笑しく笑う。
「おいおい、殺す前にそんな事聞くのかよ、お前は。まあ良いぜ。教えてやるよ。どうせ死ぬんだし、最後に置き土産したってバチは当たらねえか。銃兵衛よぉ、お前は如月百合姫の事をどれだけ知ってんだ?」
「百合姫様が『異常』に美しくて、『異常』に弱い、そんぐらいしか知らない」
「へぇ、そっか。やっぱりお前は、何も知らねえんだな。それでも、裏の世界を生きる、無法者かよ」
何だ? 一体コイツは何を言っているんだ?
「銃兵衛よぉ、俺は最初、裏の悪を狩る無法者である、お前と、お前の妹がどうして、射城学園の味方をしてんのか、分かんなかった。けど、ようやく分かったぜ。お前は何も知らなかったから味方してたんだな。とんだ間抜け者もいたモンだぜ」
「……どういう意味だよ。そりゃあ」
俺が問いかけると、刃刃幸はヘラヘラと笑い出し、
「教える前に1つ言っておくぜ。俺達『ZEUS』は、お前ら同様、裏に蔓延る悪を狩る無法者。お前らと同類って訳だ」
……それは、薄々気付いていた。俺と刃刃幸が最初に会っあの日、刃刃幸は俺の獲物である赤浜秀朔を既に殺していた。赤浜は暴力団の組長で、麻薬取引をかなりやっている奴だった。言ってみれば俺達みたいに裏の世界を生きる無法者達にとってはハタ迷惑な存在。つまり、コイツも俺達同様、裏の無法者。もしそうだとしたら、
「じゃあお前達は、政府の悪を消そうとする為に百合姫様を殺そうとしたのか?」
政府の中にだって裏の悪は沢山蔓延っている。嘗て光元が政府の人間を次々と惨殺した様に、コイツらもそれをやろうとしたのか? だとしたら、何で態々『異常』に弱い百合姫様を?
だが、俺の疑問は違っていた。
「違えよ。確かに俺達は政府の悪だって狩るが、そんな理由だったらもうちょっと影響力の高い大物を殺すさ」
「じゃあどうして……」
「だから教えてやるって。如月百合姫はよぉ、『Kars』の生き残りの、孫娘なんだよ」
「っ!?」
この時、俺は耳を疑い、途轍もなく驚愕した。
『Kars』。その組織の名を知らない裏の無法者達はいない。『Kars』とは1900年代、世界中に存在する裏の世界を暗黒の闇へと変えた、裏を生きる史上最悪のテロ組織。その傍若無人極まりない行為は、他の無法者達を恐怖のドン底へと叩き落したぐらいだと言われていた。いつしか無法者達の間で同盟が締結され、『Kars』との抗争が繰り広げられた。泥沼の様なその戦いは、10年近くも続き、最後は『Kars』が敗北。メンバーの9割以上が死に、生き残りはほぼいないと言われていた。そして同盟側には、俺の祖父さんと祖母さんも当然いた。
けど、まさかその生き残りの血を引いた人が百合姫様って……
「知ってんだろ、『Kars』ぐらい。お前の祖父さん祖母さんも戦いに参戦してたらしいからよぉ」
「おいおい、もうそこまで調べてたのかよ」
「当然だぜ。『暗殺狂』こと服部乱蔵、そしてその妻『暗殺静』こと服部九四七雫。1900年代を生きた暗殺者夫婦ぐらい、無法者達の間じゃ話題になってる奴らなんだからよぉ」
マジかよ。確かに祖父さんと祖母さんも『Kars』との戦いに参戦したって言ってたけど、話題になる程まで有名になってたのかよあの2人。
「ついでに教えてやるぜ。嵐崎紫苑の祖母、楓の婆さんも同盟側の1人だぜ」
「っ!?」
本日二度目のビックリだぜ。ちょっと待て。今コイツ何て言った。楓さんが、祖父さん祖母さんと一緒に戦ってた? そんな事光元からすら聞いた事がない。
「嘘だ。ありえない。楓さんが俺の祖父さん祖母さんと一緒だった訳がねえ」
「嘘じゃねえぜ。何を隠そう、嵐崎楓は三重県伊賀市出身。お前の祖父さん祖母さんの、1個年上の先輩だよ!」
「っ!?」
おいおい。三度目のビックリだよ。成程、どうりで光元が紫苑さんと知り合いになった訳だ。楓さんは嘗て俺の祖父さん祖母さんの先輩であり、嘗て光元と一緒に色々やった仲であり、俺の上司である紫苑さんの祖母。
けど信じられない。祖父さん祖母さの先輩が楓さん? じゃあまるで、俺と伊佐南美が東京射城学園に入ったのも、紫苑さんと出会ったのも、真田幸村の末裔と出会ったのも、何もかも必然的って事じゃねえか!
俺がギリ、と歯を噛み締めていると、刃刃幸はニヤリと笑い、
「銃兵衛よぉ、全然信じられねえみてえだが、俺がさっき話したのは全部事実だぜ。お前は本当に何も知らなかったんだな」
ムカつく。こうしてヘラヘラ笑っている刃刃幸にもだけど、なによりその事実を知らず、聞かされた後で、『神流月』を握る手が震えている自分に物凄くムカつく。チクショウ、井の中の蛙も程々にしたいぜ。
「……刃刃幸、百合姫様が『Kars』の生き残りの孫娘だって事実を知ってるのはお前ら以外にもいるのか?」
「8人の射城学園の理事長達、あとは政府の上層部の人間の内の極一握りだ。その驚き様だと、嵐崎紫苑はお前に如月百合姫の素性は不明だって説明したらしいな。真実を言わなかったのは、お前ら兄妹を動揺させたくなかったんだろうよ」
「だからってこれはねえぜ。まったく紫苑さんには困ったモンだ。後で灸を据えてやらねえとな」
「いやいや、その必要はねえぜ。銃兵衛よぉ、何で俺がここまで全部教えてやったか気にならねえのか?」
た、確かに。いくら負けたとはいえ、『普通』なら情報を言わずに黙秘を貫くものだ。それなのに、どうしてコイツはここまで教えた? そして何故コイツはこんなにもヘラヘラ笑っていられるんだ?
「教えてやるぜ」
刃刃幸は『幸村』の刀身をゆっくりと俺に当てる。
「それはな、俺の勝ちだからだ」
突然黒眼が警告表示が自動発動。俺が慌てて『幸村』の刀身を見ると、『幸村』の刀身がさっきよりも一層黒い瘴気に包まれ、一回り大きくなっている。
マズい、さっきの話で動揺して、判断が……
「黒点一刀・零乱」
一瞬の出来事だった。さっきの黒点よりも大きい漆黒の突きが、空へと飛ぶロケットの様に、月と星で輝く夜空に、一直線に上へと突き進む。
「……っ!」
本当に一瞬だった。俺は上ではなく、横に吹き飛ばされ、倉庫の鉄の壁に強くぶつかる。辛うじて『神流月』は握ったままだったが、それは無意味だと悟った。
「へ、へへ。銃兵衛よぉ、お前はやっぱ俺が今まで殺り合った相手の中で最高の方だったぜ。けど、それでもお前はまだ経験不足だったな」
黒眼の表示を見なくても、自分が一体どういう状況なのかはすぐに分かった。俺の体は、右脇腹が丁度半円の様に、無くなっていて、そこから大量に血が流れ出ていた。




