弐拾玖殺
刃刃幸が黒刀『幸村』を軽く横に一薙ぎすると、奴を覆う黒い瘴気が一層濃くなった。
「コイツは使いたくなかった。けど、お前はその理由を知る事すら出来ずに死ぬ」
何故だろう。刃刃幸の目つきが鋭く変わった。そして『幸村』の刀身にも黒い瘴気が纏わり付く。
「黒風!」
刃刃幸の一薙ぎ。それによって吹き荒れる、『異常』な強風。前に刃刃幸が起こした時の強風よりも、更に強い!
俺は吹き飛ばされないように体を地面に伏せる。だがその直後、
『黒刀『幸村』の下から上への斬撃が来ます!』
「なっ……!」
黒眼による視界補正で、強風の中で『幸村』の切先を地面に滑らす様に刃刃幸が斬りかかってきた。
俺は即座に体を仰け反り、バク転の要領で後ろにバックする。刃刃幸の下から上への斬撃は俺の鼻擦れ擦れで当たらなかった。
強風によって思ったよりも後ろにバック出来たので、強風は中々止まないからこっちで無理矢理止めに掛かる。
(――冬厳――剛火!)
俺は冬厳で拳に全体重を掛け、地面に向かって剛火を放つ。
剛火はさっきもやった様に、速度が遅い代わりに与える衝撃が『異常』に重たい一撃。けど、その剛火を地面に放てば、周囲にも重たい衝撃波が生じ、近くにある物を衝撃で破壊する範囲攻撃も出来る。当然、吹き荒れる強風を衝撃波で吹っ飛ばすのだって、『普通』に出来る。
案の定俺の放った拳は地面を半壊、吹き荒れていた強風も衝撃波で吹っ飛んだ。
目の前が見やすくなり、刃刃幸の姿を確認するが、刃刃幸の姿が何処にもない。
『真田刃刃幸は上です!』
と思ったら黒眼の警告表示が自動で反応し、俺は上を見上げる。黒眼の表示通り、刃刃幸が『幸村』を大きく振り翳し、刀身に黒い瘴気を纏わせる。
「黒斬ッ!」
刃刃幸が漆黒の斬撃を振り下ろす。これは受け止めたり流したりは出来ない。黒眼の表示に従い、後方へジャンプ。
――ドカァァァァァンッ!
漆黒の斬撃が地面に当たり、衝撃波と共に地面が半壊。直径3,4mぐらいは凹んでるな。
こっちも反撃するべく、両袖にまだ仕込んでたクナイ2本を取り出し、両手に握る。
脚にはまだ負担が残っているので、源影は使えない。それでも俺は高速で刃刃幸に突っ込む。
――ギィン!
俺のクナイと刃刃幸の『幸村』の刃がぶつかる。俺はもう片方のクナイを刃刃幸に突き刺すが、刃刃幸は即座に体を回転させてながら俺を押し返し、斬りかかる。
――ギィンッ!
それを俺がクナイをクロスさせて受け止めるが、受けた時の衝撃が重い。黒刀『幸村』は物凄く重たいって紫苑さんが言ってたけど、予想よりも重いな。最初刃刃幸に会った時、奴の斬撃を蹴りで弾き飛ばしたが、あれは冬厳で全体重を掛けたから。けど今は体重を掛けられなかった。刃刃幸の方が速い。
「――ラァッ!」
刃刃幸は『幸村』を薙ぎ払い、俺を押し返す。そして『幸村』の刀身が黒い瘴気に覆われ、バチバチと火花が鳴り出した。その火花の正体は、黒い雷。
「黒雷!」
剣先を地面に滑らすように、下から上へと『幸村』を振る。それによって放たれたのは、長さが2mはある、黒い雷の刃。
黒い雷刃はバチバチと音を立て、地面を切り裂きながら俺に飛んでくる。あんなの喰らったら一溜まりも無いので、俺はジャンプしてかわす。
「待ってましたとはこの事だなッ!」
ところが、上には既に刃刃幸が『幸村』を振り翳し、刀身を黒い瘴気で覆う。さっきと同じ黒斬だ。空中にいる今、あれを喰らえば、俺への衝撃は何処にも逃げる事が出来ない。つまり、死ぬ。
俺は握ってたクナイを2本とも刃刃幸に投げ、面白いことが起こった。どうやら刃刃幸は、俺の投げたクナイをかわす事が出来なかったのだろうか、『幸村』を薙ぎ払い、クナイを弾き返した。それにより、『幸村』の刀身を覆っていた黒い瘴気が漆黒の斬撃となって放出された。
「――ッ!」
「――ッ!」
俺と刃刃幸は目を大きく見開いたまま地面に着地。不意に黒眼が表示を出してきた。
『現在の真田刃刃幸を覆う黒い瘴気濃度:約87.4%
補足:黒刀『幸村』抜刀時の濃度は約99.8%』
成程な。どうして刃刃幸が『幸村』を使うのを躊躇ったのかが分かった。刃刃幸が『幸村』を抜刀した時に奴を覆った黒い瘴気、あれは俺の解釈で行くなら、式力の現れだ。
刃刃幸は黒風や黒斬と言った技を放つ時には、黒い瘴気を『幸村』の刀身に纏わせていた。けどあの黒い瘴気は、単なる超能力者や魔術を扱う人のエネルギー源、式力。刃刃幸は式力を刀身に纏わせる事で強力な攻撃を放てるが、纏わせている状態で刀を振れば、その瘴気はそのまま放たれる。しかも黒い瘴気は1回刀身に纏わせるのに時間が掛かるうえ、黒眼の表示した濃度を見るからに、使える量が決まっている。休めば瘴気の濃度は濃くなるんだろうが、今はそんな事は出来ない。
つまり、刃刃幸はエネルギー源が限られている、ガス欠を起こすタイプの超能力者寄りの戦闘員で、1回の技を放つのに時間が掛かるという弱点がある。さっきの光景を見られた刃刃幸の方も、自分の弱点が俺に知られたというのを悟ったのだろう、しまったと言わんばかりの顔になる。
「……あーあ、バレちまったか。殺り合ってたらバレるだろうなっていう予感はしてたけどよぉ、まさかこんな早くバレるとは思わなかったぜ」
「……刃刃幸、やっぱりお前も超能力者の類なのか?」
「いや違う。正確には、この瘴気は『幸村』か放出してるモンで、お前は勘付いたと思うが、一度に使える量は限られてるし、技使うのにも溜めがいる。コイツを使い慣れるのに随分と時間が掛かったモンだぜ」
刃刃幸は『幸村』を肩に担ぎ、溜息を吐く。
「銃兵衛よぉ、俺さっき、『幸村』を使ってでも殺せなかった相手が3人いるって言って、その内の2人がお前と嵐崎紫苑だって言ったよな? 最後の1人が誰なのか教えてやるぜ。ソイツはな、俺達のボス、『ZEUS』のリーダーだ」
……へえ。薄々予想はしてたけど、まさか本当に『ZEUS』の親玉だったのか。それでその『ZEUS』のリーダーに負けたから『ZEUS』に入ったって所か。
「どうせお前の事だ。俺がリーダーに負けたから嫌々『ZEUS』に入ったんじゃないのかとか考えてるかもしんねえけど、正直俺は『ZEUS』に入って良かったと思ってるぜ。なんつーかよぉ、あそこにいると、俺に居場所が出来たんだなって気がして、心がホッとすんだよ」
なんか、刃刃幸が急にしんみりとした事を言い出したぞ。
刃刃幸が続けて言った言葉は、
「まあ、その代わり、大事なものも失っちまったがな。だよな、虚」
何処か、自分を蔑んでいる様に聞こえた。
◇
「刃刃幸、お前と父さん達の先祖は、真田幸村だ」
父親にそう教えられたのは、俺がまだ5歳の頃だった。
あの頃の俺は、何にでも突っ掛かって喧嘩を起こし、ちょっとした事ですぐにキレる、乱暴で短気なガキだった。
親はいない。人殺しを生業としていた俺の両親は、仕事の最中に同業者との抗争で死んだ。ちなみに表向きは情報屋の仕事をしていた。
当時の俺は独りぼっちだった。兄弟も親戚も無く、友達だって1人も出来ず、いつも独りだった。そんな時だった。俺が8歳の頃の冬、俺がいつもの様に1人で公園にいると、ベンチの上で誰かが蹲っていた。何だろうと思って近寄ってみた。蹲っていたのは、女だった。年は当時の俺から見れば、高校生か大学生ぐらいに見える女が目を閉じていた。多分寝ているのだろう、こんなクソ寒い所で何やってんだと思い、俺は女の顔を覗いてみた。
「……だ、れ?」
俺がいる事に気付いたのか、女がゆっくりと目を開く。女は黒い長髪に青色の目、着ている服はジーパンにタンクトップ、ブラウンのコートと、冬にはまるで似合わない服装だった。しかも数日何も食べていないのか、痩せ細り、随分とここで蹲っていたのか、元々が白い肌なのが、更に真っ白くなり、冷たくなっている。
女は俺の顔を見るなり、顔をギョッとした。
「……き、君、名前は?」
「……真田刃刃幸」
俺は聞かれるがままに自分の名前を言った。すると女はギョッとした顔からパァァァ、と明るい顔になる。
「そ、そんな。まさかここで、信繁様の子孫にお会いできるだなんて……」
そして女がボソボソと呟いた。信繁様って聞こえたが、もしかして俺のご先祖様・真田幸村の事を言っているだろうか。俺が首を傾げて考えていると、
「ね、ねえ刃刃幸、悪いんだけど、君の家で、お風呂貸してくれない?」
女は疲れ切っているのか、弱弱しく笑顔で頼んでくる。
突然年上のお姉さんに風呂を貸してと言われた。『普通』のガキなら安易に首を縦に振ったりはしない。親に聞いてみるとかなんとか家族に確認を取るのが最初な筈だ。けど俺の両親はもう死んでいる。つまり家には俺1人。
「良いよ」
なので俺は女の頼みを聞き入れた。
俺の家は公園から徒歩10分の所にある一軒家。そこに俺はたった1人で暮らしていた。『普通』なら施設に入るのが一番なんだが、そんな所にいても俺が1人なのは目に見えてる。
女は俺の肩を借りつつゆっくりと風呂場の前まで歩いて行き、俺はリビングでテレビを見て時間を潰す事一時間程、
「ねえ刃刃幸。もう1つお願い出来ちゃったんだけど良い?」
風呂から上がってきたのか、不意に後ろから女の声が聞こえた。
「お願いってなに……」
俺が振り返って尋ねようとしたその時、俺は驚いた。次第に顔が赤くなる。
「な、なんて格好してんだよ!?」
そりゃあ驚くよな。風呂から上がってきた年上のお姉さんがバスタオルを体に巻いただけの姿でやって来たんだから。
しかもこのお姉さん、結構胸が大きくて少しばかりタオルからはみ出ているという、どっかのアニメに出てきそうなシチュエーションである。
「え? 何が?」
「何がじゃねえよ! 何でそんな格好なんだよ!? 服着ろよ!」
あの時はそりゃあ慌てた慌てた。なのにこのお姉さんときたら大して恥ずかしがる様子を見せずにあぁ、と納得した様な顔になり、
「いやさぁ、その事なんだけど、私が着れそうな服貸してくれない?」
「え? 何で?」
「何でって、私の着てる服あれだし、持ってなかったら持ってなかったで別にあのままで良いんだけど」
確かに、このお姉さんが着ていた服はどう考えても冬には合っていない。折角風呂を貸したのにあんな服を着てたら風邪を引く。俺はそう思い、
「……良いよ」
俺はお姉さんを、死んだ俺の母親の部屋に案内した。その後俺は裸同然でいるお姉さんと同じ部屋にいるのが嫌だったので「適当に使って良いから」と言ってそそくさと部屋を出て行った。
十数分経ってリビングに戻って来たお姉さんは暖かそうなブラウンセーターと黒いロングスカートを着ていた。
「ありがとう刃刃幸。君のおかげで助かったよ」
「……空いてないの?」
「え?」
「腹、空いてないの?」
最初会った時のお姉さんは痩せ細っていた。さっきのバスタオル姿を見た時でも、体が細くなっているのが分かった。
当時の俺の食事は基本的に近所のコンビニで買ってきたのを食べるというものだった。金は死んだ両親の蓄え――殺しの仕事で手に入れたものの残り――が充分あるから苦にはならない。
「何か食う? これから買ってくるけど」
冷蔵庫には飲み物ぐらいしか無かったが、今から買いに行けば何かあるだろうと思い、俺はソファに放っていた上着を羽織ろうとした。
「あぁ大丈夫。私にはこれがあるから」
お姉さんがそう言って俺を止め、胸元から黒い巾着袋を取り出し、中に入ってたらしい煎餅を出した。
「それ?」
「うん。これ」
煎餅だけで腹が膨れる訳が無いのに、お姉さんは煎餅をポリポリと食べる。
「はぁ~おいしい。久々に食べた。これまたなんと美味な……」
そんなにその煎餅が美味かったのか、ブツブツ言いながらお姉さんは顔をウットリとさせ、頬を手で押さえている。その後すぐにお姉さんは俺の方を向き、
「ねえ刃刃幸。君、お父さんとお母さんは?」
「……いない。事故で死んだ」
本当は殺し合いで殉職したんだが、それを言うのはマズいという事は8歳の俺でも分かっている。
それを聞いたお姉さんは、少し俺の顔を見つめ、煎餅を口の中に放り込んでボリボリ噛むと、俺を後ろから両腕で包み込み、そっと優しく抱きつく。温かくて柔らかい感触が俺の頬に伝わる。
「そっか。刃刃幸独りぼっちなんだ。でも安心して。私と出会ったからには、もう君は独りぼっちじゃなくなるよ」
俺はお姉さんの言っている事が理解できなかった。お姉さんは俺の頭を撫でると、リビングから出て行こうとする。
「それじゃあ刃刃幸、私はそろそろ行くね」
「……お姉さん、家何処?」
「家は無いよ。もっと言うならお金も無いし仕事も無い、無い無い尽くしなんだ」
なんか俺よりも残念な人生を送っているみたいだったこのお姉さんが可哀想に思えてきた。
「じゃあ、家にいれば?」
「え?」
「どうせ家無いんだったら、いても良いよ。それに俺、独りだし」
正直この残念なお姉さんを見捨てるのは嫌だったのでそう言うと、お姉さんは驚く。
「そっか。ありがとう。刃刃幸は優しい子なんだね」
そしてニッコリと笑い、俺を強く抱きしめる。
「あ、そういえば、まだ刃刃幸には私の名前教えてなかったね。私の名前は虚って言うんだ」
「ウツロ?」
「うん。虚。これから宜しくね。刃刃幸」
その日から、俺と虚の生活が始まった。虚はいつも俺と一緒にいてくれた。一緒にテレビを見たり、遊んでくれたり、勉強だって見てくれた。さすがに一緒に風呂に入る事は無かったけど――風呂上りにバスタオル一枚で出てきた事はあった――、その代わり虚の希望で一緒に寝たりはした。2人で出掛けたりもした。山や川、海にもよく行ったりした。でも虚は俺と食事をする時だけは妙だった。俺が食っている時の虚は、何も食べないか、胸元に下げているらしい巾着袋に入っている煎餅を食べるか、茶を啜っているだけだった。何故なのか聞いてみても教えてはくれず、いつも疑問に思っていた。
そんな感じで虚との生活が過ぎて行き、1年が経ったある日、虚が俺をとある海に連れて行ってくれた。
「なあ虚」
「何刃刃幸?」
「何で海に来たの?」
その時は丁度冬。季節外れなのに何で海に行くのか、俺は虚に尋ねてみると、
「……それはね、そろそろ君とお別れしようと思って、最後に、一緒に海を見ておきたかったんだ」
「え?」
俺は耳を疑った。虚と、別れる? いや、俺の聞き間違いだろう。
「う、嘘だよね、虚」
「嘘じゃないよ。本当だよ。私は君とはずっと一緒にいる事は出来ない。私はそういう存在だから」
「な、何でだよ!? 俺達ずっと一緒にいたじゃんか! 虚がいなくなったら、俺また独りになるだろ!」
「だからもう大丈夫。私と会ったからには、もう刃刃幸は独りにならない。それは絶対だよ。私はもう君とは会わないかもしれないけど、その前にやっておかなくちゃいけない事があるから」
虚はそう言うと、胸元に結んであった黒い紐を解いた。すると、ドサッという音を立て、何かが砂浜に落ちた。虚がそれを拾い、俺に差し出す。あまりにも重くて落としそうになったそれは、黒い鞘に収められた、1本の日本刀。
「な、何だよこれ。何で虚がこんな物持ってんだよ」
「それは黒刀『幸村』。刃刃幸、この刀はね、真田信繁様――幸村様の血を引いている君だからこそ扱える刀なんだ」
「え、それってどういう……」
俺が尋ねようとしたその時、突然虚が俺に抱きついた。その直後、ドォンッ! という銃声が鳴り響いた。
俺はその音に驚いたが、もっと驚いた事が起こった。俺に抱きついた虚が、ゆっくりと、倒れた。
「う、つ、ろ?」
俺が倒れた虚を見ると、虚の背中から血が流れ出ていた。
「カッ、ハッ!」
虚は血を吐き、痛みを堪えている。
すると、もう1つ驚いた事が起こった。今まで気付いていなかった。
全身を黒いプロテクター、ヘルメットという防護服で覆い、機関銃やらライフルやらを武装した、10人、20人って数じゃない、100人以上はいる、沢山の男達が俺と虚を取り囲んでいた。
「へ、へえ、ざっと見て、400か500はいる、かな」
虚が撃たれた箇所を手で押さえ込みながら、ヨロヨロと立ち上がる。虚の背中からはまだ血が流れる。
「う、虚……」
「は、刃刃幸、こいつらは、自兵機関の、特殊強化自兵だ。油断してたとは言え、『最新鋭機怪』がここまで進歩してただなんてね。そりゃ気付かないよ。まさか全員が、光歪透迷彩を着ていたのか。正直、舐め過ぎたよ」
虚は弱弱しく笑いながら、ゆっくりと俺の前に出る。
「こんなにも自兵がいるって事は、いるんだろ? 東京自兵機関、公安部門、鬼島宗助」
虚の目の前に、1人の武装した男が出てきた。この男が鬼島なのだろう、鬼島は他の男達同様、全身を黒いプロテクターとヘルメットで覆い、手には機関銃を携えている。
「久しぶりだな、虚」
鬼島は被っていたヘルメットから顔を出し、虚と俺を睨みつける。
「随分とお前を捜したぞ。政府に狙われているお前が、まさか子供と一緒にいるとはさすがに思わなかった。だが、その子供も消さしてもらうぞ」
「おいおい鬼島、冗談がキツいね。この少年は、私が興味本意で一緒にいてあげただけの子だよ? 特に深い関係になった訳じゃないさ」
「冗談がキツいのはお前の方だ。調べはついてる。その子供はかの真田幸村、嘗てお前が側にいた侍の末裔だ。違うか? そしてその子供が今持っている日本刀も、お前が作りだした業物だろ」
「さあ、どうかな」
虚はハハハ、と笑っているが、俺はさっきの会話に耳を疑った。
虚が、俺の先祖の、真田幸村の側にいた? 何言ってんだよ、どう見ても虚は女子高生か女子大生にしか見えない。俺の先祖といただなんて何百年も前の話になる。ありえる訳が無い。
俺の疑問を無視する様に、鬼島がヘルメットを被りなおし、機関銃を虚に向け、他の男達も銃を俺と虚に向ける。
「虚、これが俺とお前との最後の出会いだ。最期言い残したい事があるんだったら、情けで聞いてやっても良いぞ。尤も、その子供の命乞いは聞き入れないがな」
「おいおい、情けがあるのに情がないね。まあ、そうだろうなとは思ったから別に良いけど。それじゃあ鬼島、一つ言っておくけど」
虚がニッコリと笑い、腕を払った。鬼島は虚が何をやったのか分からなかったのだろう、眉を顰める。すると、
ガシャガシャガシャッ!
「ッ!?」
「サッサと殺せば良かったのに」
この場にいる虚以外の全員が目を丸くした。鬼島達の持っていた銃器全てが、パーツ片となってバラバラに分解された。
「虚貴様ッ!」
「残念だったね。分解体術式に掛かれば、数百丁の銃器を一度に分解するだなんて、簡単なんだよ。尤も、生物には通用しないんだけどね。この術式は」
虚がクスクス笑い、すぐに顔を顰め、倒れそうになる。虚はさっき撃たれた背中を押さえるが、血が流れ続ける。
「虚、いくらお前でも、退魔弾の銀は猛毒になる筈だ。そんな状態で俺達総勢500人を相手するのは不可能だ」
「それは、どうかな。別に私は、お前達を道連れにして、刃刃幸を守るぐらいの力は残ってるよ。信繁様の血筋と、1年も一緒にいる事が出来たんだ。正直、悔いは無い」
虚お前、俺の為に死ぬ気かよ。撃たれた所からはまだ血が流れ続け、口からも血を吐いてるし、脚だってフラついている。そんな体でやるなんて無茶だ。どうして、どうして虚はそこまで俺の為にやるんだよ。
虚が俺を方を向き、まるで本当にお別れする様な口振りで言った。
「刃刃幸、ゴメンね。自分勝手な事言っちゃって。でも仕方ないんだ。私は、誰とも一緒にいる事は出来ない。どんなに長く一緒にいても、いつかは絶対別れる。そして、これは永遠のお別れみたいだね。楽しかったよ、刃刃幸。君と過ごした日々は、私の大事な宝物だよ」
虚は困惑している俺の頭を撫で、ニッコリと笑う。
「バイバイ。刃刃幸」
別れの挨拶だった。それを聞いた途端、俺の意識が可笑しくなっていた。
「……待てよ虚」
俺は虚の腕を掴み、グイッと引っ張る。
「は、刃刃幸?」
今度は俺が鬼島達の前に立ちはだかり、虚が困惑した。俺はさっき虚から貰った刀を見る。鯉口から黒い瘴気の様なものが漏れ出ていた。
「ま、待つんだ刃刃幸。いくら君でも無茶だ!」
「それはこっちの台詞だよ。虚、俺、虚と会えて良かったよ。虚が一緒にいてくれたから、俺は独りじゃなくなった。だから、虚は俺が守る」
俺は刀の柄を握る。すると、漏れ出ていた黒い瘴気が俺の手を伝って、体を包み込む。
鬼島は後退るも、他の男達と共に俺を警戒する。だがお前ら、その必要は無い。どうせすぐ死ぬからだ。
「……お前ら、俺の大好きな虚に、手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
俺は、『幸村』を抜刀した。
そこから先の事はあまり覚えていない。気がついた時には、俺の周りには鬼島達の死体が転がっていた。その数およそ500。俺が1人で全員殺した。そして虚の姿も無かった。慌てて近くを捜してみても虚の姿は無い。代わりに、いつ入れたのか、俺のズボンのポケットに一枚の紙切れが入っていた。
『さようなら』
紙切れにはこの一言だけしか書いていなかった。それなのに、俺の目から涙がいっぱい溢れた。もう二度と虚には会えない。これを読んで俺はそう悟った。
その直後だ。突然風景が変わった。
「ッ!?」
そこは、さっきまでの海ではなかった。まるで、何処か懐かしく思える、温かな楽園。
「『異常」に目覚めし、現世の侍よ」
そこにいたのは、1人の人物。そして正体が分からなかった『何か』。
「だ、誰だよアンタ」
「……私を名前で呼ぶ者は極少ない。今はリーダーという愛称で呼ばれている」
その人物と『何か』はゆっくりと俺の方に歩いてくる。
「真田刃刃幸。現世を生きる、真田幸村の子孫よ。私と共に来い。君にはその資格がある」
俺はコイツの言っている事が理解できなかった。でも多分、コイツも俺や虚を消しに来た奴の1人。俺はそう思い、
「だ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
その人物に斬りかかった。ど、その直後だった。突然俺は、『幸村』を落とした。そして片膝を砂浜についた。力が出ない。何が起こったのかが俺には分からなかった。
「な、何だよこれ……」
「刃刃幸、君はもう一度虚に会いたいと思っているだろう? ならば私と来なさい。すぐに会えるとまでは言えないが、少なくとも今の君は弱い。そのようでは虚も会いたがらないだろう」
その人物の言葉に、俺は思った。確かに、俺はこの人物を初対面で殺そうとした。けど冷静に考えてみる。一体全体何がどうなっているのか、勝てる気がまるでしない。恐らく俺がどんなに逆立ちしても勝てる可能性は皆無。
でも、虚に会う事が出来るのなら、俺は何だってやる。
「……アンタの所に来れば、本当にいつか、虚と会えるんだな?」
「無論だ。いつ会えるかは分からないが、少なくともそれだけの努力をする必要はある」
「分かった。ついて来たら良いんだろ。虚に会えるんだったら、俺は鬼にだって従う」
「そうか。では刃刃幸、『ZEUS』にようこそ。私は君を歓迎する」
これこそ、俺が『ZEUS』に入るきっかけとなった出来事だった。
この出来事以来、俺と虚が再び出会う事はなかった。
◇
「あーあ、虚の奴元気かなぁ。今頃独りぼっちになってなきゃ良いんだけどよぉ」
刃刃幸は『幸村』で肩をポンポン叩きながら虚空を見つめている。
――ちなみに余談だが、さっきまでの刃刃幸の回想は刃刃幸が思い出していた事を描写しただけであり、銃兵衛に話したという訳ではないby作者――
「なあ銃兵衛、俺よぉ、リーダーに会えて本当に感謝してんだわ。おかげで『幸村』の使い方や戦い方を教わったからな」
刃刃幸は『幸村』の剣先を俺の方に向け、黒い瘴気が刀身を覆う。黒眼が警告表示が反応。俺はすぐさま袖にまだ仕込んでいたクナイを取り出して握る。
「『幸村』の秘密もバレちまった。もうここからは出し惜しみは無しだ。俺の使える技をありったけ使ってお前を殺す」
『幸村』を覆っている黒い瘴気が、ドンドン切先の方に集まっていく。そして、
「黒点」
――それは一瞬の出来事だった。『幸村』の切先から放たれたのは、漆黒の突き。黒眼の視界補正のおかげでスローモーションになった俺の視界。黒い突きは俺の左腕を狙っている。俺は半分反射神経の動きにより、クナイをクロスさせて突きを受け流そうとした。だが、それは無駄だった。黒い突きがクナイに当たり、金属音が鳴り響くと、クナイが砕け散った。鋼鉄で出来たクナイを『普通』に砕き散らせる程『異常』な突きは俺の腕を掠めて行った。
「チッ、外れたか」
刃刃幸は『幸村』を肩に担ぐように持ち上げ、黒い瘴気を刀身に纏わせる。
「黒鼬!」
刃刃幸が振り放った斬撃は、飛んだ。まるでブーメランが一直線に飛んでく来る様に、無数の黒刃が襲い掛かって来た。多分あれをかわしても追撃が来るのは目に見えている。
「凍蝋激夢・怪天!」
俺は体を高速回転させる。速く、速く、もっと速く、周囲に風が舞うぐらい速く回転した俺は、飛んで来た黒刃を弾き返したり流したりする。
怪天とは元来、体をコマの様に回転させ、飛んでくる矢や手裏剣などの発射物を弾き返す防御型体術の1つ。
だが流石は『異常』な日本刀から飛ばした黒刃。いくら防御したとはいえ、黒牙が少し切り裂かれていく。黒刃を全て弾き終わった俺は怪天を止め、追撃に備えるべく、まだまだ仕込んでいたクナイを取り出す。
「黒点!」
予想はしていたが、追撃はすぐに来た。さっきの経験から、体ごと避けた方が良いと判断した俺はジャンプして避ける。
「逃がさねえよ。黒点!」
刃刃幸は黒い突きを連発してくる。俺はなんとかそれをかわし切るが、途中でクナイが砕けてしまった。
「一体どんだけの暗器仕込んでんのかは知らねえがな、『異常』な武具に『普通』の武具が太刀打ち出来る訳ねえだろ」
刃刃幸の指摘は尤もだ。黒刃を弾けたのも、黒い強風を吹き飛ばせたのも、全てが『異常』な体術。だから『異常』には『異常』で対抗するしか他手は無い。
『マスター、出し惜しみをしている場合ではありません』
黒眼からも表示してくる。そうか。やっぱり、アレを使うしかないか。
「……そうだな刃刃幸。やっぱ『異常』には『異常』が一番だよな」
俺は黒炎を外し、顔の下半分が姿を表す。
「だったら俺も使うぜ。あんまり出すとうるさいから最近使ってなかったが、今はそんな事言ってる場合でもないか」
そして俺は自分の口の中に手を突っ込む。刃刃幸は突然の俺の行動に目を丸くした。
「ガボガボゴボコボゴボガボゴボゴボゴボッ!」
俺が大きな音を立てながら、体の中を掻き回す。ここで攻撃すれば刃刃幸の勝ちなんだが、流石の刃刃幸もこの光景を見て動けずにいるみたいだ。
「ゴボゴボ、ゴバッ!」
やっとの思いで俺が口から取り出したのは、1本の日本刀。鞘、鍔が無い抜き身、造りは鋒諸刃造り、刃は直刀、刃紋は直刃。
「じゅ、銃兵衛、何だよそれ」
刃刃幸は顔を引き攣らせながら俺に尋ねてくる。ソレは、俺がずっと体内に納刀している、俺の『異常』な刀、
「絶頑刀『神流月』」
俺は黒牙の中から水の入ったペットボトルを取り出し、唾液でベトベトに汚れた『神流月』に掛けてやり、唾液を洗い流した。




