弐拾陸殺
「――っていう訳だよ」
紫苑さんの話を聞いた俺と伊佐南美は理事長の体を見る。治療したとはいえ、制服越しでも全身ボロホロにやられたのは分かる。けど、そこまでヤバかったのは予想外だ。
「それで紫苑さん、突然ソイツの腕が斬られた事は結局分からず仕舞いって事ですか?」
「うん。一体誰がやったんだろうね。銃兵衛君心当たりとかある?」
いやそんな事聞かれても。東京タワーの上で殺し合いをしている美少女(紫苑さん)を援護する為にドSエージェント(『盗剣魔』)の腕を綺麗に切断。しかも遠く離れた所から。そんな事出来る人間なんて、
「……一人だけ思い浮かぶ奴がいますね」
「え? 誰?」
「光元です」
「へ?」
俺の返答に紫苑さんは口をぽかんと開ける。
「というか逆に光元以外に思い浮かばないんですが」
「うんうん」
「な、何で?」
「それが光元ですから」
俺の返答の意味が分からなかったのか、紫苑さんは眉をピクピク引き攣らせる。
「つまり紫苑さん、光元なら東京タワーにいる男の腕を遠くから切断する事は出来るんですよ」
「ちょっ、ちょっと待って銃兵衛君。やるにしても一体何処から……」
「東京タワー周辺だったら、ザ・プリンスパークタワー東京とか良いですね。高さも良いし、あれだったら屋上から東京タワーにいる『盗剣魔』の腕目掛けて斬撃を飛ばせば可能です」
「いやいやいや! 斬撃を飛ばすとか『普通』に言ってるけどッ! ……出来るの?」
東京タワーの高さは333m。かたやプリンスパークタワーの高さは大体104m。直線距離で約370m。東京タワーとプリンスパークタワーの高低差は333-104≒約229m。三平方の定理で求めると、229*229+370*370≒約189341m。それをルート化すると約435m。つまりプリンスパークタワーの屋上から東京タワーの上まで大体435m。
「光元にとって400m先にいる相手の腕を切断するのは、丸めたゴミを屑籠に入れる様な事ですよ」
「……それ、本気?」
「マジです」
俺が『普通』に言うと理事長は顔をヒクヒクと引き攣らせる。そこまで引く事かな?そうでもないと光元は『悪鬼羅刹』なんて呼ばれないし、政府が危険人物としてマークする訳がない。
「ま、まあ、光元さんだったらそれぐらい『普通』だよね? ね?」
「はい。『普通』の事ですね。実際に殺されかけた俺が言うんですし」
「……え?」
紫苑さんは引き攣った後に凍った様に固まる。それが10秒ぐらい続いてやっと口を動かす。
「……今、なんて」
「今まで言ってなかったんですけど、俺と伊佐南美は1回だけ光元を殺そうとした事がありました。あれは両親が死んですぐの事です。あの頃の俺と伊佐南美はその時発狂する事が時々ありました。発狂って言っても、山に言って散々暴れまわる程度でしたけど、ある日偶然山に来ていた光元を見つけて、獣の様に殺そうとしました」
「そ、それで?」
「呆気なく返り討ちです。あの時はガチで殺されかけましたよ。考え無しに突っ込んで行ったら、光元は一発で俺達を戦闘不能に追い込みました」
「い、一発!?」
――バンッ!
驚きのあまり紫苑さんがテーブルを叩いて立ち上がる。そしてすぐにハッとし、
「ご、ごめん」
「気にせんで下さい」
取り乱した紫苑さんは申し訳なさそうにストンと座る。
「続けて」
「それで光元はボロボロで戦意喪失した俺達に、『君達の目指したかった暗殺者はそんなのか?戦場なら君達は既に死体として転がっている。今の君達はどうしようもないクズだ。いつまでも暴れる気なら、すぐに殺してやる』って言いました。それを聞いた瞬間、また突っ込もうと思いました。けど、その後すぐに『だが、死んだご両親を悔やむのなら、僕が君達の力になろう』って言いました。確かにあの時の俺達は右も左も分からなかった。どうすれば発狂を抑えられるのか、どうすれば強い暗殺者になれるのか、どうすれば兄妹仲良く暮らせるか、知りたかった。だから俺達は光元の口車に乗りました。そこから先はまあ色々あったんですけど、それよりも紫苑さん」
「何?」
「時間良いんですか? もう午前十時ですよ?」
俺がスマホの時計を見せると、紫苑さんの顔がサーっと青ざめる。俺と伊佐南美が起きたのは九時。その後紫苑さんと俺の話で一時間は経過している。
「ヤバッ! 今日は十時から再度召集会議があるんだった! 二人とも早く行こう!」
「はい」
「はーい!」
紫苑さんは窓を開けると密蔽術式――自分の姿と気配を消して一般人などから見られなくする術式らしい――と飛行術式――文字通り空を飛ぶ為の術式らしい――を発動して窓からホテルを出て、俺と伊佐南美は煙の様に――気配を消して素早く移動――消えた。
◇
俺と伊佐南美がビルからビルをジャンプし、紫苑さんが早く飛んでの移動中、
「紫苑さん、今日の召集会議の議題は何なんですか?」
「それは昨日の続き、どうやって百合姫様をお守りするか、どうやって『ZEUS』を滅するか。基本的にはこの2つだね」
「結構厄介な議題ですね」
「そうなんだよ。なんせ相手は政府もかなり警戒していた『異常』集団だしね。護衛と討伐を同時にやる事になるし、人員も必要だよ」
「いや、それもですけど、もっと厄介なのは、奴らが紫苑さんの存在を知ってしまったって事です」
俺の言った事の意味が分からなかったのか、紫苑さんは、どういう事?と聞かんばかりの顔で俺を見る。
「奴らは紫苑さんのお祖母さん、楓さんを殺した組織。という事はその孫娘である紫苑さんが復讐の為に襲撃を掛けてくるという事はある程度予想はしてる筈。だから襲撃を掛けられる前に早く始末する必要がある。昨日紫苑さんが『盗剣魔』と出会ったのも恐らくそれです。また何度も向こうから奇襲を掛けられるでしょう。そしてそれが他の理事長達にも飛び火する事を考えると・・・・・・」
「もう既に『ZEUS』のエージェントが奇襲を掛けてる可能性があるっ!?」
俺がコク、と頷いて移動する速度を上げた。伊佐南美と紫苑さんもそれに続くのであった。
◇
俺達が三十分掛けて総務省に辿りつくと急いで昨日の召集場所の前まで来た。
「――!」
扉を開けようとした俺は慌ててノブを掴むのを止める。
「銃兵衛君どうしたの?」
「……伊佐南美、ベレッタあるよな?」
この質問の意味は流石に悟ったのか、伊佐南美は恥じらいも知らずにスカートを大胆に捲り――白パンツ見えてたぞ――、太股に付けている何処からか手に入れたレッグホルターに仕舞ってるベレッタM92SBを、紫苑さんはスカートを少し捲り上げ――中を見え難くする為だな――、太股のレッグホルスターに仕舞ってある銃、ベレッタM92Fを抜く。それを確認した俺はショルダーホルスターに入れてるグロック18Cを抜く。額を扉にくっ付け、忍法『透視煙』――壁や扉に額をくっ付ける事で反対側にいる人の数を察知する忍法――を発動。
「――気配は十八人。他の射城学園の理事長達とその付き添いで十四人。総務省の役人が三人。『異常』だと思われる奴が一人。多分こっちに気付いてる模様」
俺はそう告げてから扉から離れ、扉を思いっきり蹴る。
――バンッ!
開いた瞬間すぐに俺達は中に入る。
「――ッ!」
そして絶句した。部屋には十七人の男女、何れも射城学園の各理事長とその付き添い、総務省の役3人が、やられていた。さっきの気配の感じから状況が良くないだろうなとは思ってたけど、予想以上にヤバい。全員腕や足、腹や肩などを所々撃たれて、気絶してたり動けないでいる。これは完璧に襲撃を受けたな。残りの『異常』な一人によって。
「あ。やっと来たわね。嵐崎紫苑」
ソイツは推定年齢は16か17の少女。身長はちょっと高めの170ぐらい。茶色いガンマンハットを被り、茶色のミニスカート、白シャツに黒いベスト、緑のウエスタンポンチョ、腰のヒップホルスターには拳銃二丁、うち一丁は抜いている。あの銃は俺の記憶が正しければ――銃絡みの雑誌を読んで一通りの銃は覚えた――装弾数6発の回転式拳銃、マニューリンMR73。って事は、
「あーっ! あの時のガンウーマンのお姉さん!?」
「げっ! あの時の黒尽くめのお嬢ちゃん!?」
やっぱり、伊佐南美が出くわしたっていうザ・ガンウーマン。昨日は黒刀使いの真田刃刃幸が襲撃に来て――本当は単なる使者だったらしいが――その夜に理事長が『盗剣魔』と戦った。この流れで行くと必然的にコイツも『ZEUS』の一人か。
「あーあ、刃刃幸と『盗剣魔』の奴がしくじったから怪我で大して動けそうにないだろう嵐崎紫苑を殺そうと思って奇襲に来たのに当の本人がいないし、関係ない雑魚がいきなり襲ってくるから深手を負わせたのに中々来ないし、やって来たかと思ったらあの時のお嬢ちゃんがいるし、本当にツイてないわー」
少女は銃口で頭を掻きながらはぁぁぁ、と溜息を吐く。一見すると『普通』のコスプレ少女にしか見えないけど、ヤバいな。どう考えても面倒臭そうな顔してるけど、『異常』な殺気を放っている。それに外からでは分からないが、あのシャツ、ベスト、スカート、ポンチョの内側に大量の武器を隠し持っている。多分殆どが手榴弾やら銃弾やら、銃やら、しかも『普通』の武器じゃない。全部『異常』な武器だ。
「何でお姉さんがいるんですかー?」
伊佐南美が殺気を出しながら無邪気に尋ねる。
「聞かなくても分かると思うけど、そこにいる嵐崎紫苑を消しに来たのよ。けど、厄介なのが護衛してるからそれは無理みたいね。そっちの無愛想な少年も一緒だし」
ふむ。俺達を一目見ただけで俺達の強さを見抜いた。という事は実戦経験が相当あるな。
「で、さっきの口振りからするとお前も『ZEUS』の仲間だな?」
「ええそうよ。どうせだから聞かれそうな事は先に言っておくわ。あたしの名前はリドカ・カナリー。如月百合姫を抹殺する者、『ZEUS』のエージェント。ちなみにあたしが『ZEUS』に入ったのは3年ぐらい前だから、七年前の嵐崎楓の抹殺には加わっていないからね」
リドカ・カナリー。真田刃刃幸と言い、聞いた事ない奴ばっかだな。そしてコイツも『異常』な奴。
「あーあ、それにしても刃刃幸ったら人遣い荒いわよねぇ。こういう奇襲はアイツみたいな接近戦型の役目なのに。『盗剣魔』に頼もうと思っても、もういないし。本当に面倒臭いわ」
もしかしてコイツ、刃刃幸と組んで動いてるのか? という事は『ZEUS』のエージェントは二人一組か三人行動が基本なのか?けど『盗剣魔』は一匹狼だって言ってたらしいし。
そんな事を考えていると、
「良い機会だから言っておくわ。今晩あたしと刃刃幸は如月百合姫を殺しに行くから」
突然リドカが殺人予告をしてきやがったッ
おいおいマジかよ。こっちはたった今他校の理事長達がやられて、しかもうちの理事長も負傷中。人手が足らなさ過ぎる。
「どうしても止めたかったら、あたし達二人を殺す事ね。少年君とお嬢ちゃん?」
……それは要するに、俺達がお前らと直接戦えと?
俺の疑問を他所に、リドカはマリューリンをホルスターに戻すと、両手でポンチョの内側を弄っている。
「という訳だから、あたしはこれで帰らせてもらうわね」
そしてポンチョから取り出した物は、手榴弾10個と、その手榴弾の安全ピンに繋げられたワイヤー。てかヤバくねえか?
「バイバイ。生きてたらまた会いましょ」
リドカはワイヤーを思いっきり引っ張ると、手榴弾の安全ピンが全部外れた。そしてその直後にピンから抜いたらしい手榴弾十個がリドカの袖、スカートの中から――何処に仕舞ってんだよ――ゴロゴロと出てくる。リドカはそのまま割れた窓ら後ろ向きに逃げていく。
うわぁ、マジでヤバいなーこれ。
って、ンな事言ってる場合じゃねえッ! 合計で20個の手榴弾が一気に爆発したらこの部屋吹っ飛ぶぞ! かと言ってこれ全部を外に出してリドカを捕まえるのはいくら俺達でも絶対出来ない。
((――忍法『氷白凍』!))
なので俺と伊佐南美は手榴弾の爆発を阻止する事にした。俺と伊佐南美が即座に印を組んだ事により、安全ピンの外れた手榴弾からピキピキと音が鳴り出す。手榴弾の爆発はピンを抜いてから三秒後。それよりも前に手榴弾全てを凍らせて、爆発させないようにする事は俺達でも出来る。
忍法『氷白凍』は、空気中の水分の温度を瞬間的に低下させ、物体の周囲を一瞬で凍らせてそのまま中も凍らす自然型忍術。二十個の手榴弾を僅か三秒で全部凍らせる事は俺達2人にとって『普通』の事。なので手榴弾は全部凍りついて爆発しなくなった。
後はいつ溶け出すか分かったものじゃないので俺と伊佐南美は凍った手榴弾を全部拾い集めて窓から放り投げ、伊佐南美の忍法『振伸波』――掌で振動波を作り、それを一直線に飛ばす振動型忍術――で凍った手榴弾全部を振動波で破壊、爆発させる。空中だったら大した損害は受けない。まあ、爆発音で下が騒ぎになるかもしれないけど。そう思って下を覗いてみると、飛び降りた筈のリドカの姿が消えていた。ここ結構高いんだけどなぁ。
「さてと、紫苑さん、この転がってる人達……」
俺が紫苑さんの方を振り向くと、紫苑さんが機械の様に呆然と目を大きく見開いて固まっていた。殺気も何も出していない。そういえばこの人、リドカがいたのに殺気も出すどころか声一つ上げなかったな。
「どうしたんですか紫苑さん?」
「……思い出したよ、銃兵衛君、伊佐南美君」
「思い出したって何を?」
「あの女、リドカ・カナリーと、真田刃刃幸の事」
紫苑さんは握っていたベレッタを、力が抜けたかの様に落とし、その場に力無く座り込む。
「リドカ・カナリー。年は今年で多分17。アメリカ政府も危険人物としてマークしている人で、カラミティ・ジェーンの血を引いた、『異常』な女ガンマンだよ」
「――ッ!」
俺は絶句した。紫苑さん、今あなたカラミティ・ジェーンと言いましたよね?
カラミティ・ジェーン。本名はマーサ・ジェーン・カナリー。アメリカ西部開拓時代の女ガンマンであり、西部開拓時代における女性開拓者でもあり、プロの斥候。その二つ名が『平原の女王』。
「リドカ・カナリーは『異常』な銃器や銃弾、手榴弾とかの爆弾の類を駆使して、5年前にアメリカに潜伏していた凶悪テロ組織総勢300人を、たった1人で壊滅させたんだ」
成程。どうりで銃弾に銃弾をぶつけたり、1発の銃弾で2発の銃弾を弾いたり、銃の腕が『異常』な訳だ。あの女は『ザ・ガンウーマンみたいなコスプレをした中二病みたいな女』じゃなくて、『本物の女ガンマンの末裔であるガン・ウーマン』って事か。
「それに、真田刃刃幸。年は確か19ぐらいだった筈。奴は7年前にお祖母ちゃんを殺した奴らの1人だけど、奴はそれよりも更に3年前、9歳で自兵機関の強化自兵部隊総勢500人を1人で全滅させた、真田幸村の末裔だよ」
「は、はあっ!?」
今度は流石の俺も思わず声を上げる。
真田幸村。本名を真田 信繁。安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。真田幸村は江戸時代初期の大坂の陣で豊臣方の武将として活躍。特に大坂夏の陣では、3500の寡兵を持って徳川家康の本陣まで攻め込み、家康を追いつめた。と言われているが、
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ紫苑さん。何で真田幸村の末裔が生きてるんですかッ!」
真田幸村は慶長20年(1615年)に起きた大阪夏の陣で討ち死にしている。けど、翌々考えれば真田幸村には子供がいた。その子供の内の誰かが子孫を残してたとすれば……
と、俺の疑問が顔に出ていたのか、紫苑さんがその疑問に答える様にくちを開く。
「真田幸村は歴史の何処かで、『異常』な力を持つ女性と密かに子供を身篭っていたらしいよ。その子供は誰にも認知されずにそのまま『異常』な子孫を残していき、今に至るって訳だよ」
「そんな事――」
ある訳がない、と言おうとした俺は口を噤む。それはそれで確かにありえる話だ。俺の家だって代々続く忍者、服部半蔵の末裔だ。真田幸村の末裔がいようが、平原の女王の血筋がいようが、それはもはや『普通』の事だ。つまりこれから先『ZEUS』のエージェントは、歴史の何処かでそういう『異常』な血の混ざった人物の末裔達、そういう認識を付けといた方が良いかもしれない。少なくともそうでないと身が持たない。
「……ゴメン、銃兵衛君、伊佐南美君。君達はこの案件から降りて」
「は?」
紫苑さんの口からフザけた言葉が出てきて、俺は一瞬聞き間違えかと思った。けど、聞き間違いじゃない。
「あの2人が『ZEUS』に入ってるって事は、奴らの戦力はボク達が予想している以上の強さだ。それにもし、あの2人の強さが『ZEUS』の中で下級の方だったら、もしあの2人を倒したとしてもこれから先、君達は絶対に死ぬ」
「紫苑さん、俺達は人を殺す側の人間です。当然死ぬ覚悟だって腐るほどあります。今更そんな事言われても、だから何ですかって話ですよ」
「あのね銃兵衛君、ボクが言ってるのはそういう事じゃないんだ。確かに君達2人の実績は光元さんからよく聞いていたよ。でもね、ボクはこれ以上2人を巻き込みたくないんだ」
「巻き込みたくないって、それこそ今更でしょう。こっちは紫苑さんと出会った時から面倒事に巻き込まれるだろうなっていう予感はしてましたし」
紫苑さんは申し訳無さそうに俯くが、俺が言ってるのは事実だ。けど紫苑さんはまだそれを分かってない様で、
「そもそもね、銃兵衛君、射城学園は『異常』な若者を隔離、監視をして、どうにかその『異常』が暴走しないように訓練をさせて、卒業しても『普通』の人として社会でも生きれる様に作られた学校なんだ。けど、いつの日か若者達の『異常』さが増してしまって、一部では天童百合華君みたいな殺伐とした雰囲気を出す生徒がいるのも事実なんだ。少なくとも彼女達を『普通』の人して育成させるのはもう不可能なんだよ」
「……何が言いたいんですか?」
「正直に言うとね、ボクは銃兵衛君と伊佐南美君を『普通』の人として生きさせたいんだ。別に君達だけに限った話じゃない。ボクが取り纏める東京射城学園の全生徒を『普通』の人にしてあげたい。『異常』に苦しむあの子達を救ってあげたい。そして君達2人が、平和で仲良く、『普通』に生きて『普通』に死ぬ。そんな人生をボクは歩ませたいんだ」
それを聞いた途端、伊佐南美が紫苑さんに突っかかろうとしたのを俺が腕を掴んで止める。
「お兄ちゃん……」
「分かってる」
俺は伊佐南美を静止させ、代わりに紫苑さんの前に出る。そして、
――パシィ!
「――っ!」
俺は紫苑さんの頬を引っ叩いた。
「銃兵衛君……」
「いい加減にして下さい紫苑さん」
俺は一応半ギレの状態になってる自分の怒りを抑えこんで紫苑さんを睨みつける。
「『普通』の人として生きさせたい? 『異常』から救ってあげたい? 平和で仲良く、『普通』に生きて『普通』に死ぬ? 余計なお世話ですよ。そんなの。そりゃあそれを望んでいる生徒はいるかもしれないですよ。俺だって伊佐南美とは仲良く暮らしたいです。でも俺達は『普通』の生活なんて、望んだ事ありません。『普通』に生きたいと思うのも、平和に暮らしたいと思うのも、俺達にとっては只の夢物語なんですよ。確かに昔はそんな事思ってましたよ。世の中平和で、『普通』な暮らしが出来たらって。でも所詮は幻想に過ぎない。俺達は『普通』に生きてく事は出来ない。『異常』に生きてく事しか出来ない」
俺は怒りと悔しさで拳を強く握り締める。あの日、8年前に居錠という男に助けられたあの出来事を境に、俺達から『普通』の暮らしが消え失せた。
……いや、違うか。
「……紫苑さん、俺達は8年前のあの日から、いや、生まれてきた時からもう『普通』の人生は無いんですよ。服部半蔵の血を引いて生まれてきた時から、俺達兄妹はもうそういう道しか歩めないんですよ。先祖が敷いたレールの上しか走れない。だからもう俺達は諦めてるんです。だから気安く『普通』の人生を歩ませたいだなんて言わないで下さい。逆に腹立ちます」
俺がどうにか怒りを堪えて言い終えると、呆然とした紫苑さんは、
「……やっぱり、2人は殺り合う気なんだね?」
「当たり前ですよ。殺しは俺達にとって生き甲斐ですから」
俺が言うと、紫苑さんはぷっ、と噴き出した。
「……そっか。やっぱりそうだよね」
すると妙な事が起こった。紫苑さんが笑い出した。しかも可笑しそうに。
「いやあ、ゴメンゴメン2人とも。今のは全部嘘なんだ」
「は?」
この人今何て言った?う、嘘?
「いやあさぁ、2人が本当に覚悟があるのかどうか確かめたくってさ。ちょっと嘘ついて試してみたんだ」
「ちょっと待って下さい。何処から嘘なんですか?」
「この案件から降りてって所から。どうせ君達の事だから降りる気は無いだろうって分かってたけど、その覚悟がどれくらいなのか知りたかったんだ」
ハハハ、と紫苑さんは景気良く笑う。
おいおい。俺と伊佐南美はマンマと騙されたのかよ。じゃあさっき引っ叩いたのは何だったんだ。
「でも、リドカ・カナリーと真田刃刃幸が『異常』な危険人物だってのは本当だし、ヘタすれば確実に死ぬのも事実。改めて聞くけど、それでも2人は殺るんだね?」
「はい」
「はーい!」
俺と伊佐南美が返事をすると、紫苑さんはコク、と頷いた。
「それじゃあ2人とも、この転がってる人達運ぶの手伝って」
「はい」
「はーい!」
その後俺達3人はやられた他の射城学園の理事長達を運び出した。




