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射城学園の殺し屋  作者: 黒楼海璃
弐 『異常』な幕開け(スタート・オブ・ゼウス)
19/44

拾捌殺

「一体あなた達は何をやっているの!?」


 ドンッ! と白いブラウスに青いパーカー、ロングスカート姿の茶髪のポニーテールの女性が理事長の机を叩いて怒っている。理事長によると、この人は高等部1年E組担任のはなぶさ先生。その脇で立っている黒いスーツ姿の長い黒髪の女性が高等部1年A組担任のとうどうつぐみ先生。その藤堂先生の横にいるのが俺のクラスの担任のしきざきめい先生。そして花房先生に怒られているのが天童てんどうとその友人であるあきしまゆずかわという名前の女子3人。俺とは4人の横で立ち、理事長は自分の席でニコニコと笑って見ていて、秘書のほうじょうさんはその後ろで立っている。


「神聖な学び舎で殺し合いをするなとあれだけ言っているでしょうが!」

「で、ですが花房先生、この二人は……」

「言い訳無用です!」


 花房先生の一喝に天童達4人はビクッと体を竦める。てか、さっきの言い方からすると、天童って前にもこんな事してたのか?


「まあまあ花房先生、別に死人が出なかったんですから良いじゃないですか」

「そういう問題ではありません! 『心奇牢ミラージュ』内での死闘は禁止している筈です!」

「でも今回は死人が出なかったんですから、只の生徒同士の喧嘩って事に」

「なりません!!」


 理事長さん、この学校人殺し厳禁ですよね? なのに何で死闘があるんです? あと死人結構出てるんですか?


「大体、理事長は生徒に甘過ぎるんです! 少しは厳しく指導を」

「花房先生」


 ここで理事長の声のトーンが変わり、俺達がビクッと反応する。


「花房先生は、今までボク達教師陣に歯向かった生徒達がどんな末路を辿ったのか、もう忘れたんですか?」

「い、いえ、それは……」


 フフフ、と理事長が不気味に笑い出し、殺気を放出する。俺と伊佐南美だけでなく、先生達はたじろきつつも冷静でいるが、天童達4人は理事長の出すさっきに怯えている。これはかなりヤバい。


「フフフ、花房先生はそういう風なのをお望みですか?ボクとしてはじゅう兵衛べえ君と伊佐南美君にもそういう風な事はしたくなかったんですが、花房先生がそう言うんでしたら……」


 理事長の殺気が更に強くなり、俺は後退りをしかける。このままなら、理事長は俺達全員をここで消す事になる。しかも俺達が全員掛かりで行っても理事長には絶対勝てない。何故なら理事長は相当強い人だと思うからだ。理事長は一見『普通』に見れば只の女子高校生の様に見える。だが『異常』に分析すれば、この人には1発の銃弾も、一振りのやいばも通らない。入れる前にこっちがられる。この状況が続けば、確実俺達は全滅する。なんとかこの状況を切り抜ければ……。


(ゴンッ!)

「アダッ!」


 簡単に切り抜けた。正確には北条さんが分厚い本の角で理事長の脳天をブッ叩いて殺気が収まった。


「理事長、やり過ぎです」

「ちょっとゆうさん! 角で叩かないでよ! そこ一番痛いのに!」

「理事長の自業自得です」

「まったく優子さんは」


 頭を叩かれて膨れっ面になる理事長と、何事も無かったかのように平然とたたずむ北条さん。誰もがポカンしている中で、一つの疑問が生じる。何故、北条さんは理事長の頭を平然とブッ叩けたか、という事だ。

 あの状況で、いつ俺達を消す為に仕掛けてくるか分からない、『異常』な殺気を出す理事長をものとせず、何の躊躇も怖さも無く、『普通』にやってのけた。一体何者なんだ、この人。しかも脳天をブッ叩かれたというのに、叩かれた本人は何故、簡単に殺気を収めたんだろう。この2人、謎過ぎる。


「えっとそれで、花房先生」

「あ、は、はい」


 花房先生は正気に戻って返事をする。


「花房先生は天童君達4人の処遇はどうします?」

「えっと、理事長に一任しようかと思いまして・・・・」

「……そうですか。分かりました。じゃあ式部崎先生、銃兵衛君と伊佐南美君の処遇もボクに一任して良いですか?」

「あ、はい。お任せします」

「は?」


 ちょっと待て。何で俺と伊佐南美まで?という俺の質問に答える様に理事長が俺の方を向く。


「銃兵衛君、この学校ではね、喧嘩が起こったらどっちが悪くても必ず喧嘩両成敗なんだよ」

「……何でですか?」

「ボクが理事長になってから2年ぐらい経った時にね、学校を巻き込んだ大規模な大喧嘩が勃発したんだ。一旦は静まったんだけど、どっちが悪いかでまた大規模な大喧嘩が勃発して、それで面倒だから喧嘩が起こったら喧嘩両成敗って決まりにしたんだ」


 何ですかそのアホな出来事は。あと学校を巻き込んだ大喧嘩って一体なんですか?


「で、君達の処遇はどうしようかな。今回は事が事だし、出来れば軽くめの方が良いんだけどねぇ」


 理事長はうーん、と悩んでいると、北条さんがいきなり前に出てきて理事長の机に紅茶を置く。


「あっ、ありがとう優子さん」

「どういたしまして」


 北条さんはズレた眼鏡を掛け直すと後ろに戻ってキリッと佇み、理事長は北条さんの入れた紅茶を嬉しそうに啜る。


「うーん、そうだな。そういえば優子さん、地下の第二書類倉庫の整理ってまだ終わってないよね?」

「終わるどころか一切手をつけておりません。こちらも色々と多忙ですので」

「じゃあ、てんどう百合ゆり君、あきもも君、しま小夜さよ君、ゆずかわしい君の4人は明日から一週間の間、地下第二書類倉庫の整理をして下さい。分かりましたね?」

「は、はい」

『はい』

『はい』

『はい』


 天童達4人は俯いたまま返事をする。というかこの4人、さっきから理事長と一切目を合わせていない。そんだけこの人を怖がってるって事か。


「じゃあ次に服部銃兵衛君と服部伊佐南美君は、明日から一週間の間、ボクの助手をやってもらいます」


 ……は? じょ、助手?


「ちょうど優子さんが明日から用事で一週間いないんだ。だから君達2人にはその間のボクの助手をしてもらうよ。分かりましたね?」

「……はい」

「はーい」


 俺と伊佐南美は理事長と目を合わせて返事をする。しかし、殺気を出していないこの人とロクに目を合わせられないって、この人そんなに周りから恐れられてるのか?


「よしっ、それじゃあお話はこれで以上です。もう帰って頂いて結構ですよ。ああ、先生達3人はもうちょっとここに残って下さい」

「あ、はい」

「はい」

「は、はい」


 先生達は恐る恐る返事をし、


「じゃあ俺達はこれで失礼します」

「失礼しましたー」

「……失礼しました」

「「「……失礼しました」」」

「はい。気を付けて帰ってね」


 理事長はニコニコした笑顔で見送ったが、天童達4人はまだ怯えたままで、扉の前で止まってしまっている。なので俺は仕方なく代わりに扉を開けてやり、天童達と伊佐南美を先に退室させてから自分が最後に出た。俺が扉を閉めると、天童達4人がはぁぁぁぁ、と脱力したかの様に吐息を洩らした。


「は、服部君」


 すると天童が息切れしながら俺に話しかけてくる。


「何だよ天童」

「こ、今回はいさぎよく負けを認めるけど、次はこんな風にはいかないわよ」

「お前さっき花房先生に叱られたばっかだろ」

「うっ……」


 言葉の詰まる天童を放っておいて、俺と伊佐南美は寮に戻って行った。



 私と鶫ちゃん、野音ちゃんは理事長とのお話がまだあった。


「理事長、あれは少しやり過ぎです」


 野音ちゃんは服部君達が部屋から出てから早々に言ってくる。


「そうですか? ボクとしては少し灸を据えただけなんですが」

「そうだとしても、物事には限度というものが」

「それにですね、花房先生。あれぐらいやっておいた方が、少しは彼女の良いクスリになるんじゃないかなって思いまして」


 野音ちゃんはえっ、と声を漏らす。という事はもしかして、


「……もしかして理事長はワザとやったのですか?」

「そうでもしなきゃ彼女が反省するとは思いませんから。それよりも花房先生、いい加減天童君の指導をキチンとして下さい。でないと、本当にボクが自ら手を下す事になるんですからね?」

「は、はい。大変申し訳ありません」


 野音ちゃんは理事長とは目を合わせずに謝る。ううん、野音ちゃんだけじゃない。鶫ちゃんも私も、正直この人とはあまり目を合わせたくない。

 理事長、嵐崎紫苑。先代の理事長である彼女のお祖母さん、あらしざきかえでさんが亡くなり、10歳という若さで理事長の引継ぎをした、このとうきょうじょう学園えんで最も危険な、『異常』を持つ人物。だからこの学校の生徒はおろか、私達教師達でさえロクに彼女と目を合わせる事が出来ない。

 しかも理事長、正確には楓さんが、『悪鬼羅刹サティスト』の二つ名を持った、三重県伊賀市出身の冷酷な暗殺者、やまこうげんと知り合いらしい。何故楓さんが寄りにもよって、一時期政府を壊滅状態にまで追い込んだあの男と知り合いなのか、私達教師陣は誰も知らない。ううん、知った時点で確実に消される。それぐらい、この人は恐ろしい。


「……先生。式部崎先生!」

「は、はいッ!」


 理事長に突然呼ばれて私はびっくりした。しまった。ついボーっとしてた。


「あの、式部崎先生、今の話聞いてました?」

「あ、す、すみません。少し考え事をしてしまって・・・・」

「そうですか。まあ別に良いですが。それで式部崎先生、最近欠席している生徒3名についてなんですが、連絡は付いているんですか?」

「えっと、3人の内の2人は事前に話を聞いていたんですが、残りの1人が音信不通でして……」

「……そうですか」


 はぁぁぁ、と理事長は深い溜息を吐く。あぁ、もう。どうしてこんな時にあの子は連絡が取れないのよ、もう!


「でしたら式部崎先生、彼女・・と連絡が付いたら、すぐにボクの所に来るよう伝えといて下さい。お願いしますよ」

「は、はい。分かりました」


 理事長はまた溜息を吐いて紅茶を啜る。こうして見てみれば、この人も只の女子高校生にしか見えないのに。いざ蓋を開けてみれば、誰もが恐れる『異常』の持ち主。


「それじゃあお話はここまでです。お疲れ様でした」

「お、お疲れ様でした。失礼致します」

「失礼します」

「……失礼します」


 私達はそそくさと理事長室から出る。私が理事長室の扉を閉めて職員室に戻った頃には私達はドッと疲れていた。


「あぁ、疲れた……」

「もう野音ちゃん、少しは自分の受け持ちクラスの生徒の指導ぐらいちゃんとやってよね」

「す、すみません。冥先輩」


 まあ、いっか。野音ちゃんは昔っからこんなんだし。私も鶫ちゃんも慣れちゃったわよね。


「冥先輩の方だって、いい加減に音信不通な生徒を捜したりとかして下さいよ。こっちまでとばっちりなんですから」

「あ、う、うん。ごめんね鶫ちゃん」


 あぁ、この射城学園の卒業生である私達3人にとって、今の理事長が一番怖いわ。まだ楓さんの方がマシよ。


「それよりも冥先輩、あの編入してきた服部兄妹ですけど、何なんですかあれは。全然理事長を怖がってませんでしたよ」


 そうなのよね。私達の中で、服部銃兵衛君と妹の伊佐名美さんだけが、北条さん以外で理事長と目を合わせて話を聞いていた唯一の子達。


「理事長の殺気に気付いてなかった、つまり鈍感なんですかね?」

「それは無いと思うわ。少なくともあの2人、警戒はちゃんとしてたみたいだし」


 理事長といい、あの兄妹といい、なんだか嫌な予感がするわね。


「ところで鶫ちゃん、とうちゃんとちゃんはどうしたの?」


 そんな事よりも、W組担任のつるぎとうちゃんとM組担任のくれないちゃんはなんであの場にいなかったのよ。こっちはスッゴい疲れたのに。


「あぁ、剣刃先輩なら、お昼に食べた卵が古かったらしく、お腹を壊して寝込んでます。真由綺は階段から蹴躓けつまずいて足を捻挫しました」


 あぁ、もう! 何でこんな時に限ってそうなるの! 私も捻挫すればよかった!

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