拾漆殺
俺と伊佐南美は学生寮に戻る為に校内を歩いていた、のだが、
「おっにいっちゃん!」
伊佐南美は俺の腕にギュゥゥゥっとしがみ付いてスリスリと顔を擦りつけてくる。
「お兄ちゃん大好きー!」
「あー、はいはい」
甘えん坊になった伊佐南美の頭をナデナデする。まあ、別に良いけどな。可愛いし。
「ねえお兄ちゃん、ご褒美は?」
ご褒美? あぁ、俺がコイツの我が儘をみかねて約束したあれか。そういやまだだったな。
「寮に戻ってからで良いか?」
「うん! でも、約束破ったらどうなるか分かってるよね?」
「分かってる分かってる」
どうせ俺を虐殺するんだろ。それが嫌だからお前との約束全部守ってんじゃねえか。
「ごっほうび、ごっほうび、たっのしみだっなぁっ!」
伊佐南美は無邪気に歌いながらご機嫌良好だ。しかし、ご褒美どうしような。俺が考えながら歩いていると、不意に気付いた事がある。たった今、俺達は別の空間に来た。正確には、足が境界線を越えたかの様な感覚が伝わった。周りはさっきまで歩いてた廊下と大して変わらない。でも、確実に別空間に来た。それに、気配も感じる。
「……トットと出てきたらどうだ?」
俺は姿を消してる奴さんに喋る。
「……やっぱり気付いてたわね」
何処からともなく――正確には近くにあった教室から――現れたのは、ロングの黒髪碧眼の女子と、どうやらその取り巻きか友人らしい女子3人。しかも4人とも、俺を睨みつけてるし。
「なんの用だよ?」
とりあえず俺は、コイツらが誰なのかを聞く前にこの別空間に来させた理由を尋ねる。
「別にあなたには何の怨みは無いけれど痛い目に遭ってもらうわ、とか言ってみたけど嘘よ。怨みありまくりよ。こういうの一回ぐらいは言ってみたかっただけ」
じゃあ最初から『あなたには怨みがあるので痛い目に遭ってもらう』てな感じの事言えよ。
「……怨みって、何だよ一体」
「あらあら、自覚が無いの?自分達から奪ったというのに」
「奪ったって、何を?」
「自分で考えなさい!」
そりゃ理不尽だな。まるで何の理由も無く、逆恨みだけで殺される気分だな。まあ俺も人の事言えねえけどね。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は高等部1年E組、天童百合華。ちなみにあなた達の事は知ってるわ。高等部1年R組、服部銃兵衛君と、妹の服部伊佐南美さん」
どうやら俺達の事は下調べがついているみてえか。しかもE組。あれは確か、超能力や魔術とかを専門とするクラス。って事はコイツ、ESPの類か?
「服部君、言っておくけど、あなた達はこの空間からは自力で抜け出す事は出来ないわ」
「……やっぱり、これはお前の張った、結界の一種だな?」
「そうよ。これは『心奇牢』。この空間に入ってしまうとさっきいた空間から遮断されるの。向こうにいる様で向こうじゃない。場所をそのままに、空間だけを上乗せする結界。超能力者や魔術を持ってる人なら誰でも使えるわ」
「お前の説明はよく分からん」
「つまり私達は異次元空間に入ったって事」
異次元空間って……。
「へえ、あっそ」
もう良いや。超能力者でも魔女でも侍でもガンウーマンでも異次元空間でも時間跳躍でも何でも来い。どうせ俺達だって忍者だ。一々驚いてたら逆に疲れる。
「それで天童、お前が俺に怨みがあるなら、お前は一体俺に何をするんだ?」
「決まってるでしょ。報復よ」
報復? えーっと、この天童は俺達に何か怨みがあって、しかも俺達とコイツはこれが初対面。それでいきなり報復するって言われても、単なる逆恨みじゃねえか。
「皆、この男子は私にやらせてちょうだい」
『え、でも百合華ちゃん……』
「お願い。コイツへの怨みは私が晴らさないと気が済まないの」
天童の頼みに(恐らく)友人3人はコク、と頷いて視線を伊佐南美に、天童は俺に向ける。
「伊佐南美、俺はご指名されちまったから、そっち頼むわ」
「はーい!」
伊佐南美は片手を上げて返事をすると、煙の様に姿を消し、天童達の後ろ側に現れた。天童の友人3人は伊佐南美の方を向く。
「伊佐南美、間違っても殺すなよ。後で理事長にドヤされるからな」
「はーい!」
「あらあら服部君、4対2なのに随分と余裕じゃない」
「別に余裕こいてねえよ。ああでも言っとかないと本当に殺っちまうからな」
それが伊佐南美だ。ストッパーを付けとかないとガチで殺るからな。アイツは。
「それじゃあ、始めましょうか。初手は私が貰うわよ」
「ああ。ここはレディファーストと行くか」
本当は相手の手の内を先に知りたかったからだけどな。自分から初手を貰うとか言う奴は、自分の技に見せびらかせたいという奴の事である。基本的に技だけに限らず、自分の長所短所は出来る限り相手には見せない。再戦の時になると向こうに自分の情報が知られて不利になるからだ。けどこの天童はそんな事も考えずに、左手を前に翳し、右手で左手首を握った。するとどうだろうか。天童の掌からバチバチという音が聞こえ出した。これは恐らく、雷?
「雷よ、精霊との契約に遵い、我に力、貸したまえ」
俺の予想通りに天童の掌から雷がバチバチと音を立てて出てくる。つか、コイツさっき精霊とか言わなかったか?
「雷撃!」
天童の掌から放たれたのは、文字通り、雷撃。それも速い。いきなりの攻撃に驚いて防ぐのを忘れ、『普通』に喰らってしまった。
(――避雷手!)
俺は喰らった即座に右手を床に深く突き刺す。それにより、俺に当たった雷撃はそのまま床へと逃げていった。
「え、えぇっ!?」
今のはヤバかった。避雷手の発動が少し遅れたら感電死する所だったぜ。避雷手は自分に雷などが当たった場合、右手を地面または床に突き刺し――左手だと心臓を通過する可能性が高くなるので――、そのままそこに逃がす。右腕をアースの代わりにした技。
「ど、どうして!? あんなの当たったら、『普通』は死ぬ筈なのにッ!」
「天童、『普通』に考えるよりも『異常』に考えたらどうだ?」
この避雷手を習得する為に、俺は両親から高電圧、大電流の雷撃を何十回以上も喰らうという耐電訓練を受けた。その都度感電死しかけて正直死ぬかと思った。つうか天童、この学校は理事長の許可無しでの人殺しは厳禁じゃなかったか?
「……そうよね。この学校じゃあ、物事を『普通』に捉えるより、『異常』に捉えた方が良いわよね」
天童は左手首から右手を放し、左手で制服の黒スカートの左側をたくし上げて……って、何やってんだコイツ! ――と思ったら気付いた事が二つ。
まず一つ目は、コイツどうやら自分で自分のスカートをたくし上げる事が多いのだろうか、キチンとスカートの中にスパッツを穿いてた。あーあ、スパッツ見た事が伊佐南美にバレたらフルボッコだろうな。別にそれぐらい構わないか。スパッツ穿いてなかった時だったら良くて全身超フルボッコ。最悪で虐殺だし。二つ目になんとコイツ、左太股に(スパッツの上から)レッグホルスターを付けてた。何で天童がスカートをたくし上げた理由が分かった。恐らくコイツの得物である、レッグホルスターに収められた銃を取り出す為だ。
「だったら出し惜しみはしないわ。これであなたを仕留める」
天童の取り出した銃は変わっていた。まず、何処かの会社で製造された量産品の類じゃない。あれはかなり昔に作られた、古式な銃。形状は回転式拳銃、スタームルガー・レッドホークによく似ている。長い銃身には不可思議な文字が彫られ、色は白銀、手入れした形跡があるに、かなり使い込んでいるし、見た目からしてかなりのアンティーク品だ。
「雷よ、貫け。精霊との契約に基づき、光輝の迅雷、銃弾となりて、撃ち抜きたまえ!」
天童が俺に向けた銃口から、バチバチと音が鳴り出す。
今度も恐らく雷だ。次はちゃんと避けえと。
すると天童の銃から、銃身だけでなく、回転式弾倉からもバチバチと雷の音が鳴り、光り出す。間違いない。十中八九、雷の銃弾だ。
(――忍法『遅視眼』!)
「雷霊弾!」
忍法『遅視眼』によって、俺の右目の視界は、スローモーションとなった。天童の銃から撃たれた銃弾。バチバチという音を立てながら俺の心臓を狙って飛んでくる。しかも雷が漏れ出してるし。あれを喰らったらガチで死ぬ。なので俺は撃ってきたと同時に体を横にずらす。銃弾は俺の体をスレスレで通り抜け、そのまま飛んで消えて行った。
「……え?」
ちなみに天童から見れば、撃った直後に俺が体を一瞬で横にずらして銃弾を避けた、という風に見えた。
俺は避けた後即座に天童に棒状手裏剣を10本投げた。だが、
「雷壁!」
天童の目の前に現れたのは、雷の壁。俺が投げた手裏剣は壁に刺さるとそのまま雷に焼かれて床に落ちる。
「おいおい、反則だろそんなの」
「そんなの私の知った事ではないわ!」
天童は銃を俺に向けて発砲する。俺は『遅視眼』の見せるスローモーションのお陰で雷の銃弾を悉く避ける。1発、2発、3発、4発、5発、そこで天童の銃撃が途絶えた。
「チッ!」
さっき1発撃ったから、装弾数は6発か。しかも弾切れ。チャンス!
天童は回転式弾倉から薬莢を6発全てを取り出し、右手でスカートのポケットから新しい弾6発を回転式弾倉に装填完了をして俺に向けたが、
「そんなに雷がお好みなら、くれてやるぜ」
俺は天童が薬莢を出した辺りから天童目掛けて走り、距離を詰めてた。
「しまっ――」
「紫電混結・雷牙!」
俺は天童の鳩尾に掌底をぶつける。それもただの掌底ではない。
――バチバチバチバチバチッ!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
雷付きの掌底でな。
紫電混結・雷牙とは、掌で雷を集め、その雷撃を手に乗せて掌底を喰らわす、服部家に伝わる体術の一つ。そもそもこれを体術と言って良いのかどうかは知らんが。
まあ、本当はこれ喰らったらほぼ絶命するんだが、今回は威力を弱めた。兎も角天童はこれで戦闘不能に……
「……はあ、はあ、はあ……」
ってあれ?なってないぞ。何でまだ立っていられるんだ?
「……言葉通り、雷貰ったわよ。〈ヴォルト〉!」
天童の背中からバチバチと音が鳴る。何かヤバそうな感じがしたので俺は後ろに素早く下がった。充分な距離を取った。すると天童の背中からバチイィィィィィィィィ!
刃の形をした雷が五本、俺目掛けて飛んで来た。
「おいおい」
俺は飛んで来た雷刃をジャンブしたりして避ける。てかこの雷刃、俺の横を通過した時に俺の制服をバチバチと軽く焼いたぞ。
「へえ、中々やるじゃない」
天童がニンマリと笑みを浮かべ、天童の背中から何かが下りてきた。
それは、全身をバチバチと音を立て、雷を身に纏っている、カブトガニ?
「教えてあげるわ。この子が私と契約している、雷の精霊〈ヴォルト〉。この子は私に降りかかる全ての雷を吸収し、蓄えるとっても良い子なの」
へえ、さっきから精霊精霊って言ってるけど、
「……今更だけどお前、精霊術の使い手だな?しかも、古式武具持ちの」
「ええそうよ。この古式武具の一つ、古式魔導銃を持ったね」
精霊術。精霊と契約する事により、その精霊の力を借りて魔術を行う事が出来る力。忘れてた。E組は魔術や超能力だけでなく、精霊術も専門としている。天童はその精霊術の中でも、雷の精霊と契約したみたいだな。
それに古式武具。古式武具とは、遥か昔、古代の魔術を用いて作り出された武器の総称。武器自体にも膨大な魔力などの力を帯びていて、主に魔術を持つ人間の間で使われているという、一種の古代兵器。前に光元から話だけ聞かされてたんだが、まさかこんな所でお目に掛かれるとは思わなかった。
てか、何で雷の精霊がカブトガニの姿してんだ?海月とか鰻とか、それだったらなんとなく想像はつくんだけどな。
「服部君、言っておくけどヴォルトに触れるのは止めたほうが良いわよ。触れたらすぐに腕が吹き飛ぶから」
「それは要するに、それだけ高い電圧を持ってるって事か。ちなみにその精霊は死んでも蘇ったりしないのか?」
「蘇るっていうか、死んだら魂だけが残る術式を組んであるから。もし死んでも時間が立てば元の姿に戻るわ」
なるほど。じゃあ遠慮なく本気で行かせてもらうか。
「服部君、そろそろ終わりにしましょ」
天童は古式武具製の回転式拳銃を俺に向ける。
「ああ、そうだな」
但し、お前の負けでだ。
(――源影!)
俺は一瞬で姿を消した。
「え?」
源影とは、簡単に言えば一時的に一定距離を一瞬で加速する歩法。簡単に言うと、一時的に秒速20mぐらいの速さになれるのだ。
(――夏蓮!)
夏蓮。これは冬厳と真逆の技。これを使えば拳や脳天といった体の一部に掛かる体重を軽くする。つまり、冬厳が体の一点に全体重を掛けるのに対し、夏蓮は体の一点だけ体重を無くし、軽くする技。俺は夏蓮で右拳だけ軽くし、そのまま速く走る。
「一点重魂・羅生!」
一点重魂・羅生。それは単純に拳で相手を殴る体術。だが、『普通』に殴るのではない。羅生の威力は、拳に掛かる体重と、繰り出す時の速さで決定される。この時、拳に掛かる体重が出来るだけ軽く、秒速約20mの速さで進んでいる時に使用すれば、鋼鉄だって『普通』に貫く、軽くて速い一撃。
軽いが速い速攻の拳に天童は何も出来ず、羅生は天童の胴に命中。
「!?」
天童は目を大きく見開き、そのまま後ろに吹っ飛ばされ、伊佐南美と戦っていた友人3人に激突した。
『きゃあっ!?』
『ゆ、百合華ちゃん!』
友人3人が天童の体を起こし、天童は友人の肩を借りてヨロヨロと立ち上がる。
「く、くっそ……」
さて、どうしようかと思ったその時、
――ピキ、ピキピキ
何かに亀裂の入る音が聞こえた。俺は辺りを見渡す。
――ピキピキピキ、亀裂の音がまた鳴った。するとある事に気付いた。亀裂が入ってるのは、この『心奇牢』の空間だ。天童が『心奇牢』を解いたのか?いや違う。誰かが『心奇牢』を破壊しているんだ。
――ピキピキピキピキピキ、パキン!
沢山の亀裂音をあげ、『心奇牢』の空間が割れ、さっきいた廊下に戻っていた。
「……一体何が」
「簡単だよ。『心奇牢』に『心奇牢』をぶつけると互いに相殺されて打ち消し合うんだ」
不意に後ろから少女の声が聞こえた。恐らく『心奇牢』をぶつけて打ち消したのは声の主。俺は嫌な予感を胸に振り返る。
「……理事長」
「やあ。何だか色々あったみたいだね」
理事長がニッコリと笑って言うけど、その顔を見た天童以下友人3人の顔が青ざめ始めた。
俺も絶対嫌な予感がすると思った。




