拾陸殺
次の日、俺と伊佐南美は理事長に呼び出されたのだが、
「えぇっ!? 失敗!?」
「はい」
「はい」
理事長は予想外の報告に驚く。そりゃ驚くか。
「ふ、二人とも失敗したの!?」
「はい。俺が行った時、獲物は既に先にいた奴に殺られてました」
「こっちも同じでーす」
「先にいた奴って、どんな?」
「俺の方は、長い黒髪に浴衣を四枚重ね着して、下はジーパンの男。年は多分18か19。背中に黒刀を携えた、中二病みてえな奴でしたよ」
「私の方は16か17ぐらいの身長の高いお姉さんで、ガンマンハットに茶色のミニスカートに白シャツに黒いベストに緑のウエスタンポンチョを装備して、腰にはヒップホルスターで、その中にマニューリンが二丁入った、ザ・ガンウーマンって人でしたよー」
何だよザ・ガンウーマンって。それはそれで中二病くさいが。俺達が第三者の特徴を言うと、理事長は腕を組んで険しい表情になる。
「……それ以外に、何か特徴は無かったの?」
「俺の方なんですが、奴は黒刀を抜いた瞬間、奴の周りが黒い瘴気みたいなモンで覆われて、銃弾を撃ったら瘴気で『空間跳躍』しやがりましたし、刀で銃弾を殴って弾いたりしました。あと奴はかなりタフです。空中で重たい一撃を喰らったのにピンピンしてました。それと、奴は自分の事をヨウサイって言ってました」
「……ヨウサイ、ね。伊佐南美君の方は?」
「私の方は、あのお姉さんは銃弾に銃弾をぶつけて弾道を逸らしたり、1発の銃弾で2発の銃弾を弾いたり、大音響を放ったのに平気でしたし、逆に私の方が超強力なスタングレネードの餌食になっちゃって、目と耳に凄いダメージでしたよ」
「……大丈夫なの?失明とか、鼓膜とか」
「そこは服部家に伝わる治療法で治しましたー」
伊佐南美はニコニコと答えるが、あれやったのか。
視力の低下や失明、破れた耳の鼓膜などを無理矢理に直す――詳しい事を言うだけで体が震え上がるから絶対言わん――強正治療術。あれを使うと一応完璧に治るのには治るんだが、死んだ方が楽だと10回以上は叫びたくなるぐらいに無茶苦茶痛い。
「伊佐南美君、他は?」
「何者ですかって聞いたら、『異常』な人間だって言ってましたー」
伊佐南美の方も手がかりゼロか。しかし、こうなると一つの疑問が浮かぶ。
「……どうして同じ時間に別々の場所で、ボクが暗殺命令を出した獲物が先に殺されてるんだろうね」
理事長はボソリと、俺が思った事を先に言った。
「……誰かが情報をリークしたんじゃないですか??」
「それは無いと思うね。ボクが暗殺命令を出す獲物の情報は極一部の限られた人しか知らない。ていうか、政府にハッキングしないと手に入れられない代物だよ?」
「……理事長、今更なんですが、理事長は一体何者なんですか?」
「国策校、東京射城学園の理事長。ボクにだって政府の機密情報の一つや二つなんて簡単に入ってくるよ」
やっぱこの人、政府の人間か? いや、それは100%有り得ないか。それだったら光元の奴と知り合いになる訳が無い。
「おっと、話が逸れたから戻すけど、実はボクも昨日、自兵機関に連絡てみたんだけどさあ、今回銃兵衛君に頼んだ獲物、赤浜秀朔に雇われた自兵はいないってさ」
「それって確かなんですか?」
「多分ね。東京自兵高校にも連絡してみたけど、そんな男に雇われる依頼は受けてないって」
自兵高校。文字通り自兵を育成する為の学校。自兵高校でも依頼を受ける事は可能だ。護衛だったり、犯罪事件の協力だったりだけど。そして極稀にかなり優秀な、つまり、相当強い自兵生徒には、特定人物の殺害を学校側から依頼されたりもする。それに、自兵機関って確かあれか。自兵学校を卒業した自兵の多くが就職する機関。要は自兵高校から更に依頼内容のランクが上がった場所で、特定人物の殺害がかなり多くなるって噂だ。
「……手がかり無しですね」
「……しいて言うなら……」
理事長がボソリと呟く。その後はよく聞こえなかった。だが、『奴ら』という単語だけが耳に入った。
「理事長?」
「え?あぁ、ううん、何でもない。ゴメンゴメン。それよりも二人とも、今回は大変だったね。これ貰ってよ」
そう言って理事長が渡してきたのは、今回の報酬金の入った封筒。
「え、でも理事長……」
「いいから、迷惑料代わりに貰って。でないとボクの気が済まない」
理事長はサッサと俺達に受け取って出てってほしい口調で言ってきたので、
「……じゃあ遠慮なく」
俺はそれを受け取って制服のポケットに入れる。
「それじゃあ俺達はこれで」
「失礼しまーす」
「うん。じゃあね」
俺と伊佐南美はすぐに理事長室が出て行った。しかし、さっきの理事長、何か焦ってた気がするんだがな。
◇
「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」
ボクは銃兵衛君と伊佐南美君が部屋から出た後に深く溜息を吐いた。
しっかし、今のはさすがになかったよなぁー。自分から呼び出しといて、最後は邪魔者を追い払うみたいに帰らせちゃうなんて、反省だよ。あーあ。
ボクが反省していると、音も無く優子さんが紅茶を持ってきてボクの机に置く。
「理事長、先程のお話」
「うん。分かってる。多分『奴ら』だ」
ボクは優子さんが入れてくれた紅茶のティーカップを持って紅茶を啜る。うーん、やっぱり優子さんの入れる紅茶はいつもおいしいなぁー
「……まさか、もう舞い戻ってくるとは。案外速かったよ。そう……」
ボクはティーカップを机に置き、引き出しから写真立てを出す。その中に入れてる一枚の写真。その写真には、金髪に赤い瞳の小さな女の子が、緑髪に碧眼の、随分と年のいってる女性に抱きついて笑顔を向けている姿が写っており、女性の方は、優しく微笑んで写っている。この女の子は小さい頃のボク。そして隣の女性の名は、嵐崎楓。東京射城学園、先代の理事長。つまり、ボクの大好きな大好きなお祖母ちゃん。
「……お祖母ちゃんを殺した奴ら……!」
この時ボクは恐らく、かなりの殺気を出して、相当怒り狂った形相になってたかもしれない。なので、
(ボコッ!)
「ぐぺっ!?」
優子さんはそんなボクの顔面を思いっきりブン殴った。容赦ないなぁー、この人。
「理事長、冷静になって下さい」
「あ、う、うん。ありがと優子さん」
「お気に為さらず」
優子さんはズレた眼鏡を掛け直し、再びキリッと佇む。うーん、やっぱり優子さんは相変わらず冷静沈着だねぇー。余程の事がないと動じない、稀に見る変わった人だよ。でもこれでもかなり仕事熱心だから結構助かってるけどね。
ボクがクスクス笑って紅茶を飲むと、コンコン、ノックの音が聞こえる。
「はい、どうぞ」
「失礼致します」
「失礼します」
「……失礼します」
理事長室に入ってきたのは3人。最初に入ってきたのは、黒いレディススーツでズボン姿の長い黒髪の女性。二人目は白いブラウスに青いパーカー、ロングスカート姿の茶髪のポニーテールの女性。最後に入ってきたのは純白のロングワンピースに黒いカーディガン姿の長い銀髪の女性。
「おやおや、藤堂先生、花房先生、式部崎先生。皆さんお揃いでどうしました?」
最初に入ってきたのは、1年A組担任、藤堂鶫先生。その次が1年E組担任、花房野音先生。最後は1年R組担任、式部崎冥先生。珍しいなぁ。この3人が向こうから一緒にボクの所を訪ねるだなんて。
「理事長、少しお話があるのです」
「ハイハイ。何ですか、お話って?」
ボクは持ってた写真を机の引き出しに仕舞って話を聞くべく藤堂先生を見る。でも、花房先生と式部崎先生は、ボクから目を逸らしてるね。まぁ、仕方ないっか。この学校に於いて一番の危険人物であるボクとは、出来る限り顔を合わせたくないんだね。しかも、この理事長室で。正確には、ここでボクがこの3人を殺しても隠蔽できる、この部屋でね。
「お話というのは、先日編入してきた生徒二名の事なのですが」
「服部銃兵衛君と、その妹の伊佐南美君ですか?あの二人が何か?」
「……私と花房先生、それと、1年W組担任の剣刃先生、1年M組担任の紅先生達四人は、服部兄妹両名に、不満を持っております」
「……あの二人が何か、問題行動を起こしたのですか?」
「ちち、違います!」
試しに聞いてみた事を真っ先に否定したのは案の定式部崎先生。
「は、服部君は授業態度も決して悪くありませんッ。確かに学力の方は劣ってますが、何か問題を犯した訳ではなくてですねッ」
「あぁ、はいはい。分かりました。それじゃあ藤堂先生、花房先生。あなた達は二人の何処に不満があるのですか?」
「不満と言いますか、逆恨みと言いますか。理事長、あなたはここ最近あの二人を呼び出していますね?」
「はい。そうですけど?」
「私達四人が言いたいのは、その呼び出した内容です……」
藤堂先生はとうとう耐え切れなくなって、ボクの机を両手で叩いて、
「何故ッ! 何故あの二人に、悪人狩りを任せるのですかッ!」
「藤堂先生」
ボクが声を低くして呼ぶと、藤堂先生はビクッと後退る。
「言葉には気を付けて下さいね。この事がもし、他の生徒に知られれば、色々と面倒な事になりますから。只でさえR組の生徒は基本一般人と変わらないんですからね?」
「……失礼致しました」
藤堂先生はおずおずと謝る。別にそんなに怖がらなくてもいいのに。
「えっとそれで、話を戻しますけど、その件はあの二人が編入する前の日に言った筈です。あの二人が一番適任だって。なんせあの二人は現に暗殺者ですし、案外良い仕事をしますよ」
「そうかもしれませんが、実は、その……」
藤堂先生が言い難そうな顔になる。一体何だろう?
「藤堂先生、ここから先は私が話します」
とここで前に出てきたのは花房先生。
「理事長、実はこの件を行う人材の選出が無くなった事を彼女に伝えたんです。そしたら彼女は激怒して、その原因である服部兄妹両名に報復してやると言って、他にも数名を引き連れて・・・・」
成程。要するに、ボクから推薦されて受けられる任務を横取りされて怒ったって訳か。そりゃ逆恨みだよ。
「……それ、分かったのいつですか?」
「十分ほど前です。ずくに止めさせようとして捜したのですが、姿が見えなくて……」
「捜す前に、まずボクに報告して下さいよ」
「いえ、その、理事長のお手を煩わせる程では……」
「ついさっきまで、銃兵衛君と伊佐南美君はここにいましたよ?」
ボクがそう言った瞬間、3人の先生の顔が真っ青になり始める。
「そ、そ、そんな!?」
「あーあ、早く行きましょうか。E組の生徒ですからね、『心奇牢』なんて使われたら、捜すのが一層面倒ですよ」
「では、手分けして捜しましょ!」
「「はい!」」
藤堂先生、花房先生、式部崎先生の3人は、まるでボクから逃げる様に理事長室から出て行った。
「……まあ、大丈夫だとは思うけどなぁ」
彼女達、銃兵衛君と伊佐南美君を殺すつもりらしいけど、逆に殺されてなきゃ良いんだけどねぇ。でも、銃兵衛君と伊佐南美君も大丈夫かなぁ。彼女、E組のクラス主席だからねぇー。




