拾伍殺
そして一方、ほぼ同時刻。私は獲物のいるビルに潜入していた。
「えーっと、獲物は拳銃密売をしている、表向きは輸入会社を経営している社長、その社員、取引相手の20人」
私は理事長さんから貰った資料を読み直して目的の場所に向かう。20人かぁ。ちょっと少ないなぁ。
「ま、いっか。早く殺ってお兄ちゃんからご褒美貰おうっと!」
ご褒美、ご褒美、楽しみだっなぁー! 私は景気良く歌いながら走っていると、目的の社長室に到着した。
「あれ?ドアが開いてる」
変だな。何で開いてるんだろう?私はヒョコッと顔を出して社長室を覗く。
「……え?」
私は目をまん丸に見開いた。私の視界に入ったもの、血塗れに汚れた社長室、所々に転がっている沢山の死体、数は20人。これは獲物の人数と同じ。そしてもう一人いた。
「……あぁ、あたし。2013年、4月21日、杉浦仁とその部下、取引相手計20人の抹殺完了。て訳だから後お願いね。あぁ……」
その人は女の人だった。年は多分16か17。身長はちょっと高め。ガンマンハットを被り、茶色のミニスカート、白シャツに黒いベスト、緑のウエスタンポンチョを羽織り、腰にはヒップホルスターに入った拳銃を二丁下げている。女の人は私を数秒見るとすぐに顔を振り、
「……ねえ。悪いんだけどさぁ、ちょっと野暮用が出来ちゃったの。だから予定変更ね。野暮用が済み次第すぐ行くから。んじゃ」
女の人は電話を切るとスマートフォンをスカートのポケットに仕舞い、再び私の方に顔を向け、歩いてきた。
「……で、お嬢ちゃん。あたしに何か用?」
「……ここに転がっているのはお姉さんの仕業ですかー?」
とりあえずまず最初にこの人にそれの確認をしないと。でも言うかなぁ?見ただけで分かるけど、この人『普通』じゃないもん。
「もしそうだったら何?」
あ、答えた。多分この人が殺ったんだ。ムカつくなぁ。人の獲物勝手に殺っちゃって。
「もしそうだったらですか?」
私はホルスターからベレッタM92SBを抜き、
「だったら殺す」
お仕事モードに切り替え、切り替え。人の獲物を勝手に奪った罪は償ってもらわないとね。
「……良いわ。面白いじゃない」
お姉さんはヒップホルスターから拳銃二丁を抜く。あの銃は確か装弾数6発の回転式拳銃、マニューリンMR73。スチールを削り出して作られていて、精度が高い上に仕上げも良い拳銃だぁ。けどその代わりに値段が高くて、生産されたのは少数。だから殆どは機動隊などで使われているらしい。そんな拳銃を持ってるなんて、誰だろあの人。ま、いっか。どうせ殺しちゃうんだし。くふふふっ。
「死んでも恨まないでね」
マニューリンは二丁で12発。対する私のベレッタは二丁で30発。弾数でなら私の方が勝ってる。でもなんだか嫌な予感がするなぁ。でもそんな事でめげない、めげない。という訳で私はベレッタで一発お姉さんの頭を撃つ。するとお姉さんもほぼ同時に私を撃った。
――パァン!
――ギィン!
「……え……」
私は目を疑った。忍法『遅視眼』――片方の目だけ、見るものがスローモーションになる忍術――で私が見たのは、私の撃った銃弾はお姉さんには当たらず、お姉さんの撃った銃弾も私には当たらなかった。途中で銃弾同士がぶつかり、弾道が逸れた。しかもお姉さんは意図的にそれをやった。お姉さんの撃った銃弾は私を狙ったのではなく、私が撃った銃弾を狙った。つまりお姉さんは銃弾に銃弾をぶつけて弾道をずらした。
「……お姉さん何者ですかー?」
「……さあね」
お姉さんは答えない。だったら仕方ない。
「殺す前にしっかり拷問しないとー」
――パパン! パパン! パパン!
――パンパンパン!
――ギイン! ギイン! ギイン! ギイン! ギイン! ギイン!
「……え?」
また驚いちゃった。私はベレッタ二丁でそれぞれ3発ずつ、計6発撃った。それに対してお姉さんは3発撃った。もしまたさっきみたいな芸当が出来るんだとしても、3発だけだったら半分しかずらせない。なのに、6発全部弾かれた。つまりお姉さんは、1発の銃弾で2発の銃弾を弾いた。1発の銃弾で2発の銃弾を撃つには、反射の角度の計算をしなくてはいけない。それをこのお姉さんはやってのけた。つまり、相当強いなこのお姉さん。これじゃあ10発撃とうが30発撃とうが全部弾かれるだけかぁ。
「……じゃあ良いや。接近戦にしようっと」
私はベレッタをホルスターに戻すと袖に仕込んでいたクナイを取り出して両手に握って、煙の様に姿を消してお姉さんの懐に入る。
「お姉さん、死んで」
「無茶な注文するお嬢ちゃんね」
私はクナイでお姉さんの首の頚動脈を狙った。でもお姉さんは当たる前にマニューリンの銃身で受け止めちゃった。結構力入れた筈なのに、お姉さんは平気で私を押し返した。
(……この人一体何者……)
「お嬢ちゃん。あんた一体何者さ?」
お姉さんは私が思った事と同じ事を私に聞いてくる。
「……さあ、誰でしょうね。お姉さんが答えてくれるなら教えますけど?」
「……あたしはね、『異常』な人間さ」
うーん、それって教えないって言ってるのと大して変わらないようなー。
「じゃあ私も教えますね。私は、『普通』じゃない人です♪」
私はとりあえずニコニコしながら教えたのに、お姉さんは怪訝な顔で私を見る。
「……お嬢ちゃん、それって答えになってないよね?」
「お姉さんも似たようなものじゃないですかー」
「じゃあ面倒だし、殺すか」
「その台詞そっくりそのままお姉さんに返して上げますね!」
私はお姉さんから離れると両手のクナイを上に投げ、両手で三角形を作る。
「忍法『心終音』」
――ギィィィィィィィィィィン! 掌で作った三角形から頭が割れるような音が流れ出る。
「うっ、ぐっ……!?」
お姉さんは頭を押さえる。忍法『心終音』は、掌で作った三角形から振動波を作り、対象の脳を直接攻撃して脳を破壊する振動型忍術。ちなみに使ってる私本人は平気ー。
「ふ、ふふふふ……」
でもどうしてだろう。そろそろ脳が破壊されても良い頃なのに、お姉さんはまだ立っている。もしかして、『心終音』に耐えてる?でも『心終音』の作り出す音は術者以外は絶対効く筈。防ぐにはガラスで密閉した空間に入らない限り、絶対に当たる。それなのに何で?
「お嬢ちゃん中々やるね。でも、これぐらいならあたしだって平気さ!」
お姉さんはマニューリンを片方床に落とすとスカートのポケットから、あろう事か手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて私に投げる。
(ヤバッ!こんな狭い所であんなの喰らったら……!)
私はすぐさま『心終音』の発動を止めて手榴弾にワザと突っ込む。手榴弾のピンを抜いてから爆発するまでの時間は三秒ある。1秒で手榴弾の所に走って、1秒で手榴弾を蹴り飛ばして、0.9秒で後ろに下がるぐらい、私にとっては至極『普通』の事。だから私は本当に1秒で手榴弾の所に向かい、蹴り飛ばそうとした。でもそれをやろうとする前に、私の予想を超える事が起こった。お姉さんがいつの間にか、握っていた方のマリューリンで私を撃っていた。2発も。多分手榴弾を投げたとほぼ同時に。狙いは私の左胸と右脇腹。幸いにも黒牙を着ていたから、銃弾2発は当たっても私には傷一つ付かなかった。でも予想外の出来事で2.9秒を使ってしまった。残り0.1秒だといくら忍者の私でも、無理。
(ヤッバ……!)
けど違った。何が違ったか。それは手榴弾じゃなかった。だって3秒経ったらドッカーンって爆発したんじゃなくて、
――カッ――!
――ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
眩しい光と大音響!
「うわぁぁぁああああああああああああああああああ!」
私はおっきい音と眩しい光に目と耳を塞ぐ。しまった。あれは手榴弾じゃなくて、手榴弾の形をしたスタングレネード。しかも『普通』のよりも遥かに効果の強いやつだ。耐光訓練と耐音訓練の経験あったから失明も無かったし、耳の鼓膜も破れずにグワングワンする程度で済んだ。それでもかなりのダメージ。目は開けられないし、耳も聞こえにくくなっている。
(忍法『千里耳』)
でも私は遠くの音を聞ける、所謂集音機能の忍法『千里耳』で聞きやすくする。最初に聞こえたのは、お姉さんが撃鉄を起こしてマニューリン銃口を私に向けた音。『千里耳』のおかげで大体分かる。
「お嬢ちゃん、さようならだ」
お姉さんが私に別れの言葉を言う。でも私は終わったとは思っていない。私もベレッタを抜いてお姉さんに銃口を向けているから。
「……お嬢ちゃん、それは無駄な足掻きだよ?」
お姉さんはそう言った後に、撃った。無駄な足掻き?違うよ、それ。お姉さんの位置は音で大体予測できる。目が見えなくても、耳で、『千里耳』で聞ける。私もお姉さんが撃ったとほぼ同時に撃った。そして多分、私の撃った銃弾と、お姉さんの撃った銃弾は、互いにぶつかり合い、互いに弾道がずれて、互いに銃弾が当たらず、後ろの壁に当たった。
「……な、あ……!」
お姉さんは私がやった事に驚いて声を漏らしている。そりゃ驚くか。さっきお姉さんがやった芸当を私がやったんだしー。すると外からパトカーのサイレンの様な音が鳴り出した。
「ヤバッ、警察かよ」
お姉さんは焦った口調で言うとチャッ、チャッ、という音がした。多分マニューリンをホルスターに収めたんだ。
「……お嬢ちゃん。多分、また今度会うかもね」
――ババッ、ダッ!
お姉さんの走る音が聞こえたって事は、窓から飛び降りたのかなぁ。でもここ結構高いよね? ……ま、いっか。さてと、どうやって帰ろう。目が見えないし。とりあえず『千里耳』を発動したままビルから出て、後は北条さんにお迎え来てもらおうっと♪




