玖殺
煉崎にジーっと見られたまま時間が過ぎていき、朝のチャイムが鳴り始めた。
「神楽坂君、また遅刻みたいですね」
二宮が呟く。てかシュンの奴遅刻ばっかしてんのかよ。すると、
――ドドドドドドドドド!
何かが近づいてくる音がする。そして音はどんどん大きくなり、ドアが思いっきり開く。
「セーーーーフ!」
それはシュンだった。シュンが教室に入るとチャイムは鳴り終わった。
「神楽坂君、またギリギリですか」
「へっ、まあな。てか銃兵衛、ルームメイトなんだから・・」
「起こそうとしたが鼾を掻きながら寝ていて起きる気配が無かった」
俺はシュンが文句を言い終わる前にサッサと言う。
「神楽坂君、あなたはもうちょっとしっかりする必要があると思いますが」
「金実、お前に心配されなくたって大丈夫だって」
「まったく神楽坂君は」
二宮は溜息を吐く。すると、また教室のドアが開いた。
「はーい、皆さんちゃんといますかー」
入ってきたのは一人の若い女性。
「えーっと、あなたが転校生の服部銃兵衛君ね?」
「あ、はい」
「私はこのクラスの担任を任されている式部崎冥です。宜しくね」
「よ、宜しくお願いします」
俺は慌てて会釈する。なんだろう、この先生はどうも悪意が無さそうだ。優しそうな顔をしているという理由じゃなくて、優しい雰囲気が出ている。悪意と優しさの比率が1:9ぐらいな人だ。
「えっと、早速服部君には自己紹介をしてもらいたいんだけど、その前に服部君、理事長に呼ばれてるのよね」
「は?」
「兎に角朝一番に理事長室に来てくれって。そういう訳だから早く行った方が良いわ」
「わ、分かりました」
俺は席から立ち上がると急いで理事長室に向かった。
◇
「……で、お前も呼ばれたのか伊佐南美」
「うん、そうだよお兄ちゃん」
「やあ、よく来てくれたね」
ここは理事長室。ここにいるのは俺と伊佐南美、理事長、秘書の北条さんだ。
「悪いね二人とも、朝から呼び出しちゃって」
「気にしないで下さい。それよりも用件は何ですか?」
「うん、それなんだけど、昨日君達に言い忘れてた事があったんだ」
「言い忘れてた事?」
理事長がコクと頷くと、北条さんが何かを持ってきた。それは『東京射城学園校則』と書かれた書類だった。
「実はね、この学校に於いてやってはいけない事があるんだ。それは犯罪を犯す事。当然の事だろうけど、この学校の生徒が犯罪を犯した場合、ボク達が厳重に処罰するんだけど、その中で最もやってはいけない事が一つある。それは殺しだ。この学校では、人を殺した生徒は秘密裏に消され、存在していない事になる。つまり、君達はこの学校の生徒である限り、殺しは出来ないんだ」
理事長がそう言った瞬間、俺は理事長の喉元に手刀を放とうとした。が、すぐに伊佐南美に止められてしまう。
「……銃兵衛君、落ち着きなよ。話は全部終わってないよ」
「……分かりました」
俺は渋々返事をすると手を収める。
「で、話を戻すけど、この学校に於いての如何なる殺人は厳禁。やった時点で確実に消される。ボク達教員総出でね。でも、一つだけ例外がある。人を殺しても良い方法が」
「何ですかそれは」
「簡単だよ。理事長、つまりボクの許しを得た者だけが殺しをする事が出来る」
「どうやったら許しが得られるんですか?」
「うん、そこなんだよ。ボクが君達を呼んだ本当の理由は」
理事長はそう言うと立ち上がる。そして俺達の目の前にやって来る。
「光元さんから話を聞いているよ。君達は伊賀の方でも暗殺をやってきたんだろう」
「はい」
「実はね、ボクは光元さんに大きな恩を受けてるんだ。君達は光元さんが元暗殺者だって知ってるかい?」
「知ってます」
「とっても人脈の多い冷酷な暗殺者だったらしいですよー」
俺と伊佐南美が答えると理事長は頷く。
「うん、そう。その冷酷さから『悪鬼羅刹』って呼ばれてたらしいしね。それでね、ボクは光元さんに頼んだんだ。ボクの親族を全員暗殺してくれって」
「え……」
俺が声を漏らすと、理事長はフッと笑う。しかもそれは、「そりゃ驚くよね」と言わんばかりの笑い方だった。
「祖母が死んだ後に親族会議があったんだ。誰がこの学校の次期理事長をやるか、祖母の遺言ではボクを使命してきた。でも親族達は猛反対だ。当時ボクはまだ十歳。、理事長なんて出来る訳ないってね。でもボクは分かってた。親族達は祖母の遺産が欲しかった。だから反対した。だからボクは光元さんに頼んだ。親族の皆殺しを。そしたら光元さん、タダで引き受けてくれたよ。死んだ祖母の孫の好だからって。それで光元さんは一時間で全員殺してくれたよ。あの時はゾクッとした」
理事長の話を聞いていた俺達は複雑な気持ちになる。この人もこの人で色々と訳ありなのか。
「理事長は後悔してないんですか?」
「してないよ。というか親族達は金の亡者だったからね、消えてほしいって毎日のように思ってた。あっと、話が逸れたね。それで、二人はそんなに人殺しがしたいのかい?」
「はい」
「したいですー」
俺と伊佐南美は即答する。そりゃもうしたいですよ。殺しは俺達の生き甲斐ですからね。
「じゃあやらせてあげる。但し条件は守ってもらうよ」
「条件?」
「うん。簡単さ、君達は罪無き人を殺したら駄目。つまり、正義の殺し屋をやってもらいたいんだよ。出来るよね、『暗殺影』の銃兵衛君、『暗殺霞』の伊佐南美君」
理事長はニッコリとした顔でそう言った。




