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異端タン  作者: IOTA
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 /3.後日談


 今日はインディペンデンス・デイだった。

 日本語に直すと、独立記念日である。

 しかし、当然そんな文化は端から独立しているこの極東の島国には存在しない。ではどういうわけかというと、今日は僕(霞霧)が一人で外に出掛けなくてはいけない日なのだ。具体的に言うと、『ずっと家に居ないで、たまにはどこかに出掛けなさい』と、自分は半引き篭もりの弼がお母さんのようなことを言って僕を追い出す日なのである。

 僕が弼といつも一緒に居るものだから、僕は一向に構わない、むしろ常に弼に纏わり付いていたいのだけれど、弼はそうじゃないらしい。故に、週に一回はこうして僕を追い出すのだ。

 だから独立記念日だ。

 偶然にも今日は日曜日の休日であるのだが、別に記念日じゃないので、独立の日とか、アレの日とか、そんな適当な呼称でもいいのだけれど、なんとなく格好いいから僕はインディペンデンス・デイと、そう呼んでいる。

「……さて、どこに行こうかな」

 アパートの前でそんな常套句を呟いてみたものの、僕の行動範囲はそれほど豊かじゃない。インディペンデンス・デイになる度に決まって、この町にある全ての書店を点々と赴き、様々な書籍を漁るのが習慣である。なので今日もその習慣に従い、まずは駅前通りの本屋さんに行こうかなと歩き始めたのだが、ややあって、不意に、よこしまな考えが脳裏を過ぎった。

「………」

 僕は足を止め、そして踵を返して、書店が立ち並ぶ駅前の方向とは逆の、住宅街の方へと、足を向けた。

 我ながら、嫌な性格をしていると思うが、これは性格というよりも嗜好の問題である。

 だって僕は、弼以外の人間には基本的にドSなのだ。


 つい数日前に訪れたばかりの二軒の住宅。

 その、人間が住んでいる方の家、つまり久本家のインターホンを、僕は押す。

 新鮮な気持ちだ。

 こうして他人の家のインターホンを押すという行為は、日常でよく見る風景ではあるけれど、僕はほとんど経験したことがない。緊張こそはしなかったが、なんだかちょっと落ち着かないような、奇妙な感覚だ。

 ほどなくして、「はーい」という声と共にドアが開き、壮年の女性が顔を覗かせた。

「どちら様ですか?」

 おそらく久本家の母親であろう女性だった。

「どうも、こんにちわ。お宅の娘さんの友達なんですが、娘さんは居ますか?」

 名前を知らないので『娘さん』と呼ぶしかなかった。

 案の定、久本母はこちらを観察するような、いぶかしむような、そんな視線を一頻り向けてきて、しかしそれほど警戒した様子もなく、すぐに「はい。少々お待ちください」と丁寧に応対してくれてから、ドアを開けたまま振り返り、「聖子せいこー。お友達が来てるわよー」と鳴った。

「はあい」と、間髪を容れずに間延びしたような返事があり、奥に引っ込んでいった母親と入れ換わるように顔を覗かせたのは、当然、数日前に話しをした久本家の娘さんである。どうやら、聖子という名前らしい。

 彼女は、目を丸くして軽く口を開いた、正に驚愕の表情で僕を見た。

「やあ、聖子ちゃん」僕は微笑みを作って見せる。「ちょっとお話、いいかな?」

「………」

 聖子ちゃんはどこか不安げに俯きながら、何も言わずに一歩を踏み出して後ろ手でドアを閉めた。家には上げてくれないようだ。ちょっと残念。

「……なんですか? 話って?」

「悪いね度々。いやね、僕は別に大した用事はないんだけどさ」ここで間を置き、聖子ちゃんの瞳を覗き込むように首を傾げる。「君は色々と知っておいた方がいいと思ってね。それを知らせに来てあげた次第だよ」

「は……?」

 意味不明という感じの聖子ちゃん。僕がそう思われるように喋っているのだから、当然である。更に、それに拍車をかけるように僕は言う。

「煙草、吸っていいかい?」

「え?」

「携帯灰皿なら持ってるからさ」

「は、はぁ……どうぞ……」

 僕は煙草を銜えて、火を点け、紫煙を吸い込んだ。肺に送り込まれた毒の煙が胸を内側から圧迫する。満腹感に似たような心地よい圧迫だ。うん、おいしい。本日最初の喫煙である。諸事情から、弼の前では禁煙している僕だった。

「あの」悦に浸っている僕を見て、とうとう痺れを切らしたのか、聖子ちゃんは失礼なぐらいに訝った表情で言う。「それで、話っていうのは……?」

「ああ、ごめんね。えっと、まず、君そこの山田家から夜な夜な物音がするって言ってたよね?」

 すぐ隣りの山田家を横目で仰ぎ見るような素振りすら見せず、俯くように頷く聖子ちゃん。

「……はい」

「その物音はまだ聞こえるかい? まだというのは、君から僕らが話を聞いた後って意味だ」

「あ、はい。聞こえます。……昨日も、聞こえました」

「あそう、昨日もね。じゃあもう止めた方がいいよ」

「え? あ、あの、止めるって、何をですか?」

「だから、“夜な夜な山田家に侵入して物音を発する”のを止めた方がいい、と言ってるのさ」

 つまり、もう自作自演は止めろと、そう言ってるのさ、と。僕は言った。

「――――――」

 聖子ちゃん、否、幽霊の正体は、ぴたりと、一時停止をしたように固まった。

 それに追い打ちを掛けるように、僕は続ける。

「あと、彼女達はもうあの廃墟に居ないから、“食糧を届ける”必要もないよ」

「………」

「ああ、そうそう、それと事件の夜に黒いワンボックスカーを目撃したっていう“君の嘘の証言”だけど、それは気にしなくていいよ。誤報なんてよくある話だからね」

 固まったままだった聖子ちゃんは、ほどなくして、観念したように目を伏せた。

「……あの二人に、会ったんですか?」

「ああ、会ったよ。君のヒントのおかげでね。シャワーが使われてるとか、すごく伝わり難いヒントだったけど、それでも僕らは気が付いた。だからあの廃墟に向かった。そして彼女達に会った」

「………」

「だから、そんな顔しないで欲しいな。君が望んだことだろう?」

 伏せた目を、更に下の方に向かせる聖子ちゃん。まるで地面に穴を開けんばかりだ。

 僕は煙草を一口吸って、ふーっ、と大仰に煙を吐き出す。

「一応、今こうして君に行き着いたその推理を聞かせてあげようか? まずね、あの廃墟を訪れたとき、様々な食糧のゴミが散乱してたんだよ。そこである疑問が生まれた。彼女達は一体どうやって食糧を調達していたのか? 発見される危険を覚悟してコンビニやスーパーを利用していたんだろう、と最初は思っていたけれど、そのゴミの中には、プラスチックのタッパーがあった。タッパーだよ? タッパーに詰った食べ物が、市販されているとは考え難い。つまりだ。誰かがあの二人に食糧を援助していたことになる」

「………」

「さて、そしてここからは、推理でもなんでもない、僕の想像で憶測な妄想を話そうか。証拠なんてないし、もしかしたら理論的じゃあないかもしれない。ついでにかなりの長話になるだろう。それでもよければ、聞くかい?」

「……ぁ」と、聖子ちゃんは一瞬顔を上げ、何かを言いかけたが、それだけで後に言葉を続けようとはしなかった。

 僕はそれを肯定と受け取った。

「では、彼女達が差し入れを受けていたとして、その差し入れをしていたのは誰なのか。そう考えたときに、僕はある人物に思い至った。久本家の娘さん、久本聖子、そう、つまり君だよ。しかし、そこには当然矛盾が生まれる。だって君は幽霊の噂を流した張本人だ。彼女達を援助するような行為をしておいて、それでいて彼女達の不利になるような噂を流すのは矛盾する。まあ、そこはとりあえず置いておいて、話の時間軸を一ヶ月前の事件当日に戻そうじゃないか。まずね、君の部屋は玄関上のあの部屋だろう? あの部屋の窓からは山田家の玄関から通りに掛けての見通しが良さそうだ。いや、実際に部屋にお邪魔して確認したわけじゃないから、断言はできないけど、外から見た感じはすこぶる良さそうだ。そして、事件当日、君は年頃の女の子なら誰しもがそうであるようにいつものように夜更かしをしていた。そしていつもより激しい泣き声と悲鳴を聞いて、たまらずカーテンを開け、外を見た。するとしばらくして、隣の山田さんの家から、少女が二人飛び出してきた。言わずもがな、優子ちゃんと鏡子ちゃんだ。君は好奇心に負けて、二人を追いかけた。そして、ここがミソなんだけど、そのときに、頭の良い優子ちゃんは君にこんな感じのことを言ったんだろう。『パパとママが毎晩、私をぶつの。だから私は……』ってね。山田家からの泣き声と悲鳴を日常的に聞いていた君は、それで得心してしまった。だから、情に流された君は警察に『黒いワンボックスカーを見た』ともっともらしい偽証を流して、二人から容疑の目を逸らせ、更に、二人を匿うことにした。そう、最初は匿ったんだ、自分の部屋にね。そもそもさ、警察の捜査がどの程度のものなのか僕は知らないけど、殺人事件があって殺人犯が存在するなら周辺捜索ぐらいはするだろう。それで近所の廃墟を捜索しないとは考え難い。だから事件当初、警察の周辺捜索が終わるまでの間だけ、君は二人を匿っていたんだ。君の家庭事情は知らないけど、数日間ぐらいだったら、家族に見つからずになんとか匿えただろう。そして、周辺捜索が終わった頃を見計らって、二人は君の下を離れた。優子ちゃんは涙ながらにお礼を言っただろうね。昔話でよくある擬人化作品よろしくさ、このご恩は必ず返します、みいな。それで二人は廃墟に住み始め、そして君は、持ち前の憐憫の心を存分に発揮したのか、それとも別れる前に二人と約束でもしたのか、二人に食糧を差し入れることにした。……そうして姉妹は二人で仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、と言いたいところだけどしかし、ここでエンディングにはならない。なぜならば、君は現実の人間で、昔話の登場人物のような単純な思考回路だけで生きていないからだ。さてさて、ここで話は冒頭の矛盾点に戻る。なんで匿うような真似をしておいて、幽霊の噂を流したのか。でも、それこそが人間らしい感情の表れなんだ。凄惨な目に耐えかねて泣く泣く両親を殺してしまった幼い姉妹を想う憐憫の心、しかしそのもう一方では、人を二人も殺した殺人犯を援助しているという罪悪感、その板挟みで君は、僅かなヒントを示唆するに至ったんだよ。そもそも君は噂なんて流していないものね。幽霊なんて一言も言ってない。物音が聞こえる気がすると家族に相談しただけさ。しかしその物音の正体は、他の誰でもない、君の自作自演だったんだ。夜な夜な山田家に進入し、シャワーを使って自ら物音を発していたんだ。シュールに、そして極々控え目に、そう、この言葉がぴったりだ。君は実に控え目に、真実をオブラートで包んで包んで、本質がなんだかわからなくなるくらい幾重にも内包して、誰かに伝えたかったんだ。犯人は山田家の姉妹です、彼女達は近所の廃墟に住んでいますと、誰かに気付いて欲しかったんだ。だからこそ、あんな伝わり難いヒントを出した。自ら物音を発して、それを家族に話した。それを僕らに話した」

 ………。

 話す前からわかっていたことだけれど、自分でもうんざりするほどの長話になってしまった。貧血気味の人なら卒倒必至だろう。しかし、聖子ちゃんは、倒れもせず、飽きた様子もなく、ずっと黙って俯いて、僕の話に耳を傾けていたようだった。

 僕は短くなってしまった煙草を携帯灰皿に圧し付けて、一拍置いてから、言う。

「あと、これは確認なんだけど、君から幽霊の話を聞いたその日の前日、僕らは出合っていないかい? いや、出会いなんて大層なものではなく、ただすれ違っただけに等しいんだけど、深夜、弼と僕が散歩していたときに、この近辺の路地でばったりと出くわしただろう?」

「………」

 聖子ちゃんは答えない。けれども、驚いていないところから察するに、おそらく彼女は気付いていたのだろう。

「あのときこそ、君が山田家に侵入してシャワーを使い物音を立てに行く途中、もしくはその帰りだったんじゃないのかい?」

 押し黙ったままの聖子ちゃんだったが、しばらくして、こくんと、頷いた。

「……その通りです」

 おそらくその『その通りです』は、僕らが出会ったか否かだけに対する答えではなく、先の僕の長話に対する答えでもあるのだろう。

 つまり、ビンゴ。

 良かった。ホッとした。あれだけ長々と高説を垂れといて、全然違います、なんて言われたら、会稽の恥である。僕は恥ずかし過ぎて、泣きながら逃げ出していたことだろう。よかったよかった。しかしながら、なにも僕はQEDをするために、インディペンデンス・デイの予定を変更してまで、ここに来たわけではない。

 彼女を、聖子ちゃんを、幽霊の正体を、苛めに来たのだ。

「でもね、聖子ちゃん」僕は自分の口角が吊り上がるのを感じる。「君は気付かなかったのかい?」

「……? 何に、ですか?」

「警察の初期捜査が終わるまでの短い期間とはいえ、あの姉妹と一つ屋根の下で、いや、同じ部屋で暮らしていたんだろう?」

「……は、はい」

「だったら、妹の、鏡子ちゃんの異常性に気が付かなかったかい?」

「ぇ……いえ、そんなことは……」

 言葉とは裏腹に、自信なさげに視線を落とす聖子ちゃん。

 ふふふ、と、僕は声に出して微笑する。

「面倒臭いから、詳しくは話さないけど、僕は彼女達から色々と聞いたんだ。……山田家の夫妻を殺したのは鏡子ちゃんで、そしてその動機は、虐待が原因じゃない」

「……え?」

 最初は、理解が追いつかないのか、聖子ちゃんは呆けるように首を傾げたが、徐々にその表情を歪め始めた。

「一緒に生活していて、見なかったのかい? 優子ちゃんの身体を」

「……ぃ、ぇ」小さく首を横に振る聖子ちゃん。

「僕は見たんだよ。そこには虐待されたような傷痕はなかった。殺意を抱くほど虐待されたなら、外傷がないのはおかしいね」

「……でも」聖子ちゃんは首の振りを次第に速く、強くする。

「優子ちゃんはともかくとして、僕には鏡子ちゃんが黙って虐待を受けるような、マトモな女の子には見えなかった」

「……でも……でもっ、でもっ!」

 聖子ちゃんは、僕の言葉を遮るように叫んだ。

「わ、私は聞きました! 事件の前から、泣き声と悲鳴を。山田さんの家からの泣き声と悲鳴を、確かに聞きましたっ! そんな大きな声じゃなかったですけど、間違いありません。これは嘘じゃありません!」

 我が意を得たり。

 僕は満面に笑いながら、ずいっと、黒髪から覗く聖子ちゃんの小さな耳に顔を近づけて、囁く。

「それは――――“子供の泣き声と悲鳴”だったのかい?」

「は?」

「本当は――――“大人の泣き声と悲鳴”じゃなかったかい?」

 聖子ちゃんは目を見開き、震えるように口元を動かす。

「なにを、言って? え? え、え。そ、そんなこと……」

「そんなことあるよ」反論を許すまじと、僕は言う。「君は勝手に納得してしまったのさ。さっき話した通り、虐待に耐えかねて両親を殺してしまった、と“妹を庇うことしか考えていない”優子ちゃんから聞いた時点で、今まで聞こえていた泣き声と悲鳴は彼女達のそれだったのだと、君は得心してしまった」

「あ――――あ、ああぁぁっ」

 そこでようやく、聖子ちゃんは僕の言わんとするところを察してしまったのだろう。小さな悲鳴を上げ、外界を拒絶するように頭を抱え、屈みこんでしまった。

「そん、な、そんな……そんなぁっ……」

 しかし構わず、僕は続ける。

「でも、それは無理もないね。“親が小学生低学年の娘に虐待される”なんて、実際に現場を目撃したとしても、誰しもが自分の目の方を疑うだろう。それはあまりに有り得ないことだから」

 しかし、可能性はゼロじゃない。そもそも『有り得ない』なんて遠まわしな言葉は、無いとはっきり言い切れないからこそ使うものだ。つまり、裏を返せば、もしかしたら有り得るかもしれない、ということ。

「本人に確認したわけじゃないから、これはあくまで僕の推測なんだけど、ただね、このご時世、子供を虐待すれば必ず誰かが気付くんじゃないかな。学校の先生だったり近所の住人だったり友達だったり。でも、親が虐待されているとなれば、誰も気付かない。親も小学生の娘に虐待されてるなんて、誰にも言えないだろうし」

「いや、いや、いや、いやぁぁ! ……そんな……あ、ぁぁぁぅ……」

 とうとう嗚咽を漏らし始めた聖子ちゃん。

 そんな彼女に、僕は止めの一言を吐き捨てた。

「それにね、君は知らなかったのかもしれないけど、山田家夫妻は“暴行を受けたうえで”、刃物によって刺殺されたんだよ? これをどう思う? 鏡子ちゃんが両親に対して日常的に繰り返していた家庭内暴力がエスカレートして、とうとう殺してしまった、と、そう考えるのが普通だろう?」

 聖子ちゃんはもう、何も言わない。

「ま、あんまり本気にしないでね。さっき言った通り、これは僕の推測なんだから。ただ、この推測が当っているとすれば、今回の事件の悲劇MVPはダントツで山田夫妻、ホンモノの幽霊になること必至の如く……そういう話さ」

「………」

 玄関の前で、操り糸が切れた操り人形のように、幽霊のように、力なく座り込んでいる聖子ちゃん。

 僕は彼女を残して去る、振りをして、「あ、そうそう」と、わざとらしく踏み止まった。

「ちなみに、今更警察に暴露しても無駄だよ。狂言だと思われるだけさ。だって彼女達もうあの廃墟には居ないから。詳しくは教えられないけど、今はきっと人知れない秘境で、元気に暗殺修行的なことに励んでいるだろうさ。更なる異常者に、仕上がるためにね」

 そして僕は、今度こそ本当にその場を去った。

 背後からは聖子ちゃんの嗚咽が聞こえてくる。

 とんでもない異常者を匿ってしまった、とか。更にとんでもない異常者にその異常者を提供してしまった、とか。そんな自責の念を抱えて、彼女はこれからも生きていかねばならないだろう。しかし、それは彼女が背負わなくてはいけない業だ。

 どんな些細な行為にも、責任というものが伴う。

 それに耐え切れないようなら、なにも行動を起こすべきではない。目を閉じ、耳を塞いで、口を噤み、我関せずを貫くべきだ。しかし耐え切れるようなら、大いに行動しても構わない。見て、聞いて、口を出し、積極的に関わればいい。僕のように、そして弼のように……。

 ――――なぁんて、

 格好よく締めようとして、

「………あは」

 僕は笑った。

 聖子ちゃんの絶望っぷり、傑作だったなぁ。写メで撮っておきたいぐらいだった。

 だって彼女――――僕の言うことを全て鵜呑みにするんだもの。

 『これは推測でしかない』と、僕は再三断ったはずなのに、さながら三人称の小説で語り部が宣ふ神の視点からの絶対的な文言であるかの如く、彼女は僕の推測を信じて疑わなかった。

 確かに、僕の推測は可能性の一つではあるけれど、それは同時に、数多在る可能性の中の一つでしかない。そう、可能性は他に幾らでもあるのだ。

 例えば、その可能性の中でも代表的、というよりも、最もベタなのは、鏡子ちゃんが被害者であり、加害者でもある説だろう。

 僕は、優子ちゃんの身体に虐待の痕跡がないのは確認したけど、鏡子ちゃんの身体は検めていない。

 もしかしたら――――あんなにも異常だった鏡子ちゃんは、当然のように両親に気に入られず、あのパジャマの下には壮絶な虐待の傷痕があったのかもしれない。

 もしかしたら――――虐待に耐え切れなくなった鏡子ちゃんは、とうとうキレて両親を暴行したうえで殺害してしまい、そして虐待の事実を知っていたのに何も出来なかった優子ちゃんが自責の念から、その殺害を擬装し、聖子ちゃんには自分が犯人だと騙ったのかもしれない。

 ……これこそ本当に妄想だけれど。

「もしかしたらもしかすると、ああかもしれないしこうかもしれない、だ」

 本当の真実は闇の中。

 もっとも、真実なんて結局は自分の基準で判断するしかない。この世界には、万人に共通した絶対の真実なんてものは存在しないのだ。たとえば、日が昇るのは地球が自転しているからだとか、お腹が空くのは何も食べていないからだとか、それは多くの人に共通した常識ではあるのかもしれないけれど、真実ではない。もしかしたら、違う真実に行き着く人だって居るかもしれないのだから。

 つまりは自分の小手先三寸。全ては個人の解釈の自由。

 だからこの幽霊騒動は、ここで幕引きだ。

 弼も、僕も、自分の気に入る真実を手に入れたのだから。

  

 数時間、書店を渡り歩いている内に、頃合いのいい時間になったので、僕は弼の待つアパートへと帰投した。

「なんだ? 今日はいつもより遅かったな」

 さりげなく心配してくれている弼に、僕は心から微笑して、一冊の本を手渡した。

「……なにこれ?」

「いやね、最近やたらと少女と絡む機会が多かっただろう? だから必要だと思ってさ」

「おお、助かるぜ」弼はその本を捲って、ティッシュ箱を引き寄せた。「って、だから誤解を招くこと言うなっ!」そして乗り突っ込みをした。

「あれ? 気に入らなかったかい? その『少女遊戯』」

 その本は、十八歳以上専用、そして少女に劣情を懐く人を対象にした漫画だった。

「そうか、じゃあ弼にはやっぱりこっちだね」

 そう言って、僕は四つん這いになり、弼に唇を近づけた。

「気持ちわる!」

 痛い。結構本気で殴られてしまった……。

 けど、

「き、気持ちいい……」

 だって僕は、弼に対しては絶対的に、ドMなのだ。

「気持ちわるぅ!」




                    幽霊の正体見たり―――了



あらすじ欄に記しました通り、この小説は自分の執筆能力向上を目的として投稿させてもらいました。なので読者様の感想、評価、アドバイス等を大募集しています。荒の多い稚作だったとは思いますが、忌憚のないご意見をお待ちしております。

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