第九話 呪い
呪いっていうものが、どういうものか知らないけど、もし本当にそんなものがあったらあたしは誰かにそれをかけられているんだと思う。その呪いの目的はあたしを不幸にするコトだ。何が何でも、あたしが幸せだと感じるモノすべてを奪おうとする。
まぁ、そんな大げさに考えてるあたしもどうかと思うけど。でもあたしは何の根拠もなしに言っているわけじゃない。それなりの理由っていうのがいくつかある。これまでの、あたしの不幸の数々、それに加えて楽しみにしていた新しいクラスで初めての球技大会。そう、あの球技大会は苦痛だった。
そもそも、あたし達は混合バスケに出ようとしていたのだが、出場するクラスがほとんどなく競技じたいがなくなってしまった。男女別れて、別の競技をやれば良かったんだけど、遥がどうしてもこのメンバーがいいと言うし、担任も人数合わせの為にソフトに入って欲しいといいだしたから仕方がなく秀司たちのいるソフトに入ってしまった。
はじめは嫌がっていた遥も、秀司たちのグループの女子と話すうちに仲良くなり、別にいいじゃん。なんてコトをいいだした。とはいえ、あたしも遥と仲良くなった子とはいつの間にか話すようになっていたんだけど。あっちゃんはもともと、クラスで目立つ人だったからそのグループと仲良くなろうが、別に話さないままだろうが、どうでもいいという感じなのだ。誰かに依存しようとしない所があっちゃんのいい所だし。ヤッスもそんな感じ。別になんでもい言と思ってる。
でも、高司は反対した。あたしの事情知ってるし、あたしが秀司とつき合ってる頃から高司はあんまり秀司のコトを良く思ってなかった。あたしとしても、高司の気持ちが嬉しいけどわがまま言ってもしょうがないし。たかが球技大会だしね。
快晴の下で行われる球技大会、あたしの気持ちも空ぐらい晴れ渡ってくれたらいいんだけど。
大会のはじまる開会式のときに、佳枝に会った。佳枝は女子バスケにで出るみたいで、あたしの応援に行くともいっていた。あたしも佳枝を見にいくつもりだ。
佳枝と少し言葉を交わした後、あたしはまた開会で喋り続ける教師の声を聞いていた。校長の話はすんだというのに、競技中の注意だけでなんて長い話をするんだろう。陽が照って顔が焼けるのが随分気になる。顔がちりちりとしだした頃、ふっと自分の顔に影が当たった。
「これ持っといたら」
言ったのは、秀司と仲のいい女子のひとりで確か、美沙とかいう子だ。他にも、ソフトに参加する子にソノ子もいた。二人とも、香水の匂いがひどいのに顔だけはキレイな子で、あっちゃんの様な雰囲気ももってる。なかでも美沙って子は面倒見がいいらしく、あたしもタオルを渡された。
「それをこうして、影作ったら顔焼けないっしょ」
「なるほど」
あたしが感心して言うと美沙は笑った。
「女の子ならそれぐらい知っときなよ。もしかして日焼け止め持ってきてないんじゃない?」
その通り。あたしはそんなもの夏しか買わないもん。
「ダメねぇ、後で貸したげるよ。ソフトは絶対焼けるもん」
「わーい、ありがとう」
いえいえ、と美沙が言った。あたしは心の中にあった彼女に対する偏見を打ち消した。なんだ、いい人なんじゃないか。と改めて美沙の評価を上げた。
やっと先生の話が終わり、生徒たちがバラバラと散らばっていくとあたしも遥とあっちゃんと共に、とりあえず自分達の順番が来るまでバレーの審判をするあっちゃんに連いて回ることになった。
あっちゃんが審判をしてるあいだは、見学者用にだされたベンチに腰掛けてじっと見ていた。
「ねぇ、ねぇ、ソノ子ちゃんから聞いたんだけど、美香は吉田秀司とつき合ってたの?」
「へっ? なんでいきなりそんな事聞くの?」
あんまり人に知られたくなかった事だったのに、あたしの口からじゃなくて別の人から知られることになるとは。ま、いいけど。
「本当なんでしょ?」
「う、ん。そうだけど、昔の話だよ」
「今はもう、好きでもないの?」
「うん、好きじゃないよ。むしろキライだし・・・」
そう、あたしはキライになる事を誓って、それでもって今の彼を二度と好になろうとはしない。そう決めたんだ。人にはなすとどうしてかそれが力強い言葉に感じられる。
「じゃあ、今は好きな人いないの?」
「いない、いない。新しい恋は諦めてるの」
あたしが何の躊躇もなく言うので遥は信じた様だ。急に、遥が思いたったみたいで、あたしの手を掴んだ。
「なに?」
驚いてそう言ったけど、遥は顔を真っ赤にしてあたしの耳に顔を近付けた。
「タカちゃんの事好きじゃないよね?」
「好きじゃないよ。だって、ちっさい頃から知ってんだよ! 好きになるわけないじゃん」
タカちゃんこと、高司は昔から知ってるよき友人といった所だろうか。あまりにも昔のことを知り過ぎていると、どうしても恋愛対象として見る事はできないのだ。そういう人は誰かに一人はいるだろう。あたしの場合それが高司なだけだ。
「じゃあ、あたしがタカちゃん好きだって言っても別にいいよね」
あたしは目を見開いた。遥の言葉を聞いたはずなのに耳から流れていくような感じ。
「聞こえた?」
「う、うん。いいんじゃない、好きになるのは自由でしょ」
だよねぇ、と真っ赤な顔のまま笑う遥をみて、どうしてかあたしも笑ってしまった。嬉しそうに笑う彼女をみながら、あたしは頬の肉をひきつらせていた。なんで高司なんだろう、高司のどこがいいんだろう。そんな疑問を抱きながらも、高司の事が好きだという人を発見したことに驚きとともに、少しは嬉しさを感じた。
それで気づいた。彼女がどうしても混合の競技に出たかった理由が。なるほどなぁ、といった感じだけど。
ソフトの試合がはじまると、あたし達は運動場まで行った。すでに、あたし達三人以外が集まっていて、試合は今にもはじまりそうだった。打順や場所を決める為にジャンケンをはじめた。
あたしは運動オンチなので、すすんで初めの試合は辞退した。もう一人、辞退しなきゃならないんだけど、もう一人はジャンケンで負けた人になりそうだ。
「美香、美香の分まで頑張るからね」
遥がガッツポーズをつくり、あっちゃんが、まかしとけとグーを作った。
タオルを貸してくれていた美沙が日焼け止めを持って、あたしの所にきた。そのまま、何も言わずに日焼け止めを渡してくれると、試合のほうに戻って行った。
もう一人が決まったらしい。
あたしがすでに日陰で日焼け止めを塗っていると、高司がきた。高司は試合にでれないことに大夫悔やんでいるらしい。リーグ戦だけど、クラスが多いから二チームに勝たないと最終戦までいけない。たぶんここで負けたら勝っていけないだろう。
「美香は試合でなくていいのか?」
「いいの、焼けるしね」
それでもって、運動オンチだし。
「あ、そうか、あいつもいるしな」
あいつは、秀司のことか。それも一つの理由に当たるかもしれないけど、今はそのことを考えたくなかった。高司とどうでもいい話をしながら、試合を眺める。時間はすぐに過ぎて、いつの間に試合は終わっていた。あたしは気づきたくなかったけど、試合中あたしの目は秀司のことばっかり目で追ってた。その目線の先にいる美沙と共にあたしには秀司が映ってた。
胸の奥がズキズキする。
そうしているうちに、本当に気分が悪くなってあたしはうずくまった。試合が終わって、遥やあっちゃんも心配来てくれた。
「大丈夫?」
「うーん、保健室いってくる」
「あたし連いてくよ!」
遥につれてかれて、保健室まで行った。
保健室まで来ると自然と気分が良くなった。どうしてあんなにしんどかったのか、あたしは良く分からない。もしかすると、あたしの中にある秀司を拒否しようとする部分がそうなってしまったのかも。
結局、あたしは保健室で休むことにして試合にはでなかった。まだズキズキする心の奥があたしの呪われた部分だったのかもしれない。