第七話 怒り
ショックから立ち直れずに、あたしは学校に行かなかった。
その日に心配して来てくれた佳枝は辛辣な面持ちだった。でも、人のコトを考えている余裕も無くあたしは佳枝を追いだした。どうしても、誰かと顔を合わすのが恐かった。人間不信とまでいかないけど、秀司に裏切られた傷は簡単に癒えるものではない。
とはいえ、あたしは開き直るコトをしていたので、本当はそれほど深刻な状況ではなかった。確かにはじめは、大量の水を失って死んでしまうのではないかと思った程泣いたけど、しだいに腹が立ってきて今では本気で怒っている。ただ、それはすぐに収まって翌朝にはあたしの心も落ちついていたけど。
あたしは彼に失望した。以前の彼ならそんなコト思ったりしなかっただろうけど、彼の人格だけは記憶が戻ってもどうしようもないものだ。ならば、もう諦めるべきだと思った。今なら彼のコトなんて顔も見たくない程むかついてるし、次に顔見たらあたしは彼に殴り掛かるしかないだろう。あたしが好きだった人は、事故で死んだ。もうそれでいい。
教室に入るとすぐに、あたしは一番前の席に座る男子と席を変わってもらった。あたしは隣にいるコトさえ我慢できない。それに彼だってあたしの隣はいやなんだろうから。本当に腹がたつ。
変わってもらうと隣は佳枝だ。まだ来ていないが、あたしは彼女に悪いコトをしたのを思い出して手紙を書きはじめた。その間に何人かの友人があたしの周りに集まっていた。話をしていたけど、佳枝が来るとすぐに彼女に駆け寄った。初めは申し訳なさそうな顔を浮かべていたけど、あたしから謝ると佳枝は笑った。
教室に秀司の姿を見るコトはあった。でも、あたしはそれをみると吐き気を覚える。彼があたしの方を見ているのを感じたコトはあったけど、それは隣にあたしがいないことだったんだろう。席を替えてもらってから、あたしは彼を見ない様になっていた。これは以前のような未練もなく、あたしは本気で彼を忘れようとしていた。
「新しい恋でもしたら?」
そういったのは佳枝だ。あたしにとってもそれがいいような気がした。気が進まないのも本当だけど。
「あのさ、市内の方にいる友達が合コンしない? ってメールきたんだけど。どう?」
佳枝のめが輝いている。あたしはその目をみるとどうしても、否定する言葉を呑み込むしかなかった。あたしより佳枝の方が本気になってる事は一目瞭然というやつで、一人でもそこにいってしまうだろうと思うと、あたしは仕方なしにでも行くべきだと思った。
「いいわよ。いくだけ、いくわ」
あたしが言うと佳枝は飛びついてきた。
その時のあたしは全く気がついていなかったけど、あたしの涙はちゃんと彼に響いていた。
佳枝の友人二人とあたしと佳枝の四人と、男性人も四人で合コンをすることになった。盛り上がるためにあたし達が向かったのは、安くて音がキレイなカラオケだった。あたしは生まれてこのかた合コンなんてものは初めてだったが、カラオケと聞いてなんだか安心した。
佳枝の友人とはすぐに溶け込んで、店の中にはいってからもずっと喋り通しだった。ボックスにはいると、あたしは愕然とした。佳枝もそんな顔をしていた。
「どうかした?」
ドアの所で固まったままのあたしと佳枝に、先に席についた二人が言った。でも、それさえも耳を通り抜けるように、あたしは座っている一人の男を凝視した。そこにいる男もあたしを見て目を見開いている。
佳枝があたしの服の裾を引っ張って、あたしを外に連れ出した。
「ごめん、ちょっと待ってて」
それだけ言うと、すぐにドアを閉めた。早歩きで女子トイレまで来ると、呼吸を整えてすぐに佳枝と目を見合わせた。
「な、なんであいついるの?」
佳枝もあたしも動揺していた。あそこにいたのは、佳枝もあたしもよく知る人物だったからだ。
「どうする? いずらいでしょ? 帰っちゃう?」
佳枝があたしを気づかって聞く。あそこに座っていたのは、秀司だった。あたしはすぐにでも逃げたくなったし、今だってできたらボックスに入りたくなかった。でも、佳枝のことも、先ほどの友人のことを考えるとあたしが帰るのは場の空気を悪くするだけな気がする。
あたしはうなり声を上げてから、戻ろうと言った。
ボックスに入ると、すでにそこでは曲が流れていた。そして、秀司の隣にはちゃっかり佳枝の友人が座っていた。特に気にしなかったけど、あたしはまだ彼に対して十分恐怖心を持っていたので一番遠い席を選んで座った。先に座っていた子が何があったのか聞きにきたけど、あたしも佳枝も、なんでもないとだけ言った。
佳枝は秀司と話しをして、しばらく二人だけで盛り上がっていた。そこにまた、佳枝の友人が話に入りあたしは完全に孤立するはめになった。
あたしと秀司は隙をみつけては視線をおくっていた。どっちも、目を合わせようとしなかったけど視線には気がついていた。あたしは恐怖心から彼をみるしかなかったけど、どうして秀司があたしを見るかは分からなかった。
そうこうしているうちに、場は盛り上がりっていった。でもあたしはどうしてもそこに解けこめなかった。佳枝なんかはあたしのことも、秀司のことも気にせずにはしゃぎだしていたけど、あたしはどうしても秀司に対する怒りを止められなかった。それを表に出さないようにするのが必死だった。
あたしが怒りを押さえている間に帰ろうとする雰囲気が漂っていた。あたしは特に誰かと楽しく話す事もせずにいたので、帰りは一人だな、と感じ取った。佳枝にはすでに仲良さげに話している人がいるし、他の二人もそんな人がいる。あたしは一人だった。
たいして気にすることじゃないけど、やっぱり寂しいとは思う。
「ごめん、あたし送ってもらう事になったから。じゃ、また明日」
佳枝が笑顔で去って行くけど、あたしは引きつった笑顔しか作れなかった。他の子達も同じように笑顔で去って行く。そもそも、こうなったのはあいつのせいだ。あいつさえ、現れてなかったらあたしも佳枝みたいにニコニコしながら帰れたのに。
憎くたらしい、あいつが一人になればいいのに。でも、あたしから見ても秀司はカッコイイ。そう思ってしまうことはすごく悔しいけど、今日の四人の男子の中では一番カッコイイと思う。顔がじゃなくて、そういう雰囲気がある。
「むかつく!」
あたしはそれを何度も繰り返し口にしながら、帰った。市内からはバスに乗るのが結構やすかったりする。それにあたしの住んでるような田舎まで電車は通ってないから、バスじゃないと家までつかないし。
バス停までくると、真っ暗で誰もいないベンチに座った。道を通る車や人をみながら、バスが来るのを待つのは退屈だ。急になんであたしはここにいるのか、分からなくなってきた。
そりゃ、新しい恋なんて求める気はなかったけどこうして一人で帰るために行ったんじゃなかった。
「泣きそ」
涙を堪えるように鼻をすすった。
それからうつむいて、携帯をいじりだした。暇な時は携帯を使うのがいい。あたしの携帯にはゲームは入ってないけど、単語クイズがはいってる。これくらいしかやるものは無い。
5分もたたないうちにバスがきて、あたしは乗った。後ろから足音が聞こえて、慌てて来る人がいるんだとのんびり考えながら乗って席につくと隣に走って来た人が座った。席はいっぱい空いてるのにわざわざ、座ってくるその人にあたしは腹が立った。でも別に文句をいうつもりはなかったけど、そいつの顔ぐらい見といてやろうと見上げると、あたしの目を見ない秀司がいた。
「へっ! な、なに! あんたなんでここにいんの?」
あたしは力一杯彼の側を離れようと、密着していた体を話した。背筋がゾクゾクする。腹がたつし、恐怖心もめちゃくちゃあるし、あたしは混乱していたし。
「女の子一人で帰すわけにいかないだろ」
秀司はあたしの方を見ようとしなかった。あたしも同じように目をそらしたまま、秀司を見ない様に、そう戸だけ言った。