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第六話 賭事

 彼の背中は、広かった。おかげで彼の背中が壁になって、前進しようとする私を止めた。あの自転車に乗っていた日もそんなコトを考えていた。彼の顔を見ようとしても、彼の背中しか現れない。秀司はつき合おうと言ってくれたけど、本当にあたし達はつき合えているんだろうか。不安ばかりが胸をよぎっていく。

 自転車から下りると秀司はそれをあたしに返した。

「歩いて帰るの? チャリ、貸してもいいけど・・・」

 秀司は少し考えてから、頷いた。あたしの家から秀司の家までは相当な距離がある。自転車が無いと帰るのが遅くなるのは目に見えている。もう夕暮れ時だし、日は早く暮れるからなるべく早く帰るのがいいだろう。

「じゃな」

 自転車に乗る秀司を見送りながら、あたしは空を見上げた。真っ赤に染まっていく空は今のあたしの心を映したようだった。好きという気持ちが強くて、今の状況に喜んでいる自分の姿。馬鹿みたいだと思いながら、彼に対してずっと未練をもっていたあたしは、記憶が戻ってくれるよりも今は、現在の彼をスキになる努力をしたいと思っている。

「はぁあ、疲れた」

 ぐっと伸びをすると楽になる。そんな時が早くきたらいいのに。


 眠い目をこすりながら、朝の道を歩くのは久しぶりだ。特に何もない田舎の道は道路の真ん中を歩いてもなんの危険のない道。そう思っていたのは秀司が事故に合うまで。今では少しトラウマになっていて、道の端を歩かないと気がすまない。

「おはー」

 声をかけてきたのは高司だった。いつもはあたしと同じで自転車に乗って行くはずなんだけど、今日は歩きだった。立ち止まって、あたしもあいさつした。

「美香も歩き?」

「あ、うん。チャリ貸してるから。あんたは?」

「オレも似たようなもんだな」

「ふーん」

 高司が道路側に並ぶとすぐに歩きはじめた。

「気になってたんだけど、吉田秀司とはよりもどしたのか?」

「まぁね。でも、記憶は戻ってないの」

 高司は溜め息を吐いた。あたしは驚いて高司のコトを見てしまった。どうして、そんな溜息の音もそうだが、高司の反応が気に触った。眉根を寄せて、嫌悪感むきだしにしている。

「ど、どうした?」

「いや、美香が本当にそれでいいのかなって思っただけ」

 それってどういう意味だろう?あたしは自然と首を傾げた。

「美香が好きなのは、記憶のあった頃の吉田秀司で、前とは真逆のやつなんだろ? 今のあいつを好きになっていいのかってコト」

 それは、昨日あたしの中で解決させていたものだ。好きになる努力をしたいとあたしは思ったんだ。

「いいの。だって、まだ秀司のことすごい好きだし。たとえそれが、今の秀司のコトじゃなくても」

 秀司もあたしのコトをそういう目で見ようとしてくれてる。だから頑張ろうと決めた。

「そ。美香がいいなら、別にいいと思うけど」

 高司の顔からいつの間にか嫌悪感を剥き出しにしていた表情が消えていた。でも、あたしは何かがひっかかっていた。追求するつもりはないけど、気になる。

 

 校門に入るとすぐに高司とわかれた。棟が違うので下駄箱も別の場所になっているからだ。

 下駄箱で靴を履き替えていると影が現れた。あたしを覆うような大きな影は、あたしの手を掴んだ。誰の手なのか分かっていたから、驚きもしなかった。急に溜め息を吐きたくなって、あたしは大きく息を吐いた。そして、背後に立つ人物を見上げた。

「なに?」

 秀司は笑みを作りながらあたしにおはようと、言った。向きを変えると秀司はあたしの手を放した。

「チャリの鍵返しにきました。はい」

 あたしはそれを受けとると、彼の横に並んで歩いた。彼と歩いていると妙に見られている気がするのは気のせいだろうか。視線を感じるのは、そうそういい気分じゃない。それに、彼の友人たちがあいさつしていくついでに、あたしを凝視するのはやめてほしい。目がなんだこいつ?って言ってる。

「なぁ」

 彼が急に声を出したので、慌てておもわず「はい」と答えてしまった。おかげで彼は吹き出して笑いだした。

「後で、四棟にきて。話あるから」

「え? ここじゃできない話なの?」

 秀司は意味ありげな笑みを浮かべると、すぐに教室にはいった。

 四棟は特別教室があるくらいで、実際にはまったく使われていない所だ。空き教室が多く、補習ではよく使うところだし、確か生徒がたまりやすい場所でもある。そんな所で話をするってよっぽどな話なんだろうな。

 授業が終わると、すぐに彼はあたしの手を引っ張って四棟まで引きずった。

 珍しく、誰もいなく、空き教室に入るとがらんとした雰囲気が背筋をぞっとさせた。秀司は適当にイスに座ると、あたしにも座るように示した。素直に従って座ると、秀司の顔にイタズラっ子が乗り移っているのが見えた。

「あんた、本当にオレのコト好きだよね?」

 いきなり聞かれてあたしは頬に熱が上がっていくのを感じた。

「そ、そうだけど」

 あたしは真っ赤になっていく頬を隠すために手をあてた。恥ずかしい、なんでこんなにすぐ気持ちを現してしまうのか。

 あたしが必死に頬の熱を下げようとしている間に彼は立ち上がって、彼とあたしの間にあった机に手をついた。そして、あたしの手をとって頬から剥がすと何が起こったか理解できない速さであたしに顔を近付けた。

 唇が何かに触れた。我にかえった時には秀司の顔はあたしから離れていた。

 一瞬のキス

 あたしは口を押さえた。初めてではなかったけど、今の彼とするのは初めてだ。変な気分。

「はははっ」

 急に秀司は笑いだした。顔を上げて彼を見ると、彼の顔には何にも浮かんでいなかった。怒りも、嫌悪も、好意も何も。上から見下ろされると威圧感があり、あたしは立ち上がった。彼の目をみる。何も返さない彼の瞳は氷のように冷たく見えた。

 ざわざわと、物の動く音が聞こえた。

「ばっちしか?」 

 秀司の陽気な声は、教卓の中にいた男子生徒に投げかけられていた。男子生徒の方も陽気な声でばっちりと言った。そして、携帯をもっている。画面の方を秀司に向けると、そこにはあたしと秀司がキスしている所がおさめられていた。

 二人して親指をたてて、喜んでいるがあたしは混乱していた。混乱よりも、もっと深いものも渦いていた。秀司がまた陽気な声をだした。

「おーい、お前らも出てこいよ」

 その声の後すぐに男の低い声が教室の外からいくつも聞こえ、ドアのところから何人もの男子生徒が顔を出した。全員の顔にいやらしい笑い顔が浮かんでいる。ただ、秀司はあたしの方を見て冷たい視線をよこす。

 いつの間にかあたしは震えていた。どこからその震えがきているのか、分からなかったけど泣かなかっただけましだった。

「な、なによこれ」

 秀司はあたしの言葉を鼻で笑った。

「なにって、チョチョカルトってやつだよ」

 チョチョカルト?あたしは震える体を支えながら、彼の目を見た。

「賭けてたんだよ、あんたが今のオレとキスまでいくか。もっち、オレの勝ちだけど」

 秀司の声に反応するかのように周りからどっと、笑いが渦まいた。あたしは地獄に叩きおとされ、震える体はどこまでも冷たい氷の水の中に沈んでいった。上を見ると、目を閉じるコトもできずに彼の冷めた瞳がある。そして耳には笑い声だけが響いてくる。

「あんたも馬鹿だな。オレがあんたのこと好きになると思う? 前がどうだったか知らないけど、オレはあんたのこと大嫌いだし。好きになるなんてありえない。ま、運が悪かったと思って、オレ等のコト許してよ。ちゃんと写メは消しとくしね」

 また笑う。あたしは地にある足を踏んばって、手を彼の頬めがけて振り下ろした。

 乾いた音が響き渡り、その場にいた誰もが静まった。あたしはその時になってようやく涙が流れてきていた。彼の目をにらみ付けると、あたしはすぐにその場を立ち去った。男子生徒はすぐに道を開けた。

 悲しいし、むかつくし、憎みたい。あたしの中で決まっていたコトは全部崩れていった。彼の顔さえもあたしは巨大なハンマーで粉々にしてしまいたかった。あたしの中で彼は存在しない。彼は死んだ。

 あたしの中にいない彼なんて、死んだも一緒。

 涙を拭くコトもせずに、あたしは学校を出ていた。ただ闇雲に走って、いつの間にか家にたどりついていた。



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