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第五話 我侭

 恋とはどういうものなのか、その頃のあたしにはよく分からなくなっていた。つき合っていたことさえ、夢だったような気がして、夢に見た時には思わず涙したときもあった。だけど、秀司の顔にはあたしを映す目はない。あたしは彼の頭の隙間の中にさえ入れずにいるんだもん。でもあたしは違う、あたしの中は今も秀司のコトを考えてばかりいる。

「秋山さん、教科書見して」

 あたしが真剣に考えてる最中に秀司は陽気な声を出した。隣同士になってから、秀司はあたしにたまに話しかける。それは今見たいな感じで、用がないときは話しかけたりしないんだけど。それであたしのコトをつき合う前のように、名字で呼ぶ。あたしもそれに対抗して、秀司を名字で呼んでいる。彼の姓は吉田だ。

「どうぞ、吉田君」

 机をくっつけて、教科書を真ん中に置く。高校生にもなると、つき合ってるカップルがこんなことをしても、つき合っていない男女がこんなことをしても、まったく誰も注目しない。その時のあたしには周りを気にする余裕はなかったが、冷やかすような奴はいなかった。

「なぁ」

 秀司がこうして話しかけるのは2ヶ月ぶりだった。それまでのあたしたちは、顔も見合わせようともせず、今までのコトをなかった物にしようとして。この日の彼の様子はいつもと違っていた。

「オレとあんたが付き合いだしたのって、どっちから?」

「どっちからって?」

「告白どっちからしたわけ? まさかしてないってことないだろ?」

「あたしよ。あたしがしたの」

 彼はたいして気にする様子なく、ふーんとだけ言った。

「あんたさ、あたしに話しかけていいの? 話しかけるの無しって言ったじゃん」

 あぁ、と呻くように彼が言った。

「別に、なんか、何か変わってくれればいいと思っただけだし、あんたがオレのコト諦めればいいのになとか、そんなコト考えて言っただけ。ただ、オレは鈍じゃないから結構わかるんだよね」

 あたしは急に胸をつままれた気になった。彼は何を言おうとしているのか、分かってくるとこの場から立ち去りたくなる程顔が赤くなった。彼は、授業を進める先生を見ながら眉を釣り上げて口もとも釣り上げた。こんな顔はあたし見たコトが無い。

「あんたオレのコト、好きだろ?」

 たぶん周りにも聞こえてなかったと思う。幸い席は一番後ろだし、隣はまったく話をしたコトのないような奴だし。でも、あたしは思わずイスを倒す程の大きな音をたてて、立ってしまった。

「バーカ」

 真っ赤な顔のあたしに投げられた顔はイタズラ好きの子供のような顔だった。その後、先生に怒られたのは言うまでもない。

 

 あたしの気持ちを彼が気づいていたなんて、なんて最悪。秀司のあの変にニタニタした顔を思い浮かべると、変な悪寒が背筋を這い回る。嫌な予感がひしひしとあたしの所に迫って来ていることを知らせているようだ。

 帰りは、佳枝や他の友人とは道が違うので一人で帰る。もちろん、走ってすぐのチャリンコに乗るわけだが、下駄箱まできてあたしは足を止めた。

「よっ」

 あの変にニタニタした顔は消えていたけど、どっか危険な香りのする秀司が突っ立っていた。秀司だけじゃなく、あたしの苦手な感じの男子も数人彼の所にいた。あたしは彼の目を見たが、彼の言葉を無視した。

「おい、無視すんなって」

 あたしの下駄箱を押さえて、あたしの行動を遮った。あたしはあの授業中でのコトをまだ根に持っていたので、かなり怒っていた。

「邪魔なんですけど?」

「あら、ごめんなさーい。あなたが無視してくれなかったら邪魔しないんだけど」

 わざとなおねぇ言葉にあたしは吐き気を感じた。彼の目を睨み見ると、彼の手を押しどけた。

「また無視? ちょっと、オレの話きいてくんない?」

「聞く気ありません。じゃ、さようなら」

 と言ったのに、彼は後をついてきた。あたしはうっとうしいというか、何で彼がこんなコトをするのかが分からず、困惑していた。そして、少し嬉しくもあった。

 チャリ置き場まで来ると、彼はあたしが立ち止まったのをいいコトにあたしのチャリの荷台に乗った。おかげで、動かすコトもできず、観念して彼の顔を見てやった。

「何? あんたが話すの無しとか言ってたんじゃない。いいかげんにしてよねぇ」

 わざと大きく溜め息を吐き出すと、彼はまたいたずらッポイ顔をした。

「なぁ、オレあんたとつき合ってやってもいいんだけど」

 あぁ、からかってるんだな。あたしは首を振って彼を睨んだ。

「からかってんでしょ? あんた、あたしのこと好みじゃないって言ったじゃん。信じないわよ」

「うーん、ま、確かに好みじゃないし、好きかどうかわかんないけど、あんたは好きなんだろ? それに、オレあんたに興味あるし」

 ニタニタ顔を作る。あたしはその顔を見たのに、どうしてか彼の心を見透かすコトができなかった。彼の考えてるコトを、身当てるコトができずに、彼の言葉に赤面していた。

「・・・あたし、あんたのわがままにつき合えないわ。でも」

 嬉しかった言葉も、全部捨てるコトは出来ないけど、あたしは好きでもない人とはつき合えない。だから、断ったつもりだった。

「じゃ、決まりな。帰るか。彼女さん」

 あたしの言葉も聞こうとせず、秀司は自転車を動かして、あたしに後ろに乗るように促した。真っ赤になったあたしは、彼のコトを真正面から見れなかったけど、荷台に乗るって。彼の背中を掴んだ。服の裾だけだったけど、あたしは彼の所に戻れたコトに、安堵した。

 

 



 


題名は「わがまま」とよびます。

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