第四話 溜息
翌日からの彼はあたしの知らない彼の姿だった。見たコトの無い彼は別人そのもの。あたしはもう、彼と話すコトさえできなくなっていた。それも、同じように彼と仲の良かった男子は自然と彼から遠くへと、逃げるように彼を避けるようになった。人種がちがうと感じたのだろう。彼の記憶には彼等のコトはしっかりと刻み込まれていたけど、それほど仲が良くなかったのか、話す姿はめっきり見ない。話すとしても、借り物を返す等だ。
そして、時間が流れると彼は新たな友を作るようになった。あたしは黙ってみていたけど、それほど良い友人には見えない奴らばっかりだ。もちろん、これはあたしの偏見なんだけど。それだけじゃなく、女子が苦手だった彼が、あたしとはかけ離れた美人な女の子と仲よさそうに話すのも見かける。
心が辛辣になる。そうするにつれて、あたしは彼を目で追うコトをしなくなっていた。
「なぁんか、かっこ良くなってない?」
佳枝はあたしをからかうように言った。あたしはそう?と素っ気なく返事をしたけど、それに気づいていた。彼は確かにかっこ良くなってる。見かけが変わったというのもあるけど、堂々とした態度がそう感じさせた。でも、あたしは意地になってそんなことを考えるコトを許さなかった。
「佳枝の目、病院行った方がいいんじゃない」
佳枝はただ笑ってるだけだった。
「これ、ありがとう」
彼が一人になってる所を狙ってあたしは借りていたハンカチを渡した。あたしが涙でぐちょぐちょにしたハンカチを見ると、眉間にしわを寄せながらハンカチを受けとった。
それをみると、すぐにあたしは立ち去ろうとしたけど彼は呼び止めた。
「あのさ、あんたとオレはもう、彼氏彼女じゃないだろ? だからもう話しかけたりすんの無しな」
彼が別れようって言ってからあたしは頭の線が切れる音を何度もきいた。今も確かに頭の中からそれが聞こえた。ある意味これは開き直りでもある。
「そうよね、ごめんなさい」
彼の目に負けないようにあたしも睨んで、眉間にしわを寄せて、言ってやった。すると彼は安心したのか笑顔を作った。
「わかればいいよ。オレあんた好みじゃないからね」
あたしも思わず顔を笑顔にしてしまった。というのも、怒るのを堪えているだけで内心は激しく怒っている。そして、泣きそうでもあった。好きな人から聞く言葉でも、その言葉は聞きたくない部類にはいるもの。
そんな気も知らずに、彼は去って行った。あたしも同じように立ち去ったけど、彼の方を一度振り返ってみた。期待してみたけど見えたのは彼の背中だけだった。
あたしはしばらく廊下にでて、風に当たった。そうでもしないと心に落ち着きを戻せない。彼のコトを考えるのを止めるコトはできないけど、今の彼をスキになることはできそうにない。だけど、彼を離したくなかった自分はいる。ただ彼の記憶が戻るのを待てばいいのだろうか。それとも、このまま諦めてしまった方がいいのか。
しかし、よくよく考えてみると彼はあたしを好きだったコトがあったのか。それさえも疑いはじめるともう、止らない。
「はぁあ」
「でっかい溜め息」
いつの間にいたのか、隣にいたのは幼なじみの高司だった。高司とは家が近くて親同士が仲が良く、小学生ぐらいまでは普通に家まで行って遊んでいたが、中学が微妙な所で別々になって高校にはいるまであまり口もきいていなかった。今ではクラスが違うのでめったに会うコトがなかったが、たまに会うと長話になったりするいい奴だ。
「うっさいなぁ。あたしは今、超ど級に落ち込んでるんです」
「なに? なんかあったわけ? あ、そうか」
高司は口を押さえて、ある方向に顔を向けた。あたしもつられてみて見ると、そこには秀司がいた。女の子と話してる。べつに駄目なコトじゃないのに胸が締め付けられた。
「じろじろみたら失礼よ」
「え? なんで? ってか、美香は何も言わなくていいのか?」
「いいの。別れたんだから」
高司は声をあげて驚いた。それから、小さな声で謝ったのを聞いた。
「気にしないで。秀司の記憶が戻ったら、また付き合えるもの」
「え? 何それ、記憶が戻るって? ・・・なんかあった?」
あたしは窓の外を見ながら、しばらく涙を堪えた。それから下を見てから、ぐっと口を引き結んで笑顔を作った。
「また、話す」
あたしは秀司の姿が見えないようにる所まで歩いた。
もう2ヶ月もすぎて、あたしも秀司もすっかり他人の様な顔をした。でも、あたしはまだ恋心を彼に抱続けていた。記憶の戻らない彼のコトをスキになる気はなかったけど、記憶が戻るコトに少しだけ望みをかけていた。
そんな時、テストが終わった日の席替えであたしと彼は隣同士になった。