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第三十二話 指輪

「好きっていうのにはイロイロあるよね」

 慣れない手つきで一度やってみたかった、リンゴ剥きを病室でやっていると、秀司が急につぶやいた。三つあるリンゴのうちの一つを手に取って、パジャマの袖でこすって磨いている。

「どうしたの? 急に」

「いや、最近暇で・・・、これ読んでるんだけど」

 と言って秀司が手に持ったのは、ニコラス・スパークス著の「奇跡を信じて」だ。これはあたしが、秀司の気持ちを勇気づけるために貸した本で、映画にもなりあたしはちゃっかりビデオを買った。いつかそれも、ちゃんと見せるつもりだ。本のことは置いといて、どうして秀司がそこまで考えてしまったのかな。

「好きの次が恋で、それが片想いとかの好きになるわけだ」

 リンゴはピカピカになりつつあった。あたしは皮を剥く手を止めて、イスに座り直し秀司の言葉に耳を傾けた。

「それで、恋の次は何?」

 そこで秀司はあたしにピカピカのリンゴを見せて、にこっと笑った。

「今のオレ達。恋愛ってやつかな」

 恋愛ね。でも恋と恋愛の違いは言葉が違うってだけじゃないの?っていうか、そんな話聞いたことないし。でも、こんな風に話する秀司は不思議。なんか嬉しくなっちゃって、ついつい顔がほころんでしまう。

「何笑ってんだよ」

「別に。あたしさ、恋の次は愛だと思ってたんだけど、恋愛になるのはなんで?」

 秀司はあたしが途中まで剥いたリンゴをつかんで、果物ナイフを手に持って皮を剥きはじめた。あたしよりかなり綺麗に剥けてるんだけど・・・結構ショック。

「恋愛って二人で育てるっていうか、二人の気持ちが通じて初めて言えるもんだと思うんだよね。だから、今してんのは恋愛」

「へー、そうなんだ。じゃぁさ、どこまでいったら愛になるの?」

 少し考えながら、それでも目だけがリンゴの皮剥きに集中していた。やっと剥けた時には短い皮が連なっており、それをクルクル巻いてあたしに手渡した。

「バラっぽいだろ」

 ってガキかよ。クルクル巻いたリンゴの皮を手で握りしめて、ひざの上に乗せていた袋の中に入れた。

「話の続きは?」

「何だっけ?」

「どこまでいったら愛なのって話」

「・・・知りたい?」

 リンゴをかじりながら、汁がしたたるのも気にせずにかじり続ける。いたずらな笑みはあたしには眩しい。

「うん。知りたい、知りたい」

 愛なんてよくわかんないけど、愛にもいろいろあるもんだ。家族愛、友愛、恋人同士の愛。愛情とかはいろんな物に対して持ってしまったりするし。あたしたちにはまだ、愛って言葉は早いのかもしれない。でも今の気持ちを表すのにふさわしい言葉は、恋愛とか恋なんて言葉じゃない。好きって言う言葉も間違いじゃないけど、物足りない。

 秀司はあたしの頭をつかむと引き寄せてキスをした。唇からリンゴの味がして、妙な感じ。唇がもぞもぞと動きながら、長いキスをした。そう感じただけかもしれない。本当は数秒の出来事だったのかも。

 唇が離れ、こつんと額をあわせると小さく笑いあった。

「もうすぐ誕生日だろ? どっか行きたい所ある?」

「・・・沖縄いきたい」

 なんでまた、という顔をして鼻先にキスを落とした。

「無理だっての。でも、近くまでならいけるかも」

「近くってどこ?」

「とりあえず、沖縄じゃないよ」

 わかってるっての。


「えぇ! ここって、近すぎるじゃん!」

 思わず大声を出してしまい、秀司がしかめっ面になった。小さく謝ってから、あらためて周りを見渡してみた。

 あたしと秀司がいつも行く公園。久々の退院であたしはいろいろ、準備してきたけど・・・ここって特になんにもいらなかったんじゃないの。とりあえず二人並んで、ベンチに座った。ベンチから見える景色は思ったより清々しくて、いやじゃない。だけど、あたしが鞄をパンパンに膨らませてきたのってこの為だったとは。

「沖縄に近いんじゃなくて、あたしの家から近いんじゃないの。まぁ、いいけどさ」

 急に秀司はあたしの手を握った。手の中には堅い物があって、あたしが目で訴えると一度手を離してくれた。それから秀司の手がゆっくりと広がって、あたしが見たかった物が見えた。

 指輪だ。金色に光ってる、指輪。

 あたしは必死で叫びそうになるのを堪えた。

「え、何これ、どうして?」

「いろいろ、考えてたんだけど。暇だったから」

 首を縦に何度も振った。恥じらってる秀司の顔が真っ赤になってるのが、可愛く見えた。

「結婚とか、してみる? まだまだ、結婚できる歳じゃないんだけど」

 お互い、17歳だからそうだよね。っていうか、これ、プロポーズだよね。涙でそう。すごく嬉しい。

「また、泣いてるし」

「だって、嬉しい。・・・でも、あたしたち結婚できないじゃん?」

 秀司はあたしの手を取ると勝手に指輪をはめた。

「籍さえ入れなかったらいいんじゃん。形だけ、やらない? 大きいもんじゃなくて、小さなもんでいいから」

 だめだ、涙止まらない。

「ねぇ、これって愛だから?」

 あたしの質問の答えだよね。愛ってこと、だよね。

 言葉にせずに、秀司は頷いた。

 十七歳の誕生日、あたしは愛を知った。

 十七歳の誕生日、あたしはプロポーズされた。

 十七歳の誕生日、あたしは世界一の幸せ者になった。この上ないほどの愛をもらって、幸せを知った。

 もう二度と離したくない。

 

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