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第三話 変貌

 全てが音を立てて崩れていく。決して時間は戻らない。

 彼の病室からでるとすぐに彼の両親と顔を合わせた。その後、廊下で彼の母親と話をした。一人っ子の彼の彼女であるあたしは、家に行くことも多かったから母親とは仲が良かった。

 廊下であたしの肩を抱きながら、話をした。彼は前頭葉の部分に刺激が与えられ、脳自体に傷はなかったものの人格を作る機能が変化し、人格が多小もしくは180度変わってしまうそうだ。すぐではないかもしれないが、確実にゆっくりとそれはやってくるらしい。

 あたしはさっきの彼の態度でもう分かってしまった。はじまってることに。

 おばさんの胸の中であたしは何度も声を上げてないていた。悲しいし、苦しい。彼があたしのコトを忘れて、それでいて人格が変わってしまうなんて、ひどすぎる。


 それから、もう彼に会いに行くことはしなかった。彼を見るだけで辛くなるし、あたし自身も落ちついて物事を見定める必要性を感じたからだ。でも、なかなかあたしの頭は彼の現状を理解しようとしなかった。何度も彼の言う言葉を打ち消して、次に会った時にはあたしを思い出すはずだと考えた。なのに会いに行くのが恐くなって、結局行けないままになってしまった。あたしは、これからどうすればいいんだろう。

「そっか、そんなことあったんだ」

 友人の佳枝がポッキーをくわえたまま言った。あたしの家に来るのは久ぶりのはずなのに、すっかりくつろいでしまっている。こたつの中に足を伸ばして、あたしが足を伸ばすスペースを消している。

「でもさ、別に会いに行ったらいいんじゃないの? 何が恐いのよ? 彼女なんだから全然いいじゃない!」

「そうかな? 恐いのは、あたしのコトを知らない人って目で見るとこなのよね。それで言うのよ、あんた誰って? そんなこと何度も言われたら、あたし耐えられないし」

 目に涙が溢れてくる。顔を隠すようにこたつの中に潜った。

「うーん、まぁ、それはそうかもしれないけどね。ねぇ彼は美香のコト思い出す可能性はあるんでしょ? そんなに落ち込まないで気長に待ちなよ」

 気長にか。そんな簡単なものじゃないんだよね。あたし達はまだ三ヶ月ぽっちの付き合いで、短すぎる恋愛はそうかんたんに冷めたりはしない。それがあたしを苦しめて、苦しめて、追い込むのよ。

 あたしはこたつの中からはい出て、佳枝を見た。

「とにかく、明日から学校に出て来るらしいの。どうにか話する努力はするわ」

 がんばれ。佳枝はまたポッキーを食べはじめた。


 翌日に確かに彼は来た。頭の方も、包帯も取っているしそれほど事故の傷は目立つ様子はなかった。でも、明らかに何かが変わっていた。それに気づいているのはあたしだけじゃなく、彼と仲のいい男子達にも感じられ、クラスの皆もどこか違う彼に戸惑っていた。

 髪の毛は短くカットされていて、制服は今までの彼では考えられない格好(腰パンにシャツは出しっ放し)で、目つきはあの優しそうなたれ目ではなく、鋭いつり目になっている様に見えた。それでもって、イスに座る時に大きな音を立てて、偉そうに座る姿も見たコトない。人の目を多少気にして生きてきた彼とは思えない、堂々とした態度。その日のあたしを含めたクラスの全員および、担任教師たちは彼の変貌ぶりに唖然とするばかりだった。

 結局、誰もが彼に話しかけるコトなくその日は終わった。が、あたしは授業が終わると彼に声をかけられた。

「美香ちゃんだっけ? ちょっと話したいんだけど」

 あたしは佳枝に背中を押されて、気の抜けた返事をしたまま帰り道を並んであるいた。本当はチャリがあるんだけど、彼が歩きだと聞いたから歩くコトを選んだ。しばらくあるいて、適当にすわれる場所を見つけると、そこに座り込んだ。川の近くの場所で、なぜか石のベンチがある。草がいっぱい生え過ぎて空き地みたいなところだけど、夕暮れがキレイに見えるし悪くない。

「あのさぁ、母さんから聞いたけどあんたオレの彼女だったんだっけ?」

 あたしは彼の馬鹿にしたような目を見るのが恐くて、目をそらした。

「そうよ」

「ふーん。オレってあんたのコト好きだったの?」

「そうよ」

「つき合ってたんだから、そりゃそうか」

 彼は短く笑った。くくっという喉の奥から出す声は懐かしい。あたしが真剣な話をする最中によくそんな笑い声を上げてあたしを怒らしてた。

「オレ、まったくあんたのコト知らないのになぁ。っていうか、趣味悪かったんだなオレ」

 今度は声を上げて笑いだした。あたしは自分が美人でもカワイイ顔じゃないコト分かってるから、あえて何も言わなかったけど涙だけは出て来た。

「あ、また泣いてんの?」

「話って何よ! 早く言いなさいよ!」

 あたしは泣いたまま怒って言った。胸がちりちり痛む。彼はまた馬鹿にしたように笑うと、あたしにハンカチを差し出した。ひったくるようにそれを取って涙を拭うと、彼は話しはじめた。

「オレらって彼氏彼女だったよな。で、今はどうなの? オレはあんたのコト知らないし、付きあうきないんだけど」

 ハンカチが涙の量に追いつかないんじゃないかと思った。濡れていくハンカチで顔を隠したまま、彼の言葉をきいた。

「こんなこというの、おかしいけどさ、母さんとかとも話してたんだよね。あんたのこと知らないオレとは付き合わない方がいいんじゃない?」

 それって、そういうこと? あたしはハンカチから目だけを彼に向けた。馬鹿にしたような顔はしてないけど、口もとが笑っている。あたしはこんなに泣く程つらいことなのに、彼には全然そんなことはない。って顔が言ってる。

「別れとこっか。ま、オレの記憶が戻れば付き合えばいいんだしね。話はそれだけ。じゃ、帰るわ。ハンカチはそのうち返してくれたらいいから」

 それだけいうと、あたしを残して彼は帰って行った。

 あたしは彼の人格が確かに変わったのを見て、また泣けて来た。だけど、それだけじゃなく彼の言葉や、声、しぐさ全てがまだあたしの知ってる彼の物だと言うコトが、よけい辛くさせた。別れる。それってこんなに簡単なコトなのかな?あたしは頷くべきなのか、確かに今の彼はあたしの中じゃ嫌なやつになろうとしてる。だけど、気持ちはもっと別のところにある。

 あたしは彼の影さえ見えなくなると、とりあえず溜っていたものを夕日に向かって叫んでいた。帰ってくる声が彼の耳に届いていないことを祈って。



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