第二十七話 始り
「あのときは、えっと・・・取り乱しちゃってごめんね。あと、秀ちゃんの事、美香から取っちゃってごめんね」
サヨとペアを組んで掃除をしている時に、急にそう言われた。慌てて何度も返事をすると、サヨは笑ってあたしの側まで来た。
「あたしの事、心配とか、しないでね。そんなに弱いってわけじゃないんだ。ただ、時々本当に落ち込んじゃうだけ、いつもより悲しくなるだけなの。秀ちゃんも病気だって聞いたけど、美香・・・あたしみたいにならないで」
言葉には力があって、瞳はまっすぐとあたしを覗いていた。心の中を見透かす様な瞳は秀司を思い出す。力強くて、意志がはっきりと見えて、あたしの心を捕らえてしまう。
「秀ちゃんが死んでいくのを、見守るんじゃなくて、ちゃんと戦ってあげて。あたしは彼の苦しみを理解する事も、救う事もできなかったけど、美香には秀ちゃんを救う事ができるはず。支えてあげてね、ちゃんと側にいて、ずっと離さないように」
サヨの涙に気付いた時にはあたしも泣いていた。同じ事を思っているから、口に出されるとよけいに重いみを感じる。言葉の厚みというか、本当にあたしにできる事をやらなければならないと、実感させられる事が言葉になり心にしみ込んでいく。悲しいくらい現実は厳しい。あたしにはとても堪えられないくらい、厳しい世界だ。
「サヨ、ありがとう。・・・頑張るね、だからサヨもがんばって」
涙で濡れた頬にえくぼができる位、サヨは笑い返してくれた。
笑ってる事は、大丈夫な証拠ではない。笑うからこそ、危険な匂いを感じさせ、よけいに不安になる。でもサヨはもう心の平安を取り戻しつつある。あたしの目にそう映るだけかもしれないが、確かに変わっている。
それを見ると、あたしも変わらなければならないと思った。
あたしと秀司のバイト最終日がやってきた。他のバイト達は九月に入ってからもしばらく残っているらしいが、あたしと秀司、それにサヨには学校があるためにバイトを終わる。海の近くに民宿を経営するヒロさんの友人のペンションがありそこでパーティーがあるそうだ。民宿や海に遊びにくる人は毎年そこに集まり、ホームパティー形式なので気軽に楽しめるらしい。
あたしたちバイトもヒロさんに連れていかれ、そこで打ち上げを一緒にすることになった。他の民宿の人達も集まってくるし、結構人数は多い。愛美ちゃんもいい感じの彼と会える事を楽しみに、服もメイクもばっちしだった。
麻美ちゃんもバイト仲間に青山さんとつきあってる事を分かってしまうと、堂々と二人は一緒にいることが多くなった。それがよけいにあたし達の噂の的にさせている。
とはいえ、あたしと秀司も手をつないでいるから、誰かの噂の的にされているかもしれないな。
「美香さぁ、もうちっと可愛い服着ろよ」
慌てて自分の服装を見た後、サヨや麻美ちゃん、愛美の服装を見た。なるほど、あたしはパーティーというのには不似合いな服装なわけだ。派手キャミにジーパン。髪なんて短いからいじるところないし。
それに比べてサヨ達はサマードレスなんかを着ちゃって、髪の毛も綺麗にまとめられてる。あたしってなんなのさ。彼氏がいるのにこんなに普段着なのはやっぱり女の子としては・・・駄目かな。
「うっさいなぁ・・・。気にしてんだから、ほっといてよ」
頬を膨らますと、秀司はばかにして笑った。むかつくけど、なんか可愛い。って、あたし本当のバカだよ。
ペンションには車が何台かと、自転車とバイクも何台かあった。中から光が漏れて、数人の笑い声が外にまで響いていた。広い場所だという事は外観を見ればすぐにわかったし、高級感もなく、庶民のあたしが入っても気兼ねなく楽しく過ごせるんだな、ってことを実感した。
それでも中に入ると豪勢な食べ物があって、人も思ったよりずっと多かった。やっぱりあたしの姿はおかしく思えるぐらい、派手な格好の人とか、綺麗な服を来てる人が多い。ここに来てやっと、あたしは後悔しはじめていた。
「ね、やっぱりあたしの格好、変かな?」
重いため息を吐き出すと、秀司はあたしの頬に触れた。人がいる時にあたしに触れるのは初めてなきがする。
「別に、気にする事ないんじゃない。美香は、美香だし」
気にさせたのは、秀司なんだけど。というのは伏せておいた。
あたしは秀司から少し離れて料理を取りはじめた。秀司の方は動かずに壁にもたれたまま、じっとしていた。あたしがちらっと秀司を見るとにこっと笑った。
料理を選ぶのに夢中になると、サヨが話しかけてきた。また、秀司の方を見ると知らない人と話しているのが見えて、こっちに目を向けたのを見ると、サヨと一緒に手を振った。
影はどこにもなかった。あたしから見て、秀司は健康そうで、元気そうで、無理してるなんて感じられない。いつだって笑っていられるのは本当に心から、自分を楽に出せているからなんだと思っていた。だけど、それは違った。秀司の体を蝕む病気は、深刻なものだった。
ガシャンという音が響き、音のした方を向けば秀司がいた。
手に持っていたお皿が重力に従って、床に落ちる。あたしの瞳に映る秀司に人が寄ってくる頃には、あたしが手放したお皿が音をたてて割れた。
またまた、評価してくださってありがとうございます。ようやっと話の方が夏休みを終わるところにはいってきました。
誤字も脱字もひどいものですが、いつも読んで下さってありがとうございます。今後ともよろしくおねがいします。