第二十六話 サヨ
砂浜に戻ってきた時には、サヨも秀司も膝下から全部がびしょ濡れだった。秀司に支えられるようにして、サヨが砂浜に腰を下ろすとあたしは秀司にかりている上着をサヨにかけた。顔も髪の毛もすごく乱れてる。スッピンの顔を気にすることなく、サヨは涙を流し、顔を隠さない。放心状態、それはあたしだけど、サヨもそんな感じの状態になってる。
秀司とあたしがサヨを挟むように座る。肩に手をおいて、サヨの体を温めようとした。しばらくそうやって、海を眺めると、サヨも顔を上げて海を見つめた。遠くを見つめているようで、すぐ側にあるものを見つめてるみたい。
秀司もそんな事を考えてるんだろうか。サヨの様に遠くを見つめながら、すぐ側にある恐怖を見つめてる。あたしが近くにいても、その瞳は映したものをはずさない。
「ごめんね・・・迷惑かけて」
聞き逃してしまうところだった。小さな唸るような音ににた声。決してあたしを見ていないけど、あたしは首を横に振った。
「秀ちゃんには、話してたんだけど・・・美香に見られちゃったし、話しとこうかな」
言った後にサヨは少しだけ笑った。とても悲しく、とても切なく、笑った。
「中学の時に・・・あたしの彼氏が、自殺しちゃったの」
沈黙。静かになっていく空気と、心。冷たく凍る表情。あたしはサヨの肩の上においてある秀司の手をぎゅっと握って、サヨの手を握った。驚くというより、恐怖を背筋からぞわぞわと感じた。真っ黒のものが背中から這い上がってくるような妙な気持ち。
サヨは力なくあたしの手を少し握った。
「あたしね、その頃・・・結核で病院通いだったの。学校も休んでばかりで、高校受験はあきらめてた。でも、ドナーがみつかって骨髄移植することになってね・・・学校に戻った時には、彼の姿はなかった。自殺したって事知らなかった。お母さんがあたしが生きる道を選んでる時に、彼の事を言うのは生きる気力を失わせるって・・・思って、みんなに黙ってもらう事にしたらしいの。でも、あたしがその時どんな気持ちだったか、少しは分からない? あたしは・・・地獄にいるみたいだったのよ」
涙は留まる事をしらない。流れてはすぐに新しいものが一緒に流れようとする。あたしの目にも同じものが溢れて、秀司が手を重ねてくるとすぐに力強く握った。離したくなかった。近くにいるのに、遠い気がして悲しくなる。空気にとけていく存在を見つめながら、もう一度サヨを見た。
「毎日、毎日、今もそう。何にも変わらない毎日。あたしだけが時間が止まってる気がして、あたしだけが彼の事を知ってる気がして・・・全部分けが分からなくなってきて。それでも、あたしは生きる事を選んでる。でも、生きる事を選べなかった彼を思うたびにあたしは・・・生きる意味を見失うの」
サヨは海をみつめた。
「海は彼と唯一行ったデートの場所なの。夜に二人で海を眺めてたんだよ。あの時、こんなことになるってわかんなかったんだよ。彼は、全然平気そうで、不安なんてなかった。あたしたちは幸せだったんだよ」
力を感じられなかった手のひらから次第に力を感じられてきた。気持ちが溢れたのか、サヨは声を出して泣き出してしまった。それを支えるように肩を抱き、あたしは泣ききれるまでサヨをあやし続けた。
秀司と目を合わせた時、あたしを見ているようで、あたしの顔を手前を見ているような瞳が、心をかき乱す。不安もたまるし、あせりもある。
サヨのように、あたしは残されてしまうのかな。そして、サヨのように秀司を思い出すたびに泣いてしまうのかな。死にたいと、思ってしまうのかな。心が狂ってしまう日もあるのだろうか。
そんなの嫌だ。いつまでも一緒にいたい。秀司があたしの隣にいることがあたりまえであってほしい。離れたくないし、離したくない。握りしめた手をいっそう強くした時、まだ秀司のぬくもりを感じた。
秀司の話を聞くと、サヨの彼氏に秀司はそっくりで性格までも似ているらしかった。それでサヨが急に話をしはじめて、それを聞くうちに・・・自分と重なったそうだ。重なりはじめるとどうしても、秀司から相談する事もあったし、サヨのからの相談もあったらしい。そして、これまでに一度、海で死のうとしていた事もあったらしい。
それから、ずっと夜は外を見てサヨの様子を見ていたらしく(もちろん、心配して)、あの日もたまたま出てきた所を見て慌てて出てきた。そう言う事だという。
サヨは明るくふるまうけど、あたしには時々その背中が寂しく見える。
それと同時に、秀司の背中も寂しく見える。あたしはまた同情してるのかもしれない、でももっと深い気持ちをもってる。もっと愛しくなってる。




