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第二十五話 話解

 心臓の音が聞こえる。生きてるってことを、感じさせる。よく心臓の音を聞くと安心するっていうけど、確かにそうだと思った。心臓の音が自分のものと一緒に動く感じがどこか懐かしく思える。これが安心するって事か。眠たい。

「ちょっと、起きてる?」

 秀司にもたれかかったまま、あたしは曖昧な返事をした。

「なんで、あたしのこと無視してたの?」

 そう、ずっとあたしの事をまったく見ようとせずにいたこと。あたしが、どんな気持ちなのか分かってるはずなのに、サヨといること。どう思ってるの?

「無視、してるつもりはなかったけど」

「嘘、あたし何回も話しかけたのに全部スルーしたじゃん」

 見事にすり抜ける感じ。それすら分かってないとは、言わせない。

 あたしの体を包む腕を一度緩くしてから、もう一度抱き直すとあたしの肩に顔を乗せてしばらく唸っていた。のど元から聞こえる低い音があたしの体を少し震わせた。

「・・・ごめん、考えてしまったから、つい、シカトしてしまったというか・・・」

 考えるって、何を? 

「前と一緒だな。なんていうか・・・好きだから離したくなった、みたいな。やっぱり、オレなんかといるより他の奴といる方がいいのかなって。バカだと思ってるんだろ。マジで悩んでたんだけど・・・しかも、もっさんといるとこ見たりすると、よけいにそう思うし・・・。あと、美香がオレに対して気を使ってるのが伝わってくるからさ」

 声が小さくなるにつれて埋めてくる顔がぎゅっと強く、引き寄せられる。あたしは秀司の頭をなでながら秀司の耳に頬をすり寄せた。秀司がしたこと、やっぱりバカだって思うけど愛しく思えて、泣けてくる。

「あたし、ちゃんと話するから・・・秀司もちゃんと話してね。えっと、愚痴とかわがままとか、不満・・・とか」

 秀司の笑う音が聞こえた。小さく、クスクスと笑う声。こそばい感じがするけど、あたし達は抱き合ったまま外で花火をするみんなの声を聞いた。すぐ近くでやってるみたい。めちゃめちゃ声がよく聞こえてくる。

 でも、それよりも心臓の音の方が大きいかも。すごく大切な音だし、しばらくじっくり聞きたいと思う。

「美香、好きだよ」

 顔に熱がのぼってくる。恋してる心臓の音は秀司に聞こえてるのかな。聞こえてたらちょっと恥ずかしい。


 夏の終わりは少しずつ近付いていた。

 毎日日差しの強い日が続いて、あたしたちは屋内にいながらも暑さとの戦いに明け暮れていた。働くことの厳しさ、お母さんが仕事から帰ってきてすぐに「しんどい」と呟く気持ちが今はすごく、理解できる。それでも楽しいと思える分楽なのかな。いや、お母さんもそれを感じるはず。

 気持ちいいとすら思える夕立ちの雨。お客だった団体が帰り、明日の新しい団体を招き入れるための準備をしている時間にもあたしは秀司のことばっかり考えていた。最近はよく二人で話をする時間が増えたけど、サヨとのことは話してくれない。あんまり気にしなくなったけど。

「ね、ね、美香」

 窓を拭いている時に愛美があたしの腕に肘をこずいてきた。眉根をよせて見上げると愛美はあたしの前で座り込んだ。口元を妙につりあげてめちゃめちゃ楽しそうだった。

「青山さんと麻美つきあってるのしってた?」

 えぇ、っとあたしは大声を上げてしまい、愛美に口元を思いっきりつねられた。驚くだろう、だって青山さんはクールな人で、あんまりあたし達との話に入ってこなくて冷めた人だと思うところもあった。麻美ちゃんと一緒にいる所・・・見たことあったかどうか、疑問だ。

 麻美ちゃんも麻美ちゃんで、そんな話してくれたことないし、やっぱり驚きだ。

「うわぁ・・・すごいことになってるねぇ。ね、まさか・・・えっちゃんは誰かとつきあったりしてないよね」

 ここでいうなら,もっさんとか。まさか、まさか、そんなとんとん拍子にみんなつきあっちゃうわけないない。愛美の顔を見ると妙な表情が伺える。って、嫌な予感。

「実は、あたしちょっと離れた所にある民宿の人たち仲良くなっちゃって、告白されちゃった」

 てへって照れられる年齢じゃないだろうに。ピンク色の頬を見るとあたしも浮かれ気分がうつってしまいそうになる。みんな夏なのに、心には春がきてるわけだ。

「へぇ、よかったじゃん。つきあうことにしたの?」

「考え中。今日も一応会う約束してるんだけどねぇ。ね、あとで麻美からかいに行こうか、おもしろくない? サヨも誘ってさ」

 いいねぇ。とあたし達がはしゃぐと、遠くから薫さんの少し怒った声が聞こえた。当然かな、かなりはしゃいでたし。二人で声を揃えながら返事を返すと、しばらく小さく笑いあった。


 ガサゴソという妙な音がしたのは寝てから二時間がたとうとした頃だった。ゴミ箱をあさるような音。そんな音聞いたことはないけど、それに似てる気がする。目をうっすらと開けて音の方向に目を向けるとサヨが見えた。自分の荷物をあさってるみたい。真っ暗な中窓から入る月明かりを頼りに、一人で黙々と荷物を触ってる。

 しばらくして真っ白の袋を手にして、薄いパーカーを羽織ると部屋を出て行ってしまった。トイレでは、ないだろう。出て行ってからしばらく間をおいてからのそのそとあたしは体を起こした。

 部屋を出て、トイレまで行く。でも誰の姿も見当たらない。しばらくうろうろとしていると、秀司が降りてきて、目を合わせるとすぐに玄関の方に目をやった。

「サヨだろ? たぶん外。オレも行くから、これ着て」

 渡されたぶかぶかの上着を羽織ると、あたしと秀司は外に出た。ひんやりとした空気が塩の香りを運んで、暗闇の中で秀司の温かい手だけを頼りに前に足を進めた。

 どうして起きたのかとか、サヨの行方を知ってるか、そんなことはどうでも良かった。今のあたしは珍しくサヨの事を心配してる。

 しばらく歩くと砂浜に出た。そこに一人ぼぉっとした白い影が見える。あれがサヨだとすぐにわかった。砂浜に座ってからあたしたちがサヨに近付く頃、急に立ち上がって海に向かって走り出した。突然すぎてあたしは見てたけど、秀司は何かを感じたのかすぐにサヨの所に駆け寄った。

 海の中に入って行くサヨを押さえると、秀司の腕を払いのけながら狂ったように叫ぶサヨがいる。

 訳が分からない。だけど、サヨは何かに訴えてた。それが痛いほどわかってくると、涙があふれた。彼女の叫んでいる言葉が理解できない異国の言葉なら苦しまないでいられたのかも。でもサヨはあたし達と同じ言葉を話して、理解できる言葉で叫ぶ。

「死なせて、もう、生きててもしょうがないの!」

 叫ぶサヨを秀司が押さえつける。必死になってる姿を見る度に二人の姿が重なった。


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