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第二十三話 嫉妬

 バイトを甘く見ていた。経験のないという所が悪いのかもしれないが、あたしはまったく力仕事に向いていなかったようだ。役立たずのレッテルを今にも貼られそうでビクビクしてしまう。

「しんどい、疲れた、ねむい」

 こんなことしか言えない。

 民宿に泊まるのはほとんどが団体で、ここもそれ用に大きくつくられている。例えば体育系の部活が合宿に使うのが周りに民家のないような、民宿になるわけで、当然ここはそういった民宿だ。けど、海に近いし、運動場もないので使うのは、大学生のサークルぐらいかな。あとは、家族連れがたまに来るぐらい。

 あたしもここに来て一週間は経つので、仕事に慣れてきた。朝は早くて、朝食づくりを手伝う。それから部屋の掃除をして洗濯物を片付けて、昼ご飯作ってそれを片付けてすぐに晩ご飯が来て、風呂の支度もして、それからやっと寝られる。それのどれだけしんどいことか、しかも休みは昼ご飯の片づけの後ぐらい。

 お客さんはどんどん入ってくるし、毎日よく分からなくなってきた。

 でも、バイトの人とは仲良くなった。サヨと麻美ちゃんはもちろん。もう一人、女の人では愛美(みんなはえっちゃんと呼んでる。えくぼが可愛いからという理由で)というまたまた、大学生の人が入ってきた。その人はあたしタイプで、あんまり派手目じゃないけど化粧とか服装はそれなりに着こなしてる。そこがあたしとは違うけど、雰囲気は似てると思う。って勝手に言ってちゃだめかな。

 あと、男の人では秀司と仲のいいもっさん(森田さん)とはよく喋るようになった。っていうか、もっさんはおもろすぎで、サヨと似てる感じ。体躯はがっしりしてるのに引き締まってる所が男らしいというか、聞いた話ではサーファーらしい。今度の休みには練習に海に出るって言ってた。

 それから、青山さんはめっちゃ大人っていうか25歳っていうからあたし的にはおじさんかな。サヨも笑って同じことを言ってたし。青山さんもサーファーらしく、もっさんとはいっつもその話をしてる。あたしと話す時は妹扱いで、あたしもついつい兄みたいに思ってしまう。確かにいとこの兄ちゃんに歳が近いけど。

「美香、そこのぞうきん絞って、こっちにちょうだい」

 麻美ちゃんは結構、きびきびした人で言葉の語尾が少しだけのびる。でもその響きがなんか可愛くてあたしは真似したくなって、時々やってしまう。けど、自分で言うと気持ち悪いのですぐにやめた。

 麻美ちゃんにぞうきんを渡すとすぐに部屋の中に掃除機をかける。畳だけどここでは部屋が多すぎるから掃除機を使ってる。ここは八畳だからまだいいけど、広い部屋では五人でやってる。男組がたしかそこにいると思うんだけど。

 窓を拭きはじめた麻美ちゃんを見ながら、あたしは掃除機をかけた。掃除機は音が小さい最新型であたしの家にもひとつ欲しい。

「麻美ちゃん、サヨって彼氏いないのかな?」

 動きを止めずに麻美ちゃんはあたしを見た。

「本人に聞きなよ。あたしが知るわけなんだから。でも、たぶんいないと思うけど。いたらこんなとこ、バイト来ないでしょ? 美香は違うみたいだけど」

 それもそうかな。あたしは無言で納得した。けど、それならそれで問題がある。

 サヨのあの目はあたしの知ってる目で、麻美ちゃんだって多分解ってるはず。だって、秀司に対する態度だけ明らかに違うんだもん。あれってブリッコっていうんだっけ。

「それって、嫉妬っていうんだっけ? あんまり考え込まない方がいいわよ。マイナスに行くと後戻りできなくなるときがあるからね」

「大人ぁ」

 麻美ちゃんは窓を閉めるとふふんと鼻で笑って、まぁねと言った。ちょっとかっこいい。


 秀司と会えたのは風呂からあがってきた時だった。サヨと一緒で、秀司は外の自販機まで飲み物を買いにいってた。あたしより先にサヨが秀司の前に出た。青筋が一瞬あたしの額に浮かんだと思うけど、二人はそれに気付かない。

「秀ちゃん、ちょっと外でて夜風でもあたってみない?」

 秀司はここのみんなから秀ちゃんって呼ばれてるけど、サヨが言うとなんだか変に耳に残る。っていうか、それを誘うのはあたしなんだけど、どうしてサヨが誘うわけ。

「あ、もっかして前の話?」

 何?前の話って、あたしサヨとそんな親密な話したことないし。

「そう、そう。聞いてもらえるかな?」

 ってちょっと上目遣いだし。 

「いいっすよ。じゃ、美香。また後で」

 何よそれ、っていうかサヨと二人で何話すんだ。あたしは仲間はずれってそれってどうよ。秀司はなんであたしに何も教えてくれないわけ?むかつく。って本人には言えないんだけど。

 あたしは返事するかわりに踵を返して二人から離れた。秀司はあたしを引き止めなかったし、サヨも何も言わなかった。胸がもやもやして気持ち悪い。怒ってるって事に気付いたのかな、それとも何にも思わなかったのかな。これって、やっぱ嫉妬か。 

 あたしって格好悪い。


 風呂場の前のイスに座ってるとあたしの傍に仲良さげに話していたもっさんと愛美と麻美ちゃんが来た。あたしが三人を見上げるだけでみんななんとなく察したらしい。麻美ちゃんはあたしの肩を抱きながら隣に座って、もっさんと愛美は前に立ったまま舌打ちした。

「やられちゃったの? 美香ちゃん」

 もっさんは呆れ口調で言う。

「そうなんですよ、っていうかめっちゃむかつく。あたし眼中なしってどうなんですか? そんなことないです?」

 って同意を求めてみたけど、三者三様あいまいな返事しか返してもらえなかった。

「でも、サヨって悪い子じゃないからさ、そんなに気にすることないと思うけど。特別色っぽい話じゃないでしょうし」

「気になるし」

 あたしがぶつぶつ言い出すと愛美はつきあってられないと、手を挙げた。

「嫉妬はいいけどさ、息抜きしてみなきゃ。そうそうもうすぐ休みもらえるじゃない。一緒に出かけようか?みんなで海でも」

 いいねぇっともっさんが言うと麻美ちゃんも同意した。今は気分じゃないけど、やっぱ息抜きすべきかな。あたしは大きくため息を吐くと麻美ちゃんにしがみつきながら「あたしも行きます」と言った。

 大人三人組はよろしい、とあたしの頭をぐちゃぐちゃに撫でた。


 女部屋のサヨ以外がテレビに集中してる時にサヨは戻ってきた。しかも普通にあたしに話しかけるし。いや、別にいいんだけどちょっとは気を使ってほしかった。

「えぇ、何のテレビ? あ、これって特別ドラマ?」

 画面に近付きながら話しかけてくるけど、あたしはぎこちなく笑うしかできなくて視線を麻美ちゃんに向けてヘルプを出した。

「そうそう、前にやってたドラマの特別編みたいなの。こっちきて見る?」

 はーいと甲高い声をだしながらあたしの前に出ていく。

 あたしはむかむかした気持ちを抑えるために部屋を出た。するとすぐ近くにある階段に秀司が座っていた。タオルを頭に巻いて、あたしの方をじっと見る。

 むっとしながら「なによ」っと言うと、秀司は「べつに」と言った。

「美香、怒ってるだろ」

 あったりまえだっての。

「そうかな? 普通だけど」

「また、嘘つくの?」

 その顔むかつく、あたしの事探ろうとしてる顔、見透かされそうでいやなんだよね。

「こっち見ないでよ。あたし怒ってないし・・・秀司の行動とか、なんでもかんでもあたしが決めることじゃないし・・・」

「なんのこと?」

 とぼけてるのか、本気でわかってないのか。どっちでもいいや、あたしが怒ってることに気付いてるだけましだよ。でも、あたしの気持ちも考えないようなやつ知らない。

「干渉しないってこと。あたしのこと、気にしないで好きにしたらいいじゃない」

 わざと嫌な言い方をして、秀司の前を通り過ぎようとしたけど足が止まった。秀司は何も言わない。それがあたしを悲しくさせる。

 睨むように秀司をみる。表情は硬いままあたしには何も読み取れない。しばらくにらめっこをしていたけど、あたしが根をあげた。視線をそらすとすぐに歩きはじめようとした。

「いっつもそういうけど、美香ってオレにどうしてほしいわけ?」

 勢いに任せて秀司を見た。怒ってる顔だ。

「なんでそうやって、突き放す言い方ばっかするんだよ。確かに美香に何でも決められたくないけど、美香がオレに対して不満があるなら言えよ。いちいち、オレから離れるような事ばっかり言うんじゃなくて!」

 あたしは握りこぶしを作って怒りを収めようとした。

「秀司があたしを不安にさせるからじゃない! 分からないの? なんで分かんないの? あたしの事全然考えてくれないからじゃないの? ・・・もういい。とりあえずもう寝る」

 あたしがそう言うと、秀司は立ち上がって何も言わずに階段を上がっていった。

 これって、ケンカかな。あぁ、やだな。ずっとこんなことなかったのに、あたしたち病気のことがあってよけいに絆が深くなったと思ったけど、もろかったのかな。

 好きだからケンカになる。そう言う人もいるけど、あたしにはよく分からない。嫌な面をみつけてもそれを受け止められる。そう思ってたけど、もしかすると本当に秀司の欠点はここにあったのかもしれない。

 あたしに何も話さない。

 これほどあたしを不安にさせるものはない。

 


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