第二十二話 初日
暑すぎる、夏はすぐにきた。
「ひろーい! でかーい! 本当にここが民宿?」
あたしは興奮し過ぎて、秀司にしがみついていた。車から出てきたおばさんがあたしの側まで来ると、荷物を渡し、一緒に民宿を見上げた。
「ここよ、ここ」
正面にはあたしと秀司がバイトするおばさまの友人の民宿がある。予想以上にでかい宿で、あたし達の他にも何人かバイトの人が来ているようだった。木造で作られ、海に近い場所にあり、玄関口は広々としていてすぐ近くの部屋にはバルコニーがついている。二階建で奥行きが広く土地全体から見て大きく見えた。
ドキドキしながら、玄関口に立っているとおばさんが早足に中に入り、あたしと秀司が後を追った。
「待ってたわよ。どうぞ、あがって」
中に入ると和の雰囲気が一気に広がり、畳の匂いがした。あたしのおじいちゃんの家に似ている匂いだ。
おばさんと、おばさんの友人は客間の方に向かい、あたしと秀司は長女の香織さんに部屋の方まで案内された。あたしは女子部屋で、秀司は女子部屋から離れた二階にある男部屋。当然といえばそうだけど、少し離れ過ぎた場所にあるのが寂しい。
香織さんが中に入り、あたしが後に続いた。すでに2つの荷物があって、一人だけ中にいた。どうやら寝て過ごすだけの場所という感じで特に何も置かれていない。
「サヨちゃん、この子新しいバイトの子で秋山美香ちゃん。サヨちゃんと同じ高校生なのよ。いろいろ教えてあげてね」
香織さんはサヨという女の子に言うとすぐに部屋を出て行った。あたしもサヨも顔を見合わせると、気まずそうに笑って、サヨがこっちに荷物置きなよ、という指示に従って荷物を置いた。
「美香ちゃんだよね? あたし18なんだけど、タメ?」
年上だ。あたしは慌てて首を振って否定した。
サヨは美人系だ。雰囲気からいってもギャルって感じがするけど、学校にいるギャルとは違って、大人っぽくて、化粧も控えめで、肌が白いのが顔を引き立てる。近付くとよけいに美人顔が目立って見える。目をそらしたくなるぐらい目に力がある。
「あたしは17です。あと、美香って呼び捨てでいいですよ」
「まって、ここ学校じゃないんだからさ、あたしに敬語使わなくていいよ。それと、あたしの事もサヨでいいからね」
やっぱり性格もさっぱりしてていい人だ。
「あの、荷物の人は?」
あたしはサヨの隣に置かれているキレイな荷物の山を指差した。
「あれは大学生の人で麻美ちゃんだよ。めっちゃ優しくて、話やすいけど、きつい事もよく言う人よ。美香はすぐ気にいられると思うけど」
そうかな、と照れてみるとサヨは笑っていた。
トントンと軽いノックが聞こえた。どうぞというサヨの声の後に秀司が顔を出した。どうやら客間の方に行かないとならないみたいだ。確か、おばさんとその友人の人が話をしているはず。
あたしが立ち上がる前にサヨが耳打ちしてきた。
「あの子、あんたの彼氏?」
あたしが頷くとサヨは微妙な表情を作った。でもそれを聞かずにあたしは部屋を出た。
「何話したの?」
「え、いや、別になにも」
耳打ちの事は隠す事じゃないけど、話しするのもなんかなぁっていう感じであたしは何も言わなかった。それにサヨの顔も気になったし。秀司と並んで歩き客間につくと、おばさんとその友人はあたし達を凝視した。
「座りなさい」
従って座ると、おばさんはお茶をだしてくれた。
「ここでの規則は、あいさつをきちんとする事、返事をする時は大きな声で、仕事はテキパキと素早く。他の細いことは紙を渡すわね。それで仕事なんだけど、主に雑用だからね」
あたしと秀司は小さく返事をして、すぐに大きな声を出していい直した。
話はそれほど長くはなくて、民宿の話とお客に対する態度についての説明だけでおわった。民宿を経営するヒロさんはふわふわした感じの人で、声も高く、体つきもそれなりだ。
秀司の母親が帰るのであたし達は玄関に出ておばさんを見送った。しばらく秀司と二人だけで言葉を交わしていたのだけど、あたしには聞こえなかった。たぶん、病気の話だろう。
見送った後にあたしと秀司は手をつないで中に入った。今日は初日なので仕事の話を聞くぐらいで特にすることはない。香織さんを発見するとすぐに昼食部屋に連れていかれて、あたし達は話を聞く事になった。今はお客が少ないが、しだいに多くなるから仕事は早めに覚えてほしいとも言われた。
「とりあえず、しばらくはあたしと一緒にいてもらうから。秀司君は同じ部屋の青山さんに教えてもらってね」
気の抜けた返事をすると、話は終わった。
いろいろ言われたけど、耳にすり抜けていってあまり記憶にない。秀司はどうなんだろう、と上目づかいに見てみたが、気持ちは通じなかった。
部屋に戻る頃には日が暮れて、部屋に戻るとサヨの他に髪の長いスレンダーな女の人がいた。すぐに麻美ちゃんという人だと分かったんだけど、あたしの事睨んでる?ビクビクしながら荷物の側に座ると、麻美ちゃんはそっぽを向いた。
「この子だれ?」
「新しいバイトの美香ちゃん。あたしの一個下なのよ」
ふーんというと、麻美ちゃんはあたしを見た。やっぱ睨んでる。
「かわいいじゃん。やっぱ高校生はいいねぇ」
それだけいうと、部屋を出て行ってしまった。あたしなんかしたのかな?と思っていると、サヨがあたしに寄ってきて声を潜めて「あれ自顔なのよ。睨んでるわけじゃないのよ」と言った。本当にそうなのか微妙だ。
そこでまたノックの音がして、秀司ともう一人別の男の人が現れた。
どうやら食事の準備を手伝いに来いと呼びにきたみたいで、男の人の方はあたしに頭を下げてあいさつをした。森田さんっていう人で、麻美ちゃんと同じ大学生の人。秀司とはすぐに仲良くなり、あたしをほったらかして男同士で話してる。
あたしもサヨと話をしていたけど、サヨの目線が気になって話は耳を通り抜けていた。
サヨの目は時々秀司を見つめる。そこにどんな意味があるのか今はわからないけど、気になってしまう。
嫌な予感がした。
美香は病気のことに触れていませんが、今は秀司との思い出を作りたいという気持ちで、そこはあまり書きませんでした。そこをわかってもらえると嬉しいです。