第二十一話 贈物
遥の落ち込みっぷりは、三日ももたなかった。立ち直りが早いというのか、気が多いというのか。遥は高司とも簡単に話をするようにもなっていたし、気になってる人もいると言っていた。あたしには考えられないし、あっちゃんも遥が強がりで言っていると思ったらしく、特に突っ込むことはなかった。
試験が終わり、夏はすでに絶頂を迎えていた。
「ねぇ、美香! たまにはあたしらとどっか遊びに行かない? ボーリングとか?」
夏休みの話になるとすぐに遥はそうもちかける。あっちゃんも随分のり気で珍しくあたしを無理にでも誘おうとしている。
夏休みの半ばである八月のほとんどは秀司と民宿でバイトをする。七月なら遊べるんだけど、あたしはあまり秀司と離れたくなかった。それは、時間が少ない、というところから来るものなんだけど、たまには遥やあっちゃんとも遊びたいという気持ちもあった。こんな事を秀司に言ったら迷わず、遊びに行けば?とでも言われるだろう。
その時の秀司の顔を思い浮かべながら、あたしは遥達と一日だけ遊ぶ予定をたてた。
授業が終わるとすぐ、美沙があたしを呼んだ。呼ばれた瞬間、嫌な予感がした。何を話なのか予想が出来る。たぶん、秀司のことだろう。
美沙の後に続いて廊下まで来ると、開けっ放しの窓の外を見て、しばらくため息を吐きつづけた。それから身を翻してあたしを見た。その目には、怒りがあった。
「秀司があんたの事ずっと覚えてたって・・・聞いたんだっけ?」
「うん」
そうか。とだけ言うと美沙はあたしの目の前に立った。それから、手を振り上げて一気にあたしの頬めがけてそれをぶつけた。乾いた音が響き、あたしは驚きのあまり足を踏んばったまま美沙を見た。
ゆっくり頬に手をあてて、叩かれた所を触る。
「・・・なんで?」
かろうじて言うと美沙の目にはうっすらと涙の膜が張られた。
「あたしはずっとあいつの近くにいたのに、見てもらえなかった。なのに、あんたはずっと好かれてて・・・。くやしかったのよ、なんであたしは見てもらえないのか。あたしの方があんたよりずっと秀司のこと幸せにできるのに」
呆然と美沙を見る事しか出来なかった。涙は流さなかったけど、鼻が赤くなっていくし、目の周りも赤い。
でも美沙の言葉に頷けない。あたしだって、美沙が悔しかった事はあったんだ。秀司が好きな気持ちは誰にも負けないと思ってる。ただ、あたしだけが秀司に気持ちを抱くのを独占する事は出来ないし、結局誰を選ぶかは秀司が決める事で、秀司はあたしを選んでくれた。想うのは勝手なんだ。あたしが決める事じゃない。
あたしは泣くのを堪える美沙に近寄って、手を振り上げてすぐに頬にそれを当てた。また、乾いた音がした。
「いったー!」
美沙が大声を出すのも構わず、あたしは鼻で笑った。美沙がおかしいんじゃなくて、あたしのしたことに笑えた。こんなこと、できるんだって。
「話、それだけならあたし帰るわね。秀司が待ってるだろうし、ゆっくりしてられないの」
あたしはわざと秀司の名前を出した。予想通り美沙は少し焦っていた。でもすぐにあたしを睨み付けて、何かを言おうとした。
「あたしは、勝手にするから! 諦めたりなんかしない」
それを聞くと、すぐに美沙を見て勝ち気に笑ってやった。怒った美沙の顔がやたらに面白くて声を出して笑ってしまった。
あたしって結構、いじわるな奴だったんだ。
テスト返しはとんとん拍子に終わって、夏休みがやってきた。
毎日のように秀司とは会っていて、秀司の病院へ行く日以外はあたし達はいつでも一緒にいた。会えない日は長電話をしたし、メールも頻繁に行っている。病院にあたしを連れていってはくれなかった。
検査が進むに連れて、時間がかかる事も多くなり、きつい事をされるようになったと秀司は言った。それを見られたくないのと、あたしにあまり病気の事を考えてほしくないからだと言っていた。
納得できなかったけど、あたしは従うしかない。
「民宿でバイトしてる間は病院いかなくて大丈夫なの?」
公園のブランコに乗りながら、秀司を見上げた。もう何時間もいるのに、あたし達は帰ろうと切り出せずにいた。というのも、いつもの話なんだけど。
「うん、一応おばさんの方にオレの事は話してもらってるから大丈夫だよ」
そうはいっても、いつ何が起きるかわかんないし。あたしが不安になっているのを気づいたのか、あたしの肩に手をやって、何度か叩いた。
「心配する事ないって。それよりもっと楽しいこと考えたら? オレの事はしばらく、考えないようにしよう」
いや、無理だから。どうやっても、あたしから病気の事を離すなんて無理。
「そうだ、オレ渡そうとしてた物があったんだよ」
そういってズボンのなかに慌てて手を突っ込むと、中から小さな紙袋を出した。小さなリボンがついていて、すぐにそれが何を意味するモノかわかった。
「去年、渡しそびれてたから・・・」
照れて言われると、こっちまで照れる。秀司の手に乗った紙袋をつかむと、袋を開けて中を見た。指を突っ込んで入っている物を取り出した。
小さなラインストーンが散りばめられたチョウチョのネックレスだった。
「かっわいい」
あたしが満面の笑みを浮かべて秀司を見ると、なんだか嬉しそうに笑う秀司がいた。いそいで首につけて、秀司に見せびらかすとよけいに笑顔が広がった。
秀司はあたしのつけたチョウチョに触れながら、笑った。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
それだけいうとあたし達は目を瞑って、キスをした。
あたしと秀司は一緒に来年を迎えられるんだろうか。そんなことを考えながら、あたしは秀司の手に手を重ねた。また、あたしの誕生日を祝えるといいなぁ。いつまでも、こうしていられればいいなぁ。