第二十話 夏近
人に話すべき事ではないと分かっていたが、あきらかにあたし達の態度は変わっていた。それも微妙に。誰かに悟られるような変化ではなかった。感のいい奴以外は。
秀司の周りはどうなのか知らないがあたしは高司にいろいろと詰め寄られた。これも長年一緒にいたせいなのかもしれない。あたしと高司は兄弟みたいなもんだし。
「ふーん。やっぱり、そうなのか」
前もそんな事言ってた様な気がする。あれはあたしと秀司がつき合う事になったのを言った時だ。
「気づいてたの? まさかね、あたしだって分からなかったのに」
「気づいてた。確かに性格は変わったけど、根本的な所は変わらなかったしな」
首を傾げてみたけど、高司は笑っていた。「これはたぶん、オレにしかわかんねぇよ」って言いながら。
秀司については病気の事以外は話しといた。どうせ高司には何もいわなくても分かってしまう気がしたし、誰かに話すと安心するからだ。あたしだけが持つ秘密やら、言ってはいけない事は荷が重い。一人でも話すとスッキリするもんだ。
「それにしても、やるなぁ」感心しきった様に言った。「今も性格変えたままだろ? 美香にバレたんだし、元に戻ってもいいんじゃない?」
あたしは秀司を少し見ると、高司に勝ち誇った様な笑みをつくって見せた。
「それがね、しっくりくるらしいのよ、今の性格。それにあたしも、前みたいにされたらされたで、またパニくるし」
「あ、そう」
そうよ。あたしが言うと、あきれた様に笑った。高司はしばらく窓の外を眺めていた。見ている方向はグラウンド。校舎からは少し離れた所にあるが、あたしの教室からだと一面見渡せる。体育の授業のある生徒がちらほらと集まってくる。ジャージの色が緑だから三年かな。
「遥から聞いた?」
高司が急に話しかけたので、あたしは驚いて声に出さずに首を横に振った。高司はまだグラウンドの方をみている。そのまま、言葉を続け様とした。
「告白された」
あたしは鍔を飲んだ。遥の気持ちを知ってただけに、ドキッとしてしまった。
「それで、返事したの?」
高司はそこであたしを見た。両手を肩の近くに上げて、手のひらをあたしの方に向けた。
「断わった。オレにもいろいろあるんでね」
「そう、なの」
力なく答えると、高司は残念だったな、と言った。見透かされていた。あたしはずっと二人はつき合えると思っていたからだ。あたしが幸せな気分だったから、誰かも幸せな気分でいて欲しかっただけ、とも言えるけど。
高司の言ったいろいろについて、何か聞き出そうとしたけど、言葉は喉の真下に引っ掛かったままだ。
遥は誰から見ても元気がなく見えた。あっちゃんも、ヤッスもなにやら声を掛けてみるけどたいした答えも返さず、机に突っ伏したまま窓の外をみていた。あたしに対しても同じだ。ただ、一瞬目を合わせて泣きそうな顔をつくった事があるのだけど、突っ込めなかった。
あっちゃんに事情を話すと納得したが、いらだってもいた。あたしも実は午後になると腹立たしくなっていた。失恋したからってここまでテンション下げるなよって、言ってやりたくなった。でもあたしも、秀司と別れた時はこうだった・・・かもしれない。そう考えると、すぐに腹立ちは冷めて、秀司の病気のことが浮かんできて同じ様に落ち込んでしまいたくなった。
ただ、あたしにはまだ現実的なものにはなっていなかった。秀司の病気が本物か、うまく理解できていないのだ。何しろ、本人はいたって健康に見えるんだもの。
帰り道、あたしは自転車を押しながら、秀司も自転車を押しながら、少し遠回りして話をした。話題は高司と遥の話になり、秀司は微妙な笑顔を向けて話を聞いていた。その顔は、秘密を持っているようにも見える。その話が終わると、すぐに夏休みの話になった。
「どっか行く?」
「あたりまえじゃん。あたしね、海行きたい」
海かぁ。と口の中で秀司はつぶやいた。
「あ、そうだそうだ。母さんの知り合いに海の近くの民宿で働いてる人いるから、話してみようか?」
え、それは、お泊まり?って事。あたしは顔を上げにくくなった。それに気づいたのか秀司は慌てて、言葉を足した。
「えぇっと、あの、バイトだよ、バイト! 八月いっぱい使って、民宿のバイトしないかってこと。去年母さんに言われたんだよ、そこでバイトすれば結構儲かるって」
なるほどね。それに、海で遊べそうだし、八月中は秀司とずっといられるし、お金は入るし。何より、いい思い出になるよね。
「やるやる!」
そう言うと、安心した様にあたしに笑顔を向けた。
家に帰り着いてしばらく、電話がかかってきた。それは秀司の母親からだった。
『いきなり、だったかしら?』
「いえ、全然いいいいですよ。何かありました?」
数秒の沈黙の間に、雑音が何度も聞こえた。
『秀司と話したのよ。美香ちゃんに、変な事言うなって怒られちゃって。ごめんなさいね。私ね、二人の恋がそんなに深いものだと思っていなかったのよ。もちろん、遊びだと思ってたわけじゃないのよ。でも、人の死ってすごく苦しいものなの。それを覚悟してつき合える程の気持ちを持ってると思ってなかった。今はわかってるの。あなた達はちゃんと分かり合って、好き合ってる。しっかりとした気持ちを持っているってこと。だから、何も言わないわ。母親として、見守っていく。病気のことも、あなた達のことも』
うっすらと涙が浮かんできた。込み上げてくる熱いものはあたしには抑えられない。母親だ。この人は母親なんだって、思わず感動してしまう。こんなに思われる秀司は幸せもんだぁ。
「ありがとう、おばさん。あたし、秀司を支えられるようにしっかりするわ。覚悟はするけど、諦めない。だからおばさんも諦めないで」
最後の方は涙混じりでうまく言葉を伝えられなかったかも。それでもおばさんが力強く『そうね』と言うと、安心して受話器にしがみつきながら泣きじゃくってしまった。
電話を切った後も、おばさんの言葉が心に染み込んでいく。
これからが、あたし達が闘っていく所。あたしも秀司も、病気という奴に立ち向かわなければならない。知らず知らずのうちにあたしは手を握ってガッツポーズをつくった。そのまま上下に振ると、声を出して気合いをいれた。