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第二話 変化

「?」

 彼の頭の上にそんなマークがついていないのがおかしいぐらい、彼はあたしのコトを不思議そうに見つめた。

 あたしは彼の両親に挟まれたまま、彼の眠るベットに手をついた姿勢で彼の顔を目を見開いてみていた。あたしの隣にいる彼の両親も驚いてる。

 彼の母親が、手を握りながら彼に話しかける。

「秀司? 何言ってるのよ、美香ちゃんよ」

 彼は母親を見てからじっとまたあたしを見た。ばたばたと、廊下の方から足音が聞こえた。

「母さん、オレ知らないんだけど? 誰のこと? 美香ちゃんって?」

 これには父親の方も身を乗り出して彼の顔を見た。

「本当に、美香ちゃんを分からないのか?」

 彼は頷いた。あたしは涙を堪えるのに必死だった。鼻の奥がつんと痛くなって、目頭が熱くなる。それでも、彼はあたしを不思議そうに見ていた。母親のコトも、父親のコトも覚えているのにどうして?あたしを忘れているの。

 大きな音がして、医者が病室にはいって来た。すぐに彼を見ると、両親に礼をしてから話しかけた。

「気分はどうかな? どこか痛いところは?」

「頭が痛いけど、怪我してるからだと思う。でも、なんかおでこの辺がおかしい」

 医者は彼に起きれるかと聞くと、すぐに起こして包帯を取った。あたしは顔を背けてそこを見ない様にしていたが、傷は深くはないらしい。

「ここかな? ここは痛い?」

「うん」

 医者はしばらくそこを調べるように眺め回すと、すぐに新しい包帯に取り替えるように看護婦に指示した。それから、あたし達の方を見た。

「息子さんに変わった様子は?」

「あの、記憶喪失しているようなんですが」

 と母親が言った。

「え? でも先ほど話しておられたじゃないですか」

「ちがうんです。私達のコトは覚えているのですが、この子のことだけすっかり、忘れてしまってるんです」

 彼の母親はあたしの肩をぎゅっと掴んだ。その力からあったかいものが広がって、あたしはついに涙を流してしまった。医者はもちろん、こちらをみていた彼も明らかに驚いていた。

「それは、一時的なものかもしれませんね。珍しくないんです、頭を強く打った衝激に寄るものでしょう。すぐに思い出してくれますよ」

 医者の言葉にあたしは力なく頷いた。

「その他には?」

 今度は父親の方が答えた。「何もありませんよ」

 すると医者は唸るような声を上げた。

「今はまだ分かりませんが、彼は前頭葉の方を強く刺激した様で、もしかすると変化がこれから現れてくるかもしれません」

「変化とは?」

 医者は彼に聞こえないように注意しながら言った。

「人格が変わるかもしれないというコトです」


 両親と医者が出て言って、詳しい話合いが行われるあいだ、あたしは彼と二人っきりになってしまった。

 やっぱり不思議そうに見てくる彼は、あたしの心を苦しめる。そんな目で見られるのは初めてだし、こんな風になってしまったのも初めてだ。あたしはだんだんと流れてくる涙を懸命にハンカチで拭っていた。

「なぁ」彼は体を横にしながら言った。「あんた、オレのなんだったの?」

 彼の言葉に違和感を感じた。どこかなにかがいつもと違って聞こえる。でも、なくコトに必死で、あまりよく聞こえてなかっただけかもしれない。

「恋人でした」

「え! うっそ! お前が?」

 あたしはまたも予想外の反応に驚いた。明らかに、おかしい。言葉遣いがそうなのかもしれないが、反応もおかしい。こんな風にオーバーなリアクションを見せたコトがあったろうか?

「なぁ、マジ話?」

 嫌そうに言うのであたしはよけいに泣いてしまった。

「そ、そうよ。何か悪いの?」

「い、やぁ、オレって変わった趣味だったんだと思って」

 だった?なんで過去系なんだ。急にあたしは気がついた。医者の言っていた言葉を思い出して、彼の今までの会話にあてはめた。彼はオレっていう人だったか?あんなに驚く人だったか?あたしを馬鹿にしたような目で見るか?全部が今までとは違う。

「秀司よね?」

 もしかして違う人になっているんじゃないのではと、恐る恐るきいた。

「そうだけど」

「そうよね」

「でも、あんたのコトはしらないよ」

 そんなコト言わなくてもわかってるし。あたしはまた流れて来た涙を拭った。きっと始まってしまったんだ。彼は前の彼ではなくなった。人格が変わってしまったんだ。

「あたしのこと、なんとも思わない?」

 あたしは少しでもいい方に答えを考えたけど、外れた。

「思わないよ」

 笑って、いつもと同じ顔で笑って言った。あたしはもうそこにいることができなくなった。

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