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第十八話 約束

 あたしは何も聞けなかった。聞たいことはあったけど、それを吹き飛ばす様におばさんの目からは大粒で、滝の様な涙が流れ出ていた。あたしを見ていた瞳は震えて、握った手も小刻みに震えていた。同じ様に、あたしだって震えていた。

 恐怖も、悲しみもなにもかもが頭から足のつま先にまで伝わってくる。視界すらぼやけて見えたときには、あたしが泣いているなんて考えもしなかった。おばさんと重なる秀司の顔を思い浮かべながら、ただ事実を受け入れるだけの自信がなかった。

 あたしが泣いてるのに気づくと、おばさんはあたしを抱きしめた。子供をあやす様にあたしの背中をポンポンと叩くおばさんにすがりつきながら、声をあげて泣いた。なにがなんだか、よくわからなかった。

「ごめんなさいね、本当に」おばさんから離れると、あたしは涙を拭った。「それで、約束してほしい事があるのよ」

 おばさんの目からはまだ涙が流れていた。ぼんやりそれを見る事ができず、まっすぐに見るとおばさんは一息吐いた。

「秀司とは離れてちょうだい。これは、あなたが幸せになる為に・・・必要なことよ」

 驚いて声も出なかった。おばさんの顔には真剣さがあり、あたしを本気で心配してる事が分かる。

「嫌です。おばさんは、秀司が死ぬと、思ってるの? どうして?」

「お医者様が言ったからよ。それに、秀司は自分でも確信してるわ。・・・本当は信じたくないわ。望みを持ちたい。いえ、本当は持ってるわよ」

 言葉を置くとおばさんは、あたしの髪に触れた。

「秀司は、あと1年あるか、ないかぐらい。今は平気そうに見えても、すぐに症状は現れる。苦しむ秀司を見たくないでしょ? 秀司が死んでいく姿を見たくないでしょ? 私達だって、見たくないものなのに、美香ちゃんが耐えられるとは思えないの。自分でもそう思うでしょう?」

 そうだ、その通り。あたしは強くない。弱い。彼がいない生活なんて考えられない、彼がすごく必要だ。だけど、おばさんの言うことも分かる。あたしが耐えられない、だけじゃない。秀司があたしを心配する事だってある。あたしが側にいて苦痛になるときもある。

 おばさんはそれが言いたいはずだ。

 あたしの目からまた、涙があふれた。

「あたし、約束したくない。だけど・・・おばさんの気持ちは分かる、気がするの」

 おばさんはあたしの頭をなでた。

「あたしは、秀司に何もしてあげられない・・・ですか?」

 おばさんはあたしに微笑みを作った。頬の涙を拭いながら、ゆっくりと言葉を口にする。

「たくさんあるわ。だけど、あなたが幸せであればそれでいいはずよ」

 あたしは決めた。幸せは、あたしが決めるけど、あたしは彼を苦しめる気はない。だから、あたしは・・・。


 家の中にいるあたしを見つけると、秀司は困惑していた。客間の中にはいり、あたしの正面にすわって見つめ合った。おばさんは席をはずしてくれている。

「どうした?」

 秀司があたしの目を覗き込む様に見て言った。

「・・・あたし、お別れを・・・言う為に待ってたの」

 秀司はあからさまに驚いた顔をした。

「あたし、好きな人できたのよ」もちろん嘘だ。あたしはこんなモノしか思い浮かばない。「だから、もう会わないわ。あなたのこと、好きだったけど、もう今は全然好きじゃない」

 あたしは秀司を見る事がついにできなかった。彼はその隙を見逃さなかった。あたしの頬をつかむと自分のカ顔と向かい合わせた。

「嘘つくな。なに? なんか・・・聞いた?」

 あたしは本当に彼をみてることができなかった。逃げ場がなくて、目を瞑って彼の手を払いのけた。

「あたしに隠してた事・・・聞いた」

 秀司は頭に手をあてて、あちゃーと声をだした。あたしは申し訳ない事をしたような気がして、どうしても顔をあげられなかった。

「馬鹿、気にすんなよ。オレは美香がいれば、どうだっていいから」

 軽く口にするけど、そんなに軽いもんじゃない。それどころか、重くのしかかってるはずなのだ。

「どうでも、よくないでしょ? あたし・・・だって、いたいけど・・・あなたをいつか傷つける。そんな姿見たくないし、あなたが苦しむ姿だって見たくないもの」

 がたっと音がした。と呑気に考える間もなく、あたしは彼に抱きしめられていた。強くて、苦しいぐらいのハグ。でも、あたしはすぐに彼を突き放した。

 瞳が恐ろしかった。怒ってるように見えるけど、せつなくもあった。

「どうしてそうなる? オレたちは・・・気持ちが通じて・・・」

 言葉にはならない、そう言われてるみたいだった。あたしだって、同じだ。彼を支えてやりたいと思うのに、あたしには自信が持てない。

 知らない間にあたしは客間をでて、家を出ていた。

 もう、何もみえない所まで来ていた。確かに掴んだ実体は、いつの間にか空気に溶けていき、あたしが本当に掴んだのは何もなかった。

 

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