第十七話 病気
嫉妬、嫉妬、嫉妬。
そんなにいらつく必要があたしにあったのか、よく分からない。秀司といると安心するけど、離れるとすぐ不安になる。どうかしてる。あたし、こんなに弱い人間じゃない。こんなに人に依存するような子じゃない。だけど、秀司が好きすぎて不安ばっかりがあたしの心を責める。
このままで、いいのか。ってたまに、考える事が増えた。
「つき合ってたら、そんなもんじゃない?」
相談相手を間違った。あたしを悩ます奴に相談して、解決すると思ったのかな。秀司は当たり前のように、あたしの手を握った。いつでも話をする時は必ず手を繋ぐ。
「ねぇ、なくしたモノ見つかった?」
つき合う前に秀司が口にしてた事。気掛かりだった、隠してる事っていうのもそこにある気がして。
「見つかった。簡単だった、すぐそこにあったって感じ?」
「どういうこと?」
秀司は少し唸ってから、指を出した。
「空を見ると、懐かしくなるって分かる?」
「うん、あたしもなる」
「オレは、美香を見ると胸をかきむしりたくなる。ずっとそれを感じてて、前はイライラしてた。けど、今はただ懐しくなる。オレのあったはずの記憶がそうさせてるんだと思う。その懐かしくなるものって、何かな? って考えたときに、美香といれば見つけられる気がした。本当に簡単だったよ」
秀司の目に映るあたしの顔は真っ赤だった。言葉は寒い、としか思えないんだけど何故か嬉しくなる。やっぱりあたしどうかしてる。
「好きって気持ちなんだよね。記憶がなくても、それはずっと変わらなかった。ただ」
秀司はあたしのもう片方の手を握った。
「ただ?」
あたしは待ちきれず聞いてしまった。ふっと、力の抜ける様な笑みを秀司は浮かべ、言った。
「ただ、気づくのは遅かったけどな」
あたしの顔に影ができる。秀司のシルエットがあたしの体を覆った。近付く彼の顔を見つめた。目は細く、眉はちょっと濃い。顔の形は卵っぽくて、髪はたててる。特別かっこいくはない。だけど、あたしは好き。
秀司は動きを止めて、あたしを妙な目つきで見た。
「目、閉じろよ」
あたしは、慌てて目を瞑った。そうすると、秀司の吐息が少しだけあたしの前髪を揺らし、すぐに唇に柔らかい感触がした。
目を開けると、秀司もあたしを見ていた。
「恥ずかしい・・・ね」
あたしが笑うと、秀司も笑って頷いた。
「もう一回」
その声の後にすぐ、秀司の顔は見えなくなった。
空は清々しく、夏の気配はすぐ側まで来ていた。あたしの恋は見えない実体を掴むのではなく、確実に本物を捕らえていた。もっと、近付きたい。秀司の事をもっと知りたい。今よりもっと好きになりたい。もう、あたしは秀司にメロメロだった。
だが、事件は起きた。
秀司は学校を休んだ。あたしは何度もメールをした、けど返事は返ってこなかった。心配になって、家まで行くとまってましたという様に秀司の母親が出てきた。
神妙な面持ちで、あたしを中にいれてくれた。客間に入るとお茶菓子を出され、おばさんが座るとあたしはお茶をいただいた。
「あの、秀司は?」
あたしが思いきって言うと、おばさんは息を吐いた。部屋中の匂いが全部、秀司のもので安心してしまう。
「秀司は、病院よ」
秀司は頭を打ってから、検査のために月に何度か病院に足を運んでいた。でも、いつもは休みの日だとか、学校がおわってからなんだけど。
おばさんはお茶を机の上に置いて、あたしの隣まで移動した。そして秀司みたいに両手を握ると、あたしを見た。
「先に謝らせて。ごめんなさいね、本当に」
おばさんの顔は今にも泣きそうだった。あたしは困惑していたが、首を横に振る事は出来た。
「なんの事? あたしおばさんに謝ってもらう事ないわ」
「いいえ、あるの。あたし達、隠してた事があるの」
隠してた事、最近ずっとあたしを悩ましてきた言葉だ。
「秀司が、事故にあった日の事覚えてるかしら?」
あたしは頷いた。あのときは本当に人生が真っ暗闇に見えた。
「あの日、あたし達あなたに嘘をついていたの。お医者さんにもお願いして・・・あなたと秀司が離れるように。秀司は頭を強く打っていたけど、美香ちゃんより早くに目が覚めていたの。あなたは二、三日間眠ってると思ったでしょうけど、本当はあなたより早く起きてた。秀司は、病気なの。あの事故で検査を受けてはじめて分かったわ」
病気、にはいろいろあるけど。
「ガンよ。あの子はもうすぐ死んでしまうわ」
おばさんの目からは大きな涙が浮かんでいた。その瞳の奥にあるあたしの顔も泣いていた。
ガンって、なんで、なんでガンなの?