第十五話 隠事
佳枝は複雑そうだった。
「そうなの、ふーん。結局、つき合っちゃうんだ」
あたしは苦く笑って、佳枝をなだめた。実はあたしは気がついていた。合コンの日から、佳枝は秀司をある種の瞳で見ていた。あたしが秀司を見ていたのと同じ瞳、つまり恋に近いものを抱いていた。あたしの瞳だけが分かる特別な瞳。
「よかってね。って思ってるわよ」
佳枝は笑ってくれた。あたしも笑った。というのも、ここんところずっとあたしは笑ってばかりだし、頬の筋肉が笑ったまま固まってる気さえする。
同じクラスの遥とあっちゃんにもちゃんと知らせた。もちろん、いろいろ心配してくれてた高司にも報告した。みんな同じ反応をかえして、にっこり笑ってくれてるんだけど、今の秀司は性格があれなんで、やっぱりあたしには釣り合わないと思ってるみたい。あたしも不安は残るけど、土日ずっと一緒にいて離れたくない気持ちが強くなった。
学校に来てからも、ずっと秀司と目を合わせてばかりだった。
「なるほどね」
高司が妙に納得した顔をした。
「なによ?」
「いや、やっぱりあいつ美香が好きだったんだなぁっと、思っただけ」
そんな話聞いてないんだけど。
「なんでわかるの?」
あたしにはそんな風には見えなかった。どうして高司が気づいてしまっているのか、ちょっとくやしい。高司は鼻で笑うと、さあねとだけ言った。そう言われると気になるけど、あたしはそれなりに幸せなんで、あえて聞かないでいた。
「ねぇ、あんた遥とはどうなの?」
あたしはついつい、自分がいい状況だった為にそう言ってしまった。でも、特になんの反応もせずに高司はチラっと遥を見た。
「別に、何も? ただの友達じゃん」
あ、そう。あたしは唇をとんがらせて、つまらなさそうな顔をつくった。
昼ご飯は秀司と一緒に食べることにした。学校で一緒にいられるのは昼時だけだ。
「なにそれ、卵くずれてるじゃん」
たまたま早起きして作った卵焼き、確かに母さんが作ったおかず達の中にあるとどうしても目立ってしまうが、そんなに形悪くないと思うけど・・・。
「あたしが作ったの。だし巻きだからちょっとくずれただけ」
ふーん、と言いながら秀司はあたしの卵を覗きみてきた。あたしがフォークを卵やきに突き刺し、口もとに移動するまでずっと見ているので、食べるに食べられず、卵が突き刺さったままフォークを置いた。
「こっち、見ないでよ。あんたも早く食べたら?」
「それちょうだい、お前作ったんだろ」
それって卵焼きよね。あたしは秀司を見てから、卵やきに目をやった。実はあんまり自信がない。たぶん、ちょっと辛いと思う。
「イヤ」
と言って、すぐにフォークを手にもち口にいれた。もう一つあるから、それをまたすぐに突き刺すと、口もとに持っていったが、フォークは道を外れた。
「あ! ばか!」
卵焼きは秀司の口の中に入ったいった。ゆっくり口を動かし味わって、呑み込む。
「まずい」
「なら食べないでよ」
ちょっとグサっときた。あたしが食べた時はおいしい、とまではいかなかったけどまずくはなかった。秀司の口には合わないってことかな。あたしがしぶしぶ別のおかずを食べはじめると、秀司は笑ってあたしを見ていた。
何が嬉しいんだか、ずっと笑いっぱなし。でもあたしも笑ってた。
あたし達は、どこにでもいるカップルと同じでべったりとはしなかったけど、一緒にいる時間が多く友達以上とう意識もあった。ただ、自分達しか見えなくて周りのことは見えていなかった。
それがあたし達に現実を思いしらせたり、いろんな山をつくったりした。
気づいたのは、しばらく経ってからの放課後。秀司と美沙との会話だった。教室に入れる雰囲気じゃなかったのであたしは戸の外でしばらく待っていた。
「なんで、あの子を選んだの?」
声は冷たかった。あたしの胸にも深くそれが刺さる。
「好きだからだよ」
秀司の声が聞こえた。思わず頬を押さえて、熱を冷まそうとしたが何も変わらない。ガタっという机が動く音が聞こえた。
「秀司、全然好きじゃないって言ってたじゃない? 嘘なんでしょ? だって、あたしと」
美沙の声は必死だった。気持ちが声に現れていて、あたしは胸元を掴んでいた。あたしは次の言葉を待った。気になる。何があったのか。
「悪いけど・・・今はもうそういうつもりはない」
「まって! それって秋山さんが、好きだからじゃないんでしょ。あたし知ってるんだから、秀司が隠してる事」
隠してる事? 何それ、あたしが知ってる事? いや、隠してるって事はあたしも知らないことよね。なんだろ、聞かして欲しい。でも、秀司は何も言わずに教室から出てきた。あたしは隠れようとしたけど、秀司に見つかって、いい訳さえ出来ない状態になった。
「よっ」
あたしは苦く笑いながら手を挙げた。ぎこちない笑顔だったけど、秀司の驚いた顔に自然と笑えてきた。だけど、秀司はいつまでも驚いたまま固まっていた。
だけど、すぐにあたしの手を取って教室から離れた。驚いた顔はしていなかったけど、険しい表情を浮かべていた。