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第十三話 映画

 連れてこられた場所は、公園だった。あたしはこの場所を良く知ってる。

 お金のない貧乏なあたしと秀司はつき合ってた頃、よくここにきてずっと喋ってた。休みの日でも、学校の帰りでもいつでもどんな時間でも、彼との思い出はここにあった。

「なんで、ここに?」

 チャリから降りたあたしは、急いで彼と語り合っていたベンチに座った。丁度木の影がベンチを包み、夏には涼しい場所だった。

「・・・記憶は、ないけど、写真があったから」

 写真、あたしがよく持ってきてた。毎日の様にここに来て、あたしはここにあるものをいっぱい撮っては彼に渡してた。なぜなら、あたしが撮るのは必ず彼がいる写真だからだ。焼き増ししてるので、彼が持ってるのをあたしも持っている。

 でも、写真をみただけでどうしてここに来る気になったんだろう。

「オレは・・・、オレだけど、あんたはすごく重要だ」

「なによそれ?」

 秀司はあたしの隣に腰掛けた。自転車は丁度目の前に置いてある。

「昨日は、どうかしてたけど、気持ちははっきりしてる」

 あたしは彼を見ないようにした。彼の横顔はあたしが一番好きな所だった。あたしの男性を決める時の一番重要なポイントが横顔だからなんだけど。ほんとに、横顔は正面からじゃわからないけど、めちゃめちゃキレイだ。

「あんたは、オレにとって重要な人。だから、あんただけをオレは忘れてしまった。それにオレは何かいろいろ亡くした気がする」

「いろいろって?」

「写真に写ったオレを見たときに、今のオレはオレじゃない気がした」

 それは、まぁ、事故のせいだし仕方ないんじゃないかしら。

「それで、あんたがいればそれを思い出せる気がした。重要なことも、全部」

 なるほど、だからあたしに対してあんなに必死だったのか。昨日の秀司は本当に驚く程おかしくなってたもの。今は意志もはっきりしてるし、ちゃんと考えてる。あたしもほっとして話を聞けるけど、複雑だ。

「それって、あたしの事好きになれたら亡くしたモノをとりもどせる。って言ってるの?」

 秀司は少し唸りながら頷いた。それって、変な話。あたしは好かれてもいないのに、彼が何かを取り戻す為だけに側にいろってことだろうか。

 重い溜め息がでた。

「さようなら」

 そう言って立ち上がった。が、彼は慌てた。

「何?急に」

「つき合ってられないっての。あんたがあたしを好きになるのは勝手よ。でも、あたしがあんたを好きになるかはあたしが決めるコトじゃん。だから、あたしを無理につき合わせないで」

 あたしはチャリの鍵がかかっているコトを確かめると、チャリを動かした。

「はぁ? オレはあんたと一緒にいることが重要だって言ってるんだけど」

「そんなわがままにつき合えるわけないでしょ!」

 彼はあたしの自転車の前に立ち、かごをつかんで道をふさいだ。目は真剣だったけど、あたしもまじめに話をしてる。

「お前、本当にオレのコト好きじゃなくなったのか?」

 頬に熱が蘇った。

「あたりまえ! 全然好きじゃない」

「もし、オレが好きだって言っても?」

「嘘って顔に書いてあるもん」

「マジだよ!」

 秀司の大声にあたしは身を震わせた。そして同時に心の波が大きく動いた。真剣な顔で、好きだった秀司の声で、好きだった秀司の顔で。あたしに言う言葉は本物だった。

「マジで、本気で、好きだよ」

 やっぱり必死だ。でも本物の言葉ではあると思う。だけど、あたしの気持ちは向いてない。

「・・・どいて」

 あたしはどこまでも低い声を出して言った。

「遅すぎたのよ、あたしはもう、今の秀司とはつき合う気はないの」

 できるだけ睨む様に見て言った。怯む様子のない彼を見ると、あたしは腹立たしさを感じる。自転車を彼が目の前にいるにも関わらず、動かした。だけど力の差を表す様に、自転車はちっとも動いてくれなかった。それでも、あたしは進みたい。もう、話すコトはなかったから。

「・・・俺が好きでも、無理?」

「無理」

 彼はあたしから目をそらしていった。そして力なく、かごに置いていた手をどけた。あたしはしょんぼりとしている彼をみるとひどく胸が痛んだが、チャリを動かしはじめるとそれを忘れようとしてる自分もいた。あたしが声をかけようとして、自転車を止めていると秀司は自転車にまたがったあたしの手を掴んだ。

「あんた・・・オレがあんたを想ってることは勝手だって、言ったよな?」

 言った。そして、あたしがあんたを好きになるのも勝手だとも言った。

「オレは、あんたをあきらめない。オレにとって重要なものは絶対あんたが必要なんだ。だから、あきらめないよ」

 あたしは頬が熱くなるのを感じながら、彼を振払った。そしてそのまま自転車を走り出して、彼の声を聞こえない様にした。でも、溢れ出てくるのは温かい気持ちだけ。あたしにあんなに必死になってくれる彼は初めて見る。ただ、今の彼の姿じゃなくて、前の秀司だったらあたしはどんなに喜んだだろう。

 

 遥とあっちゃんに知らせるといろいろうるさいから、あたしは黙ってるコトにした。どう頑張っても、あの二人にすぐ告げるコトは出来ないけど。次の日はまちに待った休みの日だ。ってことは、あたしはどうやっても秀司に会うことはないし、インドア派で家から出るのがキライなあたしなら誰とも会わずに二日間過ごせる。

 こういう日はあたしの場合、映画を見て過ごすのがこのところの過ごし方だ。そのつもりで、ビデオは借りてきてある。さ、ビデオをみよう、という時だった。

 携帯のバイブが激しく鳴った。あたしは慌ててそれを止めると、メールが届いていた。

 秀司からのメールだった。

『おはー! って起きてるか? 今から出かけるからすぐに支度して、玄関に出といて』

 っていうメール。どういうことさ、あたし何にも聞いてないし。ていうか、急すぎるし。あたし秀司に会いたくないし。と、思いつつ、彼があたしが下にいなかった時の行動がすぐに予想されて、支度するしかなかった。

 玄関に出たのは、十五分以上経ってからだった。秀司はチャリに乗って家の前にいた。あたしが姿を現すと手を振って、笑っていた。私服すら、前と全然ちがうタイプのモノを着ている。それをみるとよけいに、前と変わってしまったんだと強く感じる。

「おっそい」

「うるさいなぁ。あんたが急すぎんの、あたし行かないわよ」

 そう言うと、彼はズボンのポケットに手を突っ込んで、二枚のチケットを取り出した。

「行きませんか? 映画でも」

 よく見ると、そのチケットはあたしが行こうとしていた新しい映画だった。めちゃめちゃ映像が美しくて、コンピューターグラフィックにおいても、かなり時間をかけて作られたもので、映画好きにはどうしても心動かされるものだった。

 あたしは、少しだけ考えてみたが、無駄だった。どう考えても、行くに決まってる。

「行くわよ・・・」

 そう言うと、秀司は嬉しそうに笑った。


 映画館はやたらと人が多かったけど、秀司のチケットは指定席のもので、しかも早くに手に入れたから一番いい席に座れた。

「ほんと、どうかしてる」

 彼はあたしと何がしたいんだか、並んで歩くときには必ず手をつなごうとする。あたしは何度かそれを払って拒否したが秀司はあきらめが悪く、あたしは仕方なく彼の少しあせばんだ手に手を重ねた。あたしからは絶対力は入れなかった。

「どうかしてるのは、オレじゃない」

 じゃぁ、誰だっていうのよ。あたしではないんだから。

「とにかく、もう席座ったんだから、手を離して!」

 風をきる音が聞こえるぐらい、あたしは彼の手を振り上げたり、下ろしたりを繰り返した。それでもびくともせずに彼はあたしの手を握る。

「いいじゃん、恋人同士ってことで」

「違うでしょ。ほーら、早くはなして」

 と言っても、秀司は知らんぷりをするだけだ。あたしもいい加減あきらめて、静かになることにした。子供みたいだ。秀司はまるで子供の時代にかえったみたいに、あたしに甘えてる。それが好きだからなのか、そうじゃないのか。でも、あたしはそれほど嫌と思っていなかった。

「記憶のあった時、オレはあんたと映画に行ってた?」

「行ったコトない。あたしたち、あんまり市内の方はいかなかったもん」

 そうか、と秀司は言った。ちらっと彼を見ると、嬉しそうに笑ってる。ずっと笑い通しだけど、今のは顔が少し赤くて、今の彼特有の顔だった気がする。

「あんた照れやすい?」

「照れてねぇよ」

 そう? あたしは笑った。なんかおかしいもん。

「お前笑うんだな」

 秀司は驚いた顔をしていた。目を開けてあたしの笑ってる所をしっかりと目に焼きつけ様としてるみたいだった。あたしも照れて、彼から顔をそらして映画が始まるまで、彼に顔をが見えないようにしていた。

 握られた手がたまにぎゅっと強く握られたり、あたしが握ったりしているうちに映画は終わった。あたしは手と彼が気になって映画をしっかり見るコトができなかった。本当に見たい映画だったけど、隣に座った人が悪かった。

 映画が終わると、とりあえずあたしの手は彼から解放された。

 汗ばんでいたけど温かった彼の手が離れるのは寂しくもあった。だけど、あたしからその手をもう一度掴もうとはしなかった。

 映画館を出ると、あたしと秀司は近くのファミレスに入った。安くて、おいしい店を彼は知っていた。あたしには寿司がいいと言ったが、すぐに却下された。どうしてもここに連れてきたかったらしい。

 あたしがドリアを頼むと、秀司も同じものを頼んだ。

「映画よかったな」

 あたしは曖瑁な返事をして、水を口に含んだ。

「オレ思ったんだけど、手をつなぐっていいよな」

 あたしは含んだ水を飲み込めずに秀司に吹きかけそうになった。

「な、ななんでそんなこというの」

「こういうコトなんだと思って・・・。好きになるって、こういうことだって分かった気がした、だけ」

 秀司は不気味に笑った。気持ち悪いと言うか、変だった。

「ふーん」

 でも、あたしも手をつなぐのは悪くないって思った。同じことを思ってるのが不思議だったけど、あたしは少し嬉しかった。



めっちゃ長いです。
文字数みてびっくりしました。

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