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第十二話 走行

 雨は思ったより冷たかった。でも、彼の瞳の奥の温もりを感じとれた事が嬉しかった。それは冷たいものではなく、あたしを包み込んだ温かな光でもあった。雨の塊が、あたし達をびしょ濡れにさせたけど、彼の腕に包まれたあたしだけが、その雨から逃れた。

 だが彼はおかしくなっていた。あたし達がつき合っていた頃、秀司の記憶があたしを覚えていた頃なら、彼がとった行動は特におかしいものではない。だけど、秀司はあたしを覚えてなくて、キライとまで言った。あたしも好きになれないと思って、今の彼を好きになろうとしなかった。

 なのにあの時の言葉はあたしの心を簡単に掴もうとしていた。どうかしていた、もうどちらとも。

「なぁに言ってるの! 好きなんでしょ?」

 遥ってこんなに勢いのある子だったかな。あたしの前の席に座って、あたしの顔に顔を近付ける為に机に乗り出してる。目はキラキラしてるし、隣にいるあっちゃんの目だっておなじだ。そんなに楽しい話題じゃないんだけどな。

「好きじゃない! 感違いしないでよ!」

 あたしは思わず大声で否定していた。

「なら、あの人の事みないでしょ? ね、あっちゃんもそう思うよね」

 あっちゃんも何度も首を縦に振った。そんなにしょっちゅう見てることないし。しかも全然そんな気持ちはないし。って事はないけど。

「好きだって認めたら? じゃないと、あの人とられちゃうよ」

 とられる? 元々、あたしの物ってわけじゃないんだけど。あたしが黙ってると、あっちゃんが口を開いた。

「そうなんだよね」

「なにが?」

「吉田秀司って結構、告られてるらしいのよね」

 それはあたしも知ってる。あたしとつき合ってた時には考えられないことだったけどなぁ。今の方がどこかかっこいいと思わせる雰囲気があるし、モテるのも分かる。あぁ、複雑。

「それで、どうしてとられるって話になるの?」

 そこで遥とあっちゃんが顔を見合わせる。

「知らないんだ。気づいてないの? 美沙ちゃん、ねらってるらしいよ。あの人の事」

 美沙というのは、秀司とよくいる女の子でめちゃめちゃいい子だ。しかも秀司とは結構仲いいし、ねらっているとは思わなかったけど、いわれてみるとそれは考えられる。

「ふーん、別にいいんじゃない。あの二人がつき合っちゃえば」

 あたしは立ち上がって、教室を出た。二人から見ると態度の悪い子だと思われるだろうけど、あたしが少し意識したために秀司と美沙が見えた。その二人が笑ってる顔を見るのが辛くなって、教室を出ただけ。

 あたしはどうしたいんだろ。昨日の秀司にすがりつけばよかったんだろうか。


「よっ」

 あぁ、その軽さが気持ち悪いのよね。

「なによ?」

 あたしの手には傘があった。今日もまだ雨は降ってるけどちゃんと家の傘を持ってきた。声をかけてきた彼も手に傘を持ってる。二人して同じ透明の傘を持っている。行き先も同じ場所だ。

「そんな、恐い顔してんなよ」

 そうさせてるのは、あなたですけどね。

「なんで、あんたも今返しに行くわけ? 後にしなさいよ、後に」

「イヤ。オレは今返しに行きたいわけ。お前が後にしたら?」

 あぁ、もう何も言わないほうがいいのよね。あたしは黙って歩くのを早めた。職員室まで近い場所に教室があったので、すぐに着いた。入ると直美ちゃんは少しだけ奥にいて、すぐに呼べた。あたしと彼が競う様に傘を返すと、直美ちゃんは吹き出して笑った。彼は同じ様に笑ってたけど、あたしには気にくわないモノだった。

 早足で職員室をでても、彼はあたしの後ろにいた。

「ねぇねぇ」

「なんですか?」

 後ろも振り返らずにあたしは彼に言った。

「今から帰る?」

「帰りますけど」

「じゃ、ちょっとつき合えよ」

 あたしはしばらく、黙ったまま歩いていたけど教室の近くまで来ると、走った。そして教室に入って鞄を持つと、まだ教室に残っていた遥にあいさつもせずに教室をでた。

 あたしさえもよく分からない自分の行動だったけど、ただ彼といたくなかった。ただのむなしい行為だったわけだけど、あたしは彼を振り払えると思っていた。

「はいはい、いいかげん大人しくしろっての」

 秀司はあたしの鞄をとって、あたしを止めた。

「むかつく、本当にむかつく。ほっといてって言ったじゃない」

「そうだっけ?」

 あたしは彼を見た。顔がにやにやとして楽しんでるし、からかってるコトを表してる。しばらく睨んでやったが、あたしは彼の顔からいやらしい笑みというものが消えると、息を吐いた。どうでもいい。なんか、強がってる自分がいる気がして、逆に大人気ない。

「わかった、わかった。何がしたいの?」

「チャリ貸してよ」

 チャリって、どこに行く気なんだ。あたしは頷かずに下駄箱で靴を履き替えて、チャリ置き場まで来ると、彼に自転車の鍵を渡した。嬉しそうに鼻歌を歌うのが何故か気になった。歌ってる歌が下手すぎて何か分からなかったけど、なんとなく知ってる様な気がした。

「で、どこに行くの?」

「さ、あ、ね?」

 秀司は笑って、あたしに後ろに座る様に促した。あたしはすぐに後ろに乗ったけど、なんか釈然としない気持ちを抱いていた。昨日から、やっぱり彼はおかしい。



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