第十一話 雨中
雨粒があたしの方に向かってくる。それが目の中に入らないように手で雨を遮ろうとしたが、あたしの手は動かなかった。押さえつけられている様な感じで、とても顔まで持ち上げられそうにない。
それに、傘が無い。あたしはどうなってるんだっけ?なんて、とぼけているのは数秒だけで、あたしはすぐに自分の状況を理解した。手は秀司につかまれたままで、傘はもう片方の手がかろうじて持ってる。そして、あたしはすっぽり彼に抱きしめられていた。
何がなんだか、あたしは空を見るコトしか出来なかった。
「ほっとけない」
そう、秀司は言った。耳元に声が聞こえてくる。それを意識するとどきどきしてしまう。
「ほ、ほっとけないって・・・なんで?」
「んー? なんでだろ、わかんないけど・・・あんたがしんどそうだと、心配になるし、泣かれると困る。怒ってる時は、ほっとするけど、今みたいなのは強がりだから・・・ほっとけなくなる」
あたしの顔は赤くなってると思う。どんどん熱が上がっていく。こいつどうかしてるのか?普通、こんなこと言えないだろ。
「どうか、してるよ。だって、キライって言ってたじゃない」
はっきり言ってたのをあたしは聞いた。そのおかげで、諦めるべきだと思ったのに。なんで今更、言ってくるの?
「わかんねぇよ。でも、今のはだましてるのとかじゃないから、マジの言葉だから」
そんな事言われても、信じれるようであまり信じる事が出来ないような。あたしは混乱してる。そんな時に正い判断が出来るはずがない。でも、抱かれる腕は力強くてすがってしまいたくなる。
「でも、あたし無理。あんたの事すきじゃないもん。あんたも、好きってわけじゃないでしょ?」
それは何度も彼に言ってきた言葉だった。
「それも、わかんない」
わかんない?なんだそれ。秀司は一体あたしに何が言いたいんだ? なにをしたくて、あたしを抱きしめてるの? わけわかんない。
あたしは彼の腕から逃れようと、身をよじった。
「好きじゃないなら、ほっといてよ」
「無理」
無理ってなに?
「あんたよくわかんない。そんな気持ちをぶつけられても、あたし困るよ」
そういいながら、あたしは彼から離れた。あたしに比べて、彼はずぶ濡れ状態だった。それにあたしの方をまっすぐ見る目はどこかキラキラと光ってる。
「やっぱり、離れとこうよ。このまま、前みたいに何事もなく過ごしたらいいじゃん」
あたしは傘を拾って、その場に立ち尽くす彼が濡れないように傘をさしてやった。
「じゃ、好きになる」
彼の目は必死に見えた。どうして、急にこんなこと言うんだろ。あたしは彼が危険に見えた。こんな事言うのはどこかがおかしくなってるせいだ。だけど、あたしはやっぱり彼を信じてみたいと思ってる。
こんなのおかしい。こんなのは駄目だ。
「帰る、帰るわ、あたし。じゃ」
とりあえず、頭を冷やそう。だって、何がなんだかわかんないんだもん。言ってる事もめちゃくちゃだし。
そうこう考えながら、あたしはその場を後にした。きっと、何かがおかしくなってるんだ。曇り空があたしをそうさせてるのかもしれないし、彼をもそうさせてるのかもしれない。とにかく、今のあたし達はひどく危険なんだ。
彼はあたしの後を追ってこなかった。何も声をかけてこなかった。あたし達、どうなるんだろう。