第十話 予兆
「すごかったの、本当にあの吉田秀司が!」
遥の目は輝いてた。そして頬は紅潮し、あたしにどれだけ秀司が活躍していたかを熱く語っていた。
「そうそう、本当にあんなにすごい人には見えなかったけど、運動神経いいんだね」
遥に相づちを打ちながら、あっちゃんまでもが誉める。あたしは誇らしいような、腹立たしいような、複雑な気持ちで聞いていた。
どうやら、球技大会の秀司は彼女達の言っている様に大活躍だったらしい。というのも、ソフトを投げるの上手だし、守備も上手く、決勝では的確な指示をだして勝利へと導いた。試合に出ていた彼女達は秀司の勇敢な姿を見ていたコトもあり、こんなにも盛り上がって話つづけてる。
なんか、こんな風にモテられると悔しくなる。あー、イライラする。
「もう、うっさいよ。あたし、あいつキライだって言ってたじゃん」
二人は顔を見合わせて、そしてあたしを見た。
「そのわりには、あの人のコト良く知ってるよね」
あたしは間抜けな声をだした。いつ、あたしが彼を見て言たっていうのだろうか。
「見てたじゃない、気づいてないの? 試合の時なんて特に目で追ってたじゃない!」
確かに、試合の時はみていた。まさか気づかれていたとは思わなかったけど。でも、普段は彼のコトを目で追ったりしていないはずなんだけど、それはあたしが気づいていなかっただけだろうか。
「ま、そのうち美香もあの人のすごさに気づくわよ」
誰か気づくか。もう、あたしは彼を諦めてるのよ。絶対に彼なんか好きにならないもん。そして彼のもつすごい所って奴なんか、見たくない。そんな所見ちゃったら、あたしはあたしじゃいられないもん。
その日は天気が悪かった。それでもって、曇っていた。
曇りっていうのは、なかなか謎なものであたしみたいな博の無い人間にはとてもイライラさせる天気でもある。考え過ぎる人間じゃないけど、空を見上げるたびに雨が降るか、晴れるかのどっちかにしとけよ。と、つっこんでしまいたくなる。
でも、その日の曇りはなかなか、あたしをすっきりさせてくれた。
「げぇ、雨かよ。今日降らないって言ってたのに」
教室から見える雨は風と共に激しく窓に激突していた。流れ落ちる水がまるで滝の様にさえ見える。高司の隣にちゃっかり座った遥は少し席を外すと、折り畳みの傘をもって席についた。
「はい。タカちゃん貸したげる」
と、真っ赤な顔をして渡す姿をみていると、あっちゃんもヤッスがあたしに目線をやって、ニヤニヤする。たぶん、遥の気持ちに気づいているのだろう。遥が差し出した傘を手に取ると、高司は遥に頬笑みをかえした。
「サンキュ」
それだけ言った。遥には十分な言葉だったらしい。顔がトマトになっている。あたしはすぐにあっちゃんと目を合わせた。そしてあっちゃんがヤッスと目を合わせると、すぐにクスクスと笑いはじめてしまった。
あたしたちの楽しみが一つ増えたということか。これからの二人が楽しみだ。って、あたしはババァか。
帰りに突然気づいた。あたしは傘を持って無い。持っていないってことは、あたしずぶ濡れで帰るしかない。無理だ、寒いし冷たい雨がキライだもん。
あたしにも、遥みたいに傘を貸してくれる人が現れてくれたらいいけど、残念な事にあたしの友達はみんな帰った後だった。知り合いすらいないし、職員室にでも行って先生に傘を貸りるしかないかな。とか考えながら、あたしの足は職員室へと向かった。知りもしない先生に貸りるのは、気が引けるのでここはやっぱり担任しかいないな。
「直美ちゃん」
そういうと、国語教師で担任の速水直美はあたしの方を睨み見た。『ちゃん』をつけられるのが嫌らしいが、クラスの全員がそう呼んでいる。あたしだって呼びたいし、親しみやすい。それに30過ぎたばっかで、なかなか若い先生だし丁度いい気がする。
「どした?」
「雨降ってんだけど、あたし傘持ってきてないんだ。借して欲しいんですけど」
なるほどね、と直美ちゃんは窓を見た。
「そこに借用書があるから書いて。傘とってくるから」
はーい、と返事をすると、直美ちゃんはすぐに職員室の奥の方へ入って行った。
あたしが借用書を書いているうちに、直美ちゃんが傘を持って戻って来た。ところが、あたしに傘を渡す前に、別の所へ向かって行ってしまった。クラスの生徒か、別の生徒がきたのか、あたしはまだ書いていたので特に気にしなかった。
「直美ちゃん、それ貸してよ」
この声を、あたしはよく知っていた。
「だめ。これは秋山が借りる傘。あんたも借用書かきなさい。そしたら借してあげるから」
あ、そう。なんていう気の無い返事をすると、あたしの側を秀司が通った。そして、あたしが顔を伏せている隣に立った。心臓がバクバク大きな音をたてる。頬は紅潮して、顔なんてあげられやしない。
目をつむって数秒唇を引き締めた。そして顔をあげるとすぐに直美ちゃんの方を向いた。
「書けたよ」
おつかれさん、という言葉を言うと傘を手渡された。それを奪うように持ち、直美ちゃんにお礼を言うとすぐに職員室を出た。秀司の顔は見なかった。視界の端に秀司の制服だけが見えたけど、顔は絶対みない。
玄関まで走る様に来ると、あっちゃんを見つけた。あっちゃんはこれから練習で、少しの休憩なんだとか。あたしの持っている傘を見て、力の抜けるような笑顔を見せた。
「傘持ってきてなかったんだ」
あたしは頷いた。あっちゃんを見てると自然と安心してしまう。
「美香ってなにできてんの? あたしは電車だけどね」
「そうなんだ。あっちゃん走って来てそうなのに。ほら、足が子持ちししゃもじゃん」
あたしが丸出しにされてるあっちゃんの足を指差すと、二人の目はそこに向いた。それからしばらくして、あっちゃんが笑った。
「失礼ね。あたしのあしが子持ちししゃもだなんて、ま、いいけど」
「わぁ、あっちゃんが怒ってる」
面白い。笑ってるのに、眉と眉の間に皺が刻まれてるもん。あたしも思わず笑ってしまった。
「美香って、変な子よね。あ、やば! 練習行くね、また明日」
手を振って去って行くあっちゃんを見送りながら、あたしも玄関を出た。出て行くと雨は酷くなってた。せっかく自転車乗ってきたけど、おいてくしかないなんてなぁ。
とぼとぼと歩きはじめると、上から物が落ちて来る様な衝撃を与えられた。傘が少し重い。
「あんたも歩きなんて奇遇だな」
なんとなく、そうじゃないかとは思ってた。あっちゃんと話したのが悪かったのかな。
「そうよ。もう、ほっといてよ」
スピードをだして歩き出すと、同じ様に雨の中を歩く音が聞こえる。
「お前さぁ、オレの事無視し過ぎじゃない?」
「あんたがした事、覚えてないの?」
あぁ、あれね、と軽く流す様に言った。それがあたしは気にいらなかった。あたしがどんだけ傷ついたか知らないのは当然だけど、謝罪の言葉も悔いる様子もないなんてありえない。
「あれぐらいで怒んなよ、つき合ってる頃はオレとしてたんだろ?」
してても、あんたみたいに悪い様にはしなかった。それにすごく、優しかったし。
「黙ってないで、何か言ったら?」
あたしは立ち止まって、秀司をまっすぐみた。秀司はいやらしい笑みを浮かべて、あたしの言葉を待っている。
「あんた最抵よ。あたしの気持ちを踏みにじって・・・今度は何よ? あたしの事キライって言ったくせに、優しくしたり。せっかく今日まで何事もなく暮らしてたんだし、このままでいいじゃない。あたしも、言ったでしょ? キライだって」
何度口に出しても、胸がズキズキしてしまう。こんなこと言いたくないのに。本当は。
「うん、そうだな。このままでいいって、思う」
「なら、ほっといて! 話しかけずに、あんたがあたしより先に歩いたらどうなの?」
秀司は笑っていなかった。無表情であたしを見ると、傘で顔を隠して歩いてきた。あたしの言った通りにしてくれるんだと思った。そしたら、なんだかもうどうでもよくなって、あたしはあきらめる準備ができていくのかもしれない。
通り過ぎる。早足のはずなのに、ゆっくりに見える足取り。
だが、すっと何かがあたしの手を捕らえた。それがそのままあたしを強く引き寄せた。
「ほっとけないじゃん」
そう聞こえたと同時に、あたしが持っていた傘は意味をなくし、秀司の傘は車の通らない道に投げ出された。雨の音が側に聞こえる。でも、目を開けてもそこに雨はない。ただ、空が見えた。
評価してくださった方に感謝したいとおもいます。
私のような、まだまだ未熟者の作品を読んで下さって、ありがとうございました。
これからも、頑張って書きつづけていくので、読んでいってください。