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友達作り~九上院恋歌の場合~4

 昼休み俺は例のごとく席からは動かず、お弁当を取り出した。楯の宮女子には大きな学食がある。まるでホテルのような内装でもちろん食事もかなり豪華だ。


 一度は学食で飯を食べてみたいとは思うが、だが豪華な分だけ高い。その一言に尽きる。一番安い食事でさえ、二千円もするのだ。学生の昼食にどんだけ金を取るつもりだ。俺なんか前の学校に居たときは一杯一九○円のかけそばで過ごしていたというのに。実に俺の十倍・・・・・・


 お嬢様たちにとっては当たり前の学食も俺にとっては死活問題だった。以前のようにかけそばで過ごそうとしていた俺が学食に赴けば財布と相談することすらなく教室へと退却する始末。それからは母に頼み毎日お弁当を作ってもらっている。


 だが弁当とはいいものだ。冷めていていてもうまいし、なにより幸福感に満たされる。クラスで寂しい思いをしていた俺は弁当を開くことでいつも家族の温かみを思い出していた。今日だって同じだ。朝早起きして俺のために弁当を作ってくれた母に感謝と敬意をこめて、


「いただきま~すっ――っておいッ!」


 俺のいただきますの挨拶と同時に、急に飛び出してきた手によって今日のメインおかずである鶏のから揚げ(おろしぽんず味)をとられてしまった。


「もぐ、もぐごっくん。へぇなかなかおいしいですわね、シェフは有名なかたのですか」


 だが俺は俺のから揚げを奪った奴の問いには答えない。


「な、ななな、何をする!」


 俺は犯人を問い詰めるために勢いよく顔を上げた。犯人は九上院だ。


「おま、お前っ、なんてことしてくれたんだ、鶏のから揚げだぞ! 俺の弁当のメインだぞ? 何かのおかずと交換もしくは断りをいれてからならまだしも不意打ちなんて一番やっちゃだめなことだ!」


 さすがの九上院も俺の剣幕に驚いてたのか少し焦っていた。


「な、なにを怒っているのです?」

「っそ、そんなこともわからんのかお前は!」


 普段ならお前と呼ばれることを多分に嫌う九上院だったがそれを指摘することすら忘れているようだ。


「だ、だって、たかが、から揚げですわ、怒られる理由が」


 俺は腹のそこから声をだす。


「九上院・・・・・・お前のおかずをよこせ」

「っひ、っわ、わかりましたわ」


 俺は俺の怒りを静めるために、九上院から昼食のおかずをもらうことにした。九上院は学食に行くのかと思いきや、お弁当組みらしい。

 九上院は自分の弁当の準備が終わるとすぐ近くの席を俺の机にくっつけ向かいあって食べる形となった。


 ・・・・・・あなどっていた。確かに九上院は金持ちだ。はたから見れば美人だし気品の良さも感じられる。俺と話しているときは言葉が雑になる時もあるが、そうじゃなければ九上院は実に品のいいしゃべり方をしていた。


 まぁ要するに金持ち要素が詰まっているのだ。でもだ、弁当が重箱ってどういうことだ! 確かに二次元ではそういう金持ちキャラもいる。だがあれは所詮物語だ。一人分の弁当で重箱なんてリアルにはありえないだろう! おっと、熱くなりすぎた。実際にこうして目の前にいるのだから認めなくてはいけないな。俺は自分の目で見たものは信じる人間だ・・・・・・


「どうかいたしまして?」

「いや、なんでもない」


 俺はどうやら重箱のめずしさに視線を奪われてしまったようだ。


「さて、このなかからお好きなものを取ってくださってかまいませんわ」


 開かれた重箱は眩しかった。一般庶民じゃお眼にかかれない食べ物が沢山詰まっているのだ。伊勢海老ってなんだ! フォアグラって、フカヒレって、他にも、一口サイズのステーキ(超やわらかそう)や、キャビアなどなどetc・・・・・・が沢山入っていた。これが上流階級の弁当なのか。


「因みに九上院はこれ全部食いきれるのか?」

「そんなの無理に決まってますわ」

「残ったものはどうなるんだ」

「生ゴミになりますわね」


 もったいない。もったいなすぎる。だがこれが金持ちの生き方。一般庶民である俺の考えでは到底計り知れない所業なのか。


「で、どれになさいますの?」


 いざそう言われてみると腰が引ける。この弁当を前にすれば確かに、たかがから揚げだった。どのおかずを見てもから揚げ一つが対等に渡り合えるおかずはない。

 正直手が出せなかった。そんな俺に痺れを切らしたのか、九上院はおかずの段ではなくご飯の詰まった段をあけた。


 白く輝く白米がまぶしく、一粒一粒が確かに潤っているように見えた。そしてその白米たちの中心には真っ赤に輝く太陽が――要するに梅干だ。


 たっぷりと梅肉がつまっていてかなり大きいサイズの高級そうな梅干だった。だがこのおかずたちを前にすればこの梅干こそ俺の獲物になるべきものだろう。九上院がふと眼を放している隙に、いや、わざわざそんなことをしなくてもよかったのだが、俺はスパッと梅干を箸でつまみ口に放り込んだ。


 口に入れた瞬間に広がる酸味。しかし、刺激は強くなくほどよく甘い。やわらかい梅肉が口の中に広がれば正に至福の味だった。こんな梅干は初めてだ。

 俺が梅干に舌鼓を打っていると九上院は丁度その現場を目撃していたようで、


「あ、あ、あああああ!!」


 と大声をあげた。回りからかなり注目を浴びたが九上院が堰きをわざとならすとその視線は散ってゆく。


「っど、どうしたんだ九上院」


 九上院はかなり苦い顔をしていた。


「楽しみにしていましたのに」


 その声は本当にしょんぼりしていて何故だか俺は無性に悪いことをしてしまったような感覚に陥った。


「私っ梅干が大好きですの、梅干はお腹にもいいですし、疲れも取れますわ。私が厳選に厳選を重ねやっと出会えた至高の梅干だったのですわ! しかも一粒五千円。本日のおかずで最も高価な・・・・・・ぅ~とっても楽しみにしていましたのに」

「っう」


 っご、五千円だと?バカな。

 九上院はなみだ目になっていた。「楽しみに」を二度も言うとは本当に待ち望んでいたのだろう。俺はかなり罪悪感にかられたが、だが思う。逆に考えろ。俺だってから揚げを楽しみにしていた。それを奪われたのだ。これでお相子じゃないか? そう、おかずは値段じゃない。そのおかずをどれだけ楽しみにしていたのかで決まる。それに九上院はどれでも好きなものをと言っていた。俺は悪くない・・・・・・たぶん。


「そんなに楽しみだったか」

「えぇ」

「辛いか? 俺が憎いか!」

「えぇ! えぇ! えぇっ! 憎いですわッ」

「俺もお前が憎いっ!」

「っぇえ?」

「今、九上院と俺は同じ思いを抱いてるんだ。九上院が梅干を楽しみにしていたように、俺はから揚げを楽しみにしていたんだ。大切なものを急に奪われる苦しみがお前にもわかったろう?」


 九上院はコクリとうなずいた。自分がどれだけ愚かなことをしたのか気づいたのだろう。


「わかればいいんだ。それに気がついたお前にはこれをやろう」


 俺は最後のから揚げ(もとから二個しか入ってなかったから揚げの残り)を九上院の重箱に乗せた。

 正直申し訳ない気持ちがつよかった。おかずは値段ではないと言ったものの五千円だ。さすがに罪の意識を感じた。だが九上院はそんな俺に、


「本当にいいのですか?あなたにとってこれは大切なっ!」


 だから俺は言ってやった。


「ばか、お前が成長した祝いだ。何も言わないで受け取れ」


 この時俺はきっと今までで一番優しい笑顔をしていたと思う・・・・・・茶番だ。


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