友達作り~九上院恋歌の場合~2
感想ありがとうございます。返信させていただきました。
ホームルーム開始のチャイムが鳴る。楯の宮女子に通い始めて一週間弱経つが、このチャイムの音には未だに慣れなかった。
無駄に高級感があり、なおかつ急き立てるような荘厳な音。この音を聞くと早く席に着かなくてはと皆があわてていた。まぁ俺はもともと座ってますが。
そっと辺りを見回した。九上院の姿はない。まだ登校していないのか、それともする気がないのか、すでに担任教諭は教室に入ってきていた。出席を取るため出席簿を開きそれぞれの名前を読み上げ始める。
結局九上院はホームルームには来なかった。
相変わらずクラスは薄ら寒い空気に包まれている。
と、言ってもそう感じているのは俺だけだろう。俺だけが孤立し、孤独を感じている。つまらない。心底そう思う。今思えば、前の学校で俺はどれだけ恵まれていたのだろうか、休み時間になれば席を立たずとも親友が俺のそばにやってくる。それに付随するように仲のいい友達も集まり皆で楽しく話していた。時にはふざけて取っ組み合いをすることもあった。
そのころは笑顔が絶えなかったように思う。戻りたい、あのころに、まだたったの一週間しか経っていないというのに俺の心は弱りきっていた。
昨日がんばろうと誓ったばっかりじゃないか。俺は自分に言い聞かせる。それでもまだ、強くあれない自分を情けなく感じ―――――――――
バンっと大きい音が響く。スライド式の扉を強く開けた音だ。皆その音源に目を向けた。
教室に入ってきたのは自信と威厳に満ち溢れ、自分が絶対の強者だと感じさせるように逞しく、だからと言って男らしいわけでもない。ただ美しく煌びやかに、そして優雅に、気品を感じさせる歩きを見せ、周囲の目を惹いて止まない女生徒が一人、その女生徒は九上院恋歌だった。
俺は眼を見張る。今日いる九上院と昨日の九上院がまるで別人のように感じられたからだ。恐れいったと言ってもいい。
九上院はさっと周囲を見渡すと俺に眼をつけた。憎らしげな笑みを浮かべ堂々と俺の前まで歩み寄る。クラスの皆がその様子に着目しているようだった。ただ一人を除いて。
俺がボスと呼ぶクラスの主っぽい女の子は興味を持つ様子もなく俺の隣でただただ黙っていた。少し不気味に思う。これだけ視線を集めるような行いをしているのも関わらず、ボスだけはまともに取り合わない。まるで自分だけは別世界に居るとでも言っているようだ。だが逆に九上院もボスを眼の端にすら入れていなかった。お互いがお互いを牽制しあっているとでもいうのか、はたまたまったく興味を持っていないというのか、一切の干渉がないというのは、はたから見れば異質そのものだ。少なくとも二人はクラスメイト。
俺なんかよりずっとお互いを見てきたはずだ。なのにどうして互いにここまで無視を決め込むことができるのか俺には理解不能だった。
だが、俺のそんな考えも九上院に話しかけられすぐに頭の隅に追いやられた。
「なさけない顔をしていますこと。さすが私の下僕ですわね」
今少しだけボスの頬が引きつったかのように見えた。
「下僕言うな、下僕」
俺の気さくな返事にクラスがどよめいた。俺は今気づく。この九上院という女がクラスのヒエラルキーでどの位置に属しているのか。どうして彼女が教室に入ることで空気がかわったのか。九上院は間違いなくクラスの頂点に属す人間だった。
九上院は俺の雑言には付き合わず言葉をつづける。
「ま、昨日はなかなか楽しかったですわ。ふふ、息も絶え絶えになるほどに乱れたのは久しぶりでしたもの」
「ッブ!」
俺は思わず吹いてしまった。九上院の言葉はかなり誤解を生みやすい気がするが、ここであわてては余計に勘違いさせてしまうこともある。だから俺はいたって冷静に、
「そうだな、最高にハイな気分になっちまった」
クラスはいままで以上にざわめき、だがそれだけには収まらず、隣からは殺気すら感じるほどだった。振り向けばボスと眼があい、
「っう」
言葉に詰まるほど辛辣な視線を受け止めてしまった。俺がいったい何をしたというのか、まさかボスは俺が九上院と・・・・・・いやクラスの誰かと軽口を叩くことすら許さないと言うのか。そしてまだ九上院は口を開く。
「そうですわね今度二人でどこか行きませんこと?」
九上院はパチンとウインクを決めた。
ダァン! と音が響く。クラスのざわめきは一瞬で収まり静寂が舞い降りる。先ほどの音はボスが机を殴りつけた音のようだった。ボスはイスを後ろに引くと席を立つ。
そして九上院を睨みつけるようにして、
「九上院、おままごとは外でやれ、うっとうしい」
そう言って教室から出て行ってしまった。九上院はその背中に向かって挑発するように、
「見せ付けるからおもしろいのですわ」と、勝ち誇ったように言う。
俺には何がなんだかさっぱりだ。ただ初めて聞いたボスの声はすごく懐かしく思えた・・・・・・なんてことはない。だが、澄んだ、まるで小鳥のさえずりのような、しかし儚さはなく。とても心に響くような綺麗な声だった。
九上院は満足そうな顔をしている。いったい九上院とボスの間に何があったのかさっぱりわからない。だが二人の引き合いに俺が出されているような気はした。
だが俺に思い当たる節は何一つない。ゆえに俺はただただ困惑するしかなかった。
「で、結局お前は何がしたかったんだ?」
「お前ではありませんわ、九上院恋歌です」
「そうだったな・・・・・・で、九上院。何がしたかったんだ」
「そうですわね、簡単に言ってしまえば意識していただきたかったのですわ」
「意識?」
そうですわ。と、九上院はうなずいた。一つ一つ区切るようわかりやすく説明をし始める。
「まず、人と接するには相手に自分を見ていただかなければなりませんわ。その第一手段として私は大きな音をたてました」
確かに九上院は遅刻してもなお堂々とスライド式のドアを鋭い音を立てながら開けていた。
「その次、周囲が聞き捨てならない会話をします」
人差し指をたてゆっくりと俺の回りを周回する。さながら何かの事件を推理する名探偵のようだった。だが内容は推理でもなんでもない。
「これらの動作を行うのは周囲の注目を浴びたいからなのですわ。特に悠木さんは話すどころか、視界に入れていただくことすらなかったのですよね」
ひどく心が削られたが本当の事なので俺はこくりとうなずいた。
「ですが、今回のことであなたを二つの意味で意識し始める人たちは沢山いますわ。その話は追々するとして――何より今回大事だったのは、私と悠木さんがしたあの手の話を西城 椎名が大ッ嫌いってことですわ」
「は?」
ボスが嫌い? ってボスは西城っていうのか。いやいやそんなことより、西城がさっきの破廉恥っぽい話が嫌いというのはいったいどういう意味があるんだ。
九上院は得意げな顔をする。
「残念ながら人という生き物は嫌いなものは嫌でも意識してしまうもの。よく本当に嫌いな人なら気にすらもしないと言いますが、そんなことは絶対にありえない! わかりやすく虫に例えますと、ゴキブリが大ッ嫌いな人がゴキブリを無視できますかッ? 自分の近くをカサカサと這いずり回っていたら不安で仕方がないでしょう! そういうことなのです。つまり、彼女の嫌いな話をすることで彼女の意識を少しでも向けさせると言うこと。そしてあの手の話が好きな人もコチラを見させることができるまさに一石二鳥の手なのですわ!」
声たからかに拳を上げる九上院は輝いて見えたが・・・・・・まて、
「それってつまり俺は今嫌われてる? ってそれだけじゃない、まさかお前いきなり西城と交流を持たせる気だったのか?」
九上院は当然と答えた。胸を張り自信満々に言い切るあたり、俺は不安を覚えた。どう見たって西城は難易度高いだろうに。しかし、九上院は俺のダチ第一号だ(楯の宮女子で)ゆえに信じてみようじゃないか。
俺がそんな思いを抱く中、九上院の表情が一瞬だけ消える。
「それに・・・・・・相手にされないのは、その人に対して無関心だからです。心底どうでもいいのでしょう。嫌われることができるだけ上々ですわ」
儚げだった。あれだけ堂々と輝いていた九上院の姿は一瞬だけ揺らいで見える。
「九上院?」
俺が声をかけると彼女は取り繕うように言った。
「い、いえ何でもありませんわ。それに西城椎名を狙うのは必然! 何故なら彼女は私のそばに立つに相応しい人間です。あなたは貧相ななりをしている下僕ですが、彼女が私の下僕になっていただければ箔というものがつきますもの」
「箔?」
「えぇ、私は九上院。お父様は九上院大学の理事。お母様はデザインブランド、アスタルトの社長でもありますわ」
俺は驚きを隠せなった。九上院大学といえば最先端医学を扱う大学病院付属でありながら、大学の授業にまでその機器を導入している日本で一番医学に熱いと言われている超超
超難関大学だ。その理事といえば、大学の経営管理から、医学研究まで何でも来いと言えるほどの傑物。
九上院なんて珍しい名前なのに気がつかなかった俺はどれだけ鈍感なんだ。それだけじゃない。アスタルトは今やブランド商品界ではトップクラスの売り上げを誇る会社だ。日本で評価され始め、瞬く間に世界を又にかけた大人気の商社である。
そんな両親の娘がこれか・・・・・・高飛車になるのもうなずける話だった。
「今失礼なこと考えませんでした?」
「滅相もございません」
「まぁいいですわ。そして西城椎名は西城財閥の娘!」
「まさか、西城銀行!」
「えぇ、西城銀行だけでなく西城キャタピラや他にも様々な会社を立ち上げては成功させているあの西城ですわ」
「まじかよ・・・・・・まさかこのクラスって」
「えぇ大体はどこぞの令嬢って所ですわね。そもそもこの学校が敷居の高い学校ですもの。一般庶民が入れるようなところではないのですわ。話が逸れましたわね。こほん! つまり、高貴な私のそばに、まぁそこそこ高貴な西城を置いておけば私の箔も上がるといったところですわ」
そこまでの金持ちならもう五十歩百歩って感じはするが。
「っむ!」
く、声に出してないのにわかるのかっ。
「まぁとにかく第一段階はクリアってところですわね。今は意識していただくことが重要。それがたとえ嫌われてることになったとして問題ないですわ。嫌ってるってことは好きになる余地とはいわなくとも嫌いでなくなる余地はいくらでもあるわけですし。それに今回あなたは嫌われてるわけではなさそうですし」
「?」
「いえ、気にすることでもないです。とにかく今はこれでいい。これからどのようにしていくかは、また考えますわ」
「おう。しかし具体的に何かしてって言ったわけじゃないのに、いきなり色々協力してもらって悪いな」
「へぇ下僕にも感謝の心があるのですわね。まぁこれはこの前のお礼ですわ・・・・・・ほんの些細なね」
「まぁそれならありがたく受け取って置くぞ。それよりお前ら同じクラスだろ。すでに友達なんじゃねぇのか?」
「・・・・・・いいえ、違いますわ」
「う、あ、そうか」
授業の時間が迫り九上院とは微妙な空気のまま席に戻った。