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友達作り~九上院恋歌の場合~9

 さて、何かを待ちどうしていると時間が過ぎるのはなかなか早いものだ。難しく、退屈な授業もあっという間に終わり、放課後がやってくる。ホームルームでは、たいした話もなく、部活のないものはすぐに帰れだとか、変質者には気をつけろだとか、当たり障りのないものばかりで、こういう所はもと居た学校と大して違いはなかった。しいていうなれば担任がむっちり教諭だけに眼の保養にはなる。


 ホームルームも終わり、ガヤガヤとうるさかった教室も、今はシンと静まり返っている。今この教室に残っているのは、俺と九上院のみだった。


「で、ようって何ですの? くだらないことだったら帰りますわ」


 九上院は俺を威嚇するように、鋭い視線を飛ばす。


「俺は回りくどいことがあまり好きじゃねぇから単刀直入で言うが・・・・・・どうしてお前は俺を避ける? どうして友達なんて居ないっていった? どうして友達なんて要らないなんて言ったんだ?」


 俺は進撃に訴えると九上院は少し表情を崩す。あまり好きな話題ではないようだ。


「わたくしは・・・・・・友達と言うものがわかりません。だってそうでしょう? 親が権力を持ちその影響でわたくし自信も権力を持っています。わたくしに近づいてくる者はその権力目当て。わたくしだって友達だと思っていた子は何人もいました。幼いながらに仲もよく、ずっと友達だよなんて可愛らしい約束をしたこともありますわ。一緒に遊んで、お泊りして、一緒にお風呂に入ったり、お食事したり、お出かけも、お散歩もっ、同じベットで一緒に寝たりもしましたわ、当然私は楽しかったですし、彼女も笑っていてくれました。ねぇ、あなたは知っていますか? 人に裏切られるという意味を」


 九上院は心の中できっと叫んでいる。裏切られるということがどれだけ辛いことなのか、どれだけ苦しいのか。


「ずっと一緒にいようねといってくれた子が影で、わたくしと仲良くするのはお父様に言われたからだって、わたくしその話を聞いたとき笑いがとまりませんでしたの。だって自分がバカで滑稽でおかしくて、愚かでしょうがなかったから。泣きながら笑ったのなんて初めてでしたわ・・・・・・」


 九上院は力なく席に着き俺を見上げる。九上院の表情はまるで泣いているようで、しかし、皮肉にも笑っているようにも見えた。


「それからは人と言う者がわからなくなりました。もちろん今までよくおしゃべりをしたり一緒にお出かけしたりする相手はいましたわ・・・・・・でも一度だって・・・・・・一度だって友達だなんて思ったことなどない。人がわたくしとの会話の中で楽しそうに笑っていても、わたくしは愛想笑いを浮かべながら、この人は何を考えているのか、どういうつもりでわたくしに近づいてきたのか・・・・・・ずっとそんなことばかり考えていました。もちろん中には純粋にわたくしと友達になりたいと思ってくださった子もいたかもしれないっ! でも、一度裏切られた心はもう一度人を信じたいとは思えなかった。わたくしはわたくしの内面じゃなく、わたくし自信ではなく、わたくしの付加価値に眼を付けられることが堪らなく嫌でしたの。だって辛いでしょう? わたくしだけが友達だと、あなたなら信じられると思っていても相手はそんなことちっとも思っていない。そんな事実を知ってしまったら苦しくて、悲しくて、いやになってしまう。だから線を引くの。決してその線の内側には入れない。だから私は・・・・・・」

「それだけか?」

「え?」

「お前が友達なんていらないって言ったのは、友達なんていないっていたのは、俺を避けたのは・・・・・・俺がお前を友達だと言ったから避けたんだろ? お前の中では俺は下僕でただの知り合い・・・・・・それはまぁ今はいいよ・・・・・・・・・・・・お前が俺を避けんのはそれだけの理由か?」


 九上院は少したじろぐように、俺を異質なものでも見るような目で、


「それだけですって? これだけあれば十分な理由ですわッ! あなたは人に裏切られたことがありますのッ?」

「ないかもなぁ・・・・・・もしかしたら俺が気づいていないだけであるかもしれないし」

「っふ、ふざけないで! そんなの、そんなのって」


 俺がおどけたようにしたからか、九上院はうなだれ体の力を抜く。力みすぎ、自分がどうしてこんなにも必死に訴えかけていたのか、そんな自分自身がわからないと言ったような、表情をしていた。少なくとも俺にはそう感じられる。だから俺はたぶん今までで一番真剣な表情で、

「友達ってなんなんだろうな」


 って言ってやった。するとまるでバカを見るような目つきに変わる。いったい何を聞いていたのかと、私が言ったことを聞いていなかったのかと。


「そんなの決して裏切ったりしない、人に決まって――」

「――そんな奴いねぇよ」

「っ!」

「そんな奴はいないって・・・・・・人は誰しも間違いを犯す。もしかしたら何かの拍子に裏切りに値する行為を取ってしまうかもしれない。それが決してわざとじゃなくてもな・・・・・・九上院? お前の考える友達ってのはお前の考えに当てはまらないといけないのか? いや、そうじゃなかったら信じられないんだろうな。でもさ、もしそうならお前、二度と友達できねぇよ。そんなんつまんなくないか?」


 なぁ九上院、そんな寂しい友達なんておかしいだろ? お互いに間違って、喧嘩して、そんでもって仲直りして、そしたら前よりもっと仲良くなって・・・・・・そうやってお互いに信頼しあうもんだろ?


「つまらない、つまりませんわ。でも、それでも裏切られることに比べたら・・・・・・友達なんて、そんなの要りません。それに、あなただって本当はわたくしを利用したいから友達などというのでしょう? はじめてあったときにクラスに打ち解けるために協力しろと言っていたじゃないですかッ」

「ならもう協力しなくていい」

「ぇ・・・・・・?」

「九上院が嫌なら協力しなくていい。俺一人でがんばるから」

「・・・・・・では、もうわたくし達に話すことなどないですわね? だって利害関係がなくなるのならあなたはわたくしに関わる意味がありませんもの」


 俺は大げさにため息をついて見せた。九上院はそんな俺の様子に少しむっとしたみたいだが、そんなこと無視だ。こいつは何にもわかってねぇ。こいつは本当に、


「バカだな・・・・・・お前は本当にバカだ。バカすぎてしょうがない」

「な、何故? わたくしはバカではありません!」

「いいや、バカだ。どうしようもないくらいバカだッ・・・・・・なぁ九上院? お前は俺と居てつまらなかったか? 一緒に弁当食って、一緒に西城を落とす作戦考えたり、休み時間に話したりするのはつまらなかったか? 一緒にいて嫌な気分になったのか? そもそもお前は本当に他人を信じられないのか? お前は自分に言い聞かせてるだけなんじゃないのか? 他人は信じられないものなんだって。なぁもし俺が言ってること間違ってんなら、そんな悲しい顔すんなよ。友達なんて要らないって言うたびに苦しむなよ。見ててちっとも楽しくねぇんだよ・・・・・・なぁもう一度聞く――――お前は俺と一緒に過ごした時間を無駄に思うか?」


 九上院の瞳から静かに、緩やかに、やがて溢れるように雫が流れては落ちる。


「・・・・・・無駄だなんて思ったこと・・・・・・一度もありませんわ」


 震える声で、しかし俺にはしっかり聞こえた。友達なんてと言いつつも、誰よりも結びつきが欲しいのはきっと九上院だ。


 前に九上院が言っていた。《嫌われることができるだけ上々》ってのはつまり、自分には関わるくせに無関心で、後ろにある権力の恩恵が欲しいため嫌われることもない。そう言うことか。

 なんて寂しい考え方なのか。誰もが皆、そんなこと考えてるはずないのに、たった一度の裏切りで何もかも考えられなくなってしまったのだろう。


「つまらなかったことなど一度だって・・・・・・誰かと話せば楽しい。うれしい。もっと仲良くなりたい。ずっとそう思っていましたわ」

「そっか・・・・・・だったら俺との縁切る必要なんてねぇだろ。俺はお前が嫌だってんなら協力を求めない。利害関係がないからお前と縁きるなんて真っ平ごめんだ。俺はお前と一緒にいたら楽しいし、明日に期待が持てる。言っとくけどな、お前がいなかったら俺はとっくに学校やめてんぞ! なぁ、知ってるかっ? これ重要なことだからしっかり聞けよッ――――――――――――――――――――俺は、お前に利用されるなら本望だ。お前が困ってたら助けてやるし、悲しいことがあったら一緒に泣いてやる。足くじいたら肩貸すし、ムカツクことがあったら一緒に怒ってやる」

「どうしてそこまで?」

「どうして? っは簡単なことだ。俺はお前のダチだからだ!」

 九上院はそうは思ってなかったかもしれない。でも俺は。

「っく、ぅ、あんでそんなに、っひっく優しいことが言える・・・・・・の? わたくしはこんなにもあなたを否定していたというのに」

「わからないなら、もっかい言ってやる・・・・・・それは、お前が俺のダチだからだよ」


 俺は九上院に手を差し伸べる。


「九上院は言ったな? 自分を見てもらえないのは嫌だと。なら俺の手を取れよ・・・・・・そしたら、お前が俺を見てる限りお前自身を見続ける。なんたってお前はこの学校でできた初めての友達だ」


 俺はいまだつかまれない手をされど差し出し続ける。


「わたくしだって欲しい・・・・・・友達がほしいですわっ」

「なら掴めッ!お前が自分でこの手をつかむんだ。たったそれだけで俺たちは友達になれんだぜ?」


 九上院はおずおずと、手をだしたり引っ込めたりする。しかし、決心がついたのか・・・・・・夕日の差し込む静かな教室で九上院の手は、確かに俺の手を掴んだ。

真っ赤に泣き腫らした眼に真っ赤な頬。俺はきっとこいつとは違った意味で真っ赤になっている気がする。


 手に収まった九上院の手は小さくやわらかい。強く握り締めれば簡単に壊れてしまいそうだ。

 言葉を反芻してみればまるで告白だ。恥ずかしいこともいっぱい言った。けどこの手が、この簡単に壊れてしまいそうな手が答えを出してくれた。俺の言いたいことちゃんと伝わった。

 伝わったんだ。


「これからよろしくお願いしますわ」


 そして九上院は流れ落ちる涙をさっと拭うと、そこに弱々しさはなく、いつもの・・・・・・俺がダチでありたい九上院の姿で、


「った、ただし! そ、っ空は友達兼下僕ですわッ!」


 と、恥ずかしそうに俺の《名前》を呼んだ。だから俺も、


「下僕言うなっ・・・・・・っま、それでもいいや。こちらこそよろしくな恋歌」


 九上院の《名前》を呼んでやった。顔を真っ赤にしながらあたふたする恋歌は可愛らしく、不覚にも心臓が跳ねた。


「っれ、恋歌? 誰が名前で呼ぶことを許可しましたか!」

「うるせー、俺が許可したんだよ! 恋歌、恋歌、恋歌、恋歌、恋歌っ!」

「っや止めなさい!」


 教室に恋歌の声が響き渡る。怒っているものの、楽しそうに、うれしそうに、無邪気に、だから俺は笑った。大声をあげて笑った。怒りながら俺を追い掛け回してくる恋歌から逃げながら俺は笑った・・・・・・



 その日、俺たちの声があまりにもうるさく職員室から教諭が注意しに来るまで、俺たちはひたすら笑っていた。


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