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幸せの結晶(蓮&加奈子)

※過去話。




 覚えているのは白。

 真っ白な雪が日に照らされて、目が痛くなるほど輝いていた。

 その輝きから目を逸らすために、膝を抱え顔をうずめて、寒さにがくがくと震えながら縮こまっていた。

 雪で濡れた地面にじんわりと尻が冷やされても、もう立つ力など残っていなかった。

 寒さで鈍ったのは体だけでなく、思考力さえ奪われて。

 ぎゅっと目を瞑っても、照らされる雪で俄かに白む闇だけで、完全な闇も来ない世界の中。

 意識が真っ暗な闇へと沈もうとした瞬間、感じたのは体を包む温かな温度だった。



「蓮ちゃん。おかゆ食べる?」

 手に持ったお椀を示しながら聞いてくる加奈子に、蓮は声もなく首を傾いだだけだった。

「お腹、空いてない?」

 熱はもうだいぶ下がったが、蓮の頬はまだ熱に浮かされたように赤らんでいる。

 もしかしたらぶり返すかもしれないと額に手を寄せると、蓮が小さく口を開いた。

「おにいちゃん、どこ…?」

 虚ろな瞳が、手が、何かを探すように彷徨う。

 兄はもうどこにもいないんだと、大人たちの前で堂々と言い切ったその口で、小さな子供は自身のよすがを探していた。

 どこ…どこ…?と、加奈子の手から逃れるように身をよじり、何もない空を手が彷徨う。

 その姿を痛々しく思いながら、加奈子は年齢にしては小さな体を柔らかく抱きしめた。

 すると、びくりと体を震わして、蓮の動きが止まる。

 強張った体をそれでもずっと抱きしめていると、次第に体から力が抜けていった。

 肩に頭を預けてそのまま眠ってしまった蓮に、加奈子はごめんねと小さく謝った。

 虐待の痕が残る小さな体。

 最近のものばかりではなく、古いものも多く残っていると、医師が言っていた。

 年に一度は会っていたのに、一度たりともその事実に気付けなかった自分を加奈子は責めた。

 思い返せば不審なことは多々あったのに、そのどれもを気のせいだと目を逸らし続けて。

 蓮の両親が死に、多々問題が起こった後で母方の親戚筋に引き取られ、蓮はよりひどい虐待を受けていた。

 加奈子が蓮を見つけた時、真っ白な雪が降り積もった家の外で寒さに凍え、死にかけていた。

 あと一歩遅かったらなどと考えると、背筋が凍る思いだ。

「幸せに、なろうね」

 まだ6歳の蓮は、もう十二分にその小さな体では背負いきれないほどの不幸を背負ったはずだ。

 なら後は幸せになるだけ。

 この子供をめいっぱいに幸せにするんだと、加奈子はその小さな体に誓った。

 まだ24だった加奈子が蓮を引き取ると言いだした時、親戚中が反対したが、結局は加奈子に軍配が上がった。

 24にしてすでにきちんとした収入もあり、蓮を引き取ったことろで生活自体に問題はなく、それ以上に蓮が加奈子に懐いていたのが要因だった。

 それから数年。

 中学生になったんだから一人部屋をという加奈子の言葉のまま、2DKのアパートから2LDKのマンションへと引っ越した。

 蓮は当初、家賃の高さなどから相当渋ったのだが、引っ越しを済ませてしまえば何も言わず、それどころか引っ越してよかったとまで思うようになっていた。

 アパートで暮らしていた時は一緒に就寝がお約束だったが、部屋が別となればそれもなくなり、それどころか蓮にとっては追い立てやすい状況となったためだ。

 付き合っている男がいるくせに、お泊まり厳禁、8時には帰宅を引き取った時から忠実に守っていた加奈子に、加奈子の恋人である英明からどれだけ恨みを買っていたことか。

 それに気付かないほど蓮は疎くなく、ましてや鈍感でもなかった。

 恋人とも順調な加奈子を祝福し、それなりに充実した日々を送っていた昼下がり。

 空気の入れ替えに窓を開けたその下。

 マンションの入り口で何やら百面相を繰り広げている怪しい男を蓮は目撃してしまった。

 見て見ぬふりをしたい。

 そう切実に思った蓮だったが、しかし、男が知り合いだということはマンションの住人に知れているために、仕方なく部屋の奥で掃除をしている加奈子へと声をかけた。

「加奈子さん、不審者が通報されないうちにマンションの入り口にゴー!」

「え?え?」

「はーやーくー!」

 背中を押して、サンダルを足に引っ掛けた加奈子を玄関から追い出す。

 しっかり鍵を閉めて、加奈子が不思議そうにそれでも歩き出したのをドアスコープから見送って、開け放った窓へと駆け戻る。

 未だに傍目不審者な男がいるのを確認し、まだかまだかと待っていると、どうやら履き違えたらしい片方ずつ違うサンダルに、歩きづらそうにひょこひょこと加奈子がやってきた。

 そこから後はご近所でも噂になるくらいの痴話げんかと公開プロポーズだ。

 蓮としては寝耳に水だったが、蓮といる時間が減るという理由で英明は加奈子から別れを切り出されていたらしい。

 痴話げんかの末、だったら結婚すれば問題ないだろう!?という勢いに任せた言葉が英明の口から出てきた時は、やっとかと蓮は苦笑した。

 もうずっと、加奈子が自分の歳を気にして、結婚を切り出してもらえないことを悩んでいたのだ。

 ようやく切り出してもらえた結婚に、加奈子が泣きながら、でも幸せそうに笑うのを見て、蓮は心が温かくなるのを感じていた。


「幸せに、なろうね」


 温かい腕に抱きしめられながら、夢現に聞いた言葉を蓮は忘れてはいなかった。

 どこか張り裂けんばかりの願いが込められた言葉。

「幸せだよ。大切な人が幸せで、幸せだよ」

 睦まじく抱きしめあう恋人たちの姿に、蓮はひっそりと祝福の涙をこぼした。

プロポーズ時、加奈子さん30歳。

英明さん32歳。

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