自然の摂理も通じません(元拍手お礼)
窓から見える景色は一月経とうと全くもって変わりない。
周囲を見るようになって、そのあまりの変わりのなさに純粋な疑問というものが一つや二つ浮かぶのは自然の道理だ。
「ここって雨降らないねぇ」
思わず呟きとなって出た言葉に、心底不思議そうな視線をヴォルドから向けられた。
「?何」
「すまないが、アメとはなんだ」
「………雨降らないのかぁ」
大気の循環とかどうなっているのだろう。
甚だ疑問ではあるが、魔術が発達している世界だ。
世界の造りからして元いた世界とは根本的に違うのだろう。
この空が、宇宙というソラに繋がっていないだろうことと同じように。
「レーン?」
一人納得していても、放っておかれたヴォルドは未だわからないままで。
そもそも、私にとっては当たり前のことすぎて、どう説明しようかと頭を捻った。
水蒸気とかの説明することになるのは面倒だから、思いっきり端折るけど。
「あー…。雨ってのは、空から水が降ってくる現象で」
この説明だけで目を見開くヴォルドに、異世界だなぁと実感する。
「空から、水が?」
「うん。そういうのないんだ?この世界じゃ」
「ないな。始めて聞く。神や精霊が水を落とすことは稀にあるが」
水を落とす。
現象ではない時点で雨ではなく、よって自動翻訳ができなかったらしい。
「へぇ…。この世界の仕組みってよくわかんないわ」
雨がないということは、水がなくても植物って育つんだろうか。
んー、わからん。
「そうか?」
私にはわからなくても、この世界の人間であるヴォルドからすれば、常識の範疇だ。
わからないことがわからないといった様子で首を捻られる。
「うん。私のいたところじゃ、雨が降らないと結構大事」
「空から水が降らない程度でか?」
程度。程度…ね。
こんな一言でも、痛感するわ。
この世界の価値観は、私の価値観とは絶対違う。
「程度でですよー。水枯れて干上がっちゃう」
断水とか住んでたところじゃなったことないけど、大変なんだろうなぁ。
「水が降ってこないと、地上の水もなくなるのか?」
「そりゃぁ蒸発するだけだからねぇ」
「ジョウハツ?」
「…ここの水って蒸発しないのか!」
「聞いたことはないが」
そうかぁ。聞いたこともないかぁ。
ていうか会話するのも面倒だな!
わからない言葉を一々説明するほど、私は優しくはないぞ。
「何やら大変な世界だな。水の確保も一苦労そうだ」
自然の摂理が大変となると、こっちの世界じゃまるで簡単そうに聞こえる。
…待てよ?
ていうかここじゃどうやって水の確保してるんだ?
「こっちはどうなってるの?」
「水か?川や湖から引いてくるな」
あれ。結構普通。
「枯れたりとかは?」
「したことはないな」
…。
「なんで?」
「何故と言われてもな。それだけ融離魔力が満ちているということだろう」
フィットンとやらが満ちていて、それがなんで、どうして水が枯れないことに繋がるんだ。
「…意味わかんない」
異世界だなぁ、ホント。
常識が遥か彼方で、わたしゃ悲しいよ。
「わからない…か?」
「だってフィットンがまずわかんないし」
もうどうでもいいやと投げやりになる私に、ヴォルドはふっと微笑を浮かべた。
「なるほどな。…世界が違うというのは面白いな」
「そう?」
面白いとは、到底私には思えない。
どちらかというと頭が痛くなりそうな感じ。
どっからどこまで私の常識の範囲外なのか、わからない。
それ以前に、全てが常識の範囲外だったりしそうだ。
そんな私の胸中など知る由もないヴォルドは、能天気に言う。
「レーンの話を聞いていると楽しい」
「どこが」
「こちらとはあまりに違うからな。想像してみると変な世界だ」
「…変、かなぁ」
私にとっては当たり前の世界だ。
あれが変と言われたら、あそこで生きてきた私は立つ瀬がない。
「変だ。子が人の姿のまま母の腹から生まれたり、空から水が降ったり。想像を超える」
けれどやっぱり、この世界の住人からすれば未知の世界だろう。
私にとってここがそうなように、ヴォルドにとって私の世界は想像を超えるものだ。
「まぁ、確かに。私もまさか、人が卵生だとは思わなかった」
常識が一気に打ち破られた瞬間だったもんな。
魔術とかはまだ物語に語られたりしている分、そこまで衝撃なかったし。
「そういう想像を超える話を聞くのは楽しいな。夢物語を聞いているようで、実際あるのだと思うと、胸が躍る」
少年のような邪気ない言葉に、なんだか気恥しくなって目を逸らした。
「ふぅん…」
「また聞かせてくれ」
「…たまにならね」
頭を撫でる大きな手に、私はそっぽを向いたまま読みかけの本に手を伸ばした。
雨は無いけど、雪はある。
降るかどうかはわからんが。
ついでに、嵐もありますよ。雨降らないけど。