七夕用小話
※2章intervalⅣ~Ⅴの間くらい
真っ白な空間だった。
真っ白な空間で真っ白な服を着て、私は真っ白な花束を抱えていた。
マーガレットのような花は、蜂蜜のようなとろりとした香りをただよわせている。
行くあてもなく、ぼんやりと佇んでいると、黒で塗りつぶされたような空間を見つけた。
入る気にはなれなくて、奥を覗くように黒い空間の一歩手前まで近づく。
黒だけで構成されている空間かと思いきや、ぼんやりと緑と黄色を帯びた光が見えた。
それが人であると気付き、じっと眼を凝らす。
「…ヴォルド?」
紫色の花束を抱えた、よく見知った人間が声に反応してこちらを見る。
口もとに小さく笑みを浮かべて、彼は抱えた花を一輪、黒の中に投げ出した。
ぽとりと、足元に何かが落ちる音がして見てみれば、紫色の花が転がっていた。
「菖蒲」
に似ている気がするが、紫の単色かと思っていた花はどうやら蒼も混じっているし、花自体が両手ほどの大きさで知っているものよりも大きい気がした。
こちらは清廉とした香りがする。
お返しにと、白い花を一輪投げ入れた。
足元に転がった花をヴォルドは屈んで、壊れ物を扱うような繊細さで持ちあげる。
そうしてこちらを見ると、本当に嬉しそうに笑うから、直視できなくて花束に顔を埋めた。
ふと、花が大丈夫なら普通に行き来できるのではないかと考えて、顔をあげる。
未だに至極嬉しそうに花を見つめるヴォルドに、照れくさいやら恥ずかしいやらで顔が引き攣るのを自覚した。
満面の笑みを浮かべているわけではなく、それどころか無表情に近いヴォルドの顔に浮かぶ感情を読み取れる自分に対して、なんだか何ともいえない気分になった。
ちょっと八つ当たりにでもいいからヴォルド殴りたい。
ということで、一歩黒い空間へと足を踏み出した。
「レーン!」
焦ったような声がして、はっとなる。
一歩踏み出したはずなのに、黒い空間はいつの間にか消えていた。
「…ヴォルド?」
ただただ白だけが埋め尽くす空間の中、茫然と菖蒲に似た花を見つめる。
「ヴォルド」
会いたいな。
そう口にする前に、目が覚めた。
慣れない天井をぼんやりと眺めながら、帰らなくてはと頭が勝手に考える。
そんな中で、自分だけの感情を見つけた。
会いたいな。
毎晩見ていたあの人の顔をもう一度見たい。
そんなことを思って寝がえりをうつ。
右手が何かを掴んでいるような感覚に不思議に思えば、菖蒲に似た鮮やかな紫と冴え冴えとした蒼の花が一輪、握られていた。
一夜限りの逢瀬というかなんというか。
会話もしてないけど…。
マーガレットと菖蒲に似た花という設定ですが、花言葉はそのままマーガレットと菖蒲で頭の中では起用。
調べられると面白いかもしれません。