過ぎ去りし日々
※蓮の高校生活…?
「れーんっ!」
天気がいいからと体育館近くの外階段でお昼を採っていると、後ろからいきなり抱きつかれて思わずよろめいた。
そのせいで持っていた弁当が地面にぶちまけられる。
「ちょっと聞いてよ!千代の奴、また別れたって!」
「しかももう新しい彼氏作ってるんだよ!?」
「それも年上!超エリート!!」
「付き合って二日目でやっちゃったって!」
耳に五月蠅いくらいの声で、友人である香織と未来に捲し立てられて、蓮の眉間には深く皺が刻まれた。
今日は奮発して生姜焼き三枚も入れたのに。
かぼちゃの煮物も、調度いい味で煮付けられたのに。
マカロニサラダ食べたかったな。
無言で弁当の残骸を見つめる蓮に、隣に座っていた幼馴染がぶはっと堪え切れないように笑いだした。
「これやるからそんな恨めしそうな目で見てんなよ」
差し出されたコンビニ弁当に不味いからいらないと首を振った。
「え、わー!ごっめん、蓮!」
「学食いこ!?奢るからさ!」
「いらない」
にべもなく断る蓮に、香織と末来は何度も平謝りした。
別段怒っているわけではなく、学食も蓮の舌には合わないだけだ。
蓮は二人を宥めすかしながら強制的に空になった弁当を包み直して、ぶちまけられたおかずとご飯を指差し「片づけてね」とお願いした。
二人は持っていたお昼の入ったコンビニ袋に、残骸を詰め込んでゴミ箱へと走っていく。
「食べなくていいのか?」
幼馴染の龍太郎が今日はバイトだろと心配しだす。
蓮にとっては平謝りしてくる二人より、こっちのほうが鬱陶しい。
「平気。1食抜かしたところでどうってことないし」
それよりお前は彼女のところにでも行って来いよときつく睨めば、喧嘩してるんだと龍太郎は食べていたパンにかぶりついた。
「だからって私のところに来るな。アンタのせいでアンタのかわいー恋人の女子グループに睨まれるの私なんだから」
「蓮ならどうってことないだろ。それにもうそろそろ別れるからいいんだよ」
「…リュウも千代とどっこいどっこいだよな。今度はどの子狙い?」
中学の半ばぐらいからか。
龍太郎に女が途切れたところを見たことがない。
別れて翌日、もっと早ければ数時間後には新しい彼女が出来ている。
「3組の赤谷。胸がでかくってさ」
「最っ低」
胸か。
今の子は一回やったら具合が良かったからとか言ってたけど、あの子は胸Bくらいだって話だもんな。
もっとあるように見えたのに、寄せて上げてパットとか、女の子って大変だよなと蓮は他人事のように思った。
「林田だって似たようなもんだろ。あっちは顔とスタイル、それ以上に金重視だけどよ」
確かにと、蓮は深く頷いた。
千代は顔とスタイルがどれだけよくても、金がある人でなければ付き合うことはない。
身体か金かの違いだ。
「どうでもいいけど、毎度毎度、よく後腐れもなく別れられるよね」
絶対そのうち刺されそうだ。とも思うのに、二人とも別れた後もどちらかといえば友好的な関係を保っているから不思議だ。
この間普通にメールしてたもんなぁ。
誰とも付き合ったことがない蓮にしてみれば、別れた後も普通にメールや電話できる二人のその神経などが謎すぎる。
「後腐れなさそうなの選んでんだよ。割り切ったお付き合いっての?」
「ちゃんとした恋人つくれなくなるよ」
「いーの。そのうちお前と結婚するから」
「一ヶ月もしないうちに破綻だ、それ」
「あ、結婚はしてくれるんだ?」
しないと加奈子さんがうるさそうだからだ。
一度結婚して数ヶ月もしないうちに離婚すれば、諦めてくれるだろう。
お見合いの斡旋もしないだろうし、そう何度も結婚しろとは言わないはずだ。
「一人暮らし、大変か?」
「別に。一人になった分やること減ったし。バイトも楽しいからそうでもないよ」
「なら、淋しい?」
小さく、蓮の肩が揺れた。
淋しいという感情が、蓮にはわからない。
わからないけれど、一人きりの部屋はとても静かで、無駄に広く感じられるのだ。
「一人が嫌になったら何時でも呼べよ。飯くらいは食いに行ってやるから」
押し黙ってしまった蓮の頭を乱暴に撫ぜ回して言う龍太郎の言葉は、とても優しくほっこりとした温かさがある。
その温かさに目を細めてから、蓮は微かに頷いた。
暑さにやられてこんな話が思い浮かんだ。
蓮の貞操観念云々は、多分この幼馴染と千代ちゃんのせい。