文字習得までの道のりはまだまだ長そうです(元・拍手お礼)
※一章13、14話の間
神子と力ある神官の出現時の明確な年代を調べようということになり、ヴォルドが自室にある本を何冊か引っ張り出して見開いた。
「神子が現れたのはミトレ、ファイアブル、セレーヌの時代だな」
「…?」
ミト…?なんだそれと首を傾げる蓮に、ヴォルドが丁寧に説明する。
「ああ、ミトレは14代皇帝だ。ファイアブルは12代、セレーヌは11代だな」
「皇帝の名前か。ヴォルドは何代?」
「67代だが?」
実のところ、帝国となってからの話であって、それ以前の王国の頃のも合わせれば100代は軽い。
が、それまで説明する必要もないだろうと、ヴォルドは敢えて省いた。
「へぇ…。よく続くね」
純粋な感嘆の呟きに、ヴォルドは小さく苦笑した。
「この国に限っては他国と違って特殊だからな」
よく続くというよりは、続かざるをえないのだ。
どうやったところでこの国がなくなることはない。
神の…フィーリーシャ神の逆鱗にでも触れない限りは。
「ふぅん。あ、神子の文字発見。……んー、読めない、ヴォルド読んで」
ヴォルドの様子など気にも留めていない蓮は、渡された本を読む…というよりは解読しようと頭を働かせていた。
が、まだまだ使い慣れない文字に早々に諦めをつけて、ヴォルドに本を手渡す。
指さされたところを読んで、ヴォルドは眉間をおさえた。
「…眷属殿、これは神子じゃない。大神官ホフトルだ」
「………手記なんて嫌いだー!!」
手近にあったクッションを殴って、蓮はそれに顔を埋めた。
この世界にある印刷技術はいわずもがな魔術であり、現代世界にあるような整然とした印刷用文字など存在しない。
書いたものをそのまま印刷するために、書いた人物の癖が文字に表れるのは致し方ない。
「眷属殿はこちらを読むといい。これは私が読もう」
チェ文字にはその癖が出にくい。
だからこそ、ヴォルドはその本を手渡した。
「ありがと。……ヴォルド、これ何て読む?」
最初から読めない文字にぶち当たって、蓮の顔が悔しげに歪んだ。
「聖女だな」
「聖女か。聖女…聖女き、来りて………」
またしても止まった指に、ヴォルドが見かねて声をかけた。
「読めないのか?」
「チェ文字ってどうしてこう難しいの!?」
本を投げ飛ばす勢いで机に叩きつけ、蓮は声を荒げた。
「言い回しがどうしてもな。私も意味を間違えることが多い」
神子に関しての伝承の誤りも、記憶に新しい。
「くそっ、滅びろチェ文字!」
ほぼ廃れ始めているから、その叫びが叶うのも近いことだろう。
「アフィン文字なら読めそうか?」
ヴェネ文字とチェ文字がダメなら、残るはアフィン文字だけだ。
「読みやすくは…ある、かな」
「どちらだ」
「チェ文字よりかは断然!」
「そうか。なら…………、これはどうだ」
アフィン文字で書かれた文献はあまりない。
殆どが教会の管理下にあるためだ。
ともなれば、自然と簡単な内容になるが、これくらいならばいいだろうとヴォルドはその本を選んだ。
「…アリィに関する考察?」
「セレーヌの代に現れた神子に関する考察だ」
厚さもさほどなく、絵図付きの本のために文字数も少ない。
子供向けともいえる本だが、内容は下手な本より充実している。
「ほほぉ」
「とりあえず神子に関するその手の本はあと10冊ある」
「それって10人分ってこと?」
「ああ。出現時期が知りたいのだろう?」
「うん」
「なら、出現した年号と亡くなった年号だけでも先に書きだしてはどうだ?」
「そだね」
「3冊はここにあるが残りの6冊は書庫だな…。私は書庫に本を取りに行ってくる」
机の上に置かれた本を眺めつつ、小さく蓮が笑う。
「取りに行かせる、じゃないんだ?」
「他に持ってきたい本の題名がうろ覚えでな。それに、自分で探した方が早い」
王様や貴族というのは人を使うのが当たり前だという認識がある蓮にとって、ヴォルドのこういうところには好感が持てた。
「そう。いってらっしゃい」
快く送り出した蓮に対し、ヴォルドはドアの前でふと足を止めた。
「ああ、そうだ」
「…ん?」
「それはアリィじゃなくてアーミィの間違いだ」
指さされた本のタイトルを改めて見る。
「……………あ、ホントだ」
そこには確かに“アーミィに関する考察”と書かれていた。
印刷も魔術ならば、字体が統一されることってないだろうな。
なんてことを考えたんです。