はぶいた話
※時系列は一章10話後
※11話以降との本編の内容と矛盾する点もあるかもしれません
舞踏会というのを初めて目にして、抱いた感想と言えば「凄い」だった。
何がってそれは勿論、くるくると踊る人たちがだ。
見たこともない変な形の楽器が奏でる、どちらかといえばクラシック系のでも軽やかな音楽に合わせて、階下の人たちがくるくると踊る。
女性のドレスがまるで花が咲くみたいにふんわりと広がるのが、とても綺麗だ。
色とりどりで花畑を見渡している気分になった。
「よくあんな風に踊れるなぁ」
踊りはからっきしな私にとって、踊れるというだけで尊敬モノだ。
あ、でもマーノンとなら踊れるようになったものな。
…マーノン限定ってのがなんか悲しいけど。
しかも微妙にテンポ外してるって最後の最後までマーノンに言われたし。
「…はぁ」
「気分でも悪いのか、眷属殿」
不機嫌にも見える仏頂面な無表情を引っさげたヴォルドに問われ、首を傾けた。
「え?何が?」
「溜息を吐いただろう。顔色も悪いようだが」
「あー。いや、高いところ苦手なもんで」
足場がしっかりしているとはいえ、恐いものは恐い。
確かにテラスから見下ろす舞踏は綺麗だし、見ていて飽きないけど、これはテレビで見たいもので、生で高いところから見下ろすのは流石にそろそろ限界だ。
体から血の気が引き始めていて、今にも貧血を起こしそうだ。
「何故それを先に言わない」
咎めるように言われ、強い力で腕をひかれた。
いきなりのことに驚いていると、そのまま抱き上げられる。
「へ?やっ、ちょっと!?」
声をあげた頃にはすでに廊下で、ますます困惑する。
なんで私はヴォルドに抱き上げられてるんだ!?
運ばせるにしたってそこにいる従者さんとかに任せるのが普通じゃないの!?
皇帝直々に運ぶようなもんじゃないでしょ!
ていうかどこに行く気だろうか。
あーていうか高い。
下を見た瞬間くらくらしてきた。
さっきより低いけど高いよ、ヴォルド!
アンタ一体何センチあるんだよ!あーもう!
自棄になってヴォルドの肩に抱きつくように顔を埋めた。
抱きついた瞬間ヴォルドの身体が強張ったように感じたが、私はそれどころではない。
真っ暗になった視界の中で、ようやく安堵の息を吐いた。
視界が遮られてしまえば、感じられるのは歩くたびにゆらゆらと揺れる振動と、服の上からも感じられる体温のふわふわとした心地よさ。
「ねむ…」
ここ数日あまり寝ていなかったこともあってかなりの寝不足だった私は、心地良い睡魔に抗えずにそのままヴォルドの肩につっぷすように眠ってしまった。
sideヴォルド
真っ青というよりは白い顔をした少女の言葉に、ヴォルドはすぐさま部屋へ返すことを決めた。
これが他国の姫などであれば誰かに呼べば事足りるが、眷属である少女相手ではそれも気がとがめた。
“フィーリーシャ神の眷属”という存在を未だにはかりかねていたのだ。
神として扱うには気安すぎ、人として扱うには尊いすぎる。
神子であれば相応の対処のしようもあるが、眷属ともなればまた扱いも変わってくる。
そもそも人型ではなく人であるということがヴォルドの判断を狂わせていた。
「へ?やっ、ちょっと!?」
一人返してもいいが、この顔色の悪さでは途中で倒れるだろうと瞬時に考えたヴォルドは、少女の小さな体を抱き上げた。
思っていた以上の軽さに眉を顰めながらも、廊下をつき進む。
この重さは10かそこらの子供の重さではないか。
眷属であるからこれほどまでに身軽なのか?
いや、人型の精霊だってもう少しあったはずだ。
この少女は食事はちゃんとしているのかと不思議になった。
夕食は共にしているから食べているのはわかる。
では朝と昼はどうなのだろうか。
後で聞いておくかと考えていると、少女が肩口に顔を埋めてきた。
少女のさらりとした黒髪が首筋にかかり、思わずヴォルドの体は強張った。
気にせずにそのまま歩いていると、今度はすうすうとした息が耳元を擽る。
「…寝たのか」
この体制で眠れるものなのかと呆れながら、ヴォルドは少女を部屋まで送り届けた。
不思議と感じなかった嫌悪感に、内心首を捻りつつ、少女の安穏とした幼子のような寝顔に小さく微笑む。
頬にかかる髪を払い、優しく頭を一撫でしてから、ヴォルドは広間へと戻って行った。
こっから恋愛に発展してもよかったよね、ヴォルドは。
と、(ルーズリーフの下書きを)発掘したとき思った。