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喪失 (加奈子&英明)

※2話後の現実世界のお話




 仕事から帰ってきて、英明がまず不審に思ったのは、家の明かりが点いていないことだった。

 玄関の明かりを点けて、靴を確認すると、妻である加奈子の靴が整然と並べられている。

 外には出ていないことがわかり、余計に不審に思えた。

 寝ているのかと思い、靴を脱いで寝室の戸を開けるも、誰もいない。

 リビングへの境戸を開けて、眉をひそめた。

「カナ?」

 ソファーの上で膝を抱いた人影が、びくりと震えた。

 真っ暗な部屋では様子を確認することも出来ず、電気を点ける。

 パッと明るくなった部屋で、加奈子が目を真っ赤に腫らして、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いていた。

「ひっ、ひでちゃぁん」

 泣きはらした顔の加奈子の足元。

 乱雑に置かれた学生鞄で、なんとなく英明は事態を悟った。

「あのバカ娘()に何かあったのか?」

 つい最近まで一緒に暮らしていた、加奈子の姪――蓮。

 幼いころに両親を亡くし、兄まで行方不明になり、親戚が揉めに揉めて、まだ24だった叔母である加奈子がほぼ無理矢理に引き取った少女。

 英明自身はあまり好くは思っていなかったが、加奈子が実の娘のように猫可愛がりしていた少女に、何かあったのだ。

「け、警察に、お、落し物だって、れんらくきて…」

「落し物って、鞄がか?」

「交番の前に置き去りにされてたって。き、緊急連絡先が、私の携帯だったから、私に連絡来て」

「あのバカ娘はどうしたんだ」

 加奈子がヒュッと息を呑んで、瞳いっぱいに涙をためて俯く。

「い、いなくなっちゃった…」

 失踪。

 その二文字が英明の頭の中で浮かんだ。

 同時に、どうしようもない怒りを覚える。

「あんのバカがっ!」

 怒りの対象がいないだけに、苛立ちが増幅する。

 それを壁を殴ることで何とか押しとどめていると、くいっとシャツの裾を引っ張られた。

「こ、これ…」

 握りしめていたのだろう、汗でふやけ、ぐしゃぐしゃになった紙を手渡された。

 そこには達筆で綺麗な字で、こう書かれていた。



 加奈子さんへ

 今まで大変お世話になりました。

 ここまで育ててくれて本当にありがとう。

 説明すると長いし、

 英明さんあたりが絶対納得しなさそうなので省きますが、

 兄さんの下に行くことになりました。

 そっちに行くと、もう戻ってくることもできないそうです。

 なので部屋に置いてある通帳とかいろいろ、好きにしちゃってください。

 私にはもう必要ないので。

 兄さんの下と言っても自殺するわけではないからね。

 兄さんと一緒に幸せになりに行ってきます。

 加奈子さんも英明さんと明奈とお幸せに。

 それでは。


 さようなら


                  蓮



 さようならという言葉だけが、やけに鮮明に見えた。 

「予想、当たっちゃった」

 ふふっと、泣きながら加奈子が笑う。

「予想?」

「うん。彬くん…蓮ちゃんのお兄ちゃん、16歳の時にいなくなったの。蓮ちゃん、もうすぐいなくなっちゃうんじゃないかって、近頃ずっと思ってた」

 ああ、そう言えば誕生日まで1ヶ月もないなと、英明は壁に掛けられたカレンダーを見た。

 今は7月の初頭。

 蓮の誕生日は7月の終わりだった。

「手紙見ても、信じられなくてね。部屋も学校も、バイト先にまで探しに行っちゃった」

 ガラスのテーブルに置かれた、蓮のものだろう携帯を握りしめて、加奈子は英明に縋りついた。

「蓮ちゃん、いなくなっちゃったよぅ」

 子供のように声を上げて泣く加奈子を英明はしっかりと抱きしめる。

 影に隠れて見えなかったが、加奈子の隣で眠ってた娘の明奈もその泣き声で起き、つられて泣きだした。

 明奈を宥めながら、英明は自分も泣いていることに気付いた。

 好ましく思っていなかったにしても、あの少女がいなくなるとは考えていなかった。

 加奈子との付き合いが長かった分、少女を歳の離れた妹のように見ていた。

 それが、こうして突然に失われるものとは、思っていなかったのだ。

 胸の奥で穴が開いたような喪失感を感じながら、英明は一つ決意した。


 もしも戻ってくることがあったならば、その時は絶対に一度ぶん殴り、加奈子と一緒にめいっぱい抱きしめてやろうと。

加奈子さんはほわわんとした人。

英明さんは苦労性。


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