ボケた大錬金術師アンゲラン
dévorer aux lyons ceulx qui mauvaisement avoient accusé Daniel le prophète. Considère la justice exécu-tée sur les deux viellars qui par leur faulse accusacion avoient condempné Susanne. Ces choses-cy apparent et sont escriptes ou livre de Daniel le prophète, ou vi et xu chapitres.
「悪意を以て預言者ダニエルを陥れた者たちがライオンに食い殺されたことを御存じでしょう。偽りの告発によってスザンナを罪に落した老人たちに下された裁きについて考えなさい。
これらのことは明白であり、預言者ダニエルの書の第6章と第11章に記されている。」
―『アングラン・ド・モンストレレ年代記』より
その日も俺とビオラは、町外れにある古城跡に忍び込んだ。
心慰める星々が見守る廃墟。
ここもかつては、辺りを統治した領主の城館だったはずだ。
俺もビオラも互いを唯一の男女とし、他の誰の肉体も知らない。
だから自然と相手が至上の恋人のように信じられた。
他の誰のことも目に入らず、燃え上がるように互いを夢見て愛し合っていた。
「はあ…は、くう……。」
時を惜しむように俺とビオラは、急いて急いて肌を重ねた。
しかし後で帰りが早まるだけだと後悔する。
「赤ちゃんできたらどうしよう?」
とビオラは、服を着直しながら呟く。
「そんなこと心配か?
俺のこと、本気で惚れてないのか?」
「ばかみたいなこと云わないで。」
俺たちは、そんな風にふざけ合いながら廃城を立ち去ろうとする。
だが、崩れかかった城の中でふとビオラが立ち止まった。
「ねえ。
こんなところに崩れてない建物がある。」
彼女の気付いた通りだ。
周囲から見えない位置に、まだまともな建物が残っていた。
「本当だ。
ガキの頃からずっと遊び場にしてたのに、気付かなかったぜ。」
俺とビオラは、まだ屋根がある城に近づいていった。
こんな場所、大人たちからも聞いたことがない。
オリーブの林の奥、ペンデリコン山の青々とした中腹。
遥かなエルフの角笛が聞こえてくるような古城が残っていた。
絵本やファンタジー小説に登場する様な石造りの尖った塔を持つ城館だ。
好奇心から俺とビオラは、城館に足を踏み入れた。
扉を開けるとケーキ屋さんのような甘い香りが俺たちに向かって飛び出して来る。
芳醇な果実の香、焼き上がった菓子の芳ばしい良い匂いだ。
室内は、キラキラと光り輝く様々な魔法の道具が並んでいる。
分厚い本、フラスコ、薬研、ロバートソン式霧化器、大小さまざまな蒸留装置、聖杯。
そして真っ赤なルビーのように美しいガラス瓶だ。
真っ赤な瓶は、幾何学的に美しくカットされ、特に大切に保管されていた。
香水瓶のようだが酒瓶ぐらいの大きさがある。
棚には、ガラス戸が着いていて、銀の鎖が巻き付けられていた。
「…誰か住んでるのかな?」
ビオラは、そういって引き返そうとする。
少し考えればビオラの取った行動が正しい。
だが俺は、手近なもので棚のガラスを割り、赤い瓶を一つ持ち出した。
「すっげえ。
キラキラ光ってるぜ。」
「ちょっと、何勝手なことやってるの!?」
ビオラは、慌てて俺のところに駆けつけて来た。
「壊しちゃダメだよ。」
「へへっ。
ビオラも見てみろよ。」
「バカ、戻しな。」
「っ、うあ―――!?」
俺とビオラがふざけていると誤って瓶を落としてしまった。
瓶が砕け、真っ赤な中身が床に広がった。
ねっとりとした独特の質感、赤黒い色合いは、それが血液であることを主張していた。
途端に俺とビオラの中で遊び気分が吹き飛んだ。
目の前にある現実が確かに異常だと分かったからだ。
それも危険だと。
「おっと。
これは、これは、可愛いお客さんだ。」
俺とビオラが振り返ると不気味な人が立っていた。
男か、女かも分からない。
はっきりいって人間らしい姿の”何か”だと思った。
「我が工房を覗きに来たのか。
この城の近くの子供のようだな。」
怪人は、軽々と俺とビオラを捕まえた。
まるで農夫が鶏を捕まえるみたいに簡単に。
蠟燭のように白い腕は、俺とビオラが暴れてもびくともしない怪力だった。
「畜生、放せ!」
「いや、やめて!
お願いだから許してっ!!」
「莫迦者め。
だが丁度いい。
お前らのような若い子供から絞った血は、格別な秘薬の素材となるのだからな。」
怪人は、怒っているようにも喜んでいるようにも見えた。
ともかく俺とビオラを信じられない怪力で館の奥に引きずって行く。
連れ込まれた部屋は、巨大な機械が待ち受けていた。
真鍮製の管や複雑に組み合わされた機器、磨かれた計量器。
初めてみる機械だが、その目的は分かっている。
「さあ、こいつがお前らの血を吸い尽くしてくれるぞ。
さあ、さあ、どちらから全身の血を抜いてくれようか。
真っ青に顔を引きつらせて殺した後は、森の中に埋めてしまうぞ。」
怪人は、俺とビオラの腕をねじった。
手加減のない責め苦に二人とも悲鳴を上げる。
しかし怪人は、一層、残忍な楽しみに満足している様子だ。
「ようし、やはり女から…!」
怪人は、俺とビオラを痛めつけ、抵抗できなくする。
そのまま全身がズキズキ痛み、動けなくなった二人を床に叩きつけた。
そして機械を操作しようと怪人は、俺とビオラから離れる。
生気の感じられない青白い手が調節弁や釦を操る。
だが、その時だった。
巨大な機械の一部が倒れ、怪人は、そのまま死んでしまったのである。
俺とビオラは、恐ろしい体験の後、廃城から逃げ出した。
こんな恐ろしいことは、親にも友達にも相談できない。
けれど相談しておけば良かった。
廃城の怪人は、とんだ初心者だった。
あいつは、ビオラの残した本を読んで錬金術を研究していたらしい。
何百年も前に不老不死を完成させたビオラは、自分がかつて宇宙の神秘に挑んだ錬金術の大家だということも忘れ、すっかりただの14歳の女の子になりきっていたのだ。
しかしこの事件で彼女は、次第に薄れた記憶がよみがえったのだろう。
俺と一緒に逃げ出した後、何度も何度も廃城に戻って本を読み、知識を生き返らせていった。
俺も街の皆も、あの恐ろしい機械の餌食にされた訳だ。




