妹が私の婚約者を狙っていたので
「次は何にしようかなぁ?」
トレイラには、大嫌いな人物がいる。
異母姉のフローラだ。
母親が貴族だったというだけで、伯爵家の正統な後継者に選ばれている。
それが、憎たらしい。
ただ、真正面から嫌がらせなんてしたら、どんな罰を受けるか分からない。だから、大切にしているものをこっそり隠したり、盗ったりするのだ。
「ねぇ、トレイラ、わたくしの手紙知らない?」
「手紙?見てません」
「嫌だわ、どこに置いたのかしら……。人に見られたくないのに……」
フローラが捜し回る姿は、いつもの貴族じみたスンとした気取ったお高い態度ではなくて、オロオロとしていて、見ていると胸がすく。
部屋に戻ったトレイラは、フローラが厳重に保管していた手紙を読んでみた。
『婚約期間が長すぎる』、『早く家族になりたい』などと熱烈な愛の言葉で溢れていた。
「カイゼル様からの手紙だったんだ。婚約者からの手紙を大切にするなんて、お姉様も可愛いところあるわよね」
今度は、婚約者を奪ってみようか。
どんなに絶望するのかしら。
それを想像すると、トレイラの胸は高鳴った。
※※※
「あっ!ごめんなさい!私、お姉様とカイゼル様が一緒にいらっしゃるなんて知らなくて」
フローラとカイゼルがお茶会をしている部屋に、トレイラは偶然を装って入った。
「そんな、いいのよ。そうだ、トレイラ、美味しい紅茶があるわ」
ごめんなさいと必死に謝れば、トレイラを落ち着かせるために、心優しいフローラが部屋に招き入れることを分かっていて。
「君がトレイラ嬢?僕は、フローラの婚約者のカイゼルだ」
フローラの横に座っていたカイゼルは、輝くばかりの笑顔を見せた。カイゼルはまるで絵本にある王子さまのようにカッコよくて、胸がドキドキしてしまった。
「甘いものは好き?トレイラ嬢も食べない?」
カイゼルはトレイラに嫌な顔をすることはなく、邪魔者であるはずのトレイラにも親切で優しかった。
それでも、カイゼルのアイスブルーみたいな美しい瞳はフローラにまっすぐ向けられていて。
「フローラはどんな子どもだったの?聞いても、なかなか教えてくれないんだ」
「そんなことお聞きにならないで!お転婆だったから、恥ずかしいのよ」
照れて両手で顔を隠すフローラを、愛おしそうに見つめていた。
(お姉様ばかり、ずるい)
フローラをこんなにも妬ましく思うなんて、思ってもみなかった。
※※※
「ね、どうしたらいいかな?」
「姉の婚約者を奪うにはって?それ、俺に聞いちゃう?一応、俺、トレイラの婚約者じゃん」
オウエンは呆れた顔をした。
オウエンはトレイラの婚約者で、良き相談相手だった。ただ、お互いに、恋愛感情はない。トレイラは男爵家ごときの嫡男には興味がなかった。
「やめときな。泥沼になるのが目に見えてる」
「いいじゃない!オウエン様だって、お姉様をグチャグチャにした顔、見たいって言ってたでしょ?」
「それ、俺が酔っ払ってたときじゃん…。しかも、若干意味違うし」
オウエンはガックリと肩を落とした。
「ま、意外と簡単かもね」
「そうなの?カイゼル様、お姉様しか眼中にないみたいに見えたけれど」
「ははっ、そうかもな」
オウエンは軽く笑うと、トレイラの肩をポンポン叩いた。
「カイゼル殿も男だし、色仕掛けとかしてみたら?」
※※※
肌の見えるドレスで話しかけたら、「寒そうだよ」とジャケットをかけられ。夜会で踊って欲しいと寄り添えば、「僕の婚約者はフローラだから」とあっさり断られ。
オウエンに「簡単かも」と言われたのに、トレイラは見事に相手にされなかった。それが悔しくて、ついに強行手段に出てしまった。
「フローラ?いや、トレイラ嬢かな」
夜中、夜会終わりにカイゼルが泊まった客室に、トレイラはあられもない姿で忍び込んだ。
「あの、私っ!お姉様の婚約者だったとしても、どうしても諦めきれなくて…!一度でいいんです!私をあなたのものにして欲しくて……!!」
「へぇ」
トレイラは必死の覚悟なのに、カイゼルは驚きもせず、淡々としていた。
「誰にも言いませんから…!!」
「抱かないとも言ってないし、内緒じゃなくても良いんだけどな」
そう言うと、カイゼルはトレイラの身体をグッとベッドに押し倒した。
「フローラでもトレイラ嬢でも、どっちも同じだし」
カイゼルの声は、緊張で胸が張り裂けそうになっていたトレイラの耳には届かなかった。
※※※
翌朝、トレイラのしでかしたことを知った父伯爵は怒りで震えていた。
「トレイラ、お前というやつは…!!」
「あまりお怒りにならないで。お腹にお子が宿っているかもしれないでしょう?」
穏やかに、冷静に、伯爵を慰めていたのは――トレイラの母ではなく、フローラだった。
「……私が憎くないの」
1番の被害者であるはずの、フローラはいつも通りに落ち着いていて、優しかった。
「カイゼル様のことが、好きじゃなかったの」
「わたくしが?嫌よ、こんな人。自分のことしか好きじゃないんだから」
「えっ……?だって、手紙には……」
「わたくしの物を盗んでいたのは、やっぱりトレイラだったのね。よくお読みになった?彼は婚約関係を早く終わらせて、わたくしに無駄に時間を使いたくなかっただけよ」
「そんな……」
「僕は伯爵家と縁が結べれば良かったからね。まどろっこしい手間をかけずに済んで、助かったよ」
ありがとうとトレイラに微笑むカイゼルは、この修羅場がどうでも良さそうだった。
※※※
トレイラは勘当にはならず、カイゼルを夫として伯爵家を継ぐことになった。カイゼルは人としては問題が多いが、有能な人物だったからだ。
「せいせいしたわ!」
「伯爵家から男爵家に転落しそうなのに?」
カイゼルとトレイラの結婚式を見守るフローラの横には、オウエンがいた。トレイラの代わりに、フローラが婚約者になったのだ。
「歴史しかない貧乏な伯爵家を継いでも、苦労することは目に見えていたの。トレイラには感謝しないとね」
フローラは物がなくなった犯人は、トレイラだと途中から気が付いていた。だから、カイゼルからの手紙を大切にしまっていた。
「いいの?俺の奥様になったらグッチャグチャにするよ?」
「なに、それ!意味、よく分かりませんわ!」
フローラは、誰よりも幸せそうに晴れやかに微笑んだ。




