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奇々怪界  作者: エヌの人
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第九話 妖かし

寺の雨漏りは、思った以上に深刻だった。

瓦の隙間から染み込んだ水が、梁を腐らせ始めている。


修繕には、金がいる。


親父が持ち帰ってきたのは、地元の不動産屋からの依頼だった。


「調査だけだ。買い手がつくかどうかを見てほしい」


場所は、町外れの山のふもと。

うちの寺の山ではない。

人が近づかなくなって久しい、廃寺だった。


昔は修験の寺だったらしいが、今は地図にも名前が残っていない。


嫌な予感は、山道に入った時点で確信に変わった。


夜だった。

月は雲に隠れ、空気がやけに重い。


廃寺の手前、開けた場所に――

首塚があった。


石が積まれ、数えきれないほどの供養塔が乱雑に並んでいる。


その瞬間、空気が歪んだ。


――ぞろり。


音もなく、影が増える。


百鬼夜行。

獣、骸、女、童子、名のないもの。


現実とあの世の境が、あっさりと溶けた。


その中に――

異様な気配があった。


陰陽師の装束。

だが、顔は鬼。

怒りに歪み、額には角が浮かびかけている。


「……妖かしだな」


俺が呟くより早く、イズナが飛び出した。


「本体は、あいつだ!」


イズナは地を蹴り、鬼のような顔をした陰陽師に噛みつく。

牙が食い込み、怨嗟の声が響いた。


その隙に、


「親父! あいつが本体だ!」


タケルが指をさす。


親父が前に出る。

両手で印を結び、不動明王の真言を叩きつけるように唱える。


「不動の御名のもと

 乱れしものよ、静まれ

 ここに調伏、ここに鎮座せよ!」


空気が、凍った。

動きが止まる。


その一瞬を逃さず、俺は寺から持ってきた童子切安綱を、静かに抜いた。

刀身に刻まれた陀羅尼経が、月のない闇の中で淡く光を帯びる。


俺は一歩、踏み込む。


陀羅尼経が、鬼と化した陰陽師の因縁を一直線に断ち切る。


――ずん。


首が落ちた。


地に転がったそれは、なおも意識を保ち、俺を見上げていた。


「……我は、朝廷に仕えし陰陽師」


声は、恨みよりも疲弊を帯びている。


「妖使いと呼ばれ、誤解を受けたまま斬られた。

 気づけば、この地に縛られ……

 やがて“呪い代行屋”なる者どもに呼び出され、使われていた」


首は、ゆっくりとタケルを見上げた。


「若者よ。

 我を、手厚く供養してほしい。

 次は……お前のもとで、徳を積ませてくれ」


それが、最後の願いだった。


「……わかった」


タケルは短く答える。


「今は、眠れ」


その言葉を聞いた瞬間、首はふっと崩れ、

灰となって、夜気に溶けていった。


――すべてが終わったかに見えた、その時。


少し離れた闇の中で、

狐面をつけた二人組が、静かに背を向ける。


一人は、人の関節構造を模した、MJDドールを抱えている。


「……あらら。首、切られてやられちゃったね」


もう一人が静かに笑う。


「俺らにとって、あいつら……

 呪い代行屋の天敵になりそうだな」


「面倒になる前に、戻ろう」


二つの影は、闇に溶けるように去っていった。


山のふもとには、

再び、静寂だけが残った。


だが――


確かに、何かが始まった気配だけが、

夜の底に避けきれず残っていた。



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