第一話 管狐
この世とあの世は、同じ空間にある。
違いがあるとすれば、この世には身體という器があり、あの世にはそれがないというだけだ。
人は一つの身體を持つ。
だがその中には、自我として生きる自分の魂と、先祖の魂たちが共存している。
それは特別なことじゃない。見えないだけで、誰もがそうだ。
身體を持たない魂は、現在、過去、未来の次元を行き来できる。
その動きは速く、現代の俺たちの視力ではほとんど捉えられない。
ただ、ある条件がそろうと、光やレンズの反射の中に、行き交う魂の姿が浮かび上がることがある。
俺が小さい頃、先祖霊の魂に言われたことがある。
――人は、神が宿る器だから、大事に使え。
だからだと思う。
現在、高校二年の一条尊は、あの世の魂が見える。
俺は青森県の山中にある、龍魂寺明王堂という寺で育った二代目だ。
親父の一誠は、霊は見えない。欲が強いせいか、どこで作ってきたのか、水子の魂が三つ、くっついている。
親父は毎日、水子供養を欠かさない。
そのせいか、水子たちは成長し、自我を持っている。
長女のエリカ。
次女のアヤメ。
長男のトウヤ。
名付けたのは俺だが、なぜか三人とも、俺を「ワカ」と呼ぶ。
アヤメは戦闘は弱いが、情報集めが好きで、近所で起きている霊現象をよく教えに来る。
エリカとトウヤは、その逆だ。
悪さをしている下級霊を見つけては、懲らしめに行っている。
そんな中、俺が学校へ行く準備をしていると、廊下をドタバタと走る音がした。
親父が俺を引き止める。
近所の田中さん家の娘さんが、家中をぴょんぴょん跳ね回り、狐憑きに遭ったらしい。
慌てて連れて来たから、今日は学校を休んで手伝えという。
不動明王を祀るお堂に娘さんを寝かせ、親父は経を唱え続ける。
その時、アヤメが俺の耳元で囁いた。
「ワカ、あれね。管狐だよ。娘さんが気に入って入ったみたい」
経を聞かせても出ていかない管狐に、親父は不動明王呪を唱え、九字を切る。
その瞬間、俺は数珠を持った手で、娘さんの背中を軽く叩いた。
トン、トン。
すると、娘さんの身體から、細長い顔がぬっと現れる。
その瞬間を待っていたかのように、エリカとトウヤが飛びかかり、管狐を引き剥がした。
娘さんは目を覚まし、理由も分からず涙を流す。
親父は「もう大丈夫だ」と田中さん夫妻に告げ、家族は抱き合って安堵していた。
あとでアヤメから聞いた話を、俺は親父に伝えた。
管狐は、道端の小さな祠に住んでいたらしい。
娘さんが毎日手を合わせ、学校でコックリさんをするのを見て、少しからかってやっただけだと。
俺は外へ飛び出した管狐を捕まえ、説教と説法をした。
すると今度は、俺のことを気に入ったらしく、水子たちと一緒に仕えたいと言い出す。
仕方がない。
「お前は今日から、イズナだ」
そう言うと、管狐は嬉しそうに尻尾を振って飛び回った。
――こんなことが、普段の俺の日常だ。




