ユダの雨宿り
いつしか忘れてしまっていたけれど、雨が予報された時『てるてる坊主』というものを作ることが、私にとって一番の楽しみだった。作り上げたてるてる坊主に顔なんか描いて、いろんなバリエーションを用意して、それを軒下で吊るして、眺めている時間が大好きだった。ただ、最近はてるてる坊主に疑念を抱いている。
雨を降らせないために作られた人形は、そこまでの効力を持つわけがなかった。技術の向上によって、そんなものは仕方ない状況だ。だから、てるてる坊主にはちゃんと罪を償ってもらうべきだと思う。というのも、先日幼稚園を通りすがったときに、てるてる坊主がたくさん吊るされているのを見た。でも、その日の天気は雨だった。てるてる坊主はその使命を果たすことができなかった。幼稚園の子どもたちの願いを裏切った、ユダがたくさん吊るされていた。首に紐を巻かれて、空気に磔のてるてる坊主は、その罪を償っているように見えた。
私は足りないと思った。軒先で雨宿りさせていては、それは救いの余地があるような気がした。幼稚園に吊るされているてるてる坊主に、悲しい顔はなかった。それはまだどこかで、許されることを確信しているからだ。そんな場所で雨宿りしてないで、雨に打たれるべきだと思う。雨に打たれて、濡れて、地面に落ちて、顔の原型も留めないところまで時間が経てば、それで償いだ。
そう思いながら、私はてるてる坊主を作っていた。ティッシュを丸めて、一枚のティッシュを被せる。マジックペンで、顔を描く。少しこちらを嘲笑っているような、ちょっと腹の立つ顔にしてみせた。セロハンテープでカーテンのレールに吊るした。ブラブラ揺れるてるてる坊主を見て、そのうざったい目と目が合った。
私は立ち上がって、てるてる坊主を取った。そしてベランダの扉を開けて、洗濯物を干す竿にてるてる坊主を吊るした。スマホの携帯アプリで、明日が雨であることは確定だった。私は今、逃れられない運命に磔にされたてるてる坊主を見ている。
さぁ、てるてる坊主よ。雨宿りがしたいか。安全な場所で、自分が絶える原因になるものを眺めていたいか。誰かの願いが込められて生まれたのだから、その使命を全うして見せて。それができないのなら、雨に、波に飲まれて潰れてしまうぞ。お前のその顔は、忘れられてしまうんだぞ。雨を止めて、てるてる坊主。
もちろん、次の日は土砂降りだった。




